ヤフー、IT漁業も視野に宮城県石巻市に現地オフィス、復興支援事業に本腰


 ヤフー株式会社は30日、東日本大震災の復興支援事業に取り組む拠点として、宮城県石巻市に現地オフィス「ヤフー石巻復興ベース」を開所した。コンセプトは“オープンシェアオフィス”。ヤフーのオフィスであるとともに、石巻の企業や市民、団体などにも使ってもらえるオフィスという位置付けで、誰でも出入り自由な場を提供。さまざまな人々との交流の中から復興事業のアイデアを生み出し、インターネットにおけるヤフーの情報発信力やノウハウを生かしてビジネス化につなげる。

「ヤフー石巻復興ベース」。8月には手前の駐車スペースにオープンテラスも作る

コンシューマー向けECに加え、B2BのECスキームも構築

 ヤフーは今年4月、復興支援事業を専門とする部署「復興支援室」を新設し、ヒアリングなどを経てオフィス開設地として石巻を選出。5月には同社幹部や石巻のメディア、漁業関係者、商工会、観光協会、NPOらと座談会を行い、ヤフーが取り組む復興支援の方向性について話し合ってきた。

 ヤフー石巻復興ベースに常駐するのは、復興支援室室長の須永浩一氏ら5名で結成されたプロジェクト「Yahoo! LIFE DESIGN(Y-LD)」。これまで仙台市内にあった営業所を閉鎖し、石巻に拠点を移すのに伴い増員した。ビジネス企画、販促・マーケティング、エンジニアの各担当者がそろっており、同社が新規サービスを企画・開発する際に必要となる最小単位のユニットを構成している。石巻で復興支援の新規事業に向けた提携先を開拓するとともに、その実現に向けた課題をインターネットを活用して解決していくのが任務。

「ヤフー石巻復興ベース」に常駐する「Y-LD」のメンバー5名。向かって一番左が復興支援室室長の須永浩一氏。石巻市出身者や、東日本大震災後に個人的にボランティアに訪れたのをきっかけに転勤願いを出して仙台営業所に勤務していた営業スタッフもいる

 須永氏は、ヤフーのビジョンは、ITやインターネットを通じて、ユーザーや社会の課題を解決するという“課題解決エンジン”であることだと説明。東日本大震災に関してはY-LDが中心となり、「課題解決エンジンを掲げる企業として、復興にどのような貢献ができるのかチャレンジしたい」とした。

 オフィスの名称については当初、「石巻支社」という案もあった。しかし、会社風にすると外部の人が入りづらいということもあり、みんなで一緒になってチャレンジしたいという思いを込め、「ベース」という親しみやすい名称を採用した。

 一方、Yahoo! LIFE DESIGNの名称は、単なる支援ではなく「自立のための支援(Life Design)」を目的として、住民と話し合いながら課題を解決していく活動を意味したもの。また、Y-LD(ワイルド)という略称は、ヤフーの宮坂学代表取締役社長が今年4月、新入社員に対する訓示で「迷ったらワイルドな方を選べ」と述べたことが、インターネット上でかっこいいと話題になったことにあやかったという。

「Yahoo! LIFE DESIGN(Y-LD)」プロジェクトの活動目的

 ヤフー石巻復興ベースが取り組む事業としてはまず、ECがある。被災地の企業が商品をインターネット通販するのを支援するプロジェクトとして、ヤフーが昨年12月より運営している「復興デパートメント」を柱に、新たなかたちのECを石巻から展開する。これには、オーナー制度や定期購入といった方式を想定している。

 また、コンシューマー向けのECだけでなく、B2B(企業間)のECのスキームも構築したい考えだ。須永氏は、宮城県沖が世界三大漁場の1つであるとし、まだ検討段階ではあるものの魚市場や魚屋などとの協業に期待を示している。具体的には、インターネットで魚を競りに出し、朝11時まで購入されたものを東京の飲食店に夕方までに配送するといった仕組みの構築などだ。ヤフーではこれを“IT漁業”と呼び、従来はあまりインターネット業界とつながりのなかった水産業の流通の仕組みにもインターネットで役立ちたいとしている。

