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インタビュー

「10年後の未来もキーボード入力だろうか」
浮川夫妻に聞く、7notes開発の狙い


 7notesは、株式会社MetaMoJiが開発し、先だって販売を開始したiPad用のデジタルノートアプリケーションだ。手書きによる日本語入力機能を実装したこのアプリは、革新的なプロジェクトとして業界の大きな注目を集めている。

 あの一太郎を生んだ元・ジャストシステムの浮川和宣(株式会社MetaMoJi代表取締役社長)・初子(同社専務)夫妻による、日本語入力への新たな挑戦と聞けば、スルーするわけにはいかない。都内の同社オフィスを訪ね、浮川夫妻と、岩田浩史氏(同社事業企画部)に話を聞いてきた。

インタビュー取材はMetaMoJi社内の会議室で。7notesのデモ用のカメラとディスプレイが常設されている

 

iPadが7notes開発のきっかけになった理由

株式会社MetaMoJiの浮川和宣社長。現在、iPadだけを持って会社と家を往復しており、メールも7notesで書く。「メールのやりとりだってiPadだけで十分です」という

――7notesは、iPadがなければ生まれなかったそうですが、そもそも、iPadの何をそんなに気に入られたのでしょう。

浮川社長:やはり直感性でしょうか。年寄りでも使えるとか、そういうことではなく、これなら誰でも使える、なるほどなと思いました。発売後、すぐに手に入れて、いくつかのソフトを動かしてみて感じたことです。きっと、新しいユーザー層が広がるにちがいないと思いましたね。パソコンとは根本的に違う存在感がありました。

――タッチして操作するという点ではiPad以前にiPnoneもあったじゃないですか。

浮川社長:iPhoneは小さすぎました。私たちがアプリのプラットフォームとしてすぐに手がけるというのには距離感がありました。でも、iPadが出て、そのプラットフォームと近しい関係になってからは、iPnoneとの距離も縮まったように思います。

――iPadは、モバイル機としての位置づけで考えているのですか。

浮川専務:私たちは持ち歩けるPCをずっと探してきました。ようやくハードウェアも揃って選べるようになりましたが、いろんなところで使いたいと思ってもちゃんと使えないことが多いでしょう? でもiPadは、PCよりも、もっといろんなところについてこれるに違いないと直感できました。私たちのDNAとして、もともとそういうコンピュータを狙ってきたことですし。

 今までは小さすぎたり、重すぎたり、電池が持たないとか、いろいろ不便がありました。でも、iPadはちゃんとしています。あらゆる点でバランスがとれて出てきたんですね。ただ、使ってみて、ソフトキーボードの違和感がすごかったんです。なぜ、ローマ字で入れなくちゃならないのかって。せっかくのハードウェアの環境にそぐわないと思いませんか。だから、入力をなんとかしたいと思っていました。

浮川社長:いろいろ調べていくと、いわゆる日本語入力のためのフロントエンドプロセッサを作れないことはすぐにわかりました。だったら、初代一太郎と同じように、日本語入力機能とエディタ機能を統合したワープロを作るしかないと。

浮川専務:そのときに、手書き文字とコンピュータ文字を混ぜたいと社長が言ったんです。

――それがmazecの生まれたきっかけですね。

浮川社長:コンセプトは瞬時に思いつきました。手書きがそのまま入ることが絶対で、その手書きとコンピュータフォントが混ざり合ったようなイメージです。

 ラインエディタにするか、フリーに書き込めるもっと自由なエディタにするかという議論もありましたが、今回は、少しでも早く出せることを考え、最初はラインエディタでいいということになりました。だから、斜めの線もひけないのかといった評価は承知の上です。こうして、コアなコンセプトは一週間くらいでできあがったように記憶しています。

2月14日現在、7notesはiPad用有料アプリでトップチャート1位となっている App Storeの7notesダウンロードページ。ユーザーレビューも、足りない機能を指摘しつつも今後に期待する声が高いようだ

 

既存のiPadメモ用アプリと7notes

株式会社MetaMoJiの浮川初子専務。技術開発担当の専務は「iPadだけではさすがに無理」といい、iPadとPC3台で仕事をしている

――Microsoft OfficeのOneNoteは意識されましたか。

岩田氏:もちろん存在は知っていました。でも、特にOneNoteだけを意識したということはなかったですね。というか、すでにあるメモ用iPadアプリの問題点を徹底的に探しました。

浮川社長:どれを見てもより本格的な文書を作ろうと思うと、ちょっと不満を感じたわけですよ。

岩田氏:中途半端なものが多いんですね。データの再利用などを考えると、とにかく機能が足りなかった。

浮川社長:単なる文字を連ねて書き込むだけのワープロ的なものではなく、将来を考えて情報ユニットという単位を作り、カラム的な構造も取り入れることにしました。何よりも、気持ち良く書けないと使えないじゃないですか。それが最優先でした。

