インタビュー

「N高生」は開校時点で千数百名 40代の人、親子で入学の人も

 学校法人角川ドワンゴ学園の「N高等学校」は、インターネットを通じて学べる通信教育制の高等学校。設置認可も下り、4月6日の入学式を皮切りに正式な通信制の高等学校としてスタートする。「ネット部活」や「ネット遠足」など新しい側面が目立つN高等学校だが、どのような生徒が入学予定なのか。また、保護者の反応はどうなのか。校長の奥平博一氏に話を聞いた。

N高等学校・沖縄本校(沖縄県伊計島)

中3から40代まで、親子で入学する例も

学校法人角川ドワンゴ学園・N高等学校校長の奥平博一氏

 「4月のスタート時でN高生は千数百名いる。スタートにしては多いのでは」と奥平氏は言う。生徒数の目標はあえて持たない。「1年もやっていない学校にもかかわらず選んでもらっているのはうれしい」。

 説明会・相談会は、東京以外に大阪、名古屋、札幌、福岡、仙台など全国各地で行っている。その結果、ほぼすべての都道府県から入学者が出ることになりそうだという。通信教育の学校なので海外在住でも入学はでき、海外に住む日本人などに向いていると言えるかもしれない。

 一般の学校の説明会・相談会は参加者が母親のみ、生徒のみというケースも多いが、同校の場合は生徒だけでなく両親と家族で来るケースが多い。これまでは時期的に中学3年生の参加者が多かったが、徐々に高校からの転校生も増えてきたそうだ。

 生徒の割合は、現時点で「おおよそ男女半々くらい」。同校はさまざまな媒体で告知しているが、ネットを介して知ったケースも多いようだ。引きこもりや団体生活になじめない子などが一般校と比べて多いかどうかは分からないが、そういう子たちがいることは確かだという。

 「N高校のことについては子供が先に知ったケースが多いと思うが、情報を得るうち、『これならうちの子も大丈夫ではないか』と保護者から声をかけたケースもあると思う」と奥平氏はみている。生徒の年齢にはばらつきがあり、30代の高卒資格を持たない社会人や40代の人のほか、「自分ももういっぺん学び直したい」と親子で入学した例もあるという。

保護者の抱く不安を早期に解消したい

 「正直、『ネットですべて完結する(※)』という新しさから、本人は行きたいが保護者は不安を抱いている場合もある」と奥平氏は告白する。説明会・相談会に両親と生徒で来ている割合が高いのも、その現れかもしれない。保護者が「子供がネットの世界にさらに入り込んでしまうのではないか」という不安を抱いていたり、マイナスイメージを持っている場合もある。「正直、『通信制で大丈夫なのか』『他の子は全日制なのにネットの学校で大丈夫なのか』などの気持ちもあるだろう」と奥平氏は考える。
※年間5日間程度のスクーリングが必要

 本人は前向きなことが多いが、保護者の不安は主に2つのパターンに分かれる。「毎日家にいるの?」と「卒業後はどうなるの?」というものだ。「勉強したり、大学に行けるような材料は用意している。それでも保護者は『この子、毎日家にいるんでしょ』となる。家にいてパソコンに向かっていても、ネット上でさまざまな体験できてリアルの世界につながっていくことが、保護者には理解できないこともある。親の側に経験値が足りないこともあり、そこがまさに我々の挑戦」。ネットに向かっていても、そこで友達ができるかもしれない。プロ棋士などの一流の指導者とのやり取りをしているかもしれない。「これが理解してもらえたら、教育の世界は広がるはず」。

 奥平氏は説明会・相談会にはなるべく参加し、行けない時もSkypeで説明しているという。「通信制度を使うことによってさまざまなことに挑戦してもらえる。それを用意しているのが当校。むしろそういうことをするためには通信制度が一番いいと説明している」。何も考えずに目的もなく高校に行くより、目的を持って行けば可能性に満ちた高校時代が送れるはずだ。説明会・相談会後に行ったアンケートを見ると、「通信制に対する印象が変わった」と前向きな回答が目立つという。

 期待を込めて「こんな学校を待っていた」と言ってくれる保護者もいた。「これまで認められてこなかった子が、ここならひょっとしたら自分のやりたいことができるのではと、期待を感じてもらえたのではないか」。ある母親は「これでもう一度、改めて親子関係作れます」と言った。むしろ娘と一緒にいられる時間ができたことに喜びを感じてくれたというわけだ。

 「両親で来た場合、父親の方が理解が早いことが多いかもしれない」と奥平氏は述べる。「組織で働いていてネットの大切さ、コミュニケーションの重要さを知っているので、その大切さを先に学んでいけることを有効と感じているようだ。何も考えずに高校3年間を過ごすよりも、1つのスキルを身に付けた方が強いと実感しているからこそ理解があるのでは」。

地区ごとの担任制できめ細やかなケア

 派手な部分にばかり目が行きやすいが、通常の高校卒業に必要な英国数理社などの高校教員資格を持った教員が、課外授業も含めて二十数名、沖縄県の本校に在籍している。これらの教員は、スクーリング時の授業のほか、生徒からの質問・相談を受けたり、レポートなどの添削指導を行う。「他の通信教育は英国数理社だけだったが、課外学習にパワーを割いているのが当校。高校の勉強も受験勉強もできる一体型と考えてほしい」。

