イベントレポート

青空文庫の夢:著作権と文化の未来

新時代の著作権は報酬請求権に――ベルヌ条約をひっくり返すという遺志

 9月25日に行われた、「青空文庫」の呼びかけ人・富田倫生氏の追悼シンポジウム「青空文庫の夢:著作権と文化の未来」の後編(※1)は、以下の方々によるパネルディスカッションが行われた(敬称略)。

 大久保ゆう(青空文庫)
 長尾真(前国立国会図書館長・元京都大学総長)
 津田大介(司会、ジャーナリスト)
 萩野正昭(ボイジャー代表取締役)
 平田オリザ(劇作家・演出家)
 福井健策(弁護士・日本大学芸術学部客員教授)

シンポジウム「青空文庫の夢:著作権と文化の未来」パネル・ディスカッション(撮影:松本淳)

脚本には、二次利用されることを前提とした長い歴史がある

 司会の津田大介氏はまず、基調スピーチには登壇していない、劇作家の平田オリザ氏に自己紹介と感想を求めた。

福井健策氏(左)、平田オリザ氏(中央)、津田大介氏(右)

 平田氏は、日本劇作家協会が唯一権利者の立場であるにもかかわらず、「TPPに反対する緊急アピール」を出した(※2)ことに誇りを持っていると語った。

 本(活版印刷)の歴史が500年、著作権の歴史が300年、小説の歴史は200年だが、二次利用されることを前提として脚本を書く劇作家には2500年の歴史がある。

 本来、文学や文芸など、「知」というものは、共有性に支えられ発展してきたものだという。もちろん本や著作権の歴史というのは、非常に豊かなものを我々にもたらしてきたが、それがいまや大きな転換点に来ているということではないかと平田氏は言う。

どうぞ自由に使って下さい。文句を言うつもりも、そんな権利もない

 続いて、青空文庫の大久保ゆう氏によるコメント。青空文庫には昔から参加をしていて、「好き勝手やる係を担当しています」と自己紹介した。

大久保ゆう氏(撮影:松本淳)

 福井健策氏が基調スピーチの中で「死後50年後のことを考えている人に会ったことがない」と言っていたが、大久保氏は青空文庫の中で1人思い浮かぶ人がいるという。それは、6月29日の緊急シンポジウム「日本はTPPをどう交渉すべきか〜『死後70年』『非親告罪化』は文化を豊かに、経済を強靭にするのか?」(※3)で、富田倫生氏が朗読した「後世」の作者である芥川龍之介。「幽霊」という掌編(※4)に、死んでから50年後に古本屋へ化けて出る芥川が描かれているそうだ。

 青空文庫は、著作者の死後50年後に、インターネットで読めるようにしておくというのがまず第一の目的だと大久保氏は語る。文化を共有して、継承していくのが使命。そのために必要なのは、何よりもまず本が自由であることが不可欠。「青空文庫はタダで本が読めるからフリーなのだ」ということがよく言われるが、フリーというのは無料ということだけではないという。

 会場で配布された「『本の未来基金』の創設」というパンフレットには、基金へ寄せられたコメントが掲載されている。例えば「仕事に追われて図書館にも行けなくなった時期、青空文庫に支えて貰いました」とか、「海外留学中、無性に日本語の文学が読みたくなったとき、青空文庫にはよくお世話になりました」といったコメントは、本がインターネット上で自由になっていることによる成果だ。

「本の未来基金」に寄せられたコメントの一部

 また、どのように使ってもいいという自由もある。それは例えば、音声読み上げアプリや、朗読CD、青空文庫の作品を元に新しい作品を生み出すこと、など。大久保氏は、「みなさんどうぞ、自由に使ってください。何に使ってもらっても構いません。青空文庫は文句を言いません。そんな権利もないと思います」と語った。

本の自由と、図書館の自由

 「本の自由」という話を受けて、津田氏は「本というのは昔から図書館があって、公共性が高いから、コンテンツの中ではちょっと特殊だと思うのですが」と、長尾真氏にコメントを求めた。

