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第2回:絶版マンガを広告入りで無料配布する「Jコミ」

マンガを読む習慣を絶やさないようにしたい~マンガ家・赤松健氏


 電子書籍は現在、コンテンツやデバイス、流通、規格、ビジネスモデル、文化など、さまざまな要素がからみあい、いろいろなアプローチによる群雄割拠の時代となっている。このシリーズインタビューでは、それぞれ異なる方向から新しい市場に取り組むキープレイヤーたちとその思いを聞き出したい。

 第2回は、現役の人気マンガ家であると同時に、絶版マンガを広告モデルにより無料で提供する会社「Jコミ」を設立し、自らのヒット作「ラブひな」を公開した赤松健氏に話を聞いた。

公開1週間で170万ダウンロード、広告のクリック率も順調

赤松健氏

 Jコミでは、絶版となっているマンガを作者に許諾を得てPDF形式で無料配布し、ページ中に広告を入れることでその収益を作者に支払うビジネスモデルを構築しようとしている。11月から開始したベータテストでは、赤松氏自身のマンガ「ラブひな」全14巻を無料で公開したことで話題を集め、開始1週間でダウンロード数は約170万に達した。

―― ベータテストはかなりの反響ですね。

赤松:はい。ちょうどあと何時間かすると、200万ダウンロードを超えそうです(注:取材は12月9日に行なわれた)。ファイルは高解像度版と軽量版を用意したんですが、ほとんど高解像度版に集中してます。高解像度版は60MBあって、軽量版は20MBで済むんですけど、軽量版は意外と人気なかったですね。ウェブ上で読める「コミックビューアー」や、携帯向けにもちゃんとモバイルサイトを用意したんですが、こちらも思ったよりはアクセスが少ないです。

―― 広告のクリック率もかなり高いと伺っていますが。

赤松:いいですね。今回のベータテストではテストのために1巻から14巻まで全部同じ広告を入れたので、2巻以降では急激にクリック率は落ちますが。1巻だけで見ると、初日に10万以上のダウンロードがあって、6つある広告全部のクリック回数が1万回以上ですから、割合にして10%ぐらいですか。このクリック率はかなり高いですよね。最初だからということもあるでしょうが。でも、単純にダウンロード数だけで言えば、1週間で170万は週刊誌並みの数字ですよね。

 今後、たとえば「車のマンガ」に中古車の広告を入れるといったような、ちゃんとしたマッチングをすれば、広告の価値はもっと高くなると思います。今回はまだ「ラブひな」に合わせた広告を入れたわけではないので。

―― マンガと相性のいい広告を集めていくわけですね。

赤松:オンラインゲームの入会案内とか、そういったものも良いのかなとは思っているのですが。今回のベータテストでは、メディアレップ(インターネット広告の代理店)と広告代理店に頼んだんですが、そうした企業でも電子書籍内の広告ってなかなかイメージできなかったみたいですね。

 たとえば最初に作った広告料金シミュレーションでは、一番最後のページの広告掲載料がかなり高いんですよ。でもそれって雑誌の考え方ですよね。雑誌なら表4(裏表紙)が高いのはわかるんですが、電子書籍だと普通に考えれば後ろにいくほどクリックされなくなりそうじゃないですか。今回こうして事例が1つできたので、広告の入れ方ももっと検討していけると思います。

 巻末にアンケートとか作者からのメッセージを入れると、巻末の広告もクリック率が高くなるかもしれない。何巻もある漫画だと、1巻がピークで徐々にダウンロード数もクリック数も落ちていきそうですが、たとえば「ドラゴンボール」だったら(中盤の)フリーザ編とかの人気が高いはずですし(笑)。そのあたりは作品によって違うので、やってみないとわからないですよね。ただ、広告は気にならないぐらいにしておかないと、読者として嫌だなと思っているので、あまり広告をたくさん入れるつもりはありません。

「Jコミ」のサイト http://www.j-comi.jp/

―― 既にネット上で違法配信されているマンガのファイルも、作者から許諾が得られれば広告を入れて配信できる、という構想を語っていらっしゃいましたが。

赤松:たとえばWinnyにはジャンプやマガジンに載っているマンガの違法ファイルが出回っていてるわけですが、弁護士によると、絶版の場合は作者が「いいよ」と言えば合法ファイルになります。であれば、それに広告を入れて、広告料金を作者に渡す条件で許諾をもらい、合法的に無料配信できないかと考えているわけです。

