インターネットが社会の基盤インフラとなりつつある一方、アナログ社会にはなかった新たな危険や落とし穴も増え続けている。この連載では、IT化が進む中で起こるさまざまな事件を、元全国紙記者が独自の取材によりお伝えします。(編集部)
■国内トラフィックが2割近く減少するほどの衝撃
ファイル交換ソフト「Winny」のユーザーが逮捕された事件は、インターネットの世界に激震を与え続けている。インターネットマルチフィードが提供しているIXサービス「JPNAP」のサイトを見ても、Winny逮捕劇があった2003年11月末以降、国内のトラフィックは落ち込んだままとなっていることがわかる。年明けに若干増加しているものの、ファイル交換ユーザーが摘発の不安に震え上がっている様子が、グラフから浮かび上がってくるようだ。
捜査関係者が、声を潜めて語る。
「Winnyの作者は、某有名国立大学の助手を務めている人物です。学内での立場もあり、今回の事件で家宅捜索を受けたことで開発をこれ以上進めるのは無理なのではないでしょうか」
また、事件を手がけた京都府警の捜査幹部は、
「Winnyの匿名性は完全に暴かれたといっていい。今後、Winnyの仕組みを使ってファイル交換を行なえば、いつでも警察に摘発される状態になるということだ」
と誇らしげに胸を張った。果たして、今後“ファイル交換”というアンダーグラウンドな文化はどうなるのだろうか?
■URL
JPNAPのトラフィック推移グラフ
http://www.mfeed.ad.jp/jpnap/traffic.html
■事件のあらまし
事件のあらましを振り返ってみよう。
摘発が行なわれたのは2003年11月27日。松山市の無職の少年(19歳)と群馬県高崎市の自営業の男性(41歳)の2人がほぼ同時に逮捕された。
少年は任天堂の「スーパーマリオアドバンス」とハドソンの「ボンバーマンストーリー」などのゲームソフトをWinnyで提供、自営業男性は米国映画「ビューティフル・マインド」などの映像コンテンツをWinnyに放流したのが直接の容疑事実となった。いずれも著作権法違反(公衆送信権侵害)に問われた。
また逮捕当日、京都府警ハイテク犯罪対策室はWinnyの開発者の自宅も家宅捜索し、ソースコードなどを押収している。京都府警の公式発表によれば、逮捕されたふたりは聴取に対して「インターネットの世界で認められたかった」「有名になりたかった」と供述しているという。23日間の拘留後、男性は同じ容疑で京都地裁に起訴され、少年は家裁送致されている。
■Winnyの“よくできた仕組み”とは
問題は、なぜWinnyの匿名性が暴かれたのかということだろう。
Winnyが匿名性を保持している仕組みは、非常によくできている。ユーザーがWinnyネットワークに放流しようとするファイルは、いったんユーザーのPC上ですべて暗号化され、キャッシュの形でハードディスクに保存される。
Winnyのファイル交換では、このキャッシュをやりとりする形になる。そしてユーザーが求めるファイルを検索すると、検索クエリーが次々とネットワーク上を流れて行き、目的のファイルのありかを探す。巧妙なのは、ファイルが見つかっても、検索した側とファイルを持っている側は決して直接結ばれることはないということだ。
直結してお互いのPC同士でファイルを送受信してしまうと、誰が違法ファイルを持っているのかがバレてしまうからである。Winnyはこうした方法を採らず、検索クエリーが流れていったネットワーク上のPCに次々とファイルを転送させていく。ファイルを落とそうとする人は、このネットワーク上のPCのどれかからファイルをダウンロードすることになる。
だがそのPCの所有者も、自分のPCに何のファイルがあるのかはわからない。暗号化されているからだ。最初に誰かが放流したファイルは、Winnyネットワーク上を流れていって、人気のあるファイルであればあるほどあちこちに点在することになり、誰が最初に放流したのかはわからなくなる。
かつて違法なファイル交換が「オフ交換」――つまり、インターネット上で情報交換を行ない、その後に実際に会ってCD-ROMなどを交換するという仕組みで行なわれていたころは、警察のおとり捜査によって摘発されたケースも少なくなかったと見られる。
一般ユーザーのふりをしてメールなどで誘い出し、違法ソフトの入ったCD-ROMを交換しようとしたところで現行犯逮捕、という手法だ。おとり捜査は日本では違法のように思われているが、容疑者が最初から犯意があるような場合は合法的な捜査手法と判断されている。
しかしいずれにせよ、Winnyでは違法ファイルを検索して検挙の目的でダウンロードしても、そのファイルを最初にアップロードした人間を捜すのは無理だと思われていた。直接キャッシュをやりとりする相手は、そのキャッシュが何のファイルか認識しておらず、犯意はない「善意の第三者」に近い存在と言えるからだ。
■Winnyの匿名性は破られたのか?
