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ヤマハが手掛けるのは楽器やルーターだけではない――次に触手を伸ばす領域は? ベンチャーとのお見合いイベント、銀座の地下で密かに開催

 ヤマハ銀座店の地下スタジオで4月上旬、ヤマハ株式会社の社内部門と音に関する社外パートナーとのマッチングを行うイベント「Yamaha Sound & Music Startup Summit」が開催された。

 同イベントは、音や音楽に関連したサービスを提供しているベンチャー企業を集め、ヤマハ各事業部の社員の前でのプレゼンテーション・懇親会を通してマッチングを図るもの。ヤマハとの取引実績がないベンチャー企業がサービスを売り込む際の窓口を明確化することと、新しい取り組みを行っているベンチャー企業をヤマハが発見することで、新しい価値を創造するパートナー関係を構築することを目的としてる。

ヤマハと“社外パートナー”を結ぶ
「Yamaha Sound & Music Innovation Platform」として、社外パートナー担当者を設置し、ウェブサイトや今回のイベントを通して社外パートナーとのコミュニケーションを図る

個性豊かなベンチャー企業が集結

 イベントに集まったのは、補聴器無しでも難聴者が周囲の音や音楽を聞けるスピーカーを展開するユニバーサルサウンドデザイン株式会社、Winny開発者の金子勇氏が設立した株式会社Skeed、“合唱”できるスマホアプリの株式会社nana music、クラウドベースの音声認識・SRS・ESRサービスを提供する株式会社フェアリーデバイセズ、オープンベースの3Dコンテンツプラットフォームを提供するjThree合同会社など。

 ユニバーサル・サウンドデザインは、小型スピーカー「COMUOON(コミューン)」を披露した。耳につけないタイプの補聴器で、平均聴力レベルが70dB以下の中等度難聴者に対応するほか、健聴者にも普通の音として聞くことができる。付属する専用の集音マイクは、ノイズとひずみ低減に注力しているという。現在、日本の補聴器普及率は14.1%と他の先進国と比較すると低く、原因として補聴器が見えてしまうことに抵抗があると指摘。逆に目立たないように小型化すると操作性が悪化し、年配者にとって使いにくいものが多いという。

 同社代表取締役の中石真一路氏は、元々大手音楽レーベルに所属しており、これからの高齢者に向けた音楽の取り組みとしてスピーカー開発を進めていたが、社内の理解を得られず独立したという。現在では、250の医療機関や役所・学校で導入されているほか、大和ハウス工業など販売チャネルも全国規模で拡大している。また、日本と比べて海外での反応が良く、2015年は海外進出を本格化する。

ユニーバーサル・サウンドデザイン株式会社の中石真一路氏。「COMUOON」の開発は、難聴の父親がきっかけになっているという
難聴者向けマイク・スピーカーシステム「COMUOON」
「COMUOON」により、さまざまなシーンで難聴者とのコミュニケーションを可能にする
難聴者での補聴器普及率は14.1%と他の先進国と比較すると低い。これには、補聴器を装着することに対して“はずかしい”という声もあるためとしている

 分散コンピューティングや通信技術を活用したソフトウェア製品を手掛ける株式会社Skeedが登壇。同社は、Winny開発者で知られる故・金子勇氏が2005年に立ち上げた会社で、創業時のミッションはP2P技術を活用したコンテンツ配信プラットフォームの実現だ。現在は、オンデマンド型P2P製品「SkeedCast」のほか、社内システム向けのプッシュ型P2P製品「SkeedDelivery」を提供している。また、回線品質や通信距離に左右されやすいTCPの課題を克服した独自通信プロトコル「SSBP」を用いたファイル転送製品「SilverBullet」を販売している。

 現在、ゲーム/アニメーション/テレビ番組の制作現場やテレビ局、エンドユーザーまでの配信といったコンテンツの生成から流通までのプロセスにおいて実績があり、コンテンツによっては100倍以上早く転送できるという。もし、ヤマハと協業できる場合は、ネットワークに接続する端末数が増えてくるIoT時代の到来に向けて、さまざまな省電力系のプロトコル、フィールドネットワークがインターネットに繋がる際のゲートウェイなどでコラボレーションしたいとした。

株式会社Skeedの柳澤建太郎氏
Skeedは、Winny開発者である故・金子勇氏が設立した会社
ファイル通信に最適なプロトコル「SSBP」を開発しており、コンテンツ配信などですでに実績もあるという
IoT次代に向けた省電力系のプロトコルや、フィールドネットワークがインターネットに出る際のゲートウェイなどで、ヤマハとコラボレーションしたいとした

