ニコ動とだって協力する姿勢!? 米UstreamのCEOが語る“共存共栄”戦略


 我々は、既存のメディアとうまくやっていくことをキーポイントとして考えている。インターネットの新しい企業の中には、自分たちが成長していくために既存のエコシステムを破壊したがるところもあるが、我々はそうではない。既存のメディアと補完関係を持つことによって共存共栄するというDNAで事業を展開していきたい――。

 米国での成功を引っさげ、日本ではソフトバンクとの合弁会社「USTREAM Asia」の設立を発表するなど飛ぶ鳥を落とす勢いの米Ustreamだが、同社幹部が事業方針を説明するのに繰り返し使った言葉は「humility」(謙そん、謙虚)というものだった。

 そろって来日した米Ustreamのジョン・ハム共同創業者兼CEOと、ブラッド・ハンスタブル共同創業者兼社長に話を聞いた。


ジョン・ハム共同創業者兼CEOブラッド・ハンスタブル共同創業者兼社長

重要なのは「補完」「協調」「協力」

 「humility」というのは、米Ustreamが自社のコーポレートバリューとして掲げている言葉で、ハムCEOら関係者が時間をかけて協議し、決めたという。

 「Ustreamは、既存の価値観をできるだけ尊重するというDNAにのっとって事業を展開してきました。それによってチャンスがやって来ると考えていますし、長期的なビジネスでは、『共存共栄』なくして展開していけません。常に『humility』という言葉を肝に銘じ、どういうかたちであればパートナー企業と『Win-Win』の関係が築けるのかということを模索しています。

 米国ではそういったアプローチをとって成功し、共存共栄、Win-Winの実績を上げています。既存のメディアを壊して成長するというのも1つの考え方だとは思いますが、我々はそうではなく、『相乗効果』を狙うことを常に考えています。インターネットを使うことによって、既存のメディアにはなかった新しい付加価値をどうやって生み出すことができるのか? ライブなど新しい力を使って補完的な役割を果たすことができるのか? 『補完』『協調』『協力』が非常に重要です。」(ハムCEO)

Ustreamでの配信が、テレビ番組の視聴率を押し上げる効果

 既存のメディアとして代表的なものは、テレビネットワークがある。米国では、ABCが「2009 American Music Awards」授賞式のライブ中継番組を放送するにあたり、その直前の時間帯にレッドカーペットイベントの模様をUstreamで4時間にわたり中継した。その結果、その後のテレビ放送の視聴者は前年比で200万人増加。これは、Ustreamのユニーク視聴者数がそのまま上乗せされた計算になるという。

 Ustreamでライブ配信することで、なぜ、テレビの視聴率を上げることができるのか? ハムCEOらは、オンデマンド動画配信サービスとの違いを踏まえながら以下のように説明する。

オンデマンド配信とライブ配信の効果の違いを説明するハムCEO

 「もちろんインターネットのオンデマンド動画配信サービスも多くのユーザーが視聴しますが、彼らが同時に同じ動画を見るわけではありません。自分の好きな時に好きな動画を見ており、細分化しています。見ている人がたくさんいても、彼らを結集させて『○時からのテレビ番組を見よう』というアクションに展開させることは難しいのです。

 一方、ライブ配信の場合は、同時に同じ映像を共有しており、視聴者が同期しています。『関連するテレビ番組が○時からあるから、見ようではないか』というアクションを容易に展開できます。

 例えば、夜9時からテレビ番組が始まるなら、Ustreamで関連動画を8時から配信すればいい。Ustreamの視聴者に『この後はテレビを見よう』とキーメッセージを送ることができる。ABCのほか、CBS、Bravo、Disney、Oxygenなど大手テレビ局がUstreamを活用するのは、そうした理由があります。」(ハムCEO)

 「CBSのような伝統的なニュースメディアが、自分たちにはない部分を補完する手段として我々のインターネット動画を使ってくれ、それによって新しい視聴者が増えたと言ってくれたことは光栄です。CBSだけでなく、同様の既存のメディアとの緊密な連携関係が生まれている。」(ハンスタブル社長)

広告・宣伝の新プロダクトの可能性も検討へ

 5月18日に開かれたソフトバンクモバイルの2010年夏モデル発表会はUstreamでも中継されたが、ハムCEOは、これが今後のサービス展開へのいい事例になると説明する。Ustreamからテレビ番組へ視聴者を誘導するように、Ustreamに集まった視聴者をマーケティングなどに活用するサービスの可能性について検討しているという。

 「ソフトバンクモバイルの発表会では、視聴者が10万人以上に上ったと聞いています。せっかく10万人が見ていたのだから、それをどこかに誘導することできないか? という観点で、広告・宣伝に使えるプロダクトをこれから検討していきます。イベントベースのマーケティングは、10億ドル規模の市場になる可能性があります。ライブだからこそ可能なプロダクトを今年から来年にかけて発表していきたいと考えています。ソフトバンクからは今年はじめに出資を受けました。それをベースに、マーケティングや広告・宣伝関連を含めて新しい協力関係を展開していく方針です。

 Ustreamとしては、イノベーションを通じて新しいプラットフォームを提供していくことに加え、ライブの可能性を探っていくことも今後重要と考えています。携帯電話やiPadなどさまざまな媒体が出てきてることもふまえ、ライブだからできること、ライブだから楽しめる方法を考えていきます。」(ハムCEO)