――ユニットは7notes文書を構成する単位ですね。今は、文字、イメージ、ウェブが挿入可能なユニットとしてサポートされています。でも、まずは、気持ちの良い日本語入力を考えられたと。

岩田氏:もちろん日本語入力は我々のこだわりです。そこでは、認識率だけではなく、ストロークの書き味が重要です。そして、書き味に徹底的にこだわっても、そのためにスピードが落ちて待たなければならないようでは意味がありません。人間だからひらがなで書きたいこともあるでしょうし、漢字をそのまま書き付けたいこともある。つまり、本能の赴くままに書いてもちゃんとした入力ができないとダメなんです。

浮川社長:基礎的な研究に近いものをやらないとできないことです。案を試していって、選んでいくことの繰り返しでした。スペックを決めてできあがっても、できあがったものは、スペックを満たしていても、思い描いているものとは全然違うことだって多いんです。

ユニットというファイルより小さな単位でデータ管理できるのも特徴のひとつだ。現在ユニットはテキスト・イメージ・Webの3種だが、今後動画などもサポートする見込み 作成した文書はプリンタで印刷、PDFで出力してメールに添付、イメージファイルで出力してアルバムに登録することができる。PDFはプレビューで確認可能

 

浮川社長のこだわりを実現する“書き味”の追求

「文字の角を鋭角に書いたつもりなのに妙に丸くなったりと、書いたイメージと違和感があると気持ちよく書けない」7notesの書き味は、MetaMoJi社内でもっともこだわる浮川社長自らがチューンナップした

浮川専務:言語テクノロジーの基礎があったのはよかったですね。でも、書き味的な要素へのチャレンジは未踏の分野です。指やペンで書いた文字が、自分の筆跡としてちゃんとそこに残るということが大事なんです。

 そこで、社長専用に、チューニングユーティリティを作って渡し、こだわりをもって調整してもらいました。社内では社長がもっとも字がうまいですから。このユーティリティにはパラメータが6つ以上あって、それを調整したのが社長なんです。

浮川社長:iPadのタッチパッドは静電容量型です。いいかげんに書いたらいいかげんに認識してしまいます。手書きした文字を見たときに、自分の筆跡じゃないと感じさせてはダメなんです。私自身が見れば、自分では違うと思うんですが、技術者が見ると同じに見えることが多かったんですね。

 「いや、全然違うだろう」「まったく、同じじゃないですか」「違うよ」というやりとりです。指がタッチした座標が入ってくるのをどう間引くか、その間引き率をどうするか、といったところをパラメーターの調整で追い込んでいくのです。

――確か一太郎のロゴも社長の文字でした。もっとも文字にこだわりを感じておられるようですね。

浮川専務:技術としては社長の文字を再現できなければと努力しました。誰がどういう文字を書くとどうなるかをいろいろ調べてみると、社長の字が最も効率がいいんです。迷いがないというか、軌跡のデータ化の際の圧縮率も最も高いんです。

浮川社長:「しんにょう」なんて、すごく複雑じゃないですか。自分で書いた文字が自分の「しんにょう」にならないと気持ちが悪いです。簡単な文字であったとしても、鋭角の部分が角張る場合と鈍角で角張るような場合があります。自分では鋭角で書いたつもりなのに、それがなまってしまうような認識ソフトもたくさんありました。

浮川専務:エンジニアのみんなは及第点を出しているのに、社長だけが納得しないことも多かったんですよ。でも、そこはガマンで言われるようにチューニングしていったら、みんな書き味が気持ちよいと感じるようになりました。

浮川社長:この処理をリアルタイムでやらなければならないのがたいへんですよね。それはわかっているんです。そして、きれいなベジェ曲線になっても意味がありません。さらには、そこでパワーをとられるとあとの処理ができなくなってしまいます。

 だから、書いて認識して、それを交ぜ書き処理して、変換するというのは、自分たちでやっておいていうのもなんですが、超テクノロジーですよね。そこにこだわりすぎてもいけません。今回はたまたまうまく動いたということだと思っています。

浮川専務:入力のところがいちばん人間に近い部分じゃないですか。そして長い時間使います。その部分を気持ちよくしないと使ってもらえないだろうということですね。

浮川社長:このあいだの発表会でも、記者の方々を観察していると、みんなめいめいいろんな方法でメモ書きをされているんですよね。書き流しモードなら、それができるはずですよ。

――今のインターフェイスでは、手書きするときに入力欄を目視する必要があります。いわゆるブラインドでの殴り書きができません。

浮川社長:文字認識の精度はまだ発展途上かもしれません。今は、手書きストロークの究極の再現をめざしている段階です。現状でもメモ的な書き方なら実現できているはずですね。次の狙いを考えると、書いている位置を注視しなくてもいいようにすることは重要です。いずれにしても、手で文字を書けることを知ってほしかったということです。今回の製品では、初めてこういうものを使う人たちを相手にしたかったというのもあって、機能が目で見えるようにしました。

