ニュース

大企業だけが経済発展を担うのは限界、人口減社会にはIoTを――藤原洋著「日本はなぜ負けるのか」出版記念討論会

「日本はなぜ負けるのか インターネットが創り出す21世紀の経済力学」の著者である藤原洋氏

 一般財団法人インターネット協会の理事長で、株式会社インターネット総合研究所の創業者である藤原洋氏による著書「日本はなぜ負けるのか インターネットが創り出す21世紀の経済力学」の出版記念討論会が6月30日、都内で開催された。経営学者の米倉誠一郎氏、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議の常勤議員を務める上山隆大氏を交え、日本の未来像を探った。

「米英など10カ国中、日本だけがGDP減少」それが意味するものとは?

 著者の藤原氏は1954年生まれ。京都大学理学部卒業後、日本IBM、日立エンジニアリング、アスキーなどを経て、1996年にインターネット総合研究所を創業した。現在は企業家としての活動に加え、インターネット協会理事長、情報通信政策有識者会議のメンバーも務めている。

 著書の「日本はなぜ負けるのか」では、藤原氏との交流が深い米国、英国、ドイツ、フランス、中国、韓国、オーストリア、ハンガリー、イスラエルに日本を加えた10カ国において、20年(1994年~2014年)のうち、人口変動を差し引いてもなお、日本だけが唯一GDP(国内総生産)が減少しているという分析結果に基づいて、さまざまな論考を展開。この危機感を伝えたいとの想いから、出版が企画されたという。

 出版元は株式会社インプレスR&D。価格(税別)は電子書籍版が900円、印刷書籍版が1400円(四六判モノクロ152ページ)。

書籍の主要な論旨であるGDP比較

人口減社会の日本、労働力不足を補う意味でのIoT活用を

 討論会は、出版記念パーティーの一環として実施された。著者の藤原氏とともに、一橋大学イノベーション研究センター教授の米倉誠一郎氏、政策研究大学院大学副学長・教授の上山隆大氏が登壇。立食パーティーの華やかな雰囲気の中、登壇者も皆アルコールを嗜みながら、リラックスした状態で論を交わしあった。なお、司会は「日本はなぜ負けるのか」の担当編集者である井芹昌信氏(インプレスR&D代表取締役社長)が務めた。

討論会の模様
華やかな出版記念パーティーの中、討論会が開催された

 藤原氏は冒頭、「インターネットが世界のパラダイムを変えたことに、日本の人々の多くがまだ気付いていない。それに警鐘を鳴らしたかった」と、同書の主旨を説明。また、経団連に加盟するような大企業だけが経済発展を担うのは限界があり、人口減社会の日本においては、労働力不足を補う意味でのIoT活用が欠かせないとも指摘する。

 討論は、IT技術論にとどまらず、マクロ視点での経済論・社会論にも及んだ。米倉氏は「日本の技術は個々でみれば良いものがたくさんあるが、全体で見るとおかしなものもある。例えばリニア中央新幹線。3兆円の追加融資が取り沙汰されているが、開通が進む2040年代ごろは日本の人口の42%が高齢者。そんな状況で、名古屋に40分早く着けることに意味があるのか」と疑問を呈した。

 一方、上山氏は「AIへの取り組みの遅さについては非常に残念だと感じる。まだまだ不確実な技術分野なだけに、政府が率先して予算を投入すべきだったが、ようやく200~300億円といったところ。欧米ではGoogleなど民間企業が単独で1000億円近く投じている」と、その圧倒的な差に言及した。政府省庁間の立場の違いもあり、明確な方針を打ち出せないことに歯がみすることも多いという。

 また、GDPに占める公共教育への支出割合がOECD加盟諸国の中で日本が最下位である点を米倉氏が改めて指摘すると、上山氏も「単純に言って、この国に(教育へ回すだけの)金がなくなってきている」と答え、極めて深刻な問題であるとした。

米倉誠一郎氏。テレビ番組「未来世紀ジパング」への出演などで知られる
上山隆大氏。現在は総合科学技術・イノベーション会議(内閣府)の議員としての活動が中心という

日本はすでに負けている、だからこそ前へ

 日本ではこの先、人口減社会が待ち受けている。藤原氏は「人口は株価と同じ。急増すれば、急減する。日本は明治期以来3倍に増えたが、この先100年で3分の1になると見るべき」と説明する。「ただ、これはある意味チャンス。人がいないなら、今すぐモノに働いてもらえばいい。人間の部下は(機械と比べて)管理が大変なのだから、マシンの部下をどれだけ持てるか。それが日本経済の鍵だろう」(藤原氏)。

 上山氏も、人口減が避けられない以上、生産性を向上させるか、あるいはマシンに働いてもらうしか日本社会に道はないと指摘。しかし、人口減に備えた投資・準備がバブル経済以降、全くできていないのが実情だとする。

 上山氏は政府の仕事に携わる中で、むしろ民間による活力こそが重要だと実感したという。有望分野に政府が後手で予算を付けるより、民間の自由な発想を妨げない規制緩和もまた重要だと説明する。藤原氏は「国の補助金を使うより、自らお金を出した方が経営者は気合いが入る」と、賛同を示した。

 「あとは我々ひとりひとりが本当に苦しい選択をできるかどうか。70歳まで年金はいらない。高齢者でも医療負担は3割でいい。未来の日本のために、こう言えるかどうかにかかってる。」(米倉氏)

人口推移に関するグラフ
OECD加盟国の中でも教育への投資比率が低いとされる日本

 対談を終え、藤原氏は閉会の挨拶で「(日本がすでに)負けていると現実を知ったからこそ、前に進める」と語り、日本経済の厳しさを認識してなお、新たな道を模索することが重要だと指摘する。

 また、書籍で言及した10カ国はライバルでありつつも敵ではないと強調。「例えばイスラエルは資源の少なさで日本と共通する部分が多い。それでいて(ビジネスパートナーに対して)『何ができて何がやりたいか』を重要視し、肩書などにもこだわらない。サウジアラビアの方々も素晴らしかった」(藤原氏)。

 今後は、日本国民ひとりひとりが責任を自覚しながら、世界の人々と“友だち”関係を深めていこうと藤原氏は述べた。