インタビュー
“マンガ版GarageBand”を目指したい――「CloudAlpaca」改め「MediBang Paint」でマンガ制作ソフトを無料提供するメディバンという会社の狙い
(2015/8/14 06:00)
「株式会社メディバン(MediBang)」という会社をご存知だろうか。2014年11月に無料マンガ制作ソフト「CloudAlpaca(クラウドアルパカ)」のPC版をリリース。以来、チーム制作機能、フォントの無料提供、スマートフォン向け無料ネームアプリ「マンガネーム」など、矢継ぎ早に新サービスを投入している。
今年6月には、無料マンガ制作ソフトのブランド名をCloudAlpacaから「MediBang Paint」に変更。同ソフトのAndroidタブレット/iPad版アプリ「MediBang Paint Tablet」や、Androidスマートフォンアプリ「MediBang Paint Mini」の提供も開始している。
提供元のメディバンとは何者なのか? Cloud Alpaca改めMediBang Paintの目的とは何か? 同社企画・マーケティング部でマネージャーを務める土井将史氏に話を伺った。
“マンガ版GarageBand”を目指したい
――まず、メディバンという会社について教えて下さい。
弊社は、MediBang Paintの提供と、MediBang Paintから投稿できるイラスト/マンガなどのコンテンツプラットフォーム「MediBang」の運営をメイン事業として行っています。現在は、MediBang Paintのユーザー数を100万ユーザーまで増やすことがメインタスクです。
――MediBang Paintの開発のきっかけは?
Appleの「GarageBand」という音楽作成ソフトをご存知でしょうか。あのソフトで音楽の形が変わったと考えています。ほかのGarageBandユーザーとセッションできる機能があり、ギターやドラムなどの演奏者が離れていても1つの作品が出来上がるのです。それをマンガでもやりたいと考えています。
マンガ制作に目を向けると、その実態はまだまだアナログのまま。このままではグローバル化が進む中でマンガという文化が衰退してしまうという懸念もあります。デジタル化して効率よく制作していく必要があると考えました。また、マンガは日本の文化なので、他国の企業がマンガ制作のデジタル化を推し進めるとは限りません。日本のIT企業がやらないといけないという思いもありました。弊社代表の高島(高島秀行氏)が一時期、発売されている商業誌は全部読んでいたのでは(笑)と思わせるぐらいのマンガ好きなんですが、それならウチがやろうじゃないか、ということから始めた事業です。
――マンガ制作のためのデジタルツールとしては、すでにセルシスが「ComicStudio」や「CLIP STUDIO PAINT」といったソフトを提供しています。
効率よく作業するとなると、米国のような分業制・チーム制作が必要と考えています。そのためにはクラウドの技術が必要で、複数の人が携わるプロジェクトを管理するシステムも必要になります。そういった点から、既存のデジタル制作ツールからまだまだ改良の余地があるのではないかと思っています。
ただし、チーム制作をいきなり提案しても受け入れてもらえないので、シンプルなペイントツールとして使っていただいて、チーム制作の方が効率いいよ、楽しいよ、という提案を、ステップを踏んでやっていこうと考えています。
――MediBang Paintはどのような方が使われているのでしょうか?
