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TPPでよみがえる“マジコンプレイ違法化”の亡霊、「みなし侵害」で成仏するか? 著作権法改正案が明らかに

 TPP関連法案が内閣官房のウェブサイトで公開され、著作権法の改正案が明らかになった。不正B-CASカードを使ってデジタル放送を視聴したり、マジコンを使って海賊版ゲームソフトをプレイするなど、著作物に施された“アクセスコントロール”を回避する行為を著作権侵害とみなす規定も盛り込まれている。新聞報道などによれば、TPP関連法案は国会の特別委員会で4月より審議に入る見込み。

TPP協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律案(内閣官房「TPP政府対策本部」ウェブサイト)

 TPP協定の締結にあたって著作権法での対応が必要となる項目については、文化庁の有識者会議が方向性をとりまとめた報告書を発表しており、今回の改正案はそれを踏まえたもの。具体的には、著作権等の保護期間の著作者の死後70年への延長、著作権等侵害罪の一部非親告罪化、損害賠償に関する規定の見直し、アクセスコントロール回避行為の規制、配信音源の二次使用に対する報酬請求権の付与――という5項目だ。

海賊行為の“非親告罪化”は「公衆送信」も対象、「漫画等の同人誌をコミケで販売する行為」は対象外

 著作権等を侵害する行為について、権利者からの告訴がなくても公訴を提起できる“非親告罪化”に関しては、その対象は一部に限定された。

 内閣官房が公開している概要資料によれば、非親告罪の対象となるのは、1)対価を得る目的または権利者の利益を害する目的があること、2)有償著作物等について原作のまま譲渡・公衆送信または複製を行うものであること、3)有償著作物等の提供・提示により得ることが見込まれる権利者の利益が、不当に害されること――という3つの要件をすべて満たす場合のみ。

 例えば、「販売中の漫画や小説本の海賊版を販売する行為」「映画の海賊版をネット配信する行為」は非親告罪となるが、「漫画等の同人誌をコミケで販売する行為」「漫画のパロディをブログに投稿する行為」は親告罪のままであり、権利者からの告訴がなければ公訴は提起できない。

著作権等侵害罪の一部非親告罪化の概要(内閣官房の概要資料より)

“アクセスコントロール”とは、著作物等の“利用”を技術的に制限する手段

 非親告罪化は、二次創作やパロディなど日本のコミックマーケット文化における影響が懸念されたことで注目を集めたが、その一方であまり注目されなかったのが“アクセスコントロール回避規制”だ。公開で行われた有識者会議の小委員会の会合でも、非親告罪化や保護期間の延長、損害賠償規定の見直しについて多くの意見が交わされていたのに対し、アクセスコントロール回避規制についてはあまり議論されなかった感がある。

 アクセスコントロール(“アクセスガード”とも呼ばれる)とは、著作物等の“利用”を技術的に制限する手段のこと。今回の改正案では、「技術的利用制限手段」という用語について下記のように定義を追加している。

技術的利用制限手段 電磁的方法により、著作物等の視聴(プログラムの著作物にあつては、当該著作物を電子計算機において利用する行為を含む。以下この号及び第百十三条第三項において同じ。)を制限する手段(著作権者、出版権者又は著作隣接権者(以下「著作権者等」という。)の意思に基づくことなく用いられているものを除く。)であつて、著作物等の視聴に際し、これに用いられる機器が特定の反応をする信号を著作物、実演、レコード若しくは放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像とともに記録媒体に記録し、若しくは送信する方式又は当該機器が特定の変換を必要とするよう著作物、実演、レコード若しくは放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像を変換して記録媒体に記録し、若しくは送信する方式によるものをいう。
(第二条第二十一号)

 例えば、デジタル放送に暗号化(スクランブル)を施すことで契約者以外には視聴できなくする技術や、ゲーム機において海賊版ソフトを起動できなくする技術が該当する。すなわち、スクランブルのかかったデジタル放送を不正B-CASカードを使用して視聴することや、無断複製された海賊版ゲームソフトをマジコンを使ってプレイすることは、アクセスコントロールを回避して著作物を“利用”する行為に当たる。

アクセスコントロールの回避は「みなし侵害」として規制、刑事罰はなし

 常識的な感覚からすれば、こうした行為は不正行為ととらえられるだろうが、実は著作権法ではこれまで規制されていなかった(なお、アクセスコントロールを回避する装置・プログラムなどを販売・提供などすることは、すでに不正競争防止法で刑事罰付きで規制されており、マジコンが“御禁制の品”になって久しい)。

 似たようなアクセスコントロール回避行為としては、DVDに用いられるCSSなどの暗号型技術を回避して“複製”する行為(リッピング)があり、こちらについては2012年6月の著作権法改正(施行は10月)によって私的使用目的の複製の範囲としては認められなくなり、複製権の侵害として違法になった(いわゆる“DVDリッピング違法化”)。

 今回のアクセスコントロール回避規制がこれと異なるのは、放送を視聴したりゲームソフトをプレイしたりするという、“複製”を伴わない著作物の“利用”行為そのものが規制される“単純回避規制”であるという点だ。実は2012年6月の改正に先だって行われた文化庁の有識者会議でもその必要性について議論されたが、アクセスコントロールを回避して著作物を“利用”するだけでは著作権侵害には当たらないとの結論に。アクセスコントロールを回避して“複製”まで行うDVDリッピングなどの行為のみ、規制対象に追加された経緯がある。

