イベントレポート

青空文庫の夢:著作権と文化の未来

富田倫生氏が抱いた「藍より青い」青空文庫の夢

 「青空文庫」の呼びかけ人・富田倫生氏の追悼イベントとして、9月25日に東京會舘にて「青空文庫の夢:著作権と文化の未来」と題した記念シンポジウムが行われた。主催は、富田倫生追悼イベント実行委員会(共同代表:富田晶子氏、青空文庫の八巻美恵氏)。共催は、青空文庫、株式会社ボイジャー、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(特定非営利活動法人コモンスフィア)、thinkC(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)。シンポジウムの模様は「ニコニコ生放送」で配信され、アーカイブも公開されている(※1)。

記念シンポジウム「青空文庫の夢:著作権と文化の未来」

富田倫生氏と青空文庫と本の未来基金

 冒頭、6月29日の緊急シンポジウム「日本はTPPをどう交渉すべきか〜『死後70年』『非親告罪化』は文化を豊かに、経済を強靭にするのか?」(※2)で、芥川龍之介「後世」を富田氏が朗読した音声と映像が流された。これは、生前の富田氏による、公開の場における最後の発言となった。

6月29日のシンポジウムで芥川龍之介「後世」を朗読する富田倫生氏

 続いて、クリエイティブ・コモンズ・ジャパンの野口祐子氏より、富田氏の経歴についての説明が行われた。富田氏は、1952年広島市生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒で、作家・編集者。主な著書は『パソコン創世記』『本の未来』など。1997年に、青空文庫を仲間たちと創設する。

 青空文庫は、ボランティアのテキスト入力・校正によるインターネット電子図書館(※3)で、著作権切れの作品については閲覧・複製・再配布がすべて無償かつ自由に、許諾なしで利用できる。現在、ボランティア登録者数は約800名で、公表作品数は1万2176点。主要電子書店の配信コンテンツや、国内外での学習教材、朗読や音訳・点字・拡大本の底本などに活用されている。

 2005年1月1日には青空文庫として「著作権保護期間の70年延長に反対する」という声明文を公表、翌年にはthinkC設立に発起人として参加するなど、精力的な活動を行ってきた。2013年8月16日に肝臓がんでこの世を去る。享年61歳。

 この追悼イベントおよび青空文庫の今後の活動支援などの原資として、9月15日に「本の未来基金」が創設された(※4)。9月24日時点で、協賛金が41団体から430万7000円、寄付金が206件で総額201万9000円(PayPal手数料を引くと実質192万8133円)が集まっている。この基金の使途は、校正待ち作品の外部委託、後継者のためのマニュアル整備や支援ツール開発、ウェブサイトの強化と安定などが検討されている。

「知識は万人のものである」という信念

 続いて、前国立国会図書館長で元京都大学総長の長尾真氏から「電子図書館の時代」というテーマで基調スピーチが行われた。

長尾真氏(撮影:松本淳)

 長尾氏は「理想の図書館を追求したい」という思いから京大で研究を行い、1996年に京大附属図書館に電子図書館のプロトタイプを公開している(※5)。これは、書物を単に書物単位で扱うだけでなく、書物の好きな部分を取り出して他の書籍と関連付けられるようにしたり、電子書籍端末に自動朗読や辞書・コメント書き込み機能・自動翻訳システムなどを搭載したものだったが、あまりにも早すぎて社会に受け入れられなかったそうだ。

 2007年に国立国会図書館長に任命され、国民の税金で賄われているのだから日本中どこにいてもちゃんと平等に図書館が活用できるように、電子図書館を作ろうと考えた。ところが実現には難関がいくつもあった。書物をデジタル化する際に、著作権がネックになってしまう。法改正を働きかけ、国立国会図書館は許諾なしでデジタル化が可能になり、電子書籍の納本制度も整えられた(※6)。

 また、ウェブ上に公開された国や地方公共団体などの情報を、許諾なしでアーカイブ化できるようにもなった。国立国会図書館の蔵書でデジタル化されたのは210万冊だが、国立国会図書館に行かないと読めない状態だったので、全国の公共図書館にアーカイブを配信できるようにもした。また、東日本大震災に関するデジタルデータの検索ポータルサイトも作った(※7)。本以外でも、歴史的音盤(※8)や、 放送が終わったら散逸してしまう脚本・台本などのアーカイブ化も進めているという。

 210万点のデジタル化でも百数十億の予算が必要だったが、国立国会図書館には現時点で約4000万点の蔵書がある。そのうちデジタル化が必要だと思われるものは、本が約900万点、雑誌も約900万点。つまり、あと400〜500億円は必要なのだが、予算確保は至難の業なので、長期戦略が必要だと長尾氏は語る。

 長尾氏は「知識は万人のものである」という信念を持っているが、それは富田氏の信念でもあったと思う、とスピーチを締めくくった。

「藍より青し」を目指す旅路に新しい水夫を求む

 続いて、株式会社ボイジャー代表取締役の萩野正昭氏から、「青空文庫の歩みと成果」についてのスピーチが行われた。

萩野正昭氏(撮影:松本淳)

