壁の向こうが見えるAR――人間の認識能力を高める“Augmented Human” ほか
「Interop Tokyo 2012」の併催イベントとして開催された「Location Business Japan 2012(LBJ)」では、地理空間情報の潮流がわかる専門コンファレンスも行われ、さまざまな課題やビジネス展開についてセッションが行われた。
いずれも各分野におけるキーマンがチェアやスピーカーとして登場。ロケーションビジネスの現状や今後の課題を俯瞰できる内容だった。中でも今回は特に屋内測位や屋内地図に関する話題が多く、この分野への期待の高さが伝わってきた。以下、各コンファレンスで語られたおおまかな内容をお伝えする。
●ロケーションビジネスにおけるプライバシーの考え方
チェア:坂下哲也氏(一般財団法人日本情報経済社会推進協会電子情報利活用推進部次長)
位置情報とプライバシーの問題について考えるセッション。小売業が監視カメラの映像をマーケティングに役立てたり、屋内測位やSNSへの投稿によって行動履歴を取ったりすることが簡単な時代となった今、このようなことがプライバシーの侵害になるのかと問題を提起した。
クロサカタツヤ氏(株式会社企代表取締役)
法制度や権利の関連からプライバシー問題について解説。欧米や日本におけるプライバシーの歴史的背景を紹介した上で、今後の問題としてスマートフォン/ソーシャルメディア時代のプライバシーについて考察した。
高崎晴夫氏(株式会社KDDI総研取締役)
パーソナル情報をベースにした「情報財」がどのような経済価値を生むのかについて解説した。ビッグデータの経済価値が世界的に盛り上がってきている状況を踏まえて、パーソナル情報の活用に対する経済価値指標について言及。匿名化されたパーソナル情報を活用することで生み出される価値が正しく算定されれば、資金調達が促進されて経済のサイクルが回ると語った。
(左から)高崎晴夫氏、クロサカタツヤ氏、坂下哲也氏 |
●ロケーションビジネス基盤としての位置情報表現と標準化
チェア:坂下哲也氏(一般財団法人日本情報経済社会推進協会電子情報利活用推進部次長)
建築分野を中心に標準化が進められているBIM(Building Information Modeling)と、ウェブサービス、GISなどが融合してきている状況について解説するセッション。屋内空間の動向にも触れて、日本は世界に先行して事業者による導入が始まろうとしていると語った。
足達嘉信氏(セコムIS研究所ビルディングテクノロジーグループ主務研究員)
BIMの概要を解説。従来の3D CADがポリゴン・線分・レイヤーなどの情報しかないのに対して、BIMは建物の形状だけでなく、材質などの属性を含むデータベースのような情報であると説明した。さらにBIMとGISのデータ連携について紹介。AR(拡張現実)への活用についても触れた上で、BIMとGISデータの連携による屋内外の連続的なモデルデータ化が期待されていると語った。
高橋陽一氏(インディゴ株式会社シームレス空間基盤研究開発センター・センター長)
実空間と情報空間をシームレスにつなげるために、BIM・GIS・ウェブの3つを連携させる必要性について語った。標準が必要とされる背景状況として、マルチデバイス化およびHTML5、LOD(Linked Open Data)、屋外から屋内への位置情報基盤の拡張という3つの要素を紹介。SVGを媒介したBIM・GIS・ウェブの連携、屋内測位を視野に入れたOSやブラウザーAPIの標準化、国土地理院が進めている「場所情報コード」を媒介した情報と実空間のLODといった展望を語った。
(左から)足達嘉信氏、高橋陽一氏、坂下哲也氏 |
●実用化をむかえる可視光通信をもちいた位置サービス
チェア:春山真一郎氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)
可視光通信を用いた位置サービスの例を紹介。視覚障害者向けのナビゲーションサービスや、第二東名の橋梁での位置計測、位置精度が約1cmのロボット制御などを挙げた。そして、LED照明をロケーションビジネスに用いる時の課題点や、位置情報を補助的に使うサービスの問題点、可視光通信位置サービスにおける屋内地図情報の重要性などの話題を挙げた。
近藤陽介氏(パナソニック株式会社エコソリューションズ社まるごとソリューションズ本部参事)