―― 実際にその仕組みを導入できるのでしょうか。

赤松:システムはもう完成しています。JPG画像をZIPでまとめたファイルをアップロードすると、自動的に解凍して広告をはさみ、PDFにして掲示します。問題はむしろ、どういう広告を入れるかというマッチングの問題ですね。広告を適当に入れると価値が下がってしまうので。マンガの場合、OCRで文字を読み取ったとしても、なかなか認識してくれない。そこで今のところ、マンガと広告を手動でマッチングさせています。

マンガ中に広告を入れてPDFを無料配信する(12月6日に行われた記者会見の資料より) 広告からの収益をすべて作者に還元する

システムにはAmazonのサーバーを使用

ブログ「(株)Jコミの中の人」でテスト状況なども公開している

―― すごいダウンロード数で、ファイルも60MBと大きいとなると、システム構築の方も大変ではないでしょうか。料金面でも。

赤松:そうなんですよ。初日がすごかったんです。ウェブ用のサーバはいいんですが、やっぱりダウンロードの方をさばくのが大変で。Amazonのクラウドサービスを使っているので、サーバーが足りなければ増やせるといった対応ができるのは良かったのですが、それでもダウンロードサーバーは初日に3時間ぐらいダウンしてしまいましたね。いまはもう全然大丈夫ですけど。

 具体的な金額としては出しにくいんですけど、初日のサーバー代だけで計算すると結構かかってます。ただ、そのあとはほとんどかかっていないので、いまのところそんなに大変でもないですよ。国内でも安いサービスがでてきたので、そういうところも検討したいです。新しいマンガが上がったときの、何百万というビューとダウンロードに耐えられることが条件になりますが。「ウチを使ってください」という会社がありましたら、ぜひお話を伺いたいです。

―― そのサーバー代がずっと続いたとして、運営は大丈夫なのでしょうか。運営にはトップページの広告からの収益を充てるという話でしたが。

赤松:抜本的な対策は無理じゃないですか(笑)。既にP2Pとかアップローダーとかにもファイルが広まっているようなので、そこからダウンロードされる分にはサーバーは少し助かりますけど、ニセモノが増えるかもしれないし。やっぱりJコミのサイトからダウンロードしてほしいですね。友達にファイルを渡すとかはいいんですが。

 まあ、これで黒字を出そうとは思ってないので。私はもしこれが失敗しても、ただのマンガ家に戻るだけですから。というかマンガ家としては、ちゃんと次回作だって描きたいし。

―― それにしても、本当に無料でマンガを公開してしまって大丈夫なのでしょうか。

赤松:たとえばいまメジャー誌掲載のコミックでも、初版5万部を切ることは普通にあるわけです。今回の「ラブひな」のダウンロード数と広告のクリック率があれば、実はそれ以上の収入になります。もちろん作品が「ラブひな」で、今回が最初の取り組みだったからというのはありますが。Jコミの対象は絶版作品なので、これまでお金になっていなかったものから収入が得られるわけですから、何の問題も無いと思っています。

 むしろ今マンガ家にとって問題なのは、単行本が出ないことです。メジャークラスの雑誌に載っても単行本が出ないということが結構あります。でも売れている単行本は初版で数百万部とか、売れる売れないの差がすごく大きくなってるんですよね。

 たとえば、Jコミで配布している本の巻末に、そういう知名度の低いマンガをお試し版で1話つけてみるということもできますよね。それで話題になれば、単行本化されるかも知れない。とにかく、露出しないと誰も買わないんですよ、マンガって。昔は、たとえば月曜日にはみんなジャンプを読んでいるというような状況があったわけですが、そういうマンガに接する機会が減っていることへの危機感というか、マンガを読む習慣をなるべく絶やさないようにしたいんですよね。

新作は出版社の仕事。絶版作品が注目されれば出版社にもメリットが

―― Jコミで直接新作やオリジナル作品を扱う考えはありますか。

赤松:絶版になったマンガは一度商業誌に載っているので、面白さとか、エログロがそれほどないとか、ある程度保証されているから便利なんですよ。これが新作だと、閲覧に耐えうるかはわからないですから、読んだ上で「ここを直して」とか言いはじめると、それはもう出版社の仕事ですよね。そこは我々は手を出せないです。

 そういう意味で、新作をやるぐらいなら、ライトノベル版のJコミをやりたいですね。ライトノベルにも絶版になっているものが多くあるでしょうし。

―― 出版社の方で正式に「絶版」となっている書籍はあまりないということですが。

赤松:マンガは特にそうですね、「重版未定」という扱いで。でも、誠意ある出版社に行けば、刷る予定がなければ絶版にしてくれますよ。いまのところ、出版社からダメだと言われたことは一度もないですね。

 絶版作品が注目されれば、その人の新作が売れるという波及効果もあると思っていて、その点には出版社も期待できますよね。実際、今回の「ラブひな」の巻末にはアフィリエイトのページがあるんですが、そこに出ている3700円の「ネギま!」限定版がかなり売れています。

