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「電子書籍元年」の次に来る、EPUB 3とタブレット端末の普及元年

イースト株式会社 下川和男氏


 電子書籍は現在、コンテンツやデバイス、流通、規格、ビジネスモデル、文化など、さまざまな要素がからみあい、いろいろなアプローチが登場している。このシリーズインタビューでは、それぞれ異なる方向から新しい市場に取り組むキープレイヤーに話を聞く。

 日本でも様々な電子書籍端末やコンテンツが発売される中で、今後の取り組みとして話題に上る機会が多い話題が電子書籍フォーマットの「EPUB」だ。海外では既に多くの電子書籍で利用されているEPUBだが、5月に仕様が策定される見通しの「EPUB 3」には縦書きやルビなど日本語組版への対応が盛り込まれ、今後は日本市場でも電子書籍のフォーマットにEPUBを採用するケースが増えていくと思われる。

 シリーズインタビュー第7回は、EPUBの日本語組版の要求仕様を作った日本電子出版協会(JEPA)の副会長であり、EPUB日本語拡張プロジェクトに携わったイースト株式会社代表取締役社長の下川和男氏に、EPUBと今後の日本の電子書籍市場などについて話を聞いた。

WebKitがベースとなって、EPUB 3への対応が進むことに期待

イースト株式会社代表取締役社長の下川和男氏

―― 電子書籍のフォーマットは、今後統一されていく方向なのでしょうか。

下川:私は、ユーザーをフォーマットで混乱させてはいけないと考えています。そのために、なるべく早く世界標準となるEPUBを作ろうと、去年からEPUBの日本語組版対応を手がけています。

 将来的に見た場合には、フォーマットはEPUBを使うのが一番いいと思っています。ただし、まだEPUB 3の規格も対応ビューアーも無いという状況では、EPUBでコンテンツを作ってもビジネスにはなりませんので、今の時点では.bookやXMDFを使うことになると思います。

―― EPUBの電子書籍はiPadの「iBooks」などで見る分にはいいのですが、PCで見ようと思ってもあまりいいビュワーソフトが無いのがユーザーとしては困っています。

下川:その問題は私たちも以前から感じていたので、縦書きやルビなどに対応したEPUBビュワー「espur」を現在イーストで開発しています。Google ChromeやSafariなどで使われているレンダリングエンジン「WebKit」が、EPUB 3で採用する縦書きやルビなどの仕様を積極的に取り込んでいるので、それを使用したビュワーになります。

 4月頃にはこのビューワーを無料で配布しようと考えています。これから、同じようにWebKitを使ったEPUBビュワーがいろいろ出てくると思います。

WebKitによる日本語縦書き表示例

―― 出版社やメーカーなどに話を伺うと、EPUBについてはEPUB 3の仕様が固まってから対応を考えるという会社が多いですね。

下川:年内にはEPUB 3に対応するデバイスやアプリケーションが少しずつ出てくると思います。コンテンツについては、iPadのiBooksもWebKitを使っていますから、iBooksでなにかいいEPUB 3のコンテンツが出てきてベストセラーになるとか、そういう新しい動きが出てくることを期待しています。

 コンテンツ側から見ると、EPUB 3になれば縦書きやルビに対応すると言っても、.bookやXMDFでは10年前から対応していますし、構造的にもそれほど違いは無いですから、そうしたフォーマットからEPUB 3に変換するのはたいして難しくないでしょう。

 ただ、変換できないのは外字なんですよ。特に携帯電話がJISの第一水準と第二水準にしか対応していなかったので、それ以外の文字を外字で表現しているコンテンツが結構あります。外字を使わずにUnicodeでコンテンツをコード化しておけば、EPUBにも変換できますよというのを、いまセミナーなどで普及促進しているところです。

―― EPUBはUnicodeが推奨なのでしょうか。

下川:推奨でなくて必須になります。ただ、シフトJISや韓国のKSコードなどを使ったEPUBファイルもけっこうあって、困りものなのですが。それでもビュワーによっては読めてしまうので、ユーザーからはわからないんですよね。

