BIGLOBEが「モバイルWiMAX」を提供する理由
NECビッグローブの飯塚久夫代表取締役執行役員社長 |
ISPにとって、ダイヤルアップ時代がいちばん幸せだった――。NECビッグローブ(BIGLOBE)が7月に開催した戦略ビジョン説明会で、飯塚久夫代表取締役執行役員社長はこう述べ、ARPUが最も大きかったダイヤルアップから、定額制のADSLへ、さらにFTTHへとブロードバンドが進展するに従い、それが減少の一途をたどってきた実情を語った。ISPとして今後、インターネット接続サービスだけでなく、いかに付加価値を提供していくか――。
その回答としてBIGLOBEが掲げたのが、“パーソナルクラウド”と、インターネット・サービス・プロバイダーならぬ“インターネット・サービス・パートナー”というキーワードだ。BIGLOBEが提供している「モバイルWiMAX」も、どうやらこれを実現するに当たって重要な意味合いがあるようだ。
新しい戦略ビジョンを掲げるに至った背景や、今後のモバイルブロードバンド時代にかける思いを、飯塚社長に聞いた。
●BIGLOBEは、単純なISPから離脱する
「いちばん幸せだった」というダイヤルアップ時代、アナログモデム接続では、情報量が増えればそれを時間でカバーするしかない。接続時間単位による従量制課金では、ユーザーがインターネットを長時間使えば使うほどARPUも増える。しかし、常時接続のADSLになるとそれが定額制になり、さらにFTTHではISPの取り分も少なくなった。
減少し続けるARPUの問題は、BIGLOBEに限らず、ISPが直面しているものだが、「今は会員が増えるサービスはFTTHしかないために、各社が必死になってFTTHの会員獲得に取り組んでいる」のだという。
このほかにも、インターネット広告の寡占化、動画サイトの利用増加に伴うトラフィック増大の負担、セキュリティ対策といった問題もある。また、例えばIPv6やNGNへの対応など、ISPの基本姿勢として避けることはできないが、今すぐには売り上げにはつながらない、負担が先行する事業にも取り組まねばならない。
「こうした課題は、どこのISPにとっても同じ。しかし、BIGLOBEでは単に課題・難題とせず、逆にチャンスに変えようということ。我々にとってすぐに収益に結び付くわけではないが、今から対応をとっておけば、いずれ世の中が大きく変わるだろう。」
ちなみにBIGLOBEでは、インターネット接続サービスを提供するという狭義のISP事業は、事業の機軸になっているとしながらも、売り上げ比率で言えば、すでに7割強程度であり、残りの3割弱をコンテンツやECなどのブロードバンドメディア事業と、動画配信基盤やEC基盤などのプラットフォーム事業で占めている。
「BIGLOBEとして、狭い意味でのISP事業から次のISP事業に切り替える時期に来たと判断したのが、インターネット・サービス・プロバイダーならぬ“インターネット・サービス・パートナー”とした理由。別の言い方をすれば、単純なインターネット・サービス・プロバイダーからの離脱。そして、そのための新たな価値提供の方向を具体的なビジョンとして表したのが“パーソナルクラウド”。もちろん、それぞれの問題に対して個々に解決する手を打ってはいるが、BIGLOBEが1社でやっても限界がある。少し視点を変え、土俵を変えて取り組もうというのが今回の戦略。」
●本命はLTE、100Mbpsで固定とモバイルがシームレスに
モバイルWiMAXなどのワイヤレスブロードバンドにおいても、ARPUがFTTH以上に改善するということはなく、「狭い意味でのISP接続事業としてみれば、解決策にはならない」。
実際、早い段階からモバイルWiMAXをサービスメニューに加えた既存の大手ISPは、BIGLOBEとニフティぐらいだ。様子見のISPが多いが、それはサービスエリアがまだ限定されているためだけではなく、今後さらに高速なLTEの実用化が見えてきているということもありそうだ。
真っ先にモバイルWiMAXを提供したBIGLOBEでも、サービスの反響について「モバイルWiMAXを使うような先進ユーザーであればあるほど、LTEのことを知らない人はいない。景気低迷の影響もあるが、ユーザーさんもなかなか飛びつかない」と、飯塚社長も認めるところだ。BIGLOBEがモバイルWiMAXをメニューに入れたのは、競争上やむを得なかったからなのか?
