第51回:IP電話は普及するのか?
VoIPサービスの現状と今後を考える



 昨年から試験サービスが開始され、徐々に商用サービスが展開されはじめたIP電話サービス。実際に筆者も利用してみたが、あまり魅力のあるサービスとは思えない部分も多い。今後、IP電話はどれくらい普及するのか、サービスの現状と今後を考えてみる。





ARPUを上げよ!

筆者宅にあるIP電話機器

 日本のブロードバンドは低価格化によって爆発的に普及した。しかし、低価格化によって終焉を迎えるかもしれない……。そんな危惧さえ感じてしまうほど、事業者間の価格競争は激しい。ADSLの例が最たるもので、サービス開始当初は6,000~7,000円前後だった月額料金は、わずか3年ほどで3,000円台と約半額にまで下がっている。

 これは、ユーザーにとってみれば実に歓迎すべきことだが、事業者にとってはあまり好ましい状況ではない。月額料金を下げれば、それだけ設備投資などに費やした資金の回収期間は延びる。マーケットが拡大し続け、十分な資本があるうちはまだ良いが、マーケットが成熟し、資本が底をつき始めれば、ビジネスとして立ちゆかせることが難しくなりかねない。つまり、どこかの時点でARPU(Average Revenue Per User:1ユーザーあたりの単価)を上げなければならないわけだ。

 実際、ここ最近、各事業者やプロバイダーで行なわれている「××カ月無料キャンペーン」は、この状況が見てとれる良い例だろう。このキャンペーンを新規ユーザー獲得のための前向きな戦略ととらえることもできるが、これ以上ARPUを下げられないため、一時的な負担で、ARPUの高いユーザーを獲得する戦略をとったという後ろ向きのとらえかたもできる。現在のADSLは、爆発的な普及、とどまることを知らない技術革新で全力疾走し続けているが、冷静に考えると、利益が得られる場面が見えにくい状況とも言える。これで本当に健全なビジネスモデルなのかという疑問さえ禁じ得ない。

 話が少しそれたので、もとに戻そう。要するに、現状のブロードバンドをより利益効率のいいビジネスにするためには、ARPUを上げることがカギを握っていることになる。そして、その最有力候補と考えられているのがIP電話ということになる。IP電話という付加的なサービスをユーザーに提供することで、機器のレンタル料や通話料などを発生させる。これによって、ARPUを増加させようというわけだ。しかも、050などの電話番号が付与される以上、電話番号を変えたくないと考えているユーザーの解約を防止することができ、長期にわたる安定した収入を計算できることになる。現状、IP電話が注目されているのは、ユーザーにメリットがあることはもちろんだが、このような事業者側の台所事情もからむからだ。





複雑すぎるサービス体系

 しかしながら、商用サービスが開始されたIP電話もサービス内容としてはあまり充実しているとは言い難い。特に、現状は複雑なサービス体系、使い勝手の悪い機器、制限の多すぎるサービス内容と、弱点が多すぎて魅力を感じることができない。

 中でも問題なのは、IP電話のサービス体系が複雑すぎる点だ。詳しくはこちらに掲載される各IP電話サービスの比較を参照していただきたいが、現状のIP電話は、VoIP基盤ネットワークを提供している事業者、回線サービスを提供する事業者、ISPサービスを提供する事業者と3種類の事業者が関係する実にわかりにくい構造となっている。

 基本的な考え方としては、VoIP基盤が同じならIP電話で「無料通話」が可能というものとなるが、プロバイダーの系列などといったこともあり、特定のVoIP基盤が特定の事業者にしか提供されていないなどの問題がある。また、ISPによっては複数の事業者と提携していることから、異なる内容のサービスが数種類提供されていることもある。

 この問題は、最終的にユーザーにしわよせが来る。IP電話の最大のメリットは「無料通話」が可能になる点だ。しかしながら、前述したように同じVoIP基盤を利用しなければ無料通話は不可能だ。現在のサービス体系では、利用している回線事業者によってVoIP基盤が限られることが多々あり、サービスに加入しても特定の相手と無料通話できるとは限らない。また、現在利用しているISPで複数のIP電話サービスが提供されている場合、どのような相手と無料通話がしたいのかをよく考えてサービスを選ばないと、無料通話を実現できないことになる。

 たとえば、こんな話がある。筆者は、本サイトやケータイWatchなどでおなじみの法林氏と電話で会話をすることがよくあるのだが、2人あわせて5つのIP電話サービスに加入しているにもかかわらず、どれひとつとして無料通話ができない状況にある。

 これは極端な例かもしれないが、実際にユーザーがサービスを選ぶ際にも同様のことが起こり得るわけだ。現状のサービス体系では、IP電話に加入したはいいものの、相手とVoIP基盤が異なるため、無料通話ができないことが多い。そもそも、ユーザーがサービスを選ぶのに、純粋なサービス内容や料金を比較して検討するのではなく、VoIP基盤などといった系列やプロバイダー同士のつながりを考慮せざるを得ないなどというのは実にナンセンスだ。





ホットスポットの二の舞を避けられるか?

