特別企画

フェアユースとイノベーション――「フェアユースは経済を救う デジタル覇権戦争に負けない著作権法」出版にあたり

米国での弁護士経験も持ち、かねてから日本の著作権法にフェアユースを取り入れるべきと考えている城所岩生氏が、昨年末に「フェアユースは経済を救う デジタル覇権戦争に負けない著作権法」(インプレスR&D刊)を出版した。ここでは、同書からの引用も含めて、イノベーションとフェアユースについて、その重要性を城所氏が解説する。

イノベーション後進国・日本

 安倍首相は2013年2月、第183回国会の施政方針演説で、「日本を世界で最もイノベーションに適した国にする」と宣言。2015年の訪米時には日本の首相として初めて、イノベーションの聖地・シリコンバレーを訪れた。

 イノベーションに適した国かどうかを測定する指標として、ベンチャー企業の開業率を国際比較すると、下記のとおり日本は世界最下位に甘んじている。

1)68カ国中、最下位(「日経ビジネス」2014年1月20日号)
2)42カ国中、3つの指標のうち2つで最下位、残る1つもギリシャに次いで下から2番目(OECD「一目で見る起業環境2015」)

 イノベーションに適した国かどうかを測定するもう1つの指標として、“ユニコーン”と呼ばれる10億ドル(1150億円)以上の企業価値を持つ非上場企業の数がある。非上場企業なので、株価時価総額のような企業の価値を計る指標はないが、ベンチャーキャピタルは出資する際にベンチャー企業の市場評価額を知る必要があるために試算している。米調査会社のCBインサイトは、ベンチャーキャピタルが試算した世界のユニコーンの市場評価額を集計して発表している。評価額が10億ドルを超えるような非上場企業はユニコーン(一角獣)のように珍しい存在であることから付けられた名前のようだが、2016年11現在、全世界で179社存在する。

ユニコーン企業数の国別内訳
国名企業数
米国99
中国38
インド8
英国7
ドイツ4
韓国3
カナダ、フランス、イスラエル、シンガポール、スウェーデン2
アルジェリア、チェコ、インドネシア、日本、ルクセンブルク、オランダ、ナイジェリア、南アフリカ、スイス、アラブ首長国連邦1
179
出典:The Unicorn List:Current Private Companies Valued At $1B And Above

 イノベーションのメッカ・シリコンバレーを抱える米国が100社近くを占めるのは予想どおりだが、2位中国、3位インドとアジア勢が健闘している中にあって、日本はアジアの中でも韓国、シンガポールの後塵を拝し、インドネシア並みの1社にとどまっている。

 リストは業種も紹介している。それによると第1位は電子商取引・市場(36社)、2位はインターネットソフトウェア&サービス(28社)となじみのある業種だが、3位FinTech(20社)、4位ビッグデータ(14社)、5位オンデマンドと目新しい業種が続いている。

 日本政府も「日本再興戦略2016」でGDP(国内総生産)600兆円を2020年までに達成する目標を掲げ、こうした業種のGDP押し上げ効果に期待している。国・地方公共団体・事業者が保有する官民データの活用を推進する官民データ活用推進基本法が、昨年年11月に成立した。議員立法だったが、成立に尽力した平井卓也衆議院議員は「GDPを500兆円から600兆円へ伸ばす上で、増分の4割である40兆円はFinTechやシェアリングエコノミーなどを含めたデータ活用によって生み出されるだろう」と話している(「日経ビッグデータ」2016年11月号)。

 シェアリングエコノミーとは、典型的には個人が保有する遊休資産(スキルのような無形のものも含む)の貸し出しを仲介するサービスであり、貸主は遊休資産の活用による収入、借り主は所有することなく利用ができるというメリットがある(「平成27年版情報通信白書」)。必要に応じて(オンデマンドで)遊休資産の貸し借りができることからオンデマンドエコノミーとも呼ばれている。ちなみに評価額68億ドル(7兆8000億円)に上るユニコーン企業ナンバーワンのUber(ライドシェア)は、上記リストの業種分類ではオンデマンドに分類されている。

 このUberと第4位のAirbnb(民泊、業種は電子商取引/サービス)がシェアリングエコノミー時代の騎手とされている。ユニコーン企業にリストアップされている唯一の日本企業は、スマホで中古品を売買するフリマ(フリーマーケット)アプリのメルカリ(東京都港区、評価額10億ドル=1150億円)で、同社の業種は電子商取引/市場に分類されている。FinTechやシェアリングエコノミー関連の日本企業は皆無というわけだが、これではイノベーション後進国と言わざるを得ない。

シリコンバレーを育てた特許法改正:バイドール法

 こうした状況から、一気にトップを目指すにはかなり大胆な改革が必要だが、そのヒントになる改革がシリコンバレーを作った米国法にある。特許法関連のバイドール法と著作権法のフェアユース規定である。バイドール法の正式名称は米国特許商標法1980年改正法だが、提案したバーチ・バイおよびロバート・ドール両上院議員に名前をとった通称で呼ばれることが多い。連邦政府の支援を受けて研究・開発した発明の権利を大学側に帰属させることを定めた改正である。バイドール法によってスタンフォード大学を中心に大学の研究成果を企業に移転する動きが活発化し、シリコンバレーの興隆をもたらした。日本では、1999年に制定された産業活力再生特別措置法の第30条が日本版バイドール法について定めた。