長尾真氏(撮影:松本淳)

 長尾氏は、基調スピーチで「知は万人のものである」という話をしたが、知識の表現形態というのは本だけではなくさまざまなものがあり、すべてが人類の遺産なのだから、それを後世に残して誰でも利用できるシステムに載せなければいけないと語る。図書館は、どういう形態の知でも、必要とする人が利用できることが大切、と。

 日本は終戦後に新しく図書館というシステムができたが、以来ずっと「図書館の自由」ということが言われてきた。世の中には「道徳的でない本」と呼ばれるものもたくさんあるが、何が道徳的ではないかという判断は簡単ではない。人類の誰かが作ったということは、それはそれである種の価値があるのだから、残さなければならないのだという。

 だから、図書館は良い悪いといった、価値判断は加えない。とにかく網羅して集めて、価値判断は利用する人がするものだ、というスタンスなのだそうだ。

AppleのHyperCardによって本の不自由さに気付く

 次に津田氏はボイジャーの萩野正昭氏に、どうして電子出版の道に進んだのか、そこで改めて気付いた「本の自由」ということの重要性についてコメントを求めた。

萩野正昭氏(撮影:松本淳)

 萩野氏は、「本は不自由なんですよ」と語る。AppleのためにHyperCardで本を作ってきたのに、AppleはHyperCardをやめてしまった。すると、せっかく作ってきた本が、読めなくなってしまったのだ。その現実を、まざまざと見せつけられたのだと憤る。

 事業として、人からお金を貰うためにはコンテンツの見栄えを良くしなければいけないから、そういうことばかりやってきたのに、すべて元の木阿弥になってしまった。ところが青空文庫は、「いつでも読める」「誰でも読める」ことを重要視して、見栄えの良さを捨てたからここまでやってこれたのだという。

サルトルの遺族に、アンドロイドによる上演が拒否された

 平田氏は、サルトルの「出口なし」を来年にフランスで上演する予定で制作準備を進めてきたのが、サルトルの遺族に上演拒否されたという事例(※5)を紹介した。拒絶理由は唯一、アンドロイドで上演することだったという。これは大阪大学ロボット演劇プロジェクトの一環だが、ご当地フランスでも「自由の象徴であるサルトルの遺族が、そんな制限を加えるとは」と、大変な驚きと怒りを呼んだそうだ。

 サルトルが亡くなったのは1980年。日本であれば2030年には著作権が切れる。平田氏は、もし仮に保護期間が延長してしまうと、さすがに2050年まで現役でいられる自信はないという。二次利用というのは、お金を儲けるということだけではないのに、遺族の一言でひっくり返されてしまう。それが果たして人類の発展のためになるだろうか?と、平田氏は問いかける。

 また、平田氏は、保護期間の延長問題というのは、どうみても途上国が不利な話で、日本がそれに加担することが社会的正義に叶うものなのかと、疑問を投げかける。グローバル企業というのは、途上国を締め付ける経済施策を打ってきているわけで、日本の芸術家たちがアメリカの尻馬に乗って喜んでいていいのか?と懸念を述べる。

創作者と遺族は別の人

 福井氏は「遺族」の難しさについて、平原綾香氏の歌った「Jupiter」の事例を挙げた。原曲はグスターヴ・ホルストの管弦楽「木星」で、クラシックカバーブームの先駆けとなるヒット曲だ。ホルストの遺族は著作権管理に非常に厳格で、編曲はおろか楽章ごとの演奏すら許さなかったという。だから、二次利用は著作権保護期間が切れないと無理だった。実際、復刻がヒットすると、原曲も再評価され人気を呼んだという。

 津田氏は、「ニコニコ生放送」の画面を見て、「遺族の好きなようにして何が悪いんだ」というコメントを拾った。そこには「当事者性」という問題があるという。遺族というのは創作者本人ではない。仮に創作者が「俺が死んだら好きに使っていい」と言ってたとしても、権利を受け継いだ遺族がダメだといえば利用できなくなってしまうわけだ。