LED照明を用いた位置特定技術について講演。可視光通信の特徴として、「位置の特定精度が高い」「すでにある照明設備を通信インフラに活用できる」「省エネ」など5点を挙げた。さらに、LED照明から固定のIDを送信し続けて位置を特定する仕組みについて紹介。固定IDを送信するだけなのでネットワーク配線の必要がなく、光の指向性が高いのでエリアを細かく区切ることが可能といったメリットを強調した。さらに、ロケーションビジネス興隆に向けた課題解決への提言として、官と民の連携によるインフラ整備や新技術の開発拠点の整備などを挙げた。
飯塚宣男氏(カシオ計算機株式会社研究開発センター室長)
可視光イメージセンサー通信を応用したiPhoneアプリ「Picapicamera」を紹介。画面点滅で送信し、カメラで受信する可視光通信技術を解説した。低速可視光通信をタグにしてリッチなコンテンツを受信する仕組みや、その場でダイナミックに送信データを登録する仕組み、「撮った」「撮られた」という関係をその場で認識して、事前の相手先情報なしで写真プロフィールを配布する仕組みなどの詳細技術を説明した。
中島円氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科春山研究室/技術センター後期博士課程、国際航業株式会社)
「屋内位置情報サービスのシステムデザイン」をテーマに講演。屋内位置情報サービスへの期待が高まっていることを踏まえて、法務局に保管してある各階平面図を利用した屋内マップデータの簡易作成手法を紹介。「1フロアであれば1~4時間程度で作成可能」「オペレーションを習得すれば誰でも作成可能」「現地に行く必要がなく、コストが抑えられる」といったメリットを挙げた。さらに、視覚障害者向けの音声マップシステムも提案。昨年から今年にかけて行った実証実験を紹介した。
(左から)中島円氏、飯塚宣男氏、近藤陽介氏、春山真一郎氏 |
●新しいアイデアの発想とそのビジネス展開~AR(Augmented Reality)などの新しいアイデアからのビジネス展開~
チェア:砂原秀樹氏(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)
暦本純一氏(東京大学大学院情報学環教授)
ロケーションをセンシングすることでどんなアイディアが使えるか、というテーマで講演。まずは無線LANを使った測位システム「Place Engine」の原理について解説し、ロボットによる電界強度の自動計測を紹介。さらに緯度・経度から機械的に変換した住所と、SNSから抽出した地名のデータを比較することで、例えば「皆はどこからどこまでを原宿だと思っているのか」といったことがわかり、このような発想を利用することでもっと人間寄りのサービスが作れるのではないかと語った。
次にARの話題に移り、これまでのARの歴史および現状について紹介。今後のARは単に街中に看板が現れるだけでなく、「壁の向こうが見える」「行き先が見える」などと自分の認識能力を高めるインターフェイスが作られるのが大事だと語り、このような考え方を「Augmented Human」として紹介した。さらに、最近登場したメガネ型の新デバイスや、4翼ラジコンヘリコプター「AR Drone」、プログラマブル建築「Squma」などさまざまな話題を取り上げた。
塩野崎敦氏(クウジット株式会社取締役)
クウジットのARソリューションとして、特定のコードにスマートフォンのカメラをかざすとリッチなインタラクションを発生させるサービス「GET and GO(GnG)」を紹介。自動車のカタログや店頭プロモーション、スタンプラリー、観光ガイド、家電の配置シミュレーションなどの事例を挙げた。GnGはモジュールとしても提供可能で、すでにリリース済みのアプリにAR機能として組み込めることも紹介した。
(左から)砂原秀樹氏、野崎敦氏、暦本純一氏 |
●IMES:衛星測位による屋内測位技術
チェア:神武直彦氏(慶應義塾大学大学院システムマネジメント研究科准教授)
IMESの概要について紹介。「屋内でいかにサービスを提供するかが、これからの位置情報サービスのビジネスチャンス」とした上で、IMESはGPS信号と互換性のある信号を屋内で送信する技術であると解説した。
藍原雅一氏(自治医科大学地域医療学センター地域医療情報学部門講師)
IMESの技術を医療や介護にどう役立てるか、というテーマで講演。医療現場で「どこで治療を受けたのか」といったロケーション情報を得たり、介護現場でヘルパーの行動記録を取ったりするための技術としてIMESの可能性を語った。
小暮聡氏(JAXA宇宙利用ミッション本部衛星利用推進センターミッションマネージャ)
準天頂衛星「みちびき」の運用状況と、IMESを組み合わせた屋内外のシームレス測位について解説。IMESについて「防災・安全・安心サービス実現のための位置情報プラットフォームの本命」と評した。