壁は一面ホワイトボード、魚をさばけるステンレスのテーブルも

 ヤフー石巻復興ベースは、石巻の市街地にある河北新報社石巻総局/三陸河北新報社(石巻かほく)のビルに入居している。このビルは、同新聞社の編集・営業部門があった1階部分が津波の被害を受けて機材類が全滅した。そこでやむなく昨年7月、それまで2階にあった市民向けのカルチャーセンターを閉鎖し、編集・営業部門を2階に移設して営業を続けていた。

 しかし震災直後はカルチャーセンターどころではなかった石巻も、復興が進むに連れて市民がイベントなどで利用できるホールの需要も高まってきたことから、被災した1階部分を改修し、収容人員約70名の「かほくホール」としてオープンすることを決定。さらにホールとともにオフィススペースを設けたいという話も持ち上がる。これが公益財団法人東日本大震災復興支援財団を通じてヤフーに伝わり、現地オフィスを考えていたヤフーと話がまとまった。

 当初の計画ではビルの奥に位置していたオフィススペースは、オープンな共有スペースにしたいというヤフーの意向で設計を急きょ変更。道路側に面したガラス張りのスペースをヤフー石巻復興ベースとして使用することとし、その隣にあたる奥の空間をホールとして利用するレイアウトになった。

「ヤフー石巻復興ベース」の入る石巻河北ビル。河北新報社石巻総局/三陸河北新報社の看板と並ぶ「Yahoo! LIFE DESIGN(Y-LD)」の看板もなんとか開所式に間に合った

「ヤフー石巻復興ベース」の隣にある「かほくホール」。写真右奥にも見えるが、31日からは、被災地の子どもが撮った写真の展覧会を開催中

 ヤフー石巻復興ベースは、河北新報社との共有部分を含めて広さが約120平方メートル。間仕切りのない開放的な空間となっており、ミーティングスペースには大きなテーブルやいすを配置するとともに、壁一面をホワイトボードにした。ゲスト用の無線LAN環境が用意されているほか、ヤフーのグループ会社であるUstream Asia株式会社の協力により、Ustream配信用の機材もそろえており、簡易スタジオとしても利用できる。

写真手前から右奥へとテーブルがL字状に置かれている空間がミーティングスペースとして一段フロアが高くなっている

 入口付近は、ステンレスのテーブルを置き、カフェやキッチンをイメージしたスペース。例えば漁師など、石巻で取れた食材などを持ち込んでもらい、ディスカッションしながら新しい商品やブランドのアイデアを出していきたいという。

入口付近は一段低くなっており、間仕切りはないが、河北新報社との共有部分となる。カフェ/キッチンスペースとしてステンレス製のテーブルを設置。木製のいすは石巻工房の製品

共有部分のカフェ/キッチンスペースの向い側には、カラフルなソファ。これも石巻工房による製品で、今後「復興デパートメント」でも販売予定という

宮城・石巻の新聞社もヤフー進出に大きな期待、連携して情報発信

 30日にはヤフー石巻復興ベースの開所式が行われ、同社の宮坂社長があいさつし、意気込みを語った。

 「東日本大震災直後の情報提供ではインターネットでニュースや支援情報が流れ、多少なりともインターネットが役に立つことがわかっていただけたと思う。しかし、それから500日たった復興の段階でインターネットがどのように役に立つのか、ヤフーを含めて十分なチャレンジがなされていないのではないか。皆様の知恵を借りながら、ヤフーのITの力をうまく組み合わせて新しいことにチャレンジしていきたい。そしてインターネットの可能性を追求していきたい。」

おなじみのキャッチフレーズを壁面のホワイトボードに書き込むポーズをとり、報道陣にサービスする宮坂学代表取締役社長

 石巻の企業との連携としては、情報発信でまず河北新報社と連携することが決まっている。石巻の特産である水産業の復旧も進んできてはいるが、震災後しばらく市場での流通が途絶えていたブランクもあり、厳しい市場競争にさらされているのが現状のようだ。そんな中、国内有数の情報発信力を持つヤフーの進出には、河北新報社代表取締役社長の一力雅彦氏も「何より心強い」と期待を示す。