 もちろん、このようなユーザーの負担を軽くするための努力も行なわれている。具体的には相互接続の実現だ。たとえば、先月にはプロバイダー8社による「IP電話普及ISP連絡会」が正式発足というニュースもあり、相互接続などの意見交換が行なわれるようになりつつある。このような事業者間の相互接続(VoIP基盤の相互接続)が実現すれば、ユーザーがどのサービスに加入していようと、無料通話が可能になることも期待できる。

 ただし、さまざま事情で相互接続が難しい事業者もないとは言えないうえ、実際に相互接続を実現するには相互接続の料金設定やユーザーから徴収した料金の分配などといったやっかいな問題も控えている。これが絡むと実現するのは相当に難しいはずだ。

 この状況は、一時の勢いをなくした公衆無線LAN(いわゆるホットスポット)に似ている。ユーザーの囲い込みばかりに執着し、一向に相互接続が進まなかった公衆無線LANの現状は見ての通りだ。すでにサービスから撤退した事業者もあるくらいだ。IP電話が、これと同じ道を進むのであれば、その未来は決して明るくないだろう。

 しかしながら、単純に相互接続を実現できない理由がもうひとつある。たとえば、現状、VoIP基盤を提供する事業者がすべて相互接続を実現したらどうなるだろうか? 固定電話の通話料はすべて無料となり、事業者は月々の基本料金と機器のレンタル料しか顧客から徴収できなくなる。通話料もARPUを向上させる重要な要素であることを考えると、これが徴収できなくなるのは大きな痛手だ。こうなれば、極端な話、IP電話、いや固定電話というビジネス自体が瓦解してしまいかねないかもしれない。

 相互接続は、事業者にとって多くの顧客を得ることができる大きな武器であることは確かだが、あまり進めすぎると自らをも傷つけてしまいかねない諸刃の剣だ。これが急速に進められるとは、やはり考えにくい。

 このほかにもIP電話には、細かな欠点がたくさんある。現状不可能な、一般回線から050番号への着信は実現される見込みだが、携帯電話やPHSなどへの通話ができないことがあったり、0120などのフリーダイヤル、110などの3桁番号への非対応など、電話としての制約が多すぎる。また、現状、IP電話用に提供されるルータ機器の中にはUPnPやVPNなどへの対応ができない機種もあるなど、機能的な不備も多い。

 ただし、これらの改善はそれほど難しくはないだろう。技術的な問題である以上、時間とともに解決される問題だ。プロバイダー同士の政治的な問題に比べれば断然解決しやすい。





面白みに欠ける

 そして何よりIP電話で致命的なのは、面白みに欠ける点だ。確かに、市外通話や海外への通話が格安で利用でき、場合によっては無料通話も可能なのは、IP電話の大きな魅力だ。しかし、実際にIP電話を使って通話してみれば誰もが感じると思うが、「普通に電話できるね」という感想しか持てない。

 もちろん、ユーザーが何ら意識することなく、シームレスにIP電話を使えるのはすばらしいことだ。しかし、電話という道具は、すでに何十年にもわたって使われてきた、いわば使い古された道具だ。この技術的な基盤が変わったとしても、そこに新鮮味はない。ADSLのような回線であれば、インターネットへの接続が速くなったなど、肌で感じることができる新鮮味を味わえるが、IP電話の場合は、極端な話、請求書を見るまでは使っているという実感すら持てない。

 要するにライフスタイルを変化させるような魅力に乏しいのだ。筆者も実際にYahoo! BBのBBフォン、So-netのSo-net フォン、有線ブロードネットワークスのGATE CALLの3つのIP電話を利用しているが、機器のセットアップ時に多少の新鮮さを感じた程度で、IP電話を使った通話自体にもはや興味を持つことはない。IP電話に魅力が感じられない最大の理由は、実はこの点が大きいのではないだろうか。

 IP電話には、相互接続、機器やサービスの充実といった改善点が数多く存在する。しかし、これらが単純に改善されても、ユーザーに対する魅力を提供できなければ、今のまま盛り上がりに欠けるままかもしれない。技術的には、テレビ電話のように、音声だけでなく、映像も伝送できるというような新しいソリューションも提供可能なだけに、こういった新しい何かがIP電話に存在しなければ、爆発的な普及は望めないのではないだろうか。


関連情報

2003/4/15 11:18


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。