 大久保氏は、創作者が死んだ後にその意志が反映されない例として、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」を挙げた。ルイス・キャロルは、この作品を映像化や舞台化するときは、2つの話を混ぜず、明確に別の話として分けてくれという遺志だったそうだ。しかし、実際には2つの作品世界を混ぜて利用してしまっている人が多いという。

 平田氏は、劇作家協会は理事会全員一致で、著作権保護期間延長に反対していると述べた。収入の有無とは関係なく、とにかく「俺が死んだ後も上演し続けて欲しい」のが正直な気持ちだという。また、自分たちも相当いろんなものに影響を受けて脚本を書いているのだから、恩恵だけ受けて後進には使わせないというのは、明らかに不公平だろうと語る。

 例えば、ロシアを代表する劇作家のアントン・チェーホフは、比較的早く亡くなっている。だから劇作家はその恩恵を受けられているのだが、もしチェーホフが長生きしていたら、日本の演劇の歴史は変わっていただろうという。

 志賀直哉は長生きしたのでまだ保護期間が残っているが、後から生まれて早死した太宰治は保護期間が切れているという逆転現象が起きている。平田氏が、「遺族のため」というならむしろ、遺族に多大な迷惑をかけたであろう太宰治の権利の方が長く守られるべきなのでは? と皮肉ると、会場からは笑いの声が上がった。

豊かな知の文化を守るためには、許諾権ではなく報酬請求権にすべき

 長尾氏は、情報や文化が長く生き残っていくために必要な条件は、「とにかく利用されること」だと語る。使われることで残り、発展していく。使われなければ、消えていってしまう。ところが、著作権は許諾権だから、使用許諾がないと使えない。豊かな知の文化を守るためには、利用された分だけ費用の請求ができるという、報酬請求権にすべきではないかと提言する。

 福井氏は、著作権法をもし報酬請求権化しようと思うと、ベルヌ条約が妨げになってしまうと説明する。それこそ、WTOから脱退しなければならないという、非現実的な話になってしまうのだ。デジタル化を想定していない時代に作られた制度が、壁になってしまっているのが現状だ。

 また、現在、世界の主流は死亡時起算だが、デジタル化時代の中では以前のように、公表時起算にしたほうがいいのではないか福井氏はいう。著者がいつ死んだかわからないから、いつ著作権が切れるかわからない作品がたくさんある。孤児著作物が生まれやすいのだ。公表時起算にすれば、保護期間の終了が確定しやすくなるのだが、これもまたベルヌ条約が壁になっているのが現状だという。

富田氏は「ベルヌ条約をひっくり返してくれ」と言っていた

 最後に福井氏は、保護期間延長問題の現状は五分五分で、キャスティングボードを握っているのは間違いなく日本政府だと語る。我々が真剣にこのことを議論していれば必ず止められるから、それをいつか富田さんに報告したい。みなさんの力を貸してくださいと結んだ。

 平田氏は、TPP問題で一番わかりやすいのは、ジェネリック医薬品だと語る。問題は、芸術作品には医薬品と同じくらい公共性があると、どのくらい信じてもらえるかどうかだという。私たちが生み出しているのは「公共財」であり、公的支援を受けたものはいずれ社会に還元すべきものなのだと述べた。

 萩野氏は、営利を追求する会社を長年やってきて、これだけ非営利をやってきた人に教えられることはなかったと、富田氏のことを振り返る。そろばんだけを弾くのではなく、広く長い目でデジタルを見ていって欲しいと語った。

 長尾氏は、世界的には公共図書館は苦境に立たされていて、日本でも予算が増えないどころか減らされている傾向にあると話す。もっとみんなが自由に使えるようにするため、日本の文化がもっと強力に世界に知られていくために、電子図書館に力を入れて欲しいと述べた。

 大久保氏は「せっかくだから富田さんの言葉で締めたい」と、少年のころ富田氏に「ベルヌ条約をひっくり返してくれ」と言われ肩を叩かれたというエピソードを明かした。その遺志を一人で継ぐのは荷が重いので、みんなで共有して欲しいと結んだ。

(鷹野 凌)