―― HTMLではブラウザーごとの解釈の違いが問題になりましたが、EPUBでも実装ごとに同じような問題が置きないでしょうか。

下川:EPUBは仕様がゆるいので、いろいろな解釈が出そうですね。EPUB日本語拡張仕様策定プロジェクトでは、EPUBのサンプルデータとそれがどう見えるべきかというガイドをいくつか作っています。仕様書だけではわからない細かい部分についても、実装のガイドラインを50ページ程度のドキュメントにまとめて公開します。それを参考にして端末やビュワーを作ってもらえれば、ある程度は同じになるかと思います。

―― EPUBのように、画面サイズや文字サイズなどに応じてレイアウトも変化するリフロー方式の規格では、表現が難しいコンテンツもあるのではないでしょうか。

下川:複雑なレイアウトの書籍や、凝ったレイアウトを使った雑誌などは、EPUB化しようというのはそもそも無理です。考えが違うわけですから。EPUBはレイアウトは崩れていいので、そのかわりにいろいろな画面サイズに対応しましょうという考え方です。文字中心の書籍や雑誌であればEPUBに向いていますが、EPUBが万能というわけではありません。

 ただ、EPUB日本語拡張仕様策定プロジェクトでも、コミックや雑誌、実用書、子供用、高齢者向けなど、ジャンル別のソリューションを、各10ページ程度で技術的な提言としてまとめようとしています。3月末までに、5〜6種類出せればと思っています。

―― 海外では雑誌にEPUBを使おうという話はあるのでしょうか。

下川:IDPF(国際電子出版フォーラム、EPUBの仕様策定団体)でも、雑誌をどこまでEPUBで作れるのかを議論しています。ただ、あまり複雑な版組の雑誌は想定していませんが。

―― 複雑な組版の雑誌の電子版は、現在は専用アプリやPDFで対応している場合が多いですね。

下川:紙の雑誌用にDTPデータがある前提でいえば、PDFが作りやすいでしょうね。PDFでのビジネスは、これからもあると思います。

WebKitによる日本語縦書き表示のサンプル紹介ページ イーストのトップページ

Kindleが新刊本を安く販売したことで、電子書籍のビジネスが軌道に

―― 電子書籍への取り組みは日本でも10年以上前からありますが、今回の盛り上がりでいよいよ電子書籍は普及するのでしょうか。

下川:日本電子出版協会(JEPA)を設立したのが25年前の1986年と説明すると、みんな驚きますね。その頃に何があったかと言うと、広辞苑のCD-ROM版が立派なアルミケースに入れられて売られていたような時代です。

 今の形に近い電子書籍は、米国では1998年から2003年にかけて一度盛り上がりました。「Rocket eBook」という製品が出て、マイクロソフトも「Microsoft Reader」というビュワーソフトを出していましたが、やがて火が消えてしまった。

 そのあとに、日本では2004年ごろに、松下電器(当時)の「Σbook」やソニーの「LIBRIe」が登場しましたが、これもいつのまにかなくなってしまった。

 今回の盛り上がりは2007年のKindleから続いているものですが、iPadも売れましたし、3回目にして電子書籍を読む文化が定着してきていると思います。

―― これまでと今回の盛り上がりはどこが違うのでしょうか。

下川:Kindleが成功したのは、新刊本が安く出たからだと思っています。いまはやっていないようですが、以前はAmazon.comで紙の本の販売ページに行くと、その横に小さくKindleの電子書籍も表示されていました。紙の本だと20ドルだけど、Kindleなら9.99ドルで買えますよと誘導するわけです。そうして、ほとんどの新刊本が電子化されて、かつ安い値段で売られたことで市場が拡大したわけです。

 新聞広告などでも、宣伝されているのは新刊本ですよね。そこで、2000円の本が電子版なら1000円で買えますと書いてあればみんな見るわけです。古い本がデジタル化されていても、なかなか見てもらえないでしょうし。今では、ニューヨークタイムズの書評に載るような新刊本の8割は、AmazonのKindle StoreやSonyのReader Storeでも売られています。

 新刊本がすぐにデジタル化されるということについては、DTPに対する日米の考え方の違いも背景にあると思います。DTPを出版社内でやっていればデジタルデータもすぐに出せますが、日本だとDTP作業は出版社でなく印刷会社がやっている場合もあるようですし。今後はそうしたデジタル作業ができる編集プロダクションが著者と組んで、電子書籍を直接出してしまおうという動きが出てくる可能性もあるかと思います。