―― いま公開している「ラブひな」は単行本をスキャンしたものですが、出版社側の権利はどうなるのでしょうか。

赤松:原稿そのものを持っている作者に対して版面権を主張するのは、ちょっと難しいんじゃないでしょうか。著作隣接権みたいなものは出版社には与えられてないですし。突き詰めると、アシスタントが描いた背景の著作権は? とか編集者が直したアイディア料は? とかそういう話になってくるのですが、そのへんは作者に全部帰属するというならわしですね。契約書は無いんですけど。

リクエストのコーナーは欲しい

―― 「復刊ドットコム」のように、読みたい作品のリクエストを受け付ける予定はありますか。

赤松:昔こんなマンガあったけどタイトルもわからない、というようなリクエストのコーナーは、やっぱり欲しいですよね。Jコミだと、まずその単行本を持っている人がいないとできませんが。

 私も1つあって、小学5年生ぐらいに読んだホラーなんですけど、黒猫が車に轢かれて最後に化けて出てくるというマンガで。それを読んで怖くて眠れなくなって、親の部屋に行っちゃったという恥かしい思い出が(笑)。今見たら、たいしたことないのかもしれませんが、ぜひもう一回見たい。

―― あまり古い作品ですと、作者や権利者を探すのも大変そうですが。

赤松:たとえば遺族さえ見つからないような作品だったとしても、文化庁の裁定手続を使えば使っていいということになります。また、昔と今では差別用語などの問題もありますが、そういうものも含めてとにかく全ての作品を集めたいですよね。昔の浮世絵でエロいのがあったとして、エロいからといって収集しないのは、私は悪だと思うんですよね。その時代の価値観に流されないで、なんでも収集すると。Jコミはそういう役割を演じたいです。

―― Jコミで人気が出て、やっぱり紙の単行本で復刻しようとなったら。

赤松:作者が紙で出したいと言えば、Jコミの方では削除します。もちろん、紙と電子版を並行して出してもいいという意向であれば、そのままにします。そこは作者の意向が最優先です。我々としては、昔の作品が散逸してしまうことを防ぎたいので、紙でも電子でも読めればいいと思っています。

 今は1部からでも印刷する会社があって、Jコミと提携しないかという話も来ました。電子版で盛り上がったときに、それを紙で欲しい人って絶対何人かいるはずなんですよね。部数が少ないと値段は高くなりますが、そういう提携もあると思います。

―― 単行本未収録の作品の場合はどうなりますか。

赤松:その場合は雑誌からスキャンすることになると思いますが、ハシラ(左右欄外)の文字とかは出版社が入れたものなので取り除く必要があります。資料的にはそういう部分もそのまま読めると面白そうですし、スキャンされて出版社が損をすることも無いとは思うんですが。

 でも、昔の雑誌だと「水木しげる先生にお便りを書こう」とかあって、水木しげる先生の住所がそのまま書いてあったりしましたね。読者が直接先生のところにも行けたんです。いま考えると危ないですよね。やっぱりハシラはやめておいた方がいいですかね(笑)。

β2テストでは収益を公開、マンガ家にはその結果を見て参加してもらいたい

β2テストは2011年1月11日開始予定

―― これから、新たに3作品でβ2テストを始めるられるわけですが、アピールしたいポイントは。

赤松:まずはマンガ家さんに結果を見てもらいたいですよね。β2テストでは、本物の広告を入れて、実際に作者にはこれだけお金がいきますよというのを全部公開します。

 企業には、これだけインプレッションがある商品(広告枠)なんだということを、見てもらいたいですね。

 読者にはもちろん、こんなに面白いマンガが無料で読めちゃうんですよということをアピールしたいですね。しかも、広告がそれほどウザくない。これをどんどんコレクションしてくださいと。

 最後に出版社には、絶版のマンガなので被害が出ないどころか、プロモーションになって新しいものが売れるかもしれない。マンガを読む文化の裾野が広がるかもしれない、危険なものではないんだという点をアピールしたいですね。

 マンガ家、企業、読者、出版社でWin-Win-Win-Winといきたいですよね。困るのは新古書店くらいですが、それはまあやむを得ない。

―― マンガ家さんからの反応は。

赤松:話は来ていますけど、いまのところβ2テストが終わるまで待ってもらっている状態です。β2テストについては収益も公開するので、たとえば作品を出してもらう樹崎聖先生に何十万円入ったとなれば、これは反応も違ってきますよね。同じβ2テストで公開する新條まゆ先生の作品は、単行本になっていない読み切り作品なので、それもお金になるんだということがわかれば、私だって登録しますよ(笑)。単行本になっていない原稿の状態ではゼロですからね。