悪筆かつ殴り書きでもかなりの確率で認識できてしまうので、あまり細かいことを気にせずに書ける フォント文字に変換しないモードでは、簡単な絵やアイコンも描ける。フォント文字との混在も可能

 

他のプラットフォームへの対応と今後の展開

――他のプラットフォームへの対応について教えてください。

浮川社長:Androidへの対応も考えています。Androidでは、日本語入力機能とエディタを分けることができますからね。ただ、タッチパネルのセンサー性能などで、まだもうちょっとという気持ちはあります。

浮川専務:タブレット用といわれているAndroid 3.0環境には期待していますが、エミュレータで動かしていたら評価もできません。早く実働するハードウェアが手元に欲しいです。

浮川社長:Androidにハードウェアの差を吸収するOSとしてのレイヤーがあればとも思いますね。それはそれでビジネスになるかもしれません。ビジネスサイズのことを考えれば、スマートフォンというところもやるべきでしょう。とにかくおそれずにやってみようというのが私たちの立ち位置です。

浮川専務:なにしろベンチャーですから(笑)。

――今後の展開について教えてください。

浮川専務:バージョンアップのタイミングで、他のアプリとのデータの交換などができるようにしたいですね。

浮川社長:今は、ユーザーの声がダイレクトに届くので、応えやすいかもしれません。バージョンアップは機能面と、有料のユニットを提供するなどの両面を考えています。正直な話、無料のバージョンアップだけではビジネスになりません。きちんと利益が出る新しいビジネスのスタイルを模索したいと考えています。

岩田氏:2月中にはマイナーバージョンアップができそうです。パッケージ製品と比べて、アプリの世界はスピーディなので、製品をユーザーといっしょに育てていけるように感じています。

浮川社長:開発はフル活動ですよ。出したらすぐに次にとりかからないとなりません。

浮川専務:スピード感という点では、次の次のあたりまで視野の中に入れていないとだめですね。

岩田氏:きっと、バージョンアップのたびに、ここがこうなっていたのは、このためだったのと思ってもらえるはずです。

――壮大な構想がありそうですね。

浮川社長:現時点では、私たちがこうしたかったという理想の半分くらいしかできあがっていません。すべての人にソフトウェアの概念まで理解してもらうのは難しいじゃないですか。テキストデータと手書きのストロークデータの違いがわかる人には理解できても、それがわからない人だってたくさんいるんです。

 この製品はある程度コンピュータリテラシーがある人とは違う人も使うアプリです。そこを考えなければなりません。情報弱者といわれる人にも、これなら使えるといわせたいですね。そして、別の意味で、その世界観を多くの人に知ってほしい。PCにがんじがらめになっている人に、もういちど、考え直してほしいと。

 

10年後にはキーボード入力が“旧式で変なこと”になっているかも

これまで30年ちかく、人間がキーボードで快適に入力するためのソフトを開発してきた浮川夫妻。「しかし、10年後の未来を思い浮かべてほしい」と言う

浮川専務:コンピュータにはキーボードが効率がいいという事実があります。それが絶対的な価値観です。

浮川社長:でも、私たちが狙っているのは今までの価値観とは違います。10年後の未来を思い浮かべてください。

岩田氏:我々はiPadをキーボードのないパソコンとしては見ていません。緊張感を緩めて考える新しいスタイルを実現する新たな道具です。

浮川社長:10年後、みんながキーボードを使っているわけではないんじゃないでしょうか。もしかしたら、キーボードを使うことそのものが、旧式で変なことになっているかもしれません。

 今のかな漢字変換だって、いろんな経緯の中で出てきたじゃないですか。特別な訓練を受けないと機械に日本語を入力できなかった時代、エンジニアががんばれば、一億人が救われるのならがんばろうと当時思ったんですよ。コンピュータのために人間が教育を受けるのはミニマムで終わらせたいじゃないですか。

 手書きは生活のまま、私たちの生活そのものです。特別な教育は不要です。コンピュータのために特別なことをやるのはやめよう。コンピュータが近づいてくるのを当たり前にしようということかな。

浮川専務:人間は長い間、紙とペンを使っていろんなことを考えてきましたよね。それだけの長い間やってきたことが人類を成立させています。

 でも、コンピュータができてたかだか数十年です。そして、まだ紙と鉛筆が連綿と残っているという事実があります。コンピュータと紙と鉛筆の融合は、もっと発展させることができるはず。そのときに、この製品の提案する環境が人間の知的なツールとして受け入れられるにちがいありません。

浮川社長:クラウド連携を含め、やりたいことはたくさんあります。iPadのハードウェアではできないことも、クラウドにデータを送ってサービス側で処理させればできることも多いはずです。でも、とにかく今は、今の目の前にあることを見せたかった。私たちはベンチャーですから。


関連情報

(山田 祥平)

2011/2/16 06:00