特集
“忘れられた技術”―P2Pファイル共有ソフト「BitTorrent」で今、何が起きているのか? 著作権侵害による開示請求急増の背景
今知っておくべきP2Pファイル共有ソフトの特徴と注意点
2025年12月22日 06:30
P2Pファイル共有ソフト「BitTorrent」(ビットトレント)利用者に対する、著作権侵害による発信者情報開示請求や損害賠償請求が急増している。なぜ今、そのような事態が――? ここでは、10年以上前にもインターネットを騒がせた「P2Pファイル共有ソフト」の特徴と、現在起きている問題を解説する。
総務省も注意喚起、95%超がアダルト動画関連
総務省は11月に「ファイル共有ソフトの不適切な利用による著作権侵害に関する注意喚起」を発表し、ICTリテラシー啓発サイト「DIGITAL POSITIVE ACTION」内に、注意喚起のためのコンテンツを公開した。
そこには、プロバイダー(ISP)に対する発信者情報開示請求(権利侵害行為の被害者が、加害者の身元を特定するために情報の開示を求める請求。昨今ではSNSでの誹謗中傷に対する開示請求が話題になることが多い)が急増しており、その 約95.6%が、特定のP2Pファイル共有ソフトを用いたアダルト動画の著作権侵害 事案であると、衝撃的な内容が記されている。さらには、数十万円という高額の和解金を要求される例もあるという。
この話を理解するには、前提として「P2Pファイル共有ソフトとは何か?」という知識が要る。現在「ファイル共有」は日常的に行われており、Googleドライブ、OneDrive、あるいはギガファイル便など多数のサービスがあるが、それらと「P2Pファイル共有ソフト」は仕組みが根本的に異なるため、まず、両者を明確に区別しておく必要がある。
また、総務省のウェブサイトではソフトウェアの名称を出していないが、取材により、問題になっているソフトウェアはBitTorrentであると言っていい(それ以外のP2Pファイル共有ソフトの名前はほぼ挙がらない)状況だと判明している。
以降では「ファイル共有ソフト」という言葉は使わず、「P2Pファイル共有ソフト」あるいは「BitTorrent」と記述する。
問題を理解するための前提知識――公衆送信権とP2P
今回の話を理解するために必要な前提知識として、まず著作権と公衆送信権、そしてP2PおよびP2Pファイル共有ソフトの仕組みについて、かいつまんで説明する。ご存知の人は飛ばしてもらって構わない。
著作権とは、自分の表現したもの――文章、絵、映像、プログラムなどに生じる権利だ。著作権法では著作者の権利を守り、他者が勝手に扱うことを制限する。
著作権の中には複数の権利があり、その1つに「公衆送信権」がある。これは、放送やインターネットを通じて不特定多数向けに送信する権利で、インターネットであれば「ファイル共有などに使うサーバーにアップロードして、誰もが見たりダウンロードしたりできる状態にする」ことが相当する。
つまり、自分が著作権を持たないファイルを、 勝手にアップロードすると、公衆送信権の侵害 にあたり、著作権侵害となる。これが1つ目のポイントだ。
とはいえ、SNSなどインターネットには権利者でもないのにマンガやアニメの画像を勝手にアップしている利用者が数多くいるが、著作権侵害に問われている場面はあまり見ない。これは、著作権侵害は親告罪といい、一部のケース(有償で販売されている著作物に対し利益目的で行われ、権利者の利益を不当に害するもの、一例としては「海賊版の販売」などは、2018年より非親告罪化されている)を除いて、権利者が告訴しない限りは罪として成立しないためだ。
そのため、ささいなケースでは見逃されることも多いが、権利者が目に余るものだと判断した場合、最悪のケースでは告訴され、罪に問われることになる。
なお、アップロードの反対のダウンロードは、著作権法上は複製(そのための権利は「複製権」)にあたり、個人的に使う(鑑賞するなど)ための複製は、私的使用のための複製として適法である。ただし「違法にアップロードされたものだと知っていながらダウンロードする」のは違法だ。
続いて、P2Pの仕組みを見ていこう。P2Pは「Peer to Peer」の略で「対等な存在同士」といった意味合いとなる。
現在ファイル共有に使われる一般的なサービスでは、私たちはサーバーにファイルをアップロードし、相手にサーバーからファイルをダウンロードしてもらう。中心にサーバーがあり、利用者はPCやスマートフォンなどのクライアントでアクセスし、利用する構図となっている。
これに対して、P2Pは、中心的なサーバーを置かず、同じソフトの利用者同士をつなぐ仕組みであることが特徴。そしてP2Pファイル共有ソフトは、同じソフト利用者同士のPCをつないで、ファイルを共有できるようにする仕組みになっている。
サーバーから提供するファイル共有サービスは、アクセスの集中などでサーバーが停止してしまうと、完全に利用できなくなる。対して、P2Pファイル共有ソフトの場合は、ほかの共有可能な利用者がいる限り、その利用者のPCからダウンロードできるので、利用を継続できる点が、大きなメリットとなる。ただし、今日では、サーバーに大量のアクセスがあっても安定して対応できる仕組みが存在するため、P2Pが使われることは減っている。
