国連がネット規制? 著作権侵害対策は“大本”探しへ……国際的な規制動向


 東京・秋葉原の富士ソフトアキバプラザで開催された「Internet Week 2012」において20日、「インターネットをめぐる国際的な規制の動向」と題したセッションが行われ、いわゆる“WCIT/ITR問題”などを踏まえながら、インターネットガバナンスのあり方について議論された。

 セッションではまず、総務省情報通信政策研究所長の仲矢徹氏がWCIT/ITU問題について、情報・システム研究機構特任研究員の生貝直人氏が「ACTA」および「TPP」の著作権関連条項についてそれぞれ解説。その後、ブログ「Geekなぺーじ」のあきみち氏が司会を務めてパネルディスカッションが行われた。

 なお、同セッションではこのほか、文化庁の壹貫田剛史氏が、今年行われた日本の著作権法改正について解説したが(詳細は11月22日付関連記事を参照)、パネルディスカッションは不参加だった。

「国連がインターネットを規制する」との報道はから騒ぎ?

 “WCIT/ITR問題”とは、ITU(国際電気通信連合)が12月にドバイで開催する「世界国際電気通信会議(World Conference on International Telecommunications:WCIT)」において「国際電気通信規則(International Telecommunication Regulations:ITR)」が改正される予定となっており、その中でITU加盟国の一部からインターネットに対して規制色の強い提案が出されていることに端を発する。ITUが国連の専門機関の1つであることから、「国連がインターネットを規制」といった一部報道を受けて懸念されるようになった。

総務省情報通信政策研究所長の仲矢徹氏

 ロシアや中国などが当初、規制色の強い提案を出してきていたようだが、仲矢氏によると、ITRの上位文書である「ITU憲章(Constitution)」において現行ですでに規制色の強い条文が含まれているのだという。各国政府には各国の電気通信を規制する主権があり、各国の法律で定めた私的通信の遮断権や、内容の当局への通報権が規定されており、国家の安全保障上などで各国政府が必要と判断した場合にインターネットを遮断するなどの措置は可能になっていると説明する。

 このことから仲矢氏は、中国などが自国内で行っているようなインターネット規制を正当化するために、その考え方をITRに盛り込むことで世界的に一般化しようとしているのではないかと指摘。すでに存在する規制をITRに盛り込む必要はないため、こうした提案は承認には至らないとみられており、国連がインターネットを規制するのではないかという米国報道を受けた騒ぎは「から騒ぎ」だとした。

 具体的には、中国政府は「国が通信セキュリティ確保の責任を負い、権利を有する」という趣旨の条文を提案してきたという。これに対して日本では、欧州とも協調し、「国が電気通信事業者に対してネットワークセキュリティ確保措置を奨励する」という趣旨の対案を提示。アジア地域での調整で多くの支持を得たとしている。

 一方で、旧ソ連諸国が当初提案してきたというのが、「加盟国は、番号、名前、IDおよびアドレス資源の競合配分メカニズム(グローバルレベルを含む)を提供するよう努めなければならない」といった趣旨の条文追加。仲矢氏によると、これはドメイン名やIPアドレスをターゲットにしたものと読めるとしており、米国のICANNを中心とした現在のインターネットリソース管理体制の管轄権を変えようと意図しているとみられるという。その後、ロシアは提案を変えてきたというが、代わってアラブ諸国が提案してきても驚くべき条文ではないと仲矢氏は説明する。

 ただし、ITRのそれぞれ条文に対しては、各国政府が納得できない条文に対して「留保」を付けられることが「ITU条約(Convention)」によって規定されており、国際条約では留保を付けることは珍しくないという。すなわち、上記のようなインターネットリソース管理を変更する条文が仮に追加されたとしても、当然、米国は留保を付けてくると考えられ、結局、リソース管理体制は変わらないと仲矢氏は指摘する。

 また、WCITは会期が10日あまりで、そのうち3日間は具体的な条文作成に充てられるため、議論は実質7日間程度しかない。議題についてもレガシーな電気通信の部分で議論すべきことが多数あり、比較的新しいインターネットの部分は「まとまるはずがない」と仲矢氏。ペンディングになる可能性が高く、インターネットの規制について「WCITで何かか大きく変わる可能性は低い」。

ネットの著作権侵害対策は、“大本”を縛る“ポイント探し”へ

 パネルディスカッションではまず、司会のあきみち氏が、WCIT/ITR問題やACTA、TPPなど、インターネットに対する規制の議論・話題が最近、特に多いことを指摘。これに対して仲矢氏は、このところ盛り上がってきている1つの話題として、インターネット上の言論の自由の問題があるとした。

ブログ「Geekなぺーじ」のあきみち氏

 「“アラブの春”をきっかけに、言論抑圧下の体制でもネットの自由が維持されていた、あるいはネットの情報流通を止められなかったがゆえに、結果的に体制が崩壊し、ある程度自由のあるような国家体制に変わっていったのを目の当たりにして、逆に専制体制を維持している国は体制を守りたいがゆえに、インターネット規制を導入しようとしている。一方、自由を標榜する国は、規制はあってはならないという声をより強く挙げるようになった。」(仲矢氏)

