毎日新聞社、よしもとばなな著「もしもし下北沢」電子書籍版を発売


「もしもし下北沢」著者のよしもとばななさん

 毎日新聞社は10月1日、作家・よしもとばななの新刊「もしもし下北沢」の電子書籍版を発売する。iPhoneおよびiPad向けの単独アプリとして、App Storeで配信する。通常価格は1200円だが、発売開始1週間はキャンペーン価格として900円で販売する。通常の書籍版(単行本)は9月24日発売で、価格は1575円。

電子書籍版限定でカラー挿絵49枚収録。対談集も後日追加

 「もしもし下北沢」は、よしもとばななが毎日新聞の土曜朝刊で2009年10月3日から2010年9月11日まで週1回・全49回に渡って連載した小説。知らない女と心中してしまった父をもつ女性主人公が、死のショックから立ち直るために下北沢で部屋を借り、近所のビストロで働くようになる。そこに突然転がり込んできた母との奇妙な共同生活を描く。

 電子書籍版では、連載時に掲載されていた大野舞の挿絵全49枚が、カラーのまま楽しめる。通常の書籍版では、基本的に挿絵は収録されていない。また電子書籍版購入者には、著者本人による「連載にあたって」「連載を終わって」の2種類の感想を追加する。

 10月半ばには、著者と下北沢生まれの雀士・桜井章一による対談が予定されており、この模様が全文収録されたバージョンアップ版を後日配信する。また、「よしもとばなな公式サイト」に掲載されている下北沢イラストマップの追加収録も、急遽発表された。


書籍版の「もしもし下北沢」全49枚のカラー挿絵は、電子書籍版にのみ収録される

下北沢の実在店舗も登場、電子書籍版の検討は「2週間前から」

質問に答えるよしもとばななさん

 13日には都内で出版記念会見が開催され、著者のよしもとさんも出席した。「新聞連載は久しぶりだったので、どういう人たちに向けて書けばいいのか、最初は思い出せなかった」と率直な印象をコメント。「下北沢の近くに引っ越し、(再開発などで)街が変わってゆく様子を目の前で見ることができたので、それを書くことにした」と執筆の発端を語った。

 また、「アジアの街には『このお店の売上はいくらなんだろう』『店員もテキパキしていないし、果たしてこの店がある意味はなんなのだろうか』と不思議に思うことがある。そういった風景が東京からも急速に消えているが、私自身、(寛容の象徴である)それらに許されてきたことを非常に大事に思っている」とした上で、自身の“原風景”がかろうじて残る下北沢を物語の舞台にしたという。

 作中には、下北沢の実在する店舗も多数登場する。よしもとさんは「(挿絵を担当する)友達の大野舞ちゃんが、『連載するならば』とわざわざ下北沢に引っ越しまでした。街を知る人でなければわかりづらいかもしれないが、イラストは実際にある風景の一部分になっている。今時珍しい手間のかけ方をした」とも説明している。

 よしもとさんは、まだ電子書籍という存在に対しての心持ちがハッキリしていないと語る。ただし米国や韓国では、著者囲い込みの動きが活発化しており、一種の戦国時代という。よしもとさんは「様子を見ながら(電子書籍化を)やっていこうかと思っていたが、最後の最後になるかと思っていた毎日新聞社から一番最初に声がかかり、しかもiPhone/iPad対応だったので嬉しくなり、ホイホイうけてしまった」と、その内情をユーモラスに解説した。

 質疑応答の場面では「電子書籍の話が出たのはつい2週間前」と、非常にスピーディーに進められていることを明かした。電子書籍全般への印象について聞かれると「(自身の公式サイトなどで)ネットを積極的に活用してきたので、画面上で長文を読むことには慣れてしまった。個人的には『購入の選択肢が増えた』と考えていて、小さな書店、大きな書店、Amazon、いろんな方法で、その人にあった買い方ができるようになったのは素直にいいこと。(iPadなど)新しいものに積極的に触れたいという自然な気持ちに忠実でいたいという思いもある」と答えた。

 よしもとさん自身はiPadを使っての感想として、「飛行機の中ではとても便利だけれど、プールサイドで使うのは難しい。ホテルのロビーのような場所では、(個人情報が詰まった端末を)紙の本のようには気軽に置いておけないなど、さまざまな特徴がある。紙の本が一切なくなるとは考えにくい」と語った。

 作品本編では、幅広い世代に読まれる新聞連載の特性を意識し、娘と母の対話を物語の中心に据えるなど、構成も工夫した。よしもとさんは「昔はいい、未来がどうだという話を抜きにして、『iPad面白そうだから買っちゃった。何かアプリはないか』と探しているような人に読んでもらえればとても興味深い」とも話している。

毎日新聞史上初の単行本電子書籍化、「カラー挿絵の収録が発端」

毎日新聞社取締役・コンテンツ事業本部長の長谷川篤氏(左)

 毎日新聞社取締役・コンテンツ事業本部長の長谷川篤氏からは、「素敵なカラー挿絵を単行本に活かしたいというのが電子書籍化の発端だ」との説明がなされた。単行本に49枚ものカラー挿絵をすると価格がどうしても上昇してしまうが、電子書籍であれば印刷単価や容量を気にすることなく刊行できた。ただし、当初は連載終了と同時の発刊を検討していたが、アップルの審査の都合でどうしても遅くなってしまったという。

 単行本の電子書籍化は、毎日新聞138年の歴史でも今回が初めて。長谷川氏は「まさに紙とともに生きてきた我々だが、電子書籍に向けて急激な舵をとる訳ではない」と前置きする。その一方で「本が読まれなくなったとも言われている。iPadで物語を楽しむ、言わば“紙”が取り逃してきたお客様に味わっていただき、(通常の書籍との)相乗効果を期待したい」と話している。

 なお、紙の通常版書籍は初版2万5000部を予定。電子書籍版の価格設定は、市場との兼ね合いや諸々の条件を考えて決定したという。また、ほかの著作者にも電子版を拡大していくか、電子出版の契約をどう整備していくかについては、あくまで個別に検討を重ねるとしている。


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(森田 秀一)

2010/9/13 19:18