アジアは、Ustream設立当初からの重要地域

 Ustreamは今後、合弁会社「USTREAM Asia」を通じて日本・アジアでの展開を本格化していくことになるが、じつはアジアは、Ustreamを設立した4年前から同社の戦略上で重要地域と考えていたのだという。

 「なぜ、アジアか? 3つの環境要因がアジアにはそろっているからです。1つめはハードウェアの充実。カメラが携帯電話にも付いているし、PCにも付いています。しかもクオリティが高い動画を撮影できるもので、マスの視聴にも十分に耐えられます。2つめがコネクティビティ。アジアはすでにブロードバンドが普及しており、Ustreamのサービスが伸びていく素地があります。3つめが、ユーザーのビヘイビア。すでに携帯電話でテレビ番組を見ており、Ustreamのサービスを携帯電話で楽しむ素地がすでいなるのです。

 我々が今まで実行してきたこと、Win-Winを作るDNAをこれからも伸ばしながら、グローバルでもアジアでも同様に展開していきたいと考えています。日本においても、既存のメディアとWin-Winの関係を作ることを主眼に考えています。」(ハムCEO)

「ニコニコ生放送」は競合ではない?

 テレビなどの既存のトラディショナルなメディアに対しては、前述の米国での事例のような補完関係がポイントとなるわけだが、では、インターネット動画配信の他社サービスについては、どんなスタンスなのだろうか? 日本で動画ベースのコミュニケーションサービスとしては「ニコニコ動画」が人気で、最近では「ニコニコ生放送」によるストリーミングライブ配信にも積極的だ。この競合サービスについて、どう見ているか聞いたところ……。

 「ニコニコ動画の名称は聞いたことがあります。(競合ととらえるかどうは)やはり考え方の違いだと思います。我々は常に協力する姿勢をもっていきたい。誰とでも協力する。誰か新たなプレイヤーが出てくると『ライバルだ』『競争だ』と考えてしまうのは、勝者の心理学ではありません。市場ではいろいろなプレイヤーがいて、いろいろな仕事をしているおり、その中ですみ分けがあります。いちがいにライバルだと思ってしまうのは、我々にとって正しいアプローチではないと思います。

 今はエコシステムの中で、我々の技術を生かし、既存のメディアと共存共栄を図ること――これが最も重視していることです。USTREAM Asiaはまだ始まったばかりです。まず日本で足下を固め、しっかりやっていきたいと思います。」(ハムCEO)

 一方、ハンスタブル社長は実際に「ニコニコ動画」を見ているというが、その独特なインターフェイスなどについて、日本市場では学ぶべきことがあると、ここでも謙虚な姿勢だ。

 「米国と日本で違いはあると思うが、だからといって(ニコニコ動画のインターフェイスを)否定するのではなく、では、我々は日本市場でどうやってカスタマイズできるのか、ローカライズできるのかという視点で見ます。イノベーションの視点を高い所に置いて、いろいろなものを俯瞰していきます。既存市場の中でどう勝負するかということも重要かもしれませんが、視点をさらに高いところに持っていく、イノベーションを行っていくという視点から戦略を展開していきます。

 確かに、米国でやってきたことがそのまま日本で使えるわけではないと思います。日本やアジアのローカルな知識を加えて、変えていかなければならないこともあります。流行っていること、逆にうまくいっていないことにも学びながら、我々が今までやってきたことをどう展開するか? 大きなチャンスになると思います。優れたチームもおり、モチベーションも上がっています。」(ハンスタブル社長)

Ustreamの成長は「時代のおかげ」

 Ustreamの「humility」なスタンスは、既存メディアやパートナー企業に対してにとどまらず、ユーザーコミュニティを含む環境要因に対しても同様だ。

 「オープンプラットフォームは、大きなエコシステムを作り出す原動力になりました。FacebookとTwitterの力が非常に大きい。ライブストリーミングを誰か最初の1人が視聴し、FacebookやTwitterでいろいろなものを発信することで、口コミでどんどん視聴者が増えていく。ある映像に何人の視聴者がつくか、最初に予想することはできません。」(ハムCEO)

 「ここ数年間、Twitterが大きく成長しており、Ustreamの事業にもプラス効果を与えています。具体的な数字は公表していませんが、Ustreamへのトラフィックの上位3つは、Google、Facebook、Twitterです。どれも、リアルタイムで物事が広がっていくことが大きい。エコシステムを育てる上で、これらの働きは大きいのです。」(ハンスタブル社長)

 「時代とタイミングが我々の追い風にもなっています。そういったものがあったからこそ、我々のサービスが伸びたと考えています。ライブをインターネット配信するというビジネスは、我々が初めてではありません。しかし、オープンプラットフォームというアプローチをとり、FacebookやTwitterに助けられ、ここまで大きくなりました。

 YouTubeは、インターネットでオンデマンドで動画を配信するサービスであり、時代の風が成長を後押ししました。同じことが我々にも言えます。Ustreamのサービスを楽しんでもらえる時代に、環境が整ってきたのだと思います。」(ハムCEO)


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(永沢 茂)

2010/5/24 17:57