 生貝氏は、著作権侵害を無くしていこうという議論はインターネットが始まった当時からなされ、法改正もされてきたが、最近の傾向は大きく分けて2つあると説明する。その1つが、インターネット上の著作権侵害と侵害者を個別に追いかけ、損害賠償や刑事罰をかけていこうというアプローチだ。ACTAやTPPは、こうした方向で攻めるものだという。しかし、生貝氏によれれば、なかなかうまくいかないために、「権利者を含めて著作権を強く守っていこうという人は、もう1つ別の方向を狙っている」。

 これは、著作権侵害コンテンツをISPの段階で遮断したり、動画共有サイトなどUGCの中に自動的にブロッキングしてしまう措置を含めていこうという考えだ。あるいは、法案は通らなかったが、米国の「SOPA」「PIPA」など、著作権侵害サイトだけでなく、例えば課金サービスや広告事業者のように、著作権侵害サイトの運営を支えているサービスを提供している事業者にも差し止めやサービス停止を求められるようにしていく考えもある。

 「インターネット規制の世界では“コントロール・ポイント”“ポイント・オブ・コントロール”という言葉を使うが、ここを縛っちゃえば、著作権侵害をもっと効率的に止められるのではないかという“ポイント探し”が規制の動向として出ているのではないか。それは著作権の部分だけではなく、児童ポルノやセキュリティ問題の部分でも、“大本”を止めるためにはどうすればいいかという議論が各国レベルで進んできている。果たして国際条約に落とし込んでしまっていいのかということで、議論の焦点になっている。」(生貝氏)

“マルチステークホルダー”担保できない「TPP」枠内でネット規制は不適

 さらにあきみち氏は、ITR改正は当初、各国の提案内容が非公開だった点を指摘し、それがリークされたことを受けて一部報道で話題になった後、公開されるようになったこと、あるいはACTAにしても内容が公表されたのは交渉がかなり進んでからであり、やはり内容がリークされたことで欧米などで反対運動が盛り上がったこと、TPPについても秘密交渉で進められている点を挙げ、インターネット規制に関する議論が秘密裏に進められたことを指摘する。

情報・システム研究機構特任研究員の生貝直人氏

 しかしながら生貝氏は、インターネットの世界では完全な透明性が求められるのに対し、国際条約の交渉は、各国の利害調整もあってなかなかオープンにはいかない点に理解を示す。また、仲矢氏も、これまでの通常の政府の外交交渉手順として、交渉結果がある程度固まってから公表するものだという「頭」が外交セクションにはあると指摘。意図的に秘密にしているとは限らないという。

 WCITにしても、ITUにお金を払って参加し、情報や文書を入手できる「セクターメンバー」という制度があり、無料でオープンにすると、お金を払ってまで参加するインセンティブがなくなってしまう。ITUが財政的に困ることがあり、ITUの他の会議と同様にクローズドにしていたのだという。特にクローズドにしたかったのでなく、情報公開を求める声が多く上がったこともあり、特に加盟国の反対もなくオープンにされたとしている。

 問題は、国際交渉の各国のオフィシャルな代表となる政府に対しての“インプット”が、インターネットガバナンスの基本である“マルチステークホルダープロセス”に乗っ取って行われていない点にあると、生貝氏は懸念を示す。

 「例えば著作権の問題では、特に国際的な影響を持っているのはメディアカンパニー。権利者の方々は、言うなれば政党にも強い力を持っている。ACTAやTPPの交渉担当者にオフィシャルに声を届ける主体、要求をインプットできる主体がどうしても権利を強化しようとする方々に限られてしまう。それが政府レベルの秘密交渉で結論が出されつかたちになると、非常に偏ったものになりやすい。なかなかオフィシャルにはインプットされにくい市民の側の要求をどうやって含めてくのか。国際交渉の中ではマルチステークホルダープロセスというものを重視していかないのであれば、市民に直接与える影響が大きい場合は、著作権の問題やインターネット規制の問題はTPPの枠内で取り扱うべきではない。」(生貝氏)

 生貝氏によると、欧米では市民団体の果たす役割は大きく、著作権を保護しすぎることに反対する国際的なキャンペーンを繰り返している団体があるという。日本ではまだまだNPOの力は弱く、国際交渉のプロセスの中でインプットのバランスをどうするか考えていかなければいけないと強調した。

 なお、マルチステークホルダーとは、インターネットガバナンスのあり方を表す際によく用いられる言葉だ。例えば、今年5月に日本の総務大臣と英国の文化・オリンピック・メディア・スポーツ大臣がとりまとめた日英共同声明の中で、インターネットガバナンスに対する日本のスタンスの1つを示す表現として、以下のように使われている。