―― 広告以外で企業との連携などは。

赤松:端末メーカーの方とも話をしたんですが、もしJコミに作品がいっぱい集まって、何千冊になったら、電子書籍リーダーにプリインストールするのはどうか、っていうアイディアがあります。メーカーにお金を出してもらえば、プリインストールの分は広告無しでもいいかもしれない。たとえば二千冊のマンガがフリーで入っていたら、それだけで端末のキラーコンテンツになりますよね。これも実現できれば面白いと思います。


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(高橋 正和 / 三柳 英樹)

2010/12/27 06:00



第1回:いつでもどんな端末でもブラウザさえあれば読める「Google eBooks」

グーグル株式会社・佐藤陽一氏


 2010年は電子書籍元年と言われる。iPad発売から電子書籍が注目を集め、日本語表現の壁からなかなか進まなかった日本語の電子書籍市場も、規格を決めいよいよ市場も本格的に立ち上がろうとしている。市場の立ち上げ期ということで、さまざまな人や企業がそれぞれ異なる分野と方向で新しい市場を作ろうと取り組み、いわば群雄割拠の時代となっている。このシリーズインタビューでは、サービスベンダー、メーカー、出版社、著作権者などさまざまな立場のキープレイヤーに話を聞き、それぞれが思い描く電子書籍市場のビジョンとアプローチをお伝えしていきたい。

 第1回は、米国で300万冊を揃えて「クラウド上に本棚が置ける書店」としてスタートしたGoogle eBooksについて、グーグル株式会社でGoogleブックス担当マネージャーを務める佐藤陽一氏に話を聞いた。

出版の幅の広さや深さを感じてもらえる品揃えが理想

Googleブックス担当マネージャーの佐藤陽一氏

―― 米国ではGoogle eBooksは300万冊を揃えてスタートしました。日本でも今後サービスの開始をアナウンスされていますが、日本ではどのぐらいの規模になるのでしょうか。

佐藤:このぐらいの規模にならないとリリースしない、といったことは考えていません。どんな規模でも、時期が来て準備ができればサービスをスタートしたいと思っています。タイトル数は、出版社側が電子書籍として販売できる本がどのぐらいあるかによりますので、こちらでは決められないんです。

 ただやはり、ユーザーから見たときには、多く並んでないとがっかりしてしまうということもあります。その時点で販売できるものは広く多く揃えたいとは思っています。

―― 大手出版社の書籍が中心になるのでしょうか。

佐藤:いえ、もちろん大手出版社の書籍も大事ですが、Googleブックスの肝は書籍の全文検索です。そのため、大手出版社さんだけではなく、中堅の出版社さんや小さな出版社さん、地方の出版社さんなど、なるべく広くご参加いただくことで幅を持たせ、さすがGoogleだと言っていただければと思います。出版の幅の広さや深さのようなものを感じてもらえる品揃えになるのが理想です。

米国でサービスが始まったGoogleの電子書籍販売サービス「Google eBooks」 書籍の検索サービス「Googleブックス」には既に日本の出版社も参加している

―― 書籍の検索サービスGoogleブックスは日本でもすでに始まっています。Google eBooksで販売されるタイトルはGoogleブックスに登録されていることが前提となりますが、日本におけるGoogleブックスの対応状況は。

佐藤:国別の数字は出していませんが、IT系の出版社を中心に参加はどんどん増えていますし、もちろんIT系以外の出版社にもご対応いただけています。Googleブックスで検索できる出版社さんはこれからもどんどん増えていくと思いますし、いま検索できない出版社さんにも、Google eBooksのスタートまでにはご参加をいただけるだろうと思っています。そのままこの勢いをキープしつつGoogle eBooksの態勢を整えていければと考えています。

―― 独自に電子書籍に取り組んでいる出版社もありますが、そうした会社でもGoogle eBooksに参加するところは多いのでしょうか?

佐藤:はい。現在お話をうかがっている中では、独自のサービスを展開しつつ、Google eBooksなどのプラットフォームにも展開していきたいという意向を持っている出版社がけっこう多くあります。

ウェブ版とダウンロード版の関係

―― 電子書籍については、配信方法によって採用フォーマットも異なり、独自フォーマットを採用しているところもあると思いますが、フォーマットについてはどのように考えていますか。

佐藤:Google eBooksでは、扱えるフォーマットはEPUBとPDFになります。独自フォーマットを採用している場合でも、出版社側ではPDFは持っている場合も多いので、そのPDFを提供いただければと思います。