ここで注目するべきなのは、P2Pファイル共有ソフトでは「ほかの利用者のPCからダウンロード」するという点だ。言い換えると「自分のPCからほかの利用者にダウンロードさせる」ということで、P2Pファイル共有ソフトで自分のPCにファイルをダウンロードすると、そのファイルがほかの利用者からダウンロード可能になる仕組みだ。
つまり、 私的使用のための複製をすると、同時に公衆送信してしまう 。他者が著作権を持つファイルなら、その段階で公衆送信権を侵害してしまう。
このことを指して、P2Pファイル共有ソフトを利用する際の注意点を説明する文書では、「ファイルをダウンロードすると同時にアップロードする」と説明されることが多い。ソフトの機能あるいは行為としてアップロードしているのか? というと判断が難しいが、公衆送信という観点では同じこととなる。
P2Pファイル共有ソフトでは、ファイルをダウンロードすると、同時にアップロードしてしまった扱いになる。これが2つ目のポイントで、サーバーを持つファイル共有サービスとの、著作権の観点から見た決定的な違いとなる。
監視されるBitTorrentと権利侵害
「P2Pファイル共有ソフトを利用していると、ファイルをダウンロードすると同時にアップロードしてしまい、私的使用のための複製のつもりが、公衆送信権の侵害もしてしまう」。前提知識として述べた説明を簡単にまとめると、こういう話になる。
本件に関して、一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)理事の野口尚志氏(行政法律部会長)にお話を伺った。JAIPAはISPの団体であり、権利者からの発信者情報開示請求を受ける側となる。野口氏の把握するところでは、問題となっているP2Pファイル共有ソフトとは、ほぼ全てがBitTorrentだという。
P2Pファイル共有ソフトは、サーバーを持たないため、利用状況を把握しにくく、権利侵害があっても実情を調査しにくいと思われているかもしれない。特に2000年代、日本でP2Pファイル共有ソフト「Winny」が流行していたころは、Winnyの仕様上の特徴もあり、「匿名性が高い」とよく言われていた。
しかし、現在では、P2Pファイル共有ソフトのネットワークを監視し、権利侵害を発見する検知システムが登場している。JAIPAなどインターネット関連団体や著作権関連、商標権関連の団体で構成される情報流通プラットフォーム対処法ガイドライン等検討協議会(旧:プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会)では、P2Pファイル交換ソフトによる権利侵害情報の流通に関する検知システムの認定活動を行っており、2025年7月には、BitTorrentを対象とする検知システム「P2P Monitor」が認定されていることに注目したい。
野口氏によれば、情報流通プラットフォーム対処法ガイドライン等検討協議会で認定しているもの以外にも、P2Pの権利侵害検知システムは複数存在するという。P2P Monitorは認定前から運用されており、認定されることで発信者情報開示請求に必要な権利者側の手続きが多少簡便になる可能性はあるが、実情として大きな違いはないそうだ。
いずれにしても、このような検知システムの存在するBitTorrentの「匿名性が高い」わけがない。 権利者がやろうと思えば、著作権侵害は比較的簡単に把握され、発信者情報開示請求や損害賠償請求につながる 、と認識しておくべきだろう。
情報流通プラットフォーム対処法ガイドライン等検討協議会は検知システム自体を評価し、認定を行うが、その運用実態までは把握していない。とはいえ、BitTorrentにおける権利侵害を検知できるシステムがあり、アダルト動画の著作権侵害についての発信者情報開示請求が急増し、高額の和解金の請求まで行われているという状況から考えるに、検知と権利者への通報を行い、弁護士と共に発信者情報開示請求や和解金請求なども手配するブローカーのような存在もあるのではないかと推察される。
実際のBitTorrent利用者には取材しておらず、これも筆者の推察・想像だが、現在BitTorrentを利用している人の多くは、P2Pファイル共有ソフトの仕組みや検知システムの存在を理解しておらず、無知ゆえにたいした悪意もなく、違法なコンテンツをダウンロードしているのではないかと思われる。総務省が公開している注意喚起コンテンツの事例でも「自分にはアップロードの認識はなかった」というものが紹介されている。
同じく注意喚起コンテンツの事例に、相談者本人はBitTorrentを使用していないが、家族が使用している可能性を示唆するものもある(発信者情報開示請求は、回線の契約者宛に届く)。身近な誰かが何かのきっかけでBitTorrentを知り、利用しているかもしれない。BitTorrentやP2Pファイル共有ソフトについて、それとなく話題に出し、注意を促しておくといいだろう。
P2Pファイル共有ソフト問題の再燃は、語り継がれなくなったことの弊害か?