 一力氏はまた、ホールや交流スペースを開設した意図について、「(津波を受けたビル1階を)ただ改修して元に戻すのではなく、皆様のために何か新たな一歩が踏み出せる、役に立ちたいという思いも込め、装いも新たにリニューアルオープンすることにした」と説明。「ヤフーの強みを発揮して、この石巻から、人と人とをつなぐ新しい輪が広まり、復興に向けてのさまざまなアイデアが生まれ、復興ビジネスが芽生えることを心から期待している。この場所を、石巻・宮城を復興させようという熱い思いを持った方々の集いの場に、そしてどんなことでもいいから語り合える場としていただきたい。復興に向けた厳しい状況がまだまだ続くが、そうすることによって、いろいろなところからヒントが生まれ、かたちができてくると期待している」と話した。

河北新報社代表取締役社長の一力雅彦氏

 河北新報社常務取締役/石巻かほく代表取締役社長の西川善久氏も、ヤフーとの連携に期待を寄せる。「ヤフーは日本最大のデジタルメディア企業。一方、石巻かほくは、石巻地域以外ではほとんど存在が知られていない地域のメディア。しかも紙媒体。まさに正反対・両極にあるメディアだが、復興支援という1つの大きなテーマで連携することで、皆様にも喜んでいただけるような成果を上げたい。ヤフーの情報発信力とどのように連携し、石巻の復興をさらに促進する方向につなげるか、真剣に模索していきたい。いずれにせよ、これからも手探りの連携になる。皆様の力添えをいただいて、とにかくいち早く石巻や被災地全体の復興・再生につなげるプロジェクトにしたい」とした。

河北新報社常務取締役/石巻かほく代表取締役社長の西川善久氏

石巻の高校生をハッカーや起業家に、人材育成事業も

 ヤフー石巻復興ベースが取り組む情報発信事業としては、ECという“モノ”に関する情報発信に加え、“コト・場所”の情報についてもカバーする考えだ。イベントなどの情報を発信していくことで、石巻への集客を見込む。

 開所式直前の27~29日には、石巻工業高校を会場に「石巻Hackathon」を開催した。ヤフーのほか、Hack4Japan、Startup Weekendなどの団体が協力し、各地から70名以上のエンジニアらが集結。被災地の課題に対応するためのソリューション開発に取り組んだ。地元の高校生にも課題を出してプレゼンテーションしてもらい、実際にケータイアプリを開発したという。

 このようなイベントを開催することで各自が持つ専門知識や技術を生かしたボランティア活動が生まれるとともに、多くの人が訪問してくることで観光産業への効果も期待できるとしている。

 さらにかほくホールを活用したセミナーなど、若者の人材育成の支援活動にも取り組む考えだ。コードを書くといった技術面だけでなく、ビジネス企画書についてのプロを東京から招き、若者を対象にスタートアップを見据えた刺激も与えていきたいという。例えば、ある程度の市場規模も見込め、資本家から資金を集められるようなビジネスとして成り立つ企画の検討会などを想定している。

 「復興支援室としては、その地域の新たな価値を見いだし、その価値をITやインターネットを駆使して伝えていくことに取り組んでいきたい。まずはこの石巻を拠点に、石巻から新たに日本の地域の姿を作り出していきたい。石巻発の新しい日本の姿を作るために、みなさん、がんがんこのスペースを使ってほしい。」(復興支援室室長の須永氏)

 ヤフー石巻復興ベースに出入りできるのは、Y-LDのメンバーが出社している時間帯(だいたい9時30分から20時まで)となっている。須永氏によると、例えばサンマ釣りが得意な人であれば、インターネットを活用してその特技をビジネス化する方法や、そのために習得すべきビジネスノウハウやインターネット技術について話し合うなど、明確にインターネットの技術面やビジネス面での協業や相談とまでいかなくとも、ヤフー石巻復興ベースに訪問してもらい交流を重ねていきたいとしている。

奥の壁一面に張られたホワイトボードには、「釣り×新しいEC=f commerse!?」といったアイデア書きや、「石巻Hackathon」参加者が書き残していったメッセージが。ヤフーのオフィスにもかかわらず、Hackathonのために石巻に来たグーグル及川卓也氏からのメッセージもあるらしい




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(永沢 茂)

2012/7/31 17:43