 EPUBについては、縦書きやルビの対応など、日本語独自の表現への対応などについても標準化の作業中ですので、状況を確認しているところです。ただ、これは少し意外だったと言いますか、縦書きにこだわらない技術書や学術書などでは、すでにEPUB形式の電子書籍も作っている出版社がけっこうあって、われわれが思っているより最初の段階からEPUBの点数もあるかなという印象を受けています。

―― すでにXMDFで出されている電子書籍についての対応は考えていますか。

佐藤:出版社がXMDFだけで持っているのか、PDFでも持っているのかなど、そうした状況はまだよくつかめていない点もありますので、これから見ていきたいと思います。たとえば、非常に多くの書籍がXMDFでしか存在していなくて、それをGoogleでも売りたいというお話をいただけるようでしたら、対応を考えたいと思います。

―― 出版社の持っているフォーマットに対応していくということでしょうか。

佐藤:そうです。また、ユーザーのニーズがどのぐらいあるのかでもあります。

―― 基本的には、Google eBooksはウェブブラウザーで読むのが中心のサービスになるのでしょうか。ダウンロードサービスはどのような位置付けになるのでしょうか。

佐藤:そうですね、ブラウザーで読めるのを大前提としつつ、出版社さんから提供いただければダウンロードもできるようになるという形です。自分が好きなビューアーで見たいというニーズ、PDFやEPUBでダウンロードできることが大事というユーザーもたくさんいると思います。そうした方々のためにも、ファイルをダウンロードできたほうがユーザーのためになるかと思います。

 ただ、ブラウザーでの表現やブラウザー自体の技術も、これからも進んでいくと思います。そのため、ダウンロードの重要性は少しずつ減じていくのではないかという気はしています。

Google eBooksの対応デバイス。Kindleは現時点で非対応

―― Google eBooksではiPhoneやAndroid向けの専用アプリも提供していますが、この専用アプリはウェブ版の電子書籍を見るものなのでしょうか、それともダウンロード版を見るものなのでしょうか?

佐藤:基本的には、ウェブ版を見る際に使い勝手がよくなる専用アプリを用意しています。

―― PDFやEPUBに対応しているビューアーならどれでもGoogle eBooksの書籍を見られるのでしょうか? たとえばKindleはどうですか。

佐藤:いまのKindleですと、DRMの方式が違うので見られません。PDFやEPUBに関してはAdobeのDRM(Adobe Content Server)を使いますので、これに互換の仕組みでなければ見られません。

 ウェブ版をPCなどのブラウザーで見るのであれば、DRMは関係ありません。基本的には普通のブラウザーであれば見られるような設計にしていますし、認証もGmailなどのほかのGoogleアカウントと同じです。DRMはファイルをダウンロードしたときだけ保護をかけるということです。

―― スマートフォン以外、日本の従来型の携帯などには対応の予定はあるのでしょうか。

佐藤:いまのところは予定していません。

―― ダウンロード版では必ずDRMが付くのでしょうか。

佐藤:DRMを付けないで出すこともできます。ファイルのダウンロードを許可する場合、DRM付きにするかDRM無しにするかは出版社が選択できます。

―― コピーの回数制限などのコントロールは可能なのでしょうか。

佐藤:細かい点は日本語版ではまだ詰めていないので、これから協議しながら考えていくことになると思います。海賊版や不正コピー流通については敏感になっているところも多く、制限などサービスイメージについての問い合わせも多くいただいています。

―― 販売地域の制限などはできるのでしょうか。

佐藤:国単位のコントロールはあります。米国でのサービスも、現在は米国内限定販売という形でスタートしています。日本でスタートするときに、日本国内の限定になるか、あるいは日本の本をグローバルに展開できるかについては、まだ調整中です。

―― キャンペーン価格などは設定できるのでしょうか。

佐藤:出版社側の管理画面から設定できます。発売後最初の1週間はキャンペーン価格で割引販売するなど、一定期間は金額を変更するといったことはできます。

―― Googleブックスで検索して出た本が縦書きだと、PCの画面では縦にスクロールしないと読めないということがあり、読みにくいと感じることが多いのですが、そのあたりは何か対処を考えていますか。

佐藤:縦書きだと読みにくいことがありますね。縦にスクロールしないで済むよう文字サイズを小さくすると、今度は文字が小さすぎて読みにくいとか。これは悩みどころでして、ブラウザー版の画面設計ではなるべく画面を広く使えるようにするといった工夫はしています。

―― Google自身が専用書籍端末を開発する可能性はありますか。

佐藤:私はハードウェア開発などの情報は持っていないので、なんとも言えません。ただ、私としては、Googleブックスはウェブブラウザーさえあればどんな機器でも読めるのが大きな特徴の1つですので、PC、タブレット、スマートフォンなどどんな端末のウェブブラウザーでも見やすいようにしていくのが、Googleブックスとしては大事だと考えています。