 スマートフォンで世界中の人々と合唱・セッションできるアプリ「nana」を提供する株式会社nana musicが登壇。nanaは、81万ダウンロード(2015年1月時点)されており、提供楽曲数は510万曲以上、1日で2万5000曲以上がアップロードされている。女子中学生・女子高校生がメインユーザー層で、海外比率は30%。特にタイ、トルコ、米国のユーザーが多いという。また、リアルでのコミュニティも形成されており、1万人以上がオンライン視聴した「NANAフェス」や、ユーザー自身が企画したライブイベントも自然発生的に開催されている。

 現在はマネタイズしていない状況だというが、楽曲投稿時の制限を解除するプレミアム会員や、アーティストからファンへのギフティングサービス、タイアップ広告を順次展開していくという。また、nanaと他サービスを比較した場合の優位性として、リアルでの人のつながり、コミュニティが発達している点を挙げた。

株式会社nana musicの文原明臣氏
「nana」はスマートフォンを用いた合唱・セッションアプリ。これまでに81万ダウンロードを記録している
「nana」ユーザー構成比。女性ユーザーが8割であり、18歳以下のユーザーは7割に達する
市場規模については、楽器プレイヤーやカラオケ利用料などの代替価値として見ることもできるが、完全にマッチする市場は存在せず、自ら市場を作り上げると意気込んだ

 音声認識システム「mimi」を提供する株式会社フェアリーデバイセズが登壇。mimiは、いわば“人間の耳をクラウド上に構築した聴覚プラットフォーム”としている。ディープラーニングを応用した音声認識技術を提供するほか、拍手、笑い声、咳といった環境音を認識する「ESR」を商用用途で世界で初めて提供している。また、誰が話しているのかを認識する「SRS」も提供しており、オプションで性別の判定も可能だという。

 入力は1チャンネルから多チャンネルまで可能。Googleクラウドプラットフォーム上に構築された音響処理により、現実の複雑な音を処理している。また、ローカルでも実装例はあるというが、ディープラーニング(100万単語などの大語彙)を使用したシステムは、スマートフォンなどのCPUでは動かないとしている。ヤマハの社員からはVRとのシナジーの良さを指摘する声があり、NPCなどのインタラクションとしても有効ではないかという意見も出た。

株式会社フェアリーデバイセズの藤野真人氏
音声認識のほか、環境音からどのような音かを判定する「mimi ESR」、誰が話しているかを聞き分ける「mimi SRS」を提供する

 オンライン3Dプラットフォーム「jThird」を提供するjThree合同会社が登壇。MMD(Miku Miku Dance)などの3DCG、音楽、映像、イラスト、モーション、ゲームなどすべてのデジタルコンテンツを集約できるプラットフォームで、数分で作品の創作から公開まで行える。HTML・CSS・JavaScript、WebGLのみで3D表現を実現しており、PCやスマートフォンなどのブラウザー上で閲覧可能。VRにも対応している。また、ウェブ技術による3Dプリンティングデータの生成技術も確立しており、同社では世界初としている。

 すべての3Dオブジェクトをマークアップで記述でき、アニメーションやイベント処理はjQueryで行うため、3DCGと立体音響のコンテンツを数行で作成・公開できる。また、小・中学生30人を対象にマイクロソフトと共同開催した3D体験会講座では、2時間で全員が3Dコンテンツの作成・公開ができたという。ヤマハへの提案として、音声合成技術「VOCALIOD」とjThirdを組み合わせて、ライトユーザーでもVOCALOIDの楽曲を投稿できる創作プラットフォームの構築や、VR空間で再現したヤマハ音楽教室の発表会などを挙げた。

jThree合同会社の河崎純真氏
オープンなウェブ技術のみで3Dコンテンツを作成・公開できるコンテンツプラットフォーム「jThird」
デモでは、3Dモデルのボカロキャラクター「Rana」がピアノを演奏するシーンを披露した。音声データからMIDIデータを自動生成し、それにあわせてピアノを弾くモーションを自動で適応しているという。
このデモで使用したコード
VR技術との親和性や3Dコンテンツの市場規模の成長性を強みとしてアピールした
マイクロソフトと共同で、エンジニアや小中学生向けの3Dセミナーを開催している

 発表終了後に登壇したヤマハ上席執行役員楽器・音響開発本部長の長谷川豊氏は「発表を聞いて我々自身も非常に勉強になった。みなさんの力をお借りしながら、フリーにディスカッションできるような環境をヤマハ社内にも作っていきたい」と述べた。また、同イベントの開催スタンスとして、ヤマハ自身では形にできない製品・サービスをともに作るパートナーを見つけるためのイベントとしており、ベンチャー企業と大企業という関係ではなく、あくまでも“対等なパートナー”として今後も関係を構築したいとした。