石井真氏(測位衛星技術株式会社取締役)
IMESの送信機を作るメーカーとしての立場から、IMESの特徴を紹介。国土地理院の「場所情報コード」との連携や、実際に屋内で行ったスマートフォンとの測位比較実験などを紹介した。
寺西孝一郎氏(ソニー株式会社半導体事業本部アナログLSI事業部)
IMESの受信機を作るメーカーとしての立場から、複数のIMES信号を受信した場合の処理や送信機に対するPRNコードの割り振りの工夫、GPS衛星とIMES信号の受信切り替えなど、現段階の課題について語った。
最後に神武氏による進行でディスカッションが行われた。この席で寺西氏は、「IMESが普及するためには、ある特定のメーカーの製品だけが精度が高いというのはだめで、どのメーカーのレシーバーでも安心して使えるようになるのが大切」と語った。
神武直彦氏 | (左から)藍原雅一氏、小暮聡氏、石井真氏、寺西孝一郎氏 |
●ロケーションベースドサービス最前線
チェア:関治之氏(Georepublic Japan CEO、ジオメディアサミット主催)
チェックインサービスをテーマとしたセッションを実施。最近はチェックインだけを目的としたサービスは成り立たない状況になってきており、チェックインのもう一歩先を考える必要があると問題提起した。
福島啓吾氏(東京急行電鉄株式会社・都市開発事業本部・事業統括部・企画開発部企画担当)
「ロケーションベースドサービスと街づくり」をテーマに講演。将来の社会変化に向けて、ITとリアルをつなげるロケーションベースドサービスにより、人の生活がよりアクティブに活性化すると位置情報サービスに期待を寄せた。その上で「ニコトコ」など過去の取り組みを紹介。これらを振り返った反省点として、人の行動や心の動きに則したインフラになっていないと指摘し、今後のIMESやNFCへの取り組みなどを示した。さらに、リアル空間とモバイル端末を組み合わせて総合的なサービスとしてユーザーのエクスペリエンスを設計することが重要であると語った。
鈴木まなみ氏(フリーランスウェブプロデューサー)
「Beyond the Check-in」というテーマで講演。注目している位置情報サービスとして、「ジオフェンシング系」「セレンディピティ系」「時間軸系」の3つのサービスを挙げて解説。重要なキーワードとして「めんどくさくない」「実用性が高い」「アプリとのセレンディピティ」「アプリのテンポラリ(一時的な使い方)」の4つを提示した。今後のアプリ環境の主流は、バスの停留所に行くと到着時間が表示されたりするといった「ジャスト・イン・タイム(いまだけ・ここだけ)」のインタラクションになると予測。さらに「あなただけ」というリコメンドを出すために、テイストグラフが必要になると語った。
安藤拓道氏(Compath Me Inc. CEO)
自分と趣味の合う人をフォローすることで自分が行ってみたい場所をローカルガイドのような形で購読できるサービス「Compath Me」のPRのため海外のコンファレンスに参加し、最先端のロケーションビジネスを見た経験から、チェックインの先に来るのは何かという点について語った。自分が現在注目しているキーワードとして、「最適な形でのリコメンド」「興味関心グラフ」「リワードプログラム」という3つのキーワードを、「ALFRED」「Hunch」「OINK」「PUNCHD!」など具体例を挙げて紹介。これらの要素がチェックインの次の潮流になっていくとした上で、「Compath Me」もこの分野の機能を拡充していきたいと述べた。
(左から)安藤拓道氏、鈴木まなみ氏、福島啓吾氏、関治之氏 |
●ビジネスユースとしての地図コンテンツの選び方
チェア:古橋大地氏(マップコンシェルジュ株式会社代表取締役、一般社団法人オープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン副理事長)
OpenStreetMap(OSM)について紹介。誰もが編集者となって地図データを作って共有できるサービスがOSMであり、「商用利用も含めて自由に複製や二次利用が可能」「許諾不要で改変できる」といったメリットを挙げ、“一億総伊能忠敬”になる時代が来ていると語った。OSMの最大の弱点として「品質を保証していない」という点が挙げられるが、逆に保証しない強みとして「ベータ版ではOSMを利用し、正式版では地図会社のデータを使う」「無料版はOSMで、有料版はGoogle マップを使って差別化を図る」といった使い方ができると語った。最後に、9月に開催予定のOSM国際カンファレンス「SoTM」も紹介した。
出口貴嗣氏(株式会社ゼンリンデータコム取締役執行役員・企画本部長)