とりあえず販売してみるときのハードルを下げる

―― やはりどうしてもサービスとしては品揃えが気になりますが、出版社がGoogle eBooksに参加するメリットは何でしょうか。

佐藤:まず、Googleブックスとして本が検索できるようになる点があります。Googleブックスでは本を電子化し、上限20%までは試し読みができるようになっていますが、それを有料で販売するのがGoogle eBooksになります。

 たとえば古い本など、これから電子化するためのコストはかけられないといった本も多いと思います。一方でユーザーとしては、スキャンしたイメージでもいいから欲しいという場合もあるわけです。そうした紙の書籍をGoogleに送っていただければ、ページのスキャンやOCRを施して、検索できる状態でGoogleブックスでオープンにできるわけです。出版社さん側から見て、大きな投資をせずに電子書籍のラインナップを揃えることができるという利点はあると思います。

―― 紙の書籍をGoogleに送ってスキャンしてもらう場合、手数料などはどうなるのでしょうか。

佐藤:スキャンの手数料などはかかりません。無料です。

―― 無料で電子書籍版ができるなら、とくに人手が足りない中小の出版社にはありがたいですね。

佐藤:そうですね。電子書籍化というとハードルが高いと思われている出版社さんもいるでしょうし、コストをかけてまで参入するのは厳しいという出版社さんも少なくはないでしょう。そもそも、Googleブックスは本を検索可能にするためにすべてのページをスキャンしていて、それを有料で100%読めるようにするのがGoogle eBooksということですので、出版社さん側のハードルとしては低いと思います。本をお送りいただければこちらでスキャンしますので。

 ユーザーの利便性から見れば、たとえばモバイル系のデバイスで最適なフォントサイズで表示したりすることを考えると、電子ブック形式でないと使い勝手は良くないかもしれません。一方、PCで調べものをする場合に読みたい書籍などは、紙の書籍をスキャンしたものであっても、PCで見られれば十分という場合も多くあります。OCR処理をしますので、検索もできますから紙の書籍を上回る利便性もあります。できるだけ間口を広く、たくさんの書籍を提供したいと考えると、やはりPDFで提供することがコンテンツ提供側からみてハードルが低いと思います。

「Googleブックス」で検索できる書籍のうち、出版社が許可した書籍を「Google eBooks」で販売する Google eBooksでの販売にはGoogleブックスへの参加が必要

―― Google eBooksでも最初はスキャンした本の方が多くなるのでしょうか。

佐藤:当初は多くなるかもしれません。「出版の広さや深さ」と申し上げたのはそこで、人気のある本が電子ブック形式で販売されているのも重要なのですが、もう一方で、絶版になった本やなかなか入手できない本などが読めるというのがGoogleブックスの特徴だと思います。

―― 紙の書籍が大量に来ると処理が大変そうですが。米国では現在どのぐらいのスピードで紙の書籍をデジタル化していますか。

佐藤:通常は、紙の書籍を送っていただいてからデジタル化して検索可能な状態になるまで6~8週間、場合によってはそれ以上かかることもあります。PDFなどで送っていただく場合は、1週間から10日前後ですね。

 ですので、新刊などで書店店頭と合わせてプロモーションしようという場合ですと、PDFで送っていただかないと間にあわないケースがあります。一方、必要な人が買いに来るというタイプの本で、それほど急がなくていいのであれば、紙の本を送っていただいて、デジタル化することもできる。出版社には目的に応じて、切り分けて使っていただけると思います。

書店には本との出会いがある

Googleだけでなく、他のオンライン書店でもGoogle eBooksの書籍を販売する

―― 米国でのユーザーの反響はどのような感じでしょうか。

佐藤:Google eBooksは始まってまだ間もないのですが、ずいぶん高い評価をいただいているように思います。ひとつには、ウェブブラウザーさえあればどんな機器からも読めるという特徴が比較的受け入れてもらえているという感触があります。また、サービスの規模も、米国ではこれまでKindleが圧倒的でしたが、それにひけをとらないぐらいのラインナップを揃えられています。販売している本だけでなく、米国の場合はパブリックドメインの本が利用できるという点も大きいと思います。

―― オンライン書店との提携も発表されましたが、検索サービス以外にはどのように提携していくのでしょうか。

佐藤:Googleブックスでは、本の検索結果からその本を紙でも電子でも買えるようになります。目的がはっきりしてる人にとっては検索でもいいのですが、一方で「最近何か面白い本が出ていないかな」と思って書店に行き、最近出た本や評価の高い本、最近売れている本などを眺めるような、そういう形の本との出会いもあります。

 そうした書店での本との出会いは、ウェブの場合もGoogleブックスよりは書店サイトで起きるものだと思っています。オンライン販売をしている書店さんにGoogleブックスから誘導するというのももちろんありますが、それ以上に、本を買うという通常の流れから書店のサイトに行った人が、その中の選択肢としてGoogle eBooksの電子書籍も買えるようになっているというのが大事かなと思います。

―― オンライン書店のサイトで、「この本を買う」というボタンの下に、Google eBooksの本を買うというボタンが付いているというイメージでしょうか?