ヤマハはクローズドな会社ではなく、外部と積極的にパートナーを形成

 イベントでは、長谷川氏と同社執行役員事業開発部長の小林和徳氏が登壇し、ヤマハのオープンイノベーションの歴史と、今回のイベントの狙いについて語った。

 ヤマハは、1887年に山葉寅楠がオルガンの製作を開始したことが起点となる。1900年にはピアノ製作を開始している。高度経済成長期には、現在の基幹事業となるオルガン教室、スポーツ用品、電子楽器、リクリエーション事業、リビング事業、管楽器、半導体製造を展開している。特に、1955年にはヤマハ発動機に分社化する形でバイク製造を始めており、長谷川氏は「多角化ヤマハを象徴するエポックメイキングな出来事」としている。

 1970年代にデジタル楽器の研究を開始。1983年にフルデジタルシンセサイザー「DX7」を発売し、1980年代の音楽シーンと切っても切り離せない存在として、当時の音楽文化の形成に大きく影響したという。DX7に採用された「FM音源」は、元々スタンフォード大学教授のジョン・チョウニング氏が開発した技術で、さまざまなメーカーに売り込みをかけたが、唯一採用したのはヤマハだけだったという。FM音源の商品化は、スタンフォード大学テクニカルオフィスで最も成功した例として今でも語られている。

ヤマハ株式会社上席執行役員楽器・音響開発本部長の長谷川豊氏
ヤマハ株式会社執行役員事業開発部長の小林和徳氏
ヤマハの創業者である山葉寅楠は元々医療機器の技師。とある日に近所の小学校に導入されたドイツ製高級オルガンの修理を依頼され、中身の構造を見た寅楠が「自分でも作れる」と1887年にオルガン制作をスタートしたのが、ヤマハの起点になったという。
オートバイや船舶、エンジンなどを開発するヤマハ発動機は、「ヤマハ」ブランドを共有する兄弟企業という位置づけだという。両社はブランドコミッティーを結んでおり常に連携を取っている。なお、ロゴは両社わずかに異なっており、どちらの企業が担当した製品か区別できる
1983年に登場し、初音ミクのモチーフにもなったフルデジタルシンセサイザー「DX7」
1987年にはムービングフェーダーを搭載したフルデジタルミキサー「DMP7」を発売している。当時の技術にはやはり限界があり、ノイズとの戦いだったという

 DX7などのデジタル楽器に使用した音響処理用のLSIは、楽器メーカーにもかかわらず自社で開発。この信号処理技術を転用し、1980年代にはISDN用通信チップを開発している。1995年には、ISDN・専用線で接続するルーター「RT100i」を発売した。今年でルーター発売から20周年となり、現在は2014年11月に発売した「RTX1210」が最新モデルとなる。ヤマハは、現在ではSOHOルーターにおいてシェアNo.1を確立しており、コンビニ、ガソリンスタンド、レストランなど日本中の店舗の裏方に入り込んでいるという。

 また、動画サイトを経て一世を風靡したバーチャルシンガー「初音ミク」のコア技術であるVOCALOIDは、スペインのポンペウ・ファブラ大学との共同開発から生まれたもの。ほかにも表には出ていないが、日本の大学も含め産学連携による共同開発を行っている。長谷川氏は「ヤマハはクローズドな会社ではなく、大学や研究期間、外部企業とも連携して技術・製品開発を行っている」としている。

 ヤマハは今後「音」「音楽」「ネットワーク」とグローバルを意識しながら、コーポレートスローガンの「感動を・ともに・創る」の実現に向けて事業を進めていくとしており、新規事業を軸に会社を5000億円規模まで成長させる目標を持っている。小林氏は「一番重要なのは、新しい価値を創り上げていく志であり、その志と一致すれば何か新しい価値を作ってゆける」と、イベント参加者に訴えた。

1995年に発売したISDN・専用線ルーター「RT100i」
自動演奏ピアノの「Disklavier」。1997年には、横浜で行われた坂本龍一氏の演奏を、インターネットを経由して麻布のインターネットカフェでリアルタイム演奏する実験なども行った
ヤマハの開発スタンス
ヤマハでは外部企業や研究機関と積極的に連携を図るほか、アーティストやエンジニアなど現場の人とのつながりを商品開発に活かしているという
ヤマハの現在の事業領域
ヤマハでは新規事業を軸に会社を5000億円規模まで拡大させる予定だという

(山川 晶之)