ゼンリンデータコムが提供する地図の特徴について紹介。ゼンリンの地図のベースとなっているのは住宅地図であり、ここにコアコンピタンスがあると述べた。住宅地図が出来るまでには年間延べ28万人の調査員を投入しており、提供エリアは全国市区町村の約99%をカバーしていると説明。年6回の定期更新と週1回の逐次更新を実施しており、常に最新の地図を利用可能で、都市部ではオフィスビルの中にどのような店舗が入っているかについても調査していると語った。また、注記をさまざまな言語に変換する機能や、屋内地図の整備など、最近の取り組みについても紹介した。
村田岳彦氏(ヤフー株式会社メディア事業統括本部地域サービス本部・本部長)
ヤフーが考えるこれからのサービスに必要なコンテンツについて紹介。ヤフーのサービスで代表的なものとして、地図や路線情報、地域情報などのサービスを統合した「Yahoo!ロコ」と、「防災速報」を紹介。地図データはゼンリン製を使っているほか、最近ではOSMも取り入れていると語った。また、大規模施設情報や鉄道・高速道路を中心に、地図データについては独自に毎週更新しているという。今後はスマートフォン向けに最適化されたコンテンツとUIが必要であり、これからのコンテンツに求められるのは「リアルタイムに変わっていくこと」と「状況が変わったらダイナミックに変化すること」であるとまとめた。
谷内栄樹氏(株式会社マピオン・マピオン事業部メディア開発グループ)
マピオンの地図データの変遷を紹介。最初は国土地理院の地図しか選択肢はなく、数値地図を自前で画像化して使用し、2001年からアルプス社のデータを使用。2009年からはゼンリンベクタデータと独自データを使うようになり、地図タイル生成システムを自社で構築。地図画像生成システムや、ユーザーから情報を募集する「注記間違い指摘」サービス、ビジネス活用の事例などを紹介した。
後半はこれらのプレゼンテーションを踏まえてパネルディスカッションが行われた。「データのフィードバック」「歩行者ナビや屋内マップを日本全国整備・維持できるか?」「タイルとAPIは分離できるか」「Apple Mapsについて」「OSMと組み合わせたらできそうなビジネス」という5項目について活発な議論が行われた。
(左から)谷内栄樹氏、村田岳彦氏、出口貴嗣氏、古橋大地氏 |
●本格化するWi-Fiベースの屋内ロケーションサービスビジネス
チェア:砂原秀樹氏(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)
那須俊宗氏(マルティスープ株式会社代表取締役)
科学技術館で屋内ナビゲーションサービスを提供した事例や、飲食店のスタッフにセンサーを付けて店の中での1日の行動を追った事例などを紹介。Wi-Fi測位は粒度の幅が広い測位方式であり、今後はGPSやデッドレコニングなどほかのセンサーと組み合わせた統合位置把握が進むのではないかと語った。さらに技術だけではなく、位置情報に意味付けすることの大切さについて指摘するとともに、今後は推測技術による位置情報の精度向上が注目されると予想。また、特定の対象者にメリットを享受するサービスなども増えていくと語った。
木下泰三氏(株式会社日立製作所情報・通信システム社ワイヤレスインフォ統括本部・統括本部長)
日立の位置検知ソリューションとして、位置検知情報システム「AirLocation-II」などを紹介し、各種の位置検知原理について詳しく解説。資材・半製品の位置管理システムや、流通倉庫ヤードトラッキング、工場内のドーリー動線管理、RFIDタグ連携位置管理、緊急通報セキュリティシステム、サファリパークの動物安全監視、発電所プラント内安全管理などさまざまな事例を紹介した。最後に、Wi-Fiよりも高精度を実現する「AirLocation-UWB」についても触れた。
塩野崎敦氏(クウジット株式会社取締役)
Wi-Fiを用いた測位技術「PlaceEngine」をはじめとしたクウジットのソリューションや位置連動サービスを紹介するとともに、新たな屋内外位置連動型の情報配信プラットフォーム「PochiWalk」についても紹介。1つのアプリで複数施設・コンテンツを網羅することが可能で、更新・メンテナンスも簡単であり、PlaceEngineを導入することで屋内での現在地表示や店舗へのナビゲーションなどが可能であると特徴を挙げた。
(左から)砂原秀樹氏、塩野崎敦氏、木下泰三氏、那須俊宗氏 |
関連情報
(片岡 義明)
2012/6/18 17:36
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