ベンチャー企業の資本金:著作権法のフェアユース規定

 米著作権法にはフェアユース規定がある。著作権法は著作物の保護と利用のバランスを図ることを目的としている。著作物の利用には著作権者の許諾を要求して保護する一方、許諾がなくても利用できる権利制限規定を設けて利用に配意している。我が国の著作権法はこの権利制限規定を私的使用、引用など個別具体的に列挙しているが、米国は権利制限の一般規定としてフェアユース規定を置いている。1976年の著作権法大改正で導入した規定で、フェアな利用であるかどうかは、利用目的や利用される著作物(元作品)の市場に与える影響(市場を奪わないか)などの4要素を総合的に考慮して、判定する。

 フェアユースについても日本版が検討された経緯がある。知財本部が「知的財産推進計画2009」で「権利制限の一般規定(日本版フェアユース)の導入」を提案、文化庁で検討したが、権利者の反対などで骨抜きにされ、実現したのは従来の著作権法改正でも盛り込まれてきた個別権利制限規定の追加の域を出ない改正にとどまった。

 米国では「フェアユースはベンチャー企業の資本金」とも呼ばれている。ピーター・デチェルニー著、城所訳「グローバル化するフェアユース」(「GLOCOM Review」2015年2月)にも以下のように指摘がある。

「フェアユースは、若干の無許可の再利用は新しいアイデアを生み出し、全員のための市場を拡大するが、許可を前提とする閉鎖的な社会は、権力あるいは資金を持たない新規参入者を阻止する、という考えにもとづいている。」

フェアユースの最大の受益者・Google

 確かに起業後、短期間でグローバル市場を制覇してしまうIT企業が、次々と米国から生まれている。その中でもフェアユースの恩恵を最大限に享受したのはGoogleである。Googleの創業者もそれを認めていて、英国のキャメロン首相は2010年に著作権法改革を命じた際、Googleの創業者がフェアユースのない英国で起業するつもりはなかったと語った事実を紹介した。

 Googleは地球上のあらゆる情報を整理してアクセス可能にするというミッションを掲げ、ウェブ検索サービスで起業した。ウェブページを検索対象にされたくなければ簡単に外せる(「オプトアウト」する)方法を用意して、オプトアウトしない膨大な数のウェブページを検索対象にした検索エンジンを提供した。検索用データベースを作成するために全文を複製したため、許諾なしにウェブページを複製された著作権者から訴えられたが、Googleは検索結果としては検索語の前後数行をスニペット(抜粋)表示するだけなので、フェアユースにあたると主張。裁判所もこれを認めた。次いで図書館の蔵書をデジタル化して、検索可能にする書籍検索サービスを提供、これに対しても訴訟を提起されたが、同じ主張が認められた。

グローバル化するフェアユース

 米IT企業がベンチャー企業の資本金と呼ばれるフェアユース規定を追い風に、グローバル市場でも独走するのに対抗すべく、自国にもフェアユースを導入する国が今世紀に入って急増している。

フェアユース導入国
導入年国名
1976年米国
1992年台湾
1997年フィリピン
2003年スリランカ
2004年シンガポール
2007年イスラエル
2011年韓国
2012年マレーシア
注:オーストラリア政府も2016年末にフェアユース導入を提案した(城所「オーストラリア政府 フェアユース規定導入を提案」、「アゴラ」2016年12月29日)。

 最近の導入国の中で注目されるのはイスラエル。国民1人あたり起業会社数が世界一多く、「起業国家」と呼ばれるぐらい、国を挙げてイノベーションを奨励し、起業促進に取り組んでいるからである 。このため、Apple、Google、Microsoftなど米IT大手が、買収候補のベンチャー企業を求めてイスラエル詣でをしている。

フェアユース再考の動き

 IoT(モノのインターネット)や第4次産業革命などの言葉に代表される、デジタル/ネットワーク化の急速な進展は、改正が後追いとなる個別権利制限規定追加方式の限界を露呈、変化に柔軟に対応できるフェアユース規定導入の必要性を再認識させた。このため、「知的財産推進計画2016」および「日本再興戦略2016」は、「柔軟性のある権利制限規定」導入の検討を提案した。日本版フェアユースが失速した経緯からか、今回は「柔軟性のある権利制限規定」という言葉に置き換えている。

 「知的財産推進計画2016」および「日本再興戦略2016」での提案を受けて、所管の文化庁は文化審議会著作権分科会の法制基本問題小委員会にワーキングチームを設けて検討中である。早速、日本新聞協会など7つの権利者団体が反対の声明文(「柔軟な権利制限規定」についての私たちの意見)を出すなど予断を許さないが、今回は議員立法の動きもあるのは心強い(城所『始動する著作権制度見直し』、「アゴラ」2016年5月6日)。

 日本がベンチャー企業の開業率最下位という汚名を払拭し、イノベーションに適した国を目指すなら、フェアユースを認める著作権法の改正は急務と思う。

参考

福田峰之「イノベーションと著作権~柔軟な権利制限規定の導入」(「アゴラ」2016年5月6日)

書誌情報

タイトル:フェアユースは経済を救う~デジタル覇権戦争に負けない著作権法
著者  :城所岩生
価格  :電子書籍 1600円(税別)
     印刷書籍 1950円(税別)
ISBN  :978-4-8443-9733-5
発行  :インプレスR&D