2011年は「タブレット型デバイス元年」に

CESで発表されたDellの「Streak 7」

―― 2010年は電子書籍元年と言われましたが、2011年はどうなると思われますか。

下川:2011年は読書端末元年というか、タブレット型デバイス元年になるのは確かでしょうね。1月のCESでもAndroidデバイスがいろいろ出品されましたし、日本ではオンキヨーさんがWindowsのスレートPCを出しました。

 たとえば、去年の秋に量販店に行ったら、タブレット型デバイスはiPadしかなかったんですよね。それがいまは、Galaxy Tabがあって、GALAPAGOSがあって、ソニーのReaderがある。これからさらにAndroidタブレットやスレートPCがたくさん出てくるのは確実ですね。

―― 液晶ディスプレイと電子ペーパーではどちらの製品が主流になるでしょうか。

下川:数で言うと、電子ペーパーが完全に負けちゃていますよね。KindleとiPadということでは。ただ、私は電子ペーパーが再評価されるときが来ると思っています。文字を読むということでは電子ペーパーのほうが目に優しいし、反射光で見るので紙と同じで読みやすい。そういうことが評価されて、文字をしっかり読むなら電子ペーパーがいいんじゃないかという話になってくるのではないかと思います。

 ただ、今はみんな汎用デバイスを求めているんですよね。iPadもGALAPAGOSも、書籍だけではなく動画コンテンツもと言っているわけで、それならば汎用デバイスにしておこうかと思ってしまう。ただ、汎用デバイスとは別に、文字を読むために電子ペーパーの読書端末を買うというのもあると思います。

―― タブレット型デバイスを学校に導入しようという話題もありますが。

下川:いま、すごく騒がれていますね。DiTT(デジタル教科書教材協議会)の取り組みもありますし、タブレット型ではありませんが東芝とインテルによる教育用PCの実験も始まっています。行政や出版社、メーカーなど、いろいろなところが取り組みをしていて、そうした教科書としてのタブレット型デバイスもこれからどんどん出てくるでしょうね。

―― 2011年がタブレット型デバイス元年になるとすると、さらにその次はどんな方向に向かうとお考えでしょうか。

下川:ハードウェアが2011年にたくさん出ることは分かっています。そうすると、次はそのハードウェアをどう使うかということになるわけですが。電子書籍端末、読書端末としてだけでなく、タブレット型デバイスでオフィス文書のデジタル化がかなり進むと思っています。昔から、オフィスからは紙が無くなると言われていましたけれど、結局プリントアウトするのでむしろ紙は増えていたんですが、ようやく本当に無くなるんじゃないかと。

 最近、経費削減のためにカラープリンターを全部モノクロプリンターにしたという企業の話を聞きましたが、それなら同じようにプリンターをなくすこともあるんじゃないかと。そういう世界が来そうな気もします。

次の衝撃はKindleの日本進出

―― 電子出版関連でいま注目しているものはありますか。

下川:JEPAの電子出版アワードで表彰した中では、paperboy&co.の個人出版サービス「パブー」が、よくあそこまでやられたなと思いました。モデルとしては考える人もいるサービスだと思うのですが、それをいち早くサービスとして立ち上げて、事業にもなっていますので。

―― 電子出版は個人出版を加速するでしょうか。

下川:それははっきりそう思います。AmazonもKindle DTPという形で手がけていますし、いろいろな会社がやってくると思います。

―― 米国の電子書籍ではAmazonの影響力が大きいですが、日本は今後どうなるでしょうか。

下川:Amazonは凄いブランドですよね。たとえば、Google eBooksにしてもGoogleのビジネスの1つですが、Amazonはもともとオンライン書店から始まってる会社ですので、紙の本も売っているというのは出版界に与える影響が凄く大きい。

 そういう意味では、やはりAmazonのKindleがいつ日本に進出するのかということが、一番影響が大きいと思います。Amazonが日本語版のKindleを出して、たくさんの日本語のコンテンツを売り始めれば、多くのユーザーが集まるでしょう。ただ、それがいつかはわかりませんが。

 米国のAmazonのように、日本でも新刊の大半がデジタルになって、かつ安く販売されるということが起こるのかどうか。それによって日本の電子出版が成功するかどうかが決まっていくと思います。


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(高橋 正和 / 三柳 英樹)

2011/2/7 06:00