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ACTAはマイルド? TPPとの条文比較で見えてくる“本当の狼”とは


可決されたACTA

 ACTA(偽造品取引防止協定)が国会で可決され、批准が確定した。ヨーロッパで200以上の都市で大規模な反対デモを巻き起こし、7月には欧州議会で478対39という圧倒的な票差で否決されたいわくつきの条約。日本でも、交渉中のリーク文書を有志が翻訳公表するなど地道な問題指摘はあったが(http://miau.jp/acta/index.html)、ネット世論に火が付いたと言えるのは本当の最終段階だった。

 この間、多くの方が指摘するように、ネット上では条約内容について明らかに誤った情報も目についた。ただ最近は、さすがに信頼できる情報が上位にヒットするようだ(「ニコニコ大百科(仮)」で挙がっている各氏のエントリーなど、http://dic.nicovideo.jp/a/acta)。政府は答弁で、条約によってさらに国内法の改正が必要になることはない、と繰り返している。

ACTAとTPPの条文を比較してみる

 筆者の意見はどうかといえば、実は概ね政府答弁と同じでさらなる法改正は必要ない、少なくともそう政府が解釈するなら不合理とは言えない、というもの。ACTAの問題点は、後述するように別なところにあり、内容は交渉過程で薄められ、今や「マイルド」と言ってよい。

 マイルド? いったい何と比べてか。たとえばTPP(環太平洋経済連携協定)と比べてである。

 日本法に改正を迫る内容かという視点(条約の最大の効力はそこにある)で、条文比較をしてみよう。下記は先日、議員連盟「TPPを慎重に考える会」に招かれてACTAとTPPについて講演をした際の配布資料に加筆した表だ。

 ACTAの条文と参考訳は、外務省が公開している(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/ipr/acta.html)。他方、TPPはご存じのとおり秘密協議が貫かれているが、米国の知財での要求条文が昨年リークされており(http://keionline.org/sites/default/files/tpp-10feb2011-us-text-ipr-chapter.pdf)、現在議論の焦点になっているものと思われる。といっても、条文はACTA以上の難物なので、日本法に影響の多い点を中心に抄訳を作った。それでもA4で11枚。疲れた。こちらはCCライセンスで(翻訳部分は)公開するので、別コラムにしてある(http://www.kottolaw.com/column/000438.html)。「CC:表示−継承」である。志のある方、ぜひ加筆して全文訳にしていただきたい。

TPP米国知財要求と、ACTAとの比較
条約 TPP米国知財要求(2011年3月流出文書による) ACTA(締結版)
協議方法 秘密交渉 秘密交渉
自国の法令が保護していない権利について、各国は何ら措置の義務を負わない点 無し 明文あり(3条2項)
著作権保護期間の大幅延長 有り(4条5項) 無し
著作権・商標権侵害の非親告罪化 明文有り(15条5(g)項)
*「政府は……私人又は権利者による正式な告訴を要さず、職権により法的手続を開始することができると定める」
恐らく義務は無し(26条)
*「適当な場合には、……当局が自らの主導により、捜査又は法的手続を開始すべく行動できる旨を定める」
法定損害賠償金の導入、特許侵害における3倍額賠償金の導入 明文有り(12条4項) 義務は無し(9条3項)
*法定賠償や賠償額推定(日本法にあり)など、そのいずれかを採用するよう求める
アクセスガードなど、DRMの単純回避規制 明文有り(4条9項) 無断複製*を防止・抑制する手段の回避行為やその手段の提供を規制か(27条5項、27条6項)
*「権利者によって許諾されておらず、かつ法令で許容されていない行為」が対象
真正品の並行輸入に広範な禁止権 有り(4条2項) 義務は無し
*2章3節「国境措置」の注では明文で排除
米国型のプロバイダーの義務・責任の導入 詳細な要求有り(16条3項)
*(b)(vi)「反復侵害者のアカウントの終了(いわゆる3ストライク・ルール)」、同(x)「ノーティス・アンド・テイクダウン」など
27条2項でプロバイダーの責任制限などに一般的な言及
音・匂いにも商標 有り(2条1項) 無し
診断・治療方法の特許対象化 有り(8条2項) 無し
ジェネリック医薬品規制 医薬品データの保護(9条2項) 恐らく無し
*特許は2章2節「民事執行」の対象外にでき、かつ3節「国境措置」の対象外との注あり

日本はACTAで何を義務付けられたのか

 うーむ、改めてTPP、なかなかの迫力である。噂の「3ストライク・ルール」も時候の挨拶感覚で入っている。現在の日本法にはなく、過去に激論を招いたような分野で法改正を求める明文が極めて多い(もちろん、これは米国の当初要求なので、ACTAのように今後交渉の中で「骨抜き」になる可能性はある)。個別の解説や国際動向は、近著「ネットの自由vs著作権」(光文社新書)で書いたので、よろしければそちらを参照されたい(そう、宣伝だ! http://www.amazon.co.jp/dp/4334037070)。これに対してACTAにはそもそも条文じたいが存在しないものが多いが、若干トリッキーなものを、筆者の知識の及ぶ限りで少し解説しよう。

 恐らく最も難解なのは「非親告罪化」だが、筆者は、ACTAは日本に非親告罪化を義務付けていないと考える。理由は以下の通り。

 第一に、ACTAの表現の曖昧さである。「適当な場合には」「自らの主導(initiative)により」「捜査又は法的手続を」「開始すべく行動できる」とあるのだが……何だろうか、この歯がゆさは。「卒業式だろ、ちゃんと告白しろよ!」と言いたい。ひとつひとつなら致命傷にはならないが、全体に弱いのだ。