「思いはちゃんとあって、戦略ビジョンの中で、固定とモバイルのシームレスサービスを重視していくことを示している。もちろん現在の携帯電話も重視してはいるが、今の3GではFTTHとの速度バランスがとれないため、シームレスというわけにはいかない。LTEの100Mbpsでなければ、ワイヤレスブロードバンドの本領は発揮できないだろう。正直言うと、BIGLOBEはモバイルWiMAXもやるが、本命はLTE。実用化されれば、LTEにどんどん積極的に取り組みたい。モバイルWiMAXは、ISPとして固定とモバイルのシームレスサービスを積極的にやっていく姿勢をいち早く示す意味が大きい。」
さて、BIGLOBEが見据える固定・モバイルの100Mbpsシームレス時代が来ると、今度は大きな課題となるのがアプリケーション面だ。FTTHでもそうだが、その回線速度を本当に必要とするサービスがなかなかユーザーには見えてこない。FTTHのユーザー全員が、光の性能を駆使しているわけではないのだ。「なんのことはない、実はひかり電話の方が通話料が安上がりだから、FTTHを導入したというユーザーも多くいる」。FTTHがそんな状況なのだから、果たしてLTEでモバイルが100Mbpsクラスになって、何か新しいアプリケーションが登場するのだろうか?
飯塚社長は「固定とモバイルが100Mbpsでシームレスに連携できるということになれば、アプリケーションやサービスの質的な変化が起こる可能性がある」と強調する。
●モバイルの100Mbpsを生かすサービスが登場する条件とは
飯塚社長によると、日本でFTTHが提供されてから、この5年間ほどはアプリケーションベンダーがそのようなサービスを考えてこなかったため、その回線速度も宝の持ち腐れになっていたという。それは、アプリケーションベンダーが進んで開発に取り組めるような環境になかったためだと飯塚社長は指摘する。例えばNGNでも、下位レイヤーのことを意識せずにNGNの機能を使えるような、明確に分離したアプリケーションインターフェイスにはなっていないため、「開発者が取り組もうとは思わない」という。
一方で、固定・モバイルの100Mbpsシームレス環境に最も近いところにいるのが日本であり、国内の技術者たちもアイデアや能力を十分に持っていると強調する。
「光用に開発したアプリケーションがそのままシームレスにモバイルにも使える環境になって初めて、アプリケーションベンダーが本気になる。LTEによって、彼らの能力を発揮できる環境が整ってほしい。そういうことをBIGLOBEとしても期待しているし、そうならなければ日本の通信産業はまずい。」
なお、飯塚社長の言うアプリケーションとは企業向けのものを含んでいる。例えば、BIGLOBE自身も加盟しているテレコムサービス協会の会員企業もアプリケーションベンダーにあたり、そうしたアプリケーションを開発する能力を持っている企業が、同協会の会員だけでも国内に400社あるとした。
“パーソナルクラウド”の複数のサービスへ一元的にアクセスできるようにするためのゲートウェイ「BIGLOBEゲート(仮)」のイメージ |
こうして来年以降の固定・モバイルのシームレス化とアプリケーション開発の動きに期待を寄せる一方で、飯塚社長はiPhoneやイー・モバイルの端末の例を挙げ、象徴的な動きはすでに出てきているとした。
「モバイル端末では今後、iPhoneに加えて、Androidが有力候補だが、OSが無償になって端末が多少安くなるだけではあまり意味はない。むしろ期待しているのは、この後に出てくるChrome OSとの連携性。通信ネットワークとしては、光とLTEやモバイルWiMAXがシームレスになる。その上で、端末もAndroidとChrome OSでシームレスになる。そうなって初めて、アプリケーションを開発する人も重い腰を上げる。」
そして、その際に忘れてはならないのが、企業ユースとしてのデータ通信に焦点を当てた基盤だという。もちろん、BIGLOBEとしてはコンシューマユースがメインであり、先進的な利用をいち早く行うのがコンシューマであることも事実だ。しかし、コンシューマは数に限りがあるため、「とっかかりは作ってくれるが、継続的原動力にはならない」。Googleだけでなく、MicrosoftでもWindows 7とWindows Mobileがあり、両陣営ともクラウドベースの企業ユースのOfficeアプリケーションが出る状況になってきたと期待する。
「継続的な機関車は企業ユース。来年は、クラウドという流れと、クラウドに対応する端末/サーバーが連動し始める。企業も本気で使い出す。それにふさわしいアプリケーションも出てくる。日本の通信産業が生まれ変わることができるか、今、大きな分かれ目にさしかかっている。」
BIGLOBEの“パーソナルクラウド”は、クラウドの流れをコンシューマ領域において加速し、ユーザーそれぞれが自分に最適なクラウドサービスを使えるようにするものだ。“パーソナルクラウド”とはいったいどんなものなのか、次回、サービス画面イメージを交えながら紹介する。
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2009/10/5 12:00
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