マンガやイラスト制作の初心者の方から、すでにマンガを制作されている方まで幅広いです。最近はプロのマンガ家など商業誌で描かれている方も増えてきました。Comic Studioからの乗り換えも想像以上に多いです。使い慣れていたツールのサポート終了が近くなって、新しく覚え直す際に有料より無料かな、ということで選ばれるパターンが多いようです。また、CLIP STUDIOは高機能ゆえに、初心者が最初に触るソフトとしてはハードルが高いのも理由としてあるかもしれません。
――メディバン以外にペイントソフト事業に新規参入する企業が見当たりません。
実はペイントソフトを作るのはとても大変なことで、開発者が日本にほとんどいません。開発されていたとしても個人の方が多く、企業として参入するのは障壁が高いのではないかと思います。そこは優秀なエンジニアを確保するしか無いのですが、高島がもともとGMOクリック証券の創業者(現在は代表取締役会長)でもあり、プログラマー系の人脈を持っており、その伝手で良いプログラマーを引っ張って来ることができました。
ビジネスモデルは広告、IT業界では一般的な無料提供が怪しまれる要因にも
――MediBang Paint Tabletをはじめ、PC向け「MediBang Paint Pro」や、MediBangにおける電子書籍ストアへの出品代行手数料などすべて無料で提供されています。また、電子書籍ストアで作品が売れた場合も、ストアの手数料以外はすべて作者に還元しています。どのようなビジネスモデルで展開しているのでしょうか。
広告モデルを採用しています。MediBang Paintを起動した際や、MediBangに広告を掲載しています。将来はクラウドストレージの容量をより多く使いたい人向けに有料オプションを提供するといった可能性はありますが、現時点ではMediBang PaintとMediBangを使ってもらわない限り、マネタイズを考えても仕方ありません。まずはユーザー数を増やすのを目標に、すべて無料で提供しています。
FacebookやInstagramなど、IT業界では無料でサービスを提供して、ユーザー数を増やした上でマネタイズを図る手法が一般的です。ただし、マンガ制作ツールとしては珍しい手法のようで、よく怪しまれます(笑)。
――無料でフォントも追加されましたが、実際に購入すると高額なものも含まれています。
普通に買うと1フォント3~5万円はします。フォントの提供に関しては、ユーザーから要望があったわけではなく、社内でもウケるのかな?と半信半疑ではあったのですが、実際にリリースすると予想以上の反響がありました。
有料ソフトやペンタブレットは不要、スマートフォン/タブレットのみでマンガ制作
――MediBang Paint Tablet/Miniをリリースした狙いについて教えてください。
MediBang Paint Tablet/Miniは、タブレットまたはスマートフォンのみでイラストとマンガが制作できるアプリです。デジタルでイラストやマンガを描こうとすると、PCのほかにペンタブレットや制作ソフトが必要ですが、今どきはPCを持っていない中学・高校生も多く、それらの機材を買ってマンガを作る人となるとほとんどいないのが現状です。
また、アナログでも、Gペンや丸ペンといった、マンガでよく使われる画材の入手性も低いため、そこでハードルが高くなってしまい、絵を描いたことはあるけど、イラストやマンガ制作になかなか繋がらないケースが多いと思います。そうした状況で、スマートフォンやタブレットを使って、無料でイラストやマンガが描けるアプリがあればいいなと思って開発しました。
――開発にあたって気を付けた点は?
2点あります。まず、スマートフォンやタブレットでは、PCと異なり物理的なキーボードがありません。PC版ではショートカットキーを使いながら描くのが一般的ですが、それらの操作をどのように再現するか頭を悩ませた部分です。MediBang Paint Tablet/Miniでは、使用頻度の高いショートカットキーに直接アクセスできる「ショートカットパネル」を設置しました。UndoやRedoは初めから埋め込んでありますが、ユーザーがよく使うショートカットキーにカスタマイズすることができます。
また、なるべくPC版と同等の性能を実現したいと考えました。タブレットなどではPCと比較して画面サイズが小さいので、それらに最適化しつつも、PC版を使用しているユーザーにも違和感なく利用してもらうためのバランス取りが難しかったです。通常のペイントソフトのようにすべてのツールを表示すると、画面サイズの関係上描画領域が少なくなってしまいます。そのため、ペイントソフトの常識を捨て、ツール画面を基本的に閉じている状態にしました。ツールを出し入れしていただくことで描画領域を確保しています。
――通常のタブレット端末+スタイラスペンだと、マンガやイラスト制作は難しそうですが?
通常のスタイラスペンは先端が大きめのものが多いのですが、拡大して描くことで、引きで見た場合に普通の鉛筆で描いたような感じになります。といっても、PCのイラストソフトでも基本的に拡大して作業を行うので、同様の使い勝手でご利用いただけると思います。また、Galaxy Noteのように筆圧が取れるペンを付属する端末も増えてきましたので、MediBang Paint Tablet/Miniどちらも筆圧感知に対応させています。
――名称をこれまでのCloudAlpacaからMediBang Paintに変更した理由は?
これは、コンテンツプラットフォームであるMediBangの訴求を本格化するにあたり、イラスト制作ソフトからコンテンツプラットフォームまで1つのトータルのサービスとして認知していただくためです。
――ちなみに、CloudAlpacaのアルパカちゃんは?