佐藤:そうです。本屋さんから見れば、紙の本にプラスして電子本を品揃えとしていただけるわけです。ユーザーにとっては、便利な方を選んで購入できるようになります。

―― 書店との連携はどのくらい進んでいるのでしょうか。

佐藤:現時点で確かな事例としては、米国で発表があった際に公式ブログで紹介していた3社(Powell's、Alibris、American Booksellers Association)しか私も把握していませんが、このあとどんどん増えていくだろうと思います。

―― 日本ではどうでしょうか。

佐藤:メジャーなオンライン書店さんとは、Google eBooksのスタートに向けて話し合って、なるべくご参加いただけるように働きかけたいと思っています。

 また、米国では中小の書店さんの連合体との連携も進めています。日本でも同じように、たとえば、社会学関係や自然科学の一分野など、特定の分野に強い書店さんと連携できると面白いなと思っています。

―― リアル書店との連携は?

佐藤:はい、連携ができるといいですね。Google eBooksではAPIも提供していますので、たとえば、書店店頭の在庫検索端末で探して、在庫がないときには電子書籍を紹介するといったこともできると思います。そのあたりは、これからいろいろやってみながら、どうすればユーザーに喜ばれるかをトライしていけるといいかなと思っています。

反発でも120%の取り組みでもなく、落ちつきどころが見えてきた

―― Google eBooksでは、出版社の取り分は売上の51%以上と発表していますが、これは低すぎるという反応もあるのではないでしょうか。

佐藤:たとえば他社さんでは70:30といった数字が出されていて、Googleは取りすぎではないかという声も中にはあります。

 51%というのは、あくまでいちばんミニマムな条件です。たとえば出版社さんから、最初にある程度の冊数を出すというコミットメントをいただける場合には、よりよい数字を提供する用意はあります。それがわれわれにとっても出版社さんにとっても、Google eBooksがユーザーに受け入れられて離陸するために大事なポイントだと思っています。

 また、紙の本をわれわれがトータルで電子化して提供しますので、そのぶんのコストもあわせてご判断いただければ、決して低くないと判断されるケースもあるかと思います。

―― 佐藤さんは出版社出身と伺っていますが、Google eBooksへの出版社側の反応はどのような感じなのでしょうか。

佐藤:最初は、「書籍のデジタル化」のメリットがそもそもよくわからないとか、あるいは価格破壊や不正コピーといった問題で脅威に感じているといった認識を強くお持ちの方も多かったですね。それも気持としてはわかります。

 しかし、ここ1年ほどで、デジタル化の流れは避けるべきものではないし、避けられるものでもないといった認識を出版社の方も強く持って、比較的積極的に対応を考える方向に完全に切り替わったと感じています。

 これは繰り返し言っているのですが、デジタル化が紙をまるまる置きかえるとは思っていません。一部については、デジタルで持っていれば紙はいらないとか、逆に紙があればデジタルはいらないという場合もあるでしょう。しかし、両方が必要な場合もいくらでもあって、おそらく市場はハイブリッドで進んでいくと思います。そのあたりの落ちつきどころが、出版社さんのほうでも見えはじめたかな、という印象はあります。

 また、これまでは「スキャンしてPDFにしただけで電子ブック?」という気持ちもあったかと思います。でも、それもアリなんだ、そこに価値を見いだす読者もいるんだという認識も生まれてきていると思います。「電子書籍」というものがものすごく大きな取り組みだというイメージも強かったと思うのですが、意外に身近な取り組みからスタートできるという認識が出てきたかもしれない。

 ともすると、紙の100%の代替物以上のものを作ろうとして、ハードルが高く感じていたかもしれません。ただ、120%の完成度の電子書籍が10タイトルあるよりも、そこまでいかなくても1000タイトルの電子書籍があったほうがいいというか、やはり本のマーケットでは幅とスケール感のほうが重要なので、出版社の考え方もそちらに少しずつシフトしている感じはします。

 大きな書店さんに行けば、何十万冊という本が並んでいる中で、電子書籍で数千タイトル揃えたといっても本当にわずかですよね。そういう意味でも、Google Booksでは深さや広さをしっかり打ちだしたいですね。