 ネットの学校なので生徒の側は24時間連絡が来る可能性があるが、教員はもちろん24時間対応ではない。「学校生活を通じて、ルールやマナーも学んで欲しい」。

 ネットのやり取りの良さは、1対1のコミュニケーションがとれる点だ。学校ではなかなかすべての生徒と話すことは難しいが、ネットでは話しやすいし、質問もしやすい。「『最近、あの生徒と話していない』と思ったらすぐに話せる。親は気付かない些細なことでも、ネットのでやり取りをすることで情報が得られる可能性もある」。

 ネットなので受け身ではなく、自らスマートフォンやパソコンに向かわねばならず、ログインしなくなる生徒が出ることも考えられる。しかし、ログインしていない、レポートが出ていないといったことはすべてログで分かるため、いざとなれば電話もする。「ネット上ですべてログがとれているので、かえってドロップアウトしそうな生徒は分かるため、フォローすることもできる」。

沖縄本校の内部

 沖縄本校でのスクーリングは4泊5日の予定だ。生徒の中には「沖縄に行けるからN高に入りたい」という子もいる。「楽しいイメージがあるのが沖縄の魅力。学習の動機は『沖縄に行ける』でもいい。『N高に行ったら何か面白いことありそうだな』と思ってもらいたい」。

 同校では通常の遠足の代わりに、「ドラゴンクエストXオンライン」で先生と生徒でプレイする。いわゆる「ネット遠足」だ。「私なんてすぐにやられる自信がある。生徒たちに『校長先生を守れ』と守ってもらうと面白いかもしれない」と奥平氏は笑う。 “ゲーム”という面だけを見て悪ととったり、バーチャルはダメという議論はまだまだ多い。しかし、「ツールは何でもいい」というのが奥平氏の意見だ。花札しかり、トランプしかり。本来、ゲームは子供のコミュニケーションを高めるツールの1つに過ぎない。「普段はネットの中で交流して、スクーリングの時やイベント時に『先生も仲間も本当にいたんだ』となってもいい。だからリアルなイベントも大切にしていきたい」。

一般の学校ではできない発想で、面白く社会とつなぐ

 小学校教員からスタートし、通信教育の教員も含め30年間の教育経験がある奥平氏。沖縄県出身というわけではなく、校長就任に合わせて関西から沖縄県に移住した。「自分も楽しくやりたいし、子供にも楽しんでほしいのが原点」。高校設立に向けて準備を進めていく中で「カドカワがやったら面白そうだな」と感じたという奥平氏は、同校の発想を「教育業界にだけいた人には出ない発想」と評価する。「今までの学校は社会との橋渡しとしとしては十分に機能していなかった部分もある。しかし、カドカワは企業としてどんな人材が欲しいか、子供たちが何が面白いのかも分かっている。学校という、従来持っている機能が数倍に広がっていく可能性がある」。

 また、他の通信教育と比較して、同校の可能性を評価する。「通常の通信教育は『英数国理社をどう教えるか』だけ。子供の夢実現のためにもっとできることがあるはずと思ってきた」。一般の学校ではできない部分を塾などに行って補うのが普通だが、同校なら全部学内で実現するというわけだ。

 「通信教育なのに友達もできる。勉強も、リアルの場ではみんなの前で分からなくても聞けないが、ネットなら聞きやすい。もういっぺん四則計算に戻ってもいい。ネット学習は教育効果として有効」と奥平氏は主張する。さらに、ネットのコミュニケーションを通して「生徒同士がお互いに励まし合う関係ができたら」とも期待する。回りには自分と似た人はいなくても、全国を見たら似た人もいるはずだ。「視野を狭めるのでなく、自分の住んでいる空間を広げていって欲しい。高校まで地域に縛られることはない。学校選択は多様であっていいのでは」。

 「東大生も出たN高校」「一流のプログラマーも出たN高校」と言いたい――それが奥平氏の望みだ。「通信制学校の生徒は、学校名を聞かれても名前を言えない状態だった。学校としてのステータスを上げてあげるのは必要。胸を張って『N高生』と言ってもらいたい」。そのためには、受験実績や就職なども数を出していかねばと考えているという。

 同校には制服も用意されている。必須ではないが、多くの生徒が購入しているという。「人にはどこかに帰属していたいという基本的欲求がある。これを着て『N高生だよ』と言いたいのだろう」と奥平氏は考える。「昔とは違い、今はさまざまなデバイスやコミュニケーションツールが増えたことにより、リアルな場で会話をしていても本当の仲間かどうか見極めるのが困難な時代。だからこそ『仲間だよね』と言える関係が求められている時代。N高を『ここは私の居場所』と言える場場所にしていきたい」。

【記事更新 2016/4/11 13:55】
 沖縄本校の写真を追加しました。

高橋 暁子

小学校教員、ウェブ編集者を経てITジャーナリストに。Facebook、Twitter、mixi などのSNSに詳しく、「Facebook×Twitterで儲かる会社に変わる本」(日本実業出版社)、「Facebook+Twitter販促の教科書」(翔泳社)など著作多数。PCとケータイを含めたウェブサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持ってる。http://akiakatsuki.com/