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イベントレポート

「一般ユーザーも電子書籍普及に努力を」ボイジャー萩野正昭代表が講演


株式会社ボイジャー代表取締役の萩野正昭氏

 「第17回 東京国際ブックフェア」で8日、1992年から電子書籍(電子出版)事業を手がける株式会社ボイジャーの代表取締役・萩野正昭氏による講演「何のためのデジタル 出版とは誰のものなのか?」が開催された。電子書籍をめぐる議論について、企業間の価格競争やフォーマット争いだけに終始させることなく、閲覧者側であるユーザーも参加すべきとのアピールが行われた。

意外と長い? ボイジャーの電子書籍史

 1946年(昭和21年)生まれの萩野氏は大学卒業後、教育映画の制作、パイオニアのレーザーディスク事業などに携わり、1992年に独立。米Voygerとジョイントベンチャーを設立した。電子出版を開始したのもこの時期で、最初の作品は映画「ジュラシック・パーク」の原作本を3.5インチフロッピーディスクに収録したもの。データベースソフト「HyperCard」で制作されたこともあり、Macintoshでしか閲覧することができなかった。

 その後は、CD-ROMで制作したマルチメディア作品を発売。ビートルズの音楽と資料を収録した「A Hard Day's Night」のほか、「小津安二郎の美学 映画のなかの日本」では、同名の書籍で言及されている映画について、その引用部分の動画を実際に追加した。「ヒロシマ・ナガサキのまえに」では、同名ドキュメント映画の内容をベースにしつつ、フィルム制作時の膨大な取材メモを電子化して収録した。

 さらに時代は進み、インターネットへの対応も図られた。2008年の「クゥの映画缶」では、アニメ映画「河童のクゥと夏休み」のメイキング集をウェブで公開するに至る。

 萩野氏は「あえて長々と販売作品を紹介したのには理由がある。今年は電子出版元年とか言われるが、突然発生した存在ではない。長い長い雌伏の時があった」と解説。さまざまな模索が20年近くに渡って行われてきた上での成果だと強調する。

 その上で萩野氏は、全書籍の電子化を推進する「Google ブックス図書館プロジェクト」についても言及。「これによって書籍の電子データがインターネットへ一気に流れ込んでくる。しかし、それらの書籍データをお互いに関連付け、実際に“(役立つ)モノ”にできるかは、我々自身の手にかかっているのではないか」と語り、Googleのような巨大企業に頼りきるのではなく、それを使いこなすための努力が利用者側にも必要だと主張。具体的には、独自のデジタル図書館を1人でも構築できるような環境が理想ではないかと説明する。

電子書籍データを著作権者に還元〜Internet Archiveの構想とは

 ボイジャーでは今年2月、非営利のデジタル図書館事業を手がける米Internet Archiveと提携した。書籍の電子化、ウェブページ更新履歴収集を独自に行う一方で、そのデータを本来の著作権者に対して開放。著者あるいは出版社自身によるオンライン流通を促す「BookServer」プロジェクトへ賛同する内容だ。

全出版物の70%は、著作権切れではないものの商業展開が諦められた“事実上の絶版作品”。Internet Archiveでは、これら「Out of Print」な作品を、著作者自身がオンライン配信できる体制づくりを目指している

 Internet Archiveによれば、実際の商品として店頭に並ぶ「in Print」な出版物は、全体の10%、著作権切れのパブリックドメイン作品は20%程度。しかし、一度は出版されて著作権があるものの、商業的な理由で再版などが行われず、事実上の絶版になっている「Out of Print」作品は70%にも達すると主張している。「BookServer」プロジェクトは、こういった不遇の作品について、オンラインでの貸出ないし販売に道筋をつけるのが大きな目標だ。

 萩野氏は「Internet Archiveでは、大企業でも政府でも株主でもない1人1人が、開かれたデジタル図書館を作ろうと提案し、システム的には構築されつつある。Internet Archive自身ががオンライン販売を行う意志はなく、あくまで出版社が収益をコントロールするのが前提だ」と説明。残るは、一般ユーザーや出版社自身が活動に参加するだけだと強調する。

 また、国際的な電子書籍フォーマットとして注目されているEPUBは、日本語対応について流動的な部分が多いという。ボイジャーは日本企業として、ルビや禁則処理といった日本語独特の表現についても、サポートの充実を訴えていくとしている。

巨大企業に依存しすぎるな

 一方で、萩野氏はセミナー参加者に対し「なにか大きなものに身を預けきってはいないか。誰かに任せて、自分の取り分だけを都合よくせしめようとしてはいないだろうか」と語りかけるシーンもあった。電子書籍の充実によって直接の利益を享受するはずの一般ユーザーが、GoogleやApple、Amazonなど巨大企業の動向に依拠しすぎ、単なる傍観者になりかけているとの懸念を暗に示した。

Internet Archiveでの電子書籍収集と同時に、「Open Library」では書籍タイトルやISBNコード(図書判別用の国際的な番号制度)、表紙画像などのカタログ的なデータも収蔵している

 萩野氏はセミナー冒頭、ボイジャーのサービス「理想書店」を通じて無料配信されている電子書籍「小さなメディアの必要(津野海太郎著)」、「極端に短いインターネットの歴史(浜野保樹著)」(いずれも晶文社刊)について触れ、この2冊から電子出版の方向性について大きな影響を受けたと明かす。

 この書籍から引用する形で萩野氏は、核攻撃でどこか1カ所が損害を受けても、小さなコンピューターが補完しあうことによってネットワーク全体を維持し続けるインターネットの特徴に言及。「小なるもの、弱いものの連携によってインターネットが成り立っているように、(政府や大企業が市場介在しない理想的な)電子出版を実現するには、我々自身が行動を起こす必要がある」と呼びかけた。利用者同士が連携することで、巨大企業による市場支配を抑制する観点も必要だと訴える。

 萩野氏は「大事なことは、自分たちで小さなことでも進めていくこと。インターネットにはそれを実現しうるだけの希望がある。本質を見極めようではありませんか」と発言。利用者本位の電子出版実現に向けての行動をセミナー参加者に促し、講演をまとめている。


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(森田 秀一)

2010/7/9 06:00