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国土地理院が「つくばVLBIアンテナ」のさよならイベント、宇宙からの電波を受信して測量などに活用
2016年11月10日 06:00
宇宙からの電波を受信する巨大パラボラアンテナ
茨城県つくば市にある国土地理院の本院を訪れた人なら、その敷地の一角にある巨大なパラボラアンテナを目にしたことがあるだろう。つくばのランドマークの1つとして親しまれているこの巨大アンテナは「VLBI(Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉法)アンテナ」と呼ばれるもので、数十億光年離れた星から届く電波を、地球上の複数のパラボラアンテナで同時に受信するためのアンテナだ。
このVLBIアンテナは、プレート運動などの地殻変動や地球の自転速度の変化などを測定するとともに、日本の正確な緯度・精度を測定することで、測量の基盤としても使用している。また、地球の自転の変化のデータなどは、GPSなどの衛星測位システムの精度を維持するためにも使用されている。つくばのVLBIアンテナは1998年に現在の場所に整備された。
それがこのたび2016年5月に、近くの石岡測地観測局のVLBIアンテナが本格運用を開始したため、つくばにあるVLBIアンテナは12月に運用を終え、2017年3月までに解体撤去されることになった。これを前に国土地理院が11月4日・5日、つくばVLBIアンテナの公開イベントを開催し、アンテナを間近で見られる見学会を実施した。
イベントでは、実際にアンテナに登って、その“お皿”や、それを支える支持筐体などを間近で見ることができたほか、1日のうち数回ほどアンテナを動かすデモンストレーションも行われた。アンテナはお皿の直径が32m、高さは36mで、重さは550トンというかなり巨大な建造物だ。これほど大きいのにもかかわらず、水平方向へ1周するのにたった2分しかかからない。見学ツアーでの説明によると、これほど大きなアンテナがこれだけ速く動くのは、世界的に見てもあまり例がないという。
この巨大なアンテナは、数十億年かけて地球に到達する非常に微弱な電波を受信するためのものだ。ちなみにお皿の部分は硬質アルミニウム合金板製で、支持筐体は鋼管とH鋼でできている。つくばVLBIアンテナの場合は、風速60mまでの風と震度7までの地震にあっても問題のない強度で作られている。
見学ツアーでは安全のためか、高さ36mのうち11mまでしか登れなかったが、上下方向に動かすためのモーターや、水平方向に回すための下部の車輪、お皿の上部に出るためのハッチ、大型地震にも耐えるという支持筐体の太い骨組など、普段はなかなか見られないさまざまなものを見ることができた。また、巨大アンテナがすばやく動くその姿も、間近で見るとかなりの迫力で、ものすごい速さで動くその姿はまるで巨大ロボットのようだった。
これだけの建造物が解体されてしまうのは残念だし、国土地理院に来てこのアンテナの姿が見られないのは寂しい気もするが、新アンテナが設置された石岡の観測所は、現在の場所よりも地盤が強固で、性能も大幅に向上している(後述)という。ちなみに今回のイベントでは、参加者に見学後、「アンテナカード」なるものが配られた。アンテナカードとは、全国各地の大型アンテナで配っているカードのこと。貴重な「つくばVLBIアンテナ」のカード、大事に取っておきたい。
プレートの動きの測定や日本の位置の決定などに活用
このアンテナは1998年の運用開始以来、ときにはトラブルもあったものの、これまで国際的なVLBI観測に2500回以上参加し、延べ稼働時間は2万5000時間以上に上る。VLBIとは、数十億光年離れた天体(クエーサー)が放つ微弱な電波を活用して、数千km離れたアンテナの距離を数mm程度の誤差で測定する測量技術のこと。宇宙から来る電波を複数のパラボラアンテナで同時に受信し、受信した時刻のわずかな違い(0~0.02秒)の差を正確な時計で1000億分の1秒まで計測し、この時刻の差に電波の速さ(秒速30万km)をかけることで、電波が来る方向から見て2つのアンテナがどれくらい離れているかが分かる。
このような観測を3つ以上の天体に対して行うことで、アンテナの3次元的な位置関係が分かる。通常は、1回の観測につき、24時間で延べ500個程度の天体から1局あたり1200GBほどのデータを集めるという。このようにVLBIアンテナは、1つだけで観測するのではなく、各国のアンテナと協調して、数十億光年も離れた天体からの電波を捉えることによって位置を特定する点が、衛星測位とは異なる。地球表面のプレートのわずかな動きは、VLBIの登場によって初めて実測できるようになったという。プレートの測定結果は、地震調査の基礎として活用される。
また、測量やナビゲーションにおいては、経緯度や高さを表す上で基準となる「測地基準系」が必要となるが、これを世界共通で利用するための「世界測地系」を維持するために、GPSなどの衛星測位に加えて、VLBIも利用されている。国内の測量の基準となる三角点や電子基準点には、世界測地系に基づく経緯度が与えられているが、その算出にはVLBI観測局の位置が基準となっているのだ。さらに、日本の測量の基準となる「測地成果2000」の維持にも利用されている。例えば東日本大震災が発生が起きたときも、日本列島の位置がどの方向にどれくらいズレたかを測定するための方法の1つとしてVLBIが使われた。
このほか、天体を基準に測量を行うVLBIは、地球の自転や姿勢に関する情報を得ることも可能で、これらの情報は、ロケットや人工衛星の軌道制御を地上から行う際に使用したり、地球内部の変動を調べたりする際にも活用されている。さらに、原子時計に基づく時刻が、地球の自転に基づく時刻とズレないように“うるう秒”を挿入するかどうかの決定にもVLBIによる観測結果が使われている。
小型化しつつ性能向上した石岡の新アンテナ
つくばVLBIアンテナの後継となる石岡の新VLBIアンテナは、海面変動やプレート運動など地球規模の諸現象の解明、人工衛星の位置決定、測位サービスの高精度化などを目指して、「位置精度1mm」「24時間365日連続観測」「24時間以内の解析結果の提供」を達成するための新しい観測システムの国際的規格に基づいた次世代型の観測施設となっている。
新アンテナは、お皿の直径が13mと大幅に小型化されたほか、周波数帯は従来の2.8GHzから2~14GHzと広帯域化し、記録速度も従来の256Mbpsから16Gbpsと大容量化した。さらに、24時間で捉える天体の観測回数も、従来は約500回だったのが約3000回と大幅なスピードアップが図られた。アンテナが設置されたのは石岡市にある茨城県畜産センター内で、遠隔操作により24時間常時観測が可能となっている。
つくばVLBIアンテナは今年末に運用終了となるが、国土地理院は同アンテナの功績を振り返り、同院に併設されたミュージアム「地図と測量の科学館」にて、12月18日までギャラリー展「さようなら! つくばVLBIアンテナ~18年の感謝をこめて~」を開催している。ギャラリー展では、日本の歴代VLBIアンテナやつくばVLBIアンテナの歴史、VLBIの原理や目的、石岡測地観測局の情報などを展示している。