 「インターネットによる経済成長、イノベーション及び社会発展への貢献を維持するためには、インターネットガバナンスについて、政府、企業、市民社会がそれぞれの役割を果たすマルチステークホルダーアプローチが最善の方法であることを再確認すること」

 少々わかりにくい言葉だが、仲矢氏によると、マルチステークホルダーとは「基本的に、政府だけで決めないということなんだろうな」という。

 「つまり、法律的に定められた民主主義の意志決定方法だと私たちが思い込んでいるやり方だけでなく、もっと市民と話し合って、できれば政府以外の方々の合意もとった上で意志決定をしていくということだと理解している。法律を作る時、必ず意見募集をした上で法律を作るということになっている。以前はこれがマルチステークホルダーの1つだと思い込んでいたが、今の国際的な議論を見ているとそういうことではなく、政府以外の方々も政府と同等の目線に立って物事を言い合った上で意志決定ができる。そういうことをマルチステークホルダーと呼んでいる感じがする。」(仲矢氏)

 「今までの政府の立法プロセスというのは、審議会での意見聴取などを含めてマルチステークホルダーというものを時間をかけて制度的に担保してきた。それを国際的なインターネットガバナンスという中で、どうやって全く別の関係で作り直すのか問題になっている。インターネット上のいろいろな問題を“共同規制”というかたちで解決されなければならないよういなってきた時、求められる重要な要素というのが、市民参加も含めたマルチステークホルダー制。インターネットガバナンスの問題にかかわらず、プライバシーの自主規制や著作権の自主規制、有害情報の自主規制ということでも、マーケットレベル、産業レベルにおけるマルチステークホルダーとはいったい何かということを考えないといけない。」(生貝氏)

“自主規制”と“直接規制”の間にある“共同規制”

 なお、“共同規制”とは、英国の通信分野の規制当局であるOfcomが提示している図式によると、規制が比較的弱いものから強い順に“規制なし”“自主規制”“直接規制”と段階的にある場合に、“自主規制”と“直接規制”の間に位置するもの。

 “規制なし”は「特に規制の必要なく、市場自身が問題の発生を抑止あるいは解決している」状態であり、もちろん問題がなければこれが望ましい。“自主規制”は「業界団体等による自主的な規制によって当該問題が適切に解決されている(政府による一般原則の提示は存在し得る)」段階であり、“直接規制”は「目的とプロセスが政府によって定義されており、政府機関によるエンフォースメントが担保されている」段階となる。

 生貝氏によると、日本では“共同規制”という言葉はあまり使われず、“自主規制”で機能しない場合は“直接規制”の段階になり、政府が直接細かく決定してしまうことになるという。

 しかし諸外国ではその間に、“共同規制”という「自主規制と政府規制の混合措置により問題が解決されている(政府の自主規制補強措置が存在する)」段階を設ける考え方があるという。

 例えば前述のコントロール・ポイントの問題についても、コントロール・ポイントの事業者に民間で自主規制をとるよう促しながらも、それに関して不十分な部分は政府がある程度指摘し、表現の自由に対する過度な指摘・検閲などことが起こらない範囲で、自主的な取り組みを担保するという概念が授受され始めているとした。

グローバルで1つのルールはかなり難しい/柔軟性が何よりも重要

 パネルディスカッションの最後には、あきみち氏から「今後のインターネットはどう変わっていくか」との質問が投げかけられた。

 「グローバルで1つのルールはかなり難しく、なかなな結論が出ないのが正直なところだと実感している。今後は地域の中で、あるいは二国間・少数国間でルールを作り、それをつないでいくということになる。今、最もインターネット関連で議論が必要なのは、インターネットセキュリティの分野、サイバー攻撃に対する対応の分野。この点に関しては今後、さまざまなルールが少数国間で作られていくのではないか。ただ、政府だけで作ったのでは絶対に動かない。政府以外のアクターの方々を交えて、そういったルールを作っていくのが既定路線になるのではないか。」(仲矢氏)

 「1つはっきり言えるのは、インターネット上のルールのあり方として、上からがちっとしたものを決めてしまうのは難しいという大前提に立つべき。今回、ACTAとTPPに関して批判的な観点からお話しした理由は、国際条約というものは国の法律以上に動かしづらく、1回そこで決めてしまったら、インターネットの情報や著作権のルールが金科玉条のように動かなくなってしまうから。インターネット上のルールは“自主規制”“共同規制”を含めてできるだけ民間主導で作りながら、その適正性をどうやって担保するか。柔軟性が何よりも重要視される時代になっているため、がちがちのルールはできるだけ避けるべき。国際的な枠組みの中でのマルチステークホルダー制、そして民間の自主的な枠組みというものを政府がある程度責任をもって動かしていくのは非常に難しいと思うが、やはり理念形としての方向性はこういうかたちしかないと思う。」(生貝氏)


関連情報


(永沢 茂)

2012/11/27 20:31