残念ながらいなくなります……。
海外展開を本格化、電子出版だけでなく、印刷会社と連携して紙の本も
――MediBangの今後の展開について教えて下さい。
当面は、年内にユーザー数を100万人までに増やすことを目標としています。これまで17~18万ダウンロードで推移していたのですが、MediBang Paint Tabletなどのリリースにより、MediBang Paint Proもあわせてダウンロード数が伸び、シリーズ合計で50万ダウンロードを突破しました(8月12日時点)。ですが、まだ目標には届いていません。そのため、MediBang Paint Tabletの提供開始に続いて、海外展開を本格化しました。
――主にどのような国々で展開するのでしょうか。
米国のほか、中国、台湾、韓国、東南アジアなどがターゲットです。各国でヒアリング調査したところ、東南アジアでマンガを読んでいる方で、実際にマンガを描いてみるものの、Gペンや丸ペンなどの画材が手に入らず、鉛筆でずっと描いている方などもいらっしゃいます。しかも、海外ではGペン1本でも2000円程度と高価で、加えてインク代などもかかります。しかし、そういった方々でもAndroidスマートフォンを持っていることが多く、それならばスマートフォンでマンガを描いてもらえればと考えております。
――どの程度ローカライズを行っていくのでしょうか。
本格的なマーケティングはまだ行っていないのですが、すでに旧Cloud Alpacaから10言語ほどに対応しております。MediBang Paint Tablet/Miniも、日本語、英語、中国語、韓国語で利用でき、他の言語については徐々にアップデートで対応予定です。最近では、米国、中国、韓国、東南アジアからのダウンロードが顕著で、現在ではユーザーの6割近くが海外の方です(8月12日時点)。
また、海外でもMediBangを提供しており、6月末に米国、中国、台湾、韓国向けにリリースしました。MediBang Paintから直接投稿できる機能もあわせて提供しています。
――各種サービスの展開や海外展開など、かなりスピード感を持って進められている印象ですが、社内リソースはどのようになっているのでしょうか。
スタッフは現在、臨時も含めて40人ほどです。半数以上がエンジニアで、イラストレーターも在籍しています。イラストレーターにはもともとウェブデザインなどを担当してもらっているのですが、制作したソフトなどをテストしてもらって改良しています。テストには、MediBangで作品を公開されているクリエイターの方にも参加してもらっています。
海外展開はリソースが必要です。マルチランゲージ対応は各国のネイティブの方を雇って翻訳しています。また、海外でマーケティングを展開するにあたり、現地のマンガやイラスト事情に詳しいネイティブの方に加わってもらっています。英語や中国語が喋れるだけではマーケティングできず、それぞれの国の文化なり心情の細かいところまで理解する必要があるためです。
――100万ユーザーを達成するための、そのほかの施策は?
電子書籍以外にも印刷会社と提携して紙の本として出版できるようにする予定です。理想としては、MediBangにデータを持ってきていただければ、紙での出版も電子書籍にもできるサービスとして提供できればと思っています。
また、専門学校と連携して、MediBang Paintの初心者向け講座を週1回で展開する予定です。オンラインでも教材コンテンツをそろえたいところですが、さすがにリソースが足りませんので、他のサイトなどで描き方の講座をやられている方の情報を集めるキュレーションサイトを展開する予定です。また、複数の出版社からMediBang Paintの解説本のお話があり、そういったところでも進めていきたいです。
出版社のコアミックスとコラボレーション企画を展開しているほか、ゲーム会社と共同で何かできないか検討している段階です。また、現在MediBangから4つの電子書籍ストアへの出品登録代行を無料で行っていますが、ストア数をさらに100程度追加する予定です。
――紙の本はコミケなどで同人誌を出されている方もターゲットに入りますか?
はい。同人誌を紙で出版されている方は多いのですが、電子書籍として出されている方は少ないのが現状です。ただし、みなさん制作データを持っているはずですので、すぐに電子書籍化できるということであればMediBangを使っていただけけるのではと考えています。
今後もサービスや機能追加などいろいろと展開していく予定なので、また皆様にご案内できればと思います。
――ありがとうございました。