では、京都府警はどのようにしてこの難関をクリアしたのだろうか。取材に応じた京都府警幹部は、具体的な捜査手法については「言えない」と口を閉ざした。
「一罰百戒の面から言えば、このようにしてわれわれはWinnyを解き明かしたのだということを説明したい気持ちはある。しかしその方法を明らかにしてしまうと、捜査への対策方法がまた編み出され、雑誌やWebサイトなどに『こうすれば警察の手を免れられる』といった手口の解説記事が載ってしまうといったことになりかねない。われわれがアナウンスすればするほど、逆にまたそうしたものを誘発してしまうわけで……諸刃の剣としかいいようがない」
今回の摘発については、「逮捕された二人は、運が悪くて偶然捕まっただけだ」「他の事件で逮捕した容疑者にWinny利用を自白させて逮捕した」「Winnyのソースコードを解析して暗号を解読した」など、さまざまな憶測がインターネット上に流れている。これらの憶測について幹部に聞くと、
「われわれはWinnyの仕組みをきちんと解き明かしたことによって逮捕したのであって、偶然容疑者を見つけたとか、そういうことではない」
と断言した。現在の司法制度では物証がなく、供述だけによる立件は認められておらず、「自白だけで逮捕する」というのは難しい。またWinny作者の家宅捜索は逮捕と同じ日で、押収したソースコードの解析によって(現在は行なわれている可能性は高いが)逮捕に至ったというのは時間的な整合性が一致しない。
■これからは、日本中の警察によって摘発が行なわれる可能性がある
京都府警幹部は、
「今回の摘発で、全国の都道府県警察から技術的な問い合わせをたくさん受けている。情報はすべての警察で共有するというのが基本なので、これからは日本中の警察によって摘発が行なわれる可能性がある」
と話す。もっとも、今後Winnyユーザーの摘発が各地で進むかどうかは、実は若干疑問符のつくところではある。WinMXとWinnyの摘発を行なった京都府警のハイテク犯罪対策室は、生活安全部の下にある。各都道府県警にある生活安全部はコンピュータ犯罪や悪徳商法、麻薬、少年犯罪などを専門にしているが、特に悪徳商法やコンピュータ犯罪については「初物」を意識する県警が非常に多い。
「国内で初めて○○商法を摘発」「国内で初の○○犯罪摘発」といった記事が新聞やテレビに出るのを好むのである。今回、Winnyという超大型の「初物」は京都府警がモノにした。他の県警にとっては、京都の二番煎じでWinnyを追うよりは、他のコンピュータ犯罪を狙う方が警察内部での評価は高くなる。実際、2001年にWinMXのユーザー2人が京都府警に摘発された後、他の県警はWinMX摘発を積極的には行なっていない。
■Winnyに代わる新たなファイル交換ソフトを求める動き
一方で、インターネット匿名掲示板の世界では、Winnyに代わる新たなファイル交換ソフトを求める動きも出始めている。
少し歴史のねじを巻き戻してみると、Winnyの開発がスタートしたのは、2002年4月。それまでファイル交換のメインストリームとして人気のあったWinMXのユーザーが逮捕されたのがきっかけだった。
摘発したのは、今回のWinnyと同じ京都府警ハイテク犯罪対策室である。逮捕されたのは、杉並区内の大学生(当時19歳)とさいたま市の専門学校生(20歳)。WinMXを使い、アドビシステムズの「Photoshop 6.0」やジャストシステムの「一太郎」などを不特定多数に提供していた。このしばらく前、著作権法が1999年に改正され、実際にファイルが送信されていなくとも、送信可能な状態に置かれているだけで著作権侵害の罪を問えるようになった。これがファイル交換ユーザーにとっての恐怖の種となっている「公衆送信権侵害」という罪だ。
ふたりは略式起訴処分になり、刑事裁判が行なわれなかったため、WinMXのユーザー逮捕がどのような捜査手法で行なわれたのかは今も明らかにされていない。だがWinMXは中央サーバーを介するハイブリッド型P2Pであり、サーバーのアクセスログなどを押収すれば容易にユーザーを特定できたであろうことは想像に難くない。実際、ファイル交換ユーザーの間ではこの事件後、中央サーバーを介さないピュアP2Pによるファイル交換システムを求める声が急速に高まった。
■47氏の今後は……そして「ポストWinny」へ
そんな声に押されるようにして登場してきたのが、Winnyだった。「2ちゃんねる」におけるその開発宣言は、今もさまざまなWebサイトに転載されている。
<暇なんでfreenetみたいだけど2chネラー向きのファイル共有ソフトつーのを作ってみるわ。もちろんWindowsネイティブな。少しまちなー>
書き込みの番号から、後に「47」氏と呼ばれるようになった開発者がこの文章を「ダウンロード板」に書き込んだのは、2002年4月1日。約1カ月後にはジオシティーズにサポートサイトが開設され、ベータ版がリリースされた。
書き込みの中にある「freenet」というのは、1999年にアイルランド人のIan Clarke氏が開発をスタートさせたオープンソースの匿名ネットワークシステムである。政府や企業の監視に対抗し、自由な表現や発言の場を確保する目的で、今も開発が進められている。
米国政府などからは「テロリストに悪用される」と批判されているが、インターネットの自由を大切にしようと考えているユーザーからは強く支持されている。さらにコンテンツの流通に関しては、過剰な著作権主張に対する批判も少なくない。Winnyを考え出した47氏にも、そうした自由でアナーキーな思想が底流にあったのかもしれない。
47氏は今後、表舞台には登場してこない可能性が高い。次はどのような人物が「ポストWinny」として名乗りを上げてくるのだろうか。
(2004/1/7)
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佐々木 俊尚
元全国紙社会部記者。その後コンピュータ雑誌に移籍し、現在は独立してフリージャーナリスト。東京・神楽坂で犬と彼女と暮らす。ホームページはこちら。 |
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