 TPPと比較しよう。「正式な告訴を要さず職権により法的手続を開始」とはっきり書いてある。本当に非親告罪化を義務付けたいなら、確かにこう書くだろう。逆にいえば、こう書いてあって加盟国が非親告罪化をしなければ、さすがに条約違反だ。

 第二に経緯。実は、ACTAは途中段階の交渉条文では「捜査及び/又は法的手続を」開始できるという表現が検討されていた。(外務省が公開している中間案の2.17項に書かれている、http://www.mofa.go.jp/policy/economy/i_property/acta_consolidated_text.pdf)。ところが、途中段階でこの「及び」の選択肢をあえて捨て、「又は」を採用している。さすがにこの場合には「又は」に独自の意味が出る。つまり、「捜査」か「法的手続」のいずれかを政府主導で「開始すべく行動できる」ような制度ならよい、というニュアンスだ。

 第三に政府の答弁。とは言っても、曖昧には違いない以上、この条文を政府が非親告罪化を強行する材料として使う恐れはあろう。しかし今回は、当の政府が「非親告罪化は義務付けられない」と答弁して、自らを縛っている。

 第四に政府の行動。通常、条約は批准前に国内法の整備を済ませる。そうでないと国内法が整備できない場合、条約違反になってしまうからだ。そして、政府は実際にACTA対応のため、先日の改正著作権法に新しい条文(いわゆるDVDリッピング規制)を入れた。もし非親告罪化が義務付けられたと解釈するなら、今回の著作権法改正で入れようとしただろう。

 これが非親告罪化。もうひとつ。議論になりがちな「法定賠償金」を挙げておくと、確かに9.3項に「法定賠償金」とは書いてある。しかし、見てのとおり、それは他の制度とどれかを採用すればよい。そして、日本は既にこの「他の制度」を持っているのだ(現行法114条)。無論、政府も「ACTAでこれ以上の法改正は不要」と明言している。一方のTPP。明確な法定賠償金の義務付けである。

ACTAの日本への影響

 さて、以上はあくまでも筆者の解釈なので、誤りがあればどうぞご指摘をいただければ。加えて、ではACTAには情報・知財政策上の問題は何もないのかと言えば、そんなことはない。

 第一に、秘密性だ。激論になりがちな知財・情報の新たなルール作りが外交の場で、特に秘密裏に進められてしまい、国民には最終段階で知らされるのみだった今回。この点は論外というほかない。なるほど、外交の秘密性は一般論としてはわかる。しかし万人が当事者である知財・情報ルールは、いかにデリケートな問題であろうが、いかに激論が予想されようが、オープンに議論するほかないのである。

 第二に、難解さ。交渉ごとはある程度やむを得ないのだが、それでも表現がわかりにく過ぎる。そもそも著作権法じたいが例年複雑化の一途だ。無論、文化庁も文化審議会も情報社会の現状に追いつこうとした努力の産物ではあろう。しかし、その結果、先日の改正前でも枝番を入れて約180条、附則抜きで実に6万5000字である。ちょっとした新書のボリュームだ。万人のルールがこんなに難解でどうする。これをどうやって中高生に教えるのか、と思う。条文の継ぎ足しによる「増築」は限界に来ていることに気付き、むしろ条文の「減量」を真剣に考えるべき時期だろう。

 第三に、「条約の硬直性」が来るのだが、ACTAの場合にはそこまで深刻ではない。

 そして、以上の問題点のすべてでTPPはACTAを凌ぐのだ。条文リークもTPPは不十分で(笑)秘密性が高い。難解さでは知財だけでACTAの1.5倍以上という長文だ。さらに、TPPは一度加入すると恐らく「脱退」という選択肢はないので、情報社会を縛るルールの硬直性が非常に高い。内容では、ACTAとは比較にならない「スーパーACTA」であることは見た通り。

本当の狼が来る時

 最後に今回の感想を3つ。

 まず、万人が当事者である知財・情報ルールは、どんなに障害があろうがオープンに議論するほかない。ACTAの条文が「骨抜き」になったのだって、問題点に早くから注目してリークも辞さずに取り組んで来た人々の努力の結果だろう。

 次に、ACTAや違法ダウンロード刑罰化への批判は批判として、海賊版の影響評価と対策は、実証データを踏まえて我々社会全体で取り組むべき問題であることは変わらない。

 そして最後に、条約であれ国内法令であれ、その生命は条文だ。外交官は、その一字一句に心血を注いでいる。いくら条文が難解でも、実際の文章からかけ離れた議論は不公平だ。

 今回、時にACTAの途中案文と最終条文の違いすら踏まえない「解説」を見かけた。思いはわかるが、不正確に危機感を煽る発言はやはり危険だ。それは、大事なルールを秘密裏に決めてしまおうとする人々と同じくらい危険なのだ。

 なぜか。事実を踏まえず「狼が来た」と言い続けていたら、本当に狼が来た時に社会が動かないからだ。

 それでは、私たちの本当の自由、豊かな情報の創造と流通は、守れないのである。


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2012/9/14 06:00


福井 健策
HP: http://www.kottolaw.com Twitter: @fukuikensaku
弁護士・日本大学芸術学部客員教授。骨董通り法律事務所代表パートナー。著書に
「ネットの自由vs著作権」(光文社新書)、「著作権とは何か」「著作権の世紀」(ともに集英社新書)、「契約の教科書」(文春新書)ほか。最近の論考に「全メディアアーカイブを夢想する」など。