 「人は死して何を残すのか」と萩野氏。ボイジャーは営利企業だが、富田氏はもっと大きな志で電子出版の社会性を訴えようと活動してきたという、大きな違いがある。だが、電子出版を普及させるという大きな目的では一致していたと述懐する。富田氏が残した青空文庫とは何であるのか。「俺にこんな能書きを言わせないで、富田さん自身に出てきて説明して欲しい」と、富田氏が2011年と2012年に「電子出版EXPO」のトークイベントに登壇した際の映像を紹介した(※9)。

 映像に続けて萩野氏は、そもそも青空文庫はどこから始まったかについて説明した。それは、1990年ころにAppleのHyperCardに触れたのがきっかけだったそうだ。富田氏はこのツールによって「本の世界が変わるかもしれない」と思ったという。当時、パソコンの上で自分で本が作れるという、電子出版の可能性を見たがゆえに、紙の本の世界の隣に「もう1つの本の世界」を作る意味がどこにあるかを問い続けたのが富田氏のその後の人生だったと萩野氏は振り返る。

 青空文庫が始まって、大きな2つの象徴的な出来事があったという。まず、青空文庫を始めたら、視覚障害者の方々から連絡があり、「これは私たちにとって“読める本”だ」と知らされたそうだ。萩野氏はそのとき初めて、自分がこれまで思い描いてきた紙に印刷された本の姿というのは、若くて視力のあるマジョリティに特化した文章の器なのだということを意識したという。

 もう1つの大きな出来事は、山形浩生氏に「青空文庫はしょぼい」と批判をされたことだそうだ。「これは非常にまっとうな批判だと思いました」と語る富田氏の映像が紹介された。

このファイルを使って、何ができるか、何はゆるさないかを明確に定義し、表明しておかなければ、使う側は手を出しにくい。社会の資源としては、生かされないと。

 その時から、ただテキストを作ればそれで済むという話ではないと、利用のための丁寧な情報公開をするようになったそうだ。「青空注記」に底本の情報を記述したり、入力者と校正者を分けたり、XHTMLの変換プログラムを用意したりと、いつでも誰でも読めるようにする努力が積み重ねられてきた。それが現在の収録作品数1万2176点という成果になっている。

富田氏の映像を紹介する萩野氏

 富田氏はよく「青は藍より出でて藍より青し」と言っていたそうだ。「藍より出た青は、まず藍を模倣するしかない」と語る富田氏の映像が紹介される。紙の本を模倣して、電子書籍が生まれた。紙の本は素晴らしいフォーマットだが、視覚障害者には読めないとか、「今すぐ届けたい」というニーズに応えられないという限界がある。

 紙の本から生まれた電子読書環境を整備していけば、きっとこれまで紙の本が実現してくれたものよりも「もっと青い、青空を実現できる」と富田氏は語っていた。また、「いまは古い船に古い水夫が乗っているけど、より青い空を目指すために、新しい水夫の登場を待っています」とも。

 萩野氏は、「著作権法の冒頭に記された精神を、実際に行ってきたのはみなさんの隣にいた人。私たちは貴重な人を失った」とスピーチを結んだ。

保護期間延長によって何を得て何を失うのかをもっと真剣に考えよう

 続いて、弁護士で日本大学芸術学部客員教授の福井健策氏から「保護期間延長問題とは何か」というスピーチがなされた。

福井健策氏(撮影:松本淳)

 TPP交渉で知財分野は、米国の最重要項目の1つになっている。それは米国にとって知財は一大輸出産業だからだと、福井氏は説明する。流出した米国の要求内容からは 「知財のアメリカ化」という狙いが見えるという。

 欧米で保護期間が20年延長され死後70年になったときにも、激論が戦わされ違憲かどうかの判断をする裁判にまで至ったという。著作権保護期間という制度ができた当初は公表から14年だったものが、300年間のうちに延長が繰り返され、「いまに永遠になるんじゃないか」と揶揄されているそうだ。

 ミッキーマウスの保護期間が切れそうになるたびに延長されてきていることから、「ミッキーマウス保護法」などと呼ばれることもある。ところが当のミッキーマウスが、第1作は他のヒット作品のパロディだったということはあまり知られていないという。

 日本でも、2005年以来、保護期間問題について議論が重ねられてきた。保護期間延長に賛成する人が挙げるメリットとして、「創作の意欲が高まる」というものがある。それなら、「過去の作品は延長しなくていいのでは?」という疑問がある。また、「本当に延長すると意欲が高まるの?」とか、「延長することで遺族への収入は増えるの?」といった疑問もある。