P2Pファイル共有ソフトといえば、前述したWinnyの事件を衝撃的なものと記憶している人も少なくないだろう。
Winnyは2002年に公開されたP2Pファイル共有ソフトで、2003年以降、複数の利用者が著作権侵害の疑いで逮捕されている。そして、2004年には、開発者の金子勇氏が著作権法違反ほう助の疑いで逮捕された。
INTERNET Watchでは、2023年の映画「Winny」公開にあたって関連記事をまとめているので、ご覧いただければと思う。2000年代にはトラフィック急増の原因となるほどの存在だったが、2010年代中盤以降は、ほとんど話題にならなくなっている。
若い世代や、ここ10年ほどの間にインターネットを利用し始めた人にとって、P2Pファイル共有ソフトを知る機会はほぼなかっただろう。言ってみれば、P2Pファイル共有ソフトは「忘れられた技術」になっているのかもしれない。
しかし、少数ながら現在もP2Pファイル共有ソフトは使われ続けており、本稿では紹介しないが、BitTorrentは誰でも簡単に見つけてダウンロードできる(もちろん、適切に使えば何も問題はない)。
もしも、P2Pファイル共有ソフトの特徴をよく理解しないままに利用しているという人がいたら、他者の著作権を侵害している可能性があるファイルの扱いには慎重になるべきことを、よく理解していただきたい。また、違法性は認識しつつも軽い気持ちでP2Pファイル共有ソフトを悪用している人は、権利侵害検知システムが存在しており、追及から逃れることは難しいことを知っておいた方がいい。JAIPAでも、P2Pファイル共有ソフトの悪用に関する注意喚起コンテンツを公開している。
11月に、一般社団法人日本レコード協会(RIAJ)は、BitTorrentを使用して違法に音楽ファイルをアップロードしていた利用者に対する発信者情報開示請求訴訟において、開示を命じる判決が下ったことを発表した。RIAJは、同様の発表をこれまでにも継続的に行っており、BitTorrentなどP2Pファイル共有ソフトを悪用した違法アップロードについて、厳しい姿勢を取り続けている。
| 公衆送信権と送信可能化権 1997年に行われた著作権法の改正で、「送信可能化権」が定められた。 送信可能化権は公衆送信権に含まれ、今でいうオンデマンド配信のような形態を想定して「公衆からの求めに応じ自動的に行う公衆送信」を「自動公衆送信」と呼び、著作物を自動公衆送信可能な状態にできる権利が、送信可能化権である。 本稿では公衆送信権として説明を行ったものが、おおむね同じ意味で、送信可能化権として説明される場合もある。 ▼参考 IPマルチキャスト放送の著作権法上の取扱い等について 3.現行著作権法におけるIPマルチキャスト放送の取扱い(文部科学省) ファイル共有ソフトによる著作権侵害 著作権とは?(一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会) |
| 「ファイル共有」という言葉についての補足 話がややこしくなるため使用を避けた「ファイル共有」という言葉について、最後に補足しておきたい。 かつて、インターネット上でのファイルのやり取りは、「FTP」というプロトコルを使い、FTPサーバーにアップロードする/FTPサーバーからダウンロードすることで行われていた。P2Pファイル共有ソフトが使われるようになったのは2000年頃からだが、サーバーとクライアントの関係でなく、お互いが対等な、フラットな関係の中で、ファイルを共有(Share)する、という言葉が使われるようになった。 2000年代半ば以降に、ブログやSNSといったソーシャルメディア上での「情報共有」という言葉が定着し、また、「写真共有」や「動画共有」をうたうサービスも次々と現れ、使われるようになっていった中で、「ファイル共有」という言葉も広く使われるようになり定着した。 P2Pは、現在はあまり目立つ場所で使われてはいないが、ユニークなものであり、対等な関係を前提とした「共有」という概念は、先進的というか、インターネットの原理をそのまま形にしたものだとも言える。先にP2Pファイル共有ソフトは忘れられた技術になっているのかもしれないと述べたが、今後ふたたび、P2P技術が注目を浴びる可能性もあるだろう。 |