 それが今回、TPP協定の条文において「保護の対象となる著作物、実演又はレコードの利用を管理する効果的な技術的手段を権限なく回避する行為であって、そのような行為であることを知りながら又は知ることができる合理的な理由を有しながら行うもの」(第十八・六十八条)を規制することが加盟国に対して求められているために、一転して単純回避規制が盛り込まれたかたちだ。アクセスコントロールを回避する行為自体は、複製権など著作権の支分権を侵害する行為には当たらないものの、著作権法の趣旨を踏まえれば、権利者に大きな不利益をもたらすものと判断。「みなし侵害」として規制することにした。刑事罰はない。

アクセスコントロール回避規制の概要(内閣官房の概要資料より)

アクセスコントロールの回避、「著作権者等の利益を不当に害しない場合」はOK

 アクセスコントロール回避規制については、著作権を保護するという著作権法の範囲を逸脱し、“プラットフォーム保護”につながるとの指摘がある。これは、例えば、ユーザーが正規に購入して所有しているDVDであっても、視聴できる環境が特定の製品などに限定されてしまうためだ。デバイスの多様化によって、必ずしもDVDをDVDプレーヤー/プレーヤーソフトで再生して視聴するとは限らなくなっているが、すでに2012年6月の改正によって、DVDをリッピングしておいてディスク不要で視聴するという手段は使えなくなった。

 また、ゲーム機やゲームソフトなども、それぞれ専用のハードウェア/メディアでしか利用できないとすれば、将来的にそれらのハードウェア/メディアがサポートされなくなった際に、ゲームソフトをアーカイブするなどしておくこともできない。

 さらに今回の単純回避規制が導入されれば、デジタル放送の不正視聴や海賊版ゲームソフトの使用を禁止できる一方で、正規ユーザーにも制限がかかってくる懸念がある。

 一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)では、そもそも、アクセスコントロール回避規制についてはDVDリッピング違法化の段階から反対していたが、今回、それがさらに単純回避規制へと強化されるということで、今年2月、文化庁に対して意見書を提出。以下のような、権利者に不当な不利益を及ぼさないアクセスコントロール回避行為について規制の対象外とする例外規定を設けるよう求めていた。

  • オープンソースソフトウェアなどを用いた情報アクセスのための回避行為
    - LinuxやVLC PlayerでのDVD/Blu-ray視聴
  • 視聴を目的とした複製のための回避行為
    - DLNAなどのネットワーク経由での視聴
    - スマートフォンやタブレットでの視聴
  • 引用や批評、二次創作を目的とした回避行為
    - テレビ放送、DVDやBlu-rayのキャプチャ
  • 機器やソフトウェアの安全性チェックを目的とした回避行為
  • ユーザーが自分の機器で自由なソフトウェアを動作させるための回避行為
    - jailbreakingやrootingのような管理者権限取得行為
  • 技術の互換性や相互運用性を保つための回避行為
  • 解除技術が提供されなくなったコンテンツやソフトウェアを利用するための回避行為
  • 不正告発のための回避行為

 例えば、VLC Playerを使ってDVDを視聴する行為は、正式にライセンスされていないdeCSSを使ってアクセスコントロールを回避する行為に当たるため、例外規定を設けて規制から除外しなければ、著作権法違反になってしまうのだという。

 これに対して今回の法案では、アクセスコントロールの単純回避規制について、以下のように規定された。

技術的利用制限手段の回避(技術的利用制限手段により制限されている著作物等の視聴を当該技術的利用制限手段の効果を妨げることにより可能とすること(著作権者等の意思に基づいて行われる場合を除く。)をいう。第百二十条の二第一号及び第二号において同じ。)を行う行為は、技術的利用制限手段に係る研究又は技術の開発の目的上正当な範囲内で行われる場合その他著作権者等の利益を不当に害しない場合を除き、当該技術的利用制限手段に係る著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。
(第百十三条第三項)

 「著作権者等の利益を不当に害しない場合」はアクセスコントロールの単純回避規制の例外とすることが明示されたかたちだ。また、「技術的利用制限手段に係る研究又は技術の開発の目的上正当な範囲内で行われる場合」を例外とすることが明文化された点についても、MIAUでは評価しているという。

 「個別規定ではなく、一般的な規定が盛り込まれたところは評価できる一方、では、『著作権者等の利益を不当に害しない』とはどういう場合を指すのか、事例の蓄積が必要になってくる。実際に裁判をして判例を積み重ねるというのはなかなか厳しいものもあるので、今後の国会論戦の中でどのような答弁がなされるか注目していきたい。」(MIAU)

 あわせて、TPP協定の条文に以下のような項目があることも見逃してはならないという。

正当な目的(批評、意見、報道並びに教育、学問及び研究その他これらに類する目的等)を十分に考慮し、及び盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者のために発行された著作物を利用する機会を促進するものにより、自国の著作権及び関連する権利の制度における適当な均衡を達成するよう努める。
(第十八・六十六条著作権及び関連する権利の制度における均衡)

 「今回の著作権法の改正は著作権の強化に一方的に偏っている。保護と利用のバランスを取り戻す利用促進策の導入、特にフェアユース規定がTPP関連法と同時期に導入されることが求められる。」(MIAU)

 また、MIAUでは、TPP加盟国の法改正にも注視することも重要だとしている。MIAUによると、米国では2015年10月に著作権法が改正され、正当なアクセスコントロール回避行為については権利制限が制定されたという。具体的には、リミックスや分析のためにDVDやBlu-rayをリッピングする行為、プロバイダーによる運営終了後のビデオゲームを保存してサーバーを運用する行為、サードパーティ製アプリを利用するために端末をジェイルブレイクする行為、自動車のセキュリティ研究・修正・変更については、アクセスコントロールを回避する行為に該当するとしても、フェアユースとして認められたのだという。

 今回の著作権法改正案が国会で可決・成立すれば、TPP協定が日本で発効する日から施行されることになる。

(永沢 茂)