 朝日新聞記者の丹治吉順氏が、「本の滅び方」という論文の中で「死後50年〜70年に刊行される書籍は、全体の2.17%」という調査結果を報告している。つまり、作品は発表された瞬間から市場より姿を消していくので、ほとんどの作品は死後50年ですら販売されないという現状があるというのだ。保護期間が延長されることで、死蔵されるリスクが高まるだけではないか、少なくとも経済的な理由からは延長の効果には疑問符が付くと福井氏は語る。

 また、賛成派の挙げるメリットとして「国際標準だから、期間を統一すべきだ」という意見もあるという。しかし、確かに欧米は70年だが、日本と中国(GDP世界2位と3位)はまだ50年で、国の数でも50年派の方がまだ多いと反論できるそうだ。

 「期間の統一」という点でも、アメリカは1977年まで独自の著作権制度を運用しており、それ以前の作品は死後70年ではなく発行後95年なので、現状でもEUとアメリカは不統一なのだそうだ。そして、仮に日本が死後70年になったとしても、統一されるのは数十年先になるという。

 では、期間が不統一になっていることで、コンテンツの流通が阻害されているかというと、福井氏は知財専門の弁護士だが、困っているという相談を受けたことがないという。そもそも、国境を超えたビジネスでは著作権以外の法律も異なるのが当たり前で、それを前提にしたビジネスが組み立てられているからだそうだ。

 逆に、懸念点として、国際収支の赤字が拡大する可能性が挙げられる。直近の1年で、日本の知財国際収支は6100億円の赤字で、その大半が北米向け。「くまのプーさん」「ミッキーマウス」「スーパーマン」など、古い作品ばかりだ。

 また、保護期間が延長されることで、二次創作の泉を枯らしてしまうのではないかという懸念もあるという。それは、保護期間の切れたパブリックドメイン作品は、二次創作の源泉になっているからだ。例えば小説「レ・ミゼラブル」を原作とした舞台や映画がヒットしたり、シェイクスピア「ロミオとジュリエット」から「ウェストサイド物語」が生まれたり、ルイス・キャロルの作品が著作権切れになった後にディズニーがアニメ化したり。日本でも数多くの「銀河鉄道の夜」や「風の又三郎」が生まれている。源泉が枯れる影響は、はっきり1年で効果がわかるというものではなく、「徐々につまらなくなる」のが怖いのだ。

 死蔵作品が増えるという懸念もある。創作者の死後、作品は相続人全員の共有になるので、全員の同意がないと利活用ができない。許可をとって利用しようと思っても、許可をとる相手が見つけられない場合も多いのだ。権利者を探し出して許可をもらうという「トランザクションコスト」が非常に高いため、商業利用で規模の大きいものだったら頑張るかもしれないけど、多くは利用を断念されたり、作品そのものが忘却・散逸の危機に晒されているのが現状だ。デジタルアーカイブ化に立ちふさがる問題は、「人」「金」そして「著作権」だと言われているそうだ。

 福井氏はこのシンポジウムの直前に、「20年待てばいいじゃない」と言われたそうだ。逆に、「なぜ20年待たなきゃいけないの?」と問いかけたいという。待つことによるメリットは薄く、逆に孤児著作物問題は大きくなるばかりだと。例えば、国立国会図書館での調査では、明治期に公表された図書の71%が孤児著作物になっているという。欧米でも孤児著作物はデジタルアーカイブ化の際に問題となっており、米国著作権局長のマリア・パランテ氏が、保護期間の部分短縮を提言している。

 「長く守るということは、著作者や作品が大切にされているような気がする」という意見がある。福井氏は、気持ちはわかるが、どう作品を愛するかは読者それぞれの聖域であって、著作権という制度によって強要されるものではないと強く訴える。

 保護期間を延長することによって、我々は何を得て何を失うのか、もっと慎重に考えるべきだ。我々の本当の敵は、なんとなく「それでいいじゃないか」と流されてしまう「空気」だ、次の世代までこの決定によって引きずられてしまう問題なのだから、自分たちのルールは「選び取ろう」と福井氏は説く。恐らくそれが富田さんの呼びかけだったのではないかと思います、と。

 最後に福井氏は、富田氏が2013年1月1日に書いた「春を待つ冬芽」の一節を朗読した(※10)。

今一度突きつけられた保護期間延長要求に対して、再び、私たちにできることはなんだろう。声も上げよう。旗も立てよう。だが、たよりなく、まどろこしくは感じられても、デジタルアーカイブでできることを積み上げ、たくさんの人とともにその成果に潤され、その意義を強く自覚することこそ、もっとも根底的な延長への批判たりうるのではないかと思う。春の足音が聞こえる。開きかけた冬芽を胸に、この道をなお、進みたい。

【追記 2013/9/27 11:30】
 シンポジウムの後半は、大久保ゆう氏(青空文庫)、津田大介氏(ジャーナリスト)、平田オリザ氏(劇作家・演出家)も加わってパネルディスカッションが行われた。内容については、9月27日付記事「新時代の著作権は報酬請求権に――ベルヌ条約をひっくり返すという遺志」を参照。

(鷹野 凌)