―― 最近刊行されている電子書籍ではスマートフォン向けの専用アプリも多くなっていますが。

佐藤:専用アプリにすると、将来的に管理が難しくなって困る人が出てくると思っています。Google eBooksでは、クラウドの書棚に本がどんどん入って、いつでも読めるし検索もできるし、ダウンロードもできる。本はやはり一冊二冊ではなくて、何十冊何百冊と使っていくものですよね。将来的な管理や使い勝手を考えると、専用アプリや規格の乱立などは、あまりユーザーのためにいいことではないような気がしています。

 ただ、専用アプリではコンテンツとしていろいろな仕掛けもできますので、出版社さんとお話しをしていると、Google eBooksでもそうしたことは可能ですかという相談もあります。日本でそうしたニーズが盛り上がるのであれば、考えながら対応していくことになるでしょうね。

雑誌やマンガ、アダルトは?

―― シャープの「GALAPAGOS」では、新聞や雑誌が手元に届くという点をアピールしていますが、Google eBooksでは定期刊行物は扱うのでしょうか。

佐藤:新聞や雑誌などの定期刊行物に対して、Googleブックスの枠組みの中では、特に何か対応をするという段階ではありません。

 ただ、日本の出版社さんとお話をしていると、雑誌をやりたいという希望が強いんですね。やはり雑誌はすごく面白いですし、あるいはユーザーさんにとっても、雑誌のバックナンバーは後で買うのも難しいので、引っ越しのときになかなか処分できない経験をお持ちの人も多いと思うんですよね。そのあたりを、Googleブックスの枠組みかどうかは別にしても、なにか対応できればいいなと思います。

 ただ、雑誌の場合は、出版社側の権利処理が圧倒的に大変です。また、Googleブックスの英語版ではLifeなどの電子雑誌に出版された時の広告もそのまま載っているんですが、日本では電子雑誌にするときに広告ページは抜いて出すと聞いていますので、そういったところも含めて、出版社さんの処理とかビジネス慣行が、まだ電子版に対してこなれてない感じがします。

―― 日本の市場ではマンガの占める割合も大きいと思いますが、マンガへの対応は。

佐藤:マンガも、積極的にやっていきたいと思っています。英語圏の書籍は圧倒的に文字が中心ですが、日本の場合はグラフィカルな表現も多いですし、マンガやムックなどいろいろバラエティに富んでいます。本を見るときにも、検索するときにも、とにかく書籍はすべて揃えて、快適に使ってもらえるようにするのは大事かなと思います。

―― アダルトコンテンツについてはどういう方針でしょうか。

佐藤:アダルトは、扱いが非常に難しいですね。ひとつはっきり申し上げられるのは、Google eBooksとして販売するかどうかと、Googleブックスで検索可能にするかどうかということは分けて考えています。Googleブックスの検索対象としては、アダルトだからということで受け入れを拒否することはしません。

 ただ、販売については、もちろん抑制的にですが、制限をかけざるを得ないケースも想定されるかなと思っています。どんな本でも販売しますとはお約束できない。リアルな書店で販売されているのと同じように、ある程度のガイドラインに沿って判断しながら、対応を考えていかざるを得ないと思います。

―― 米国のサービスでは年齢制限などの仕組みはあるのでしょうか。

佐藤:特に持っていません。一般的なルールとして、ユーザーから連絡があれば調べて、一般への販売に適さないようであればなんらかの対応をとる、もしくはなんらかのフラグを付ける、というような仕組みを考える必要があるかもしれないという段階です。

―― ユーザー登録の際に年齢の確認が必要になったりすることもあり得るのでしょうか。

佐藤:たとえば、リアルな書店で本を買うときに、毎回年齢を証明するものを見せろと言われることは、基本的にはないわけです。われわれとしては、GoogleブックスでもGoogle eBooksでも、リアルな環境の中で本を買うのと同じ自由度を作りたいという気持ちが、設計思想の中のすごく大きなところにあります。

―― ウェブ検索にも「セーフサーチ」のような仕組みがありますが、それと同じようなイメージでしょうか。

佐藤:いわゆるペアレンタルフィルタなど、一般の検索と同じような仕組みでできるのが、一番好ましいでしょうね。

 ウェブブラウザーさえあればPCでもタブレットでもスマートフォンでも本が読める、というのがGoogleブックス/Google eBooksの重要なコンセプトです。同時に、実際に書店に行ったときと同様に、目についた本を自由に手に取って試し読みし、気にいったら買う。できるだけ、実際の書店で自由に本に触れられる環境に近い環境を作りたいと考えています。


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(高橋 正和 / 三柳 英樹)

2010/12/20 06:00