電子書籍をテーマとした電子雑誌「OnDeck」創刊!
「OnDeck」編集長 井芹昌信氏に聞く


「OnDeck」編集長、井芹昌信氏。Impress Watchの創刊編集長でもある

 株式会社インプレスR&Dが12月22日、電子出版をテーマに、週刊電子雑誌「On Deck(オンデッキ)」を創刊したことは22日に本誌ニュースでお伝えした。2010年は電子出版元年と言われたが、出版社など業界でも、まだまだ電子出版に関する情報は十分あるとは言えず、フォーマットは、配信方法は、かかるコストは、などコンテンツホルダー側が取り組むべき問題は山積している。

 こうした中で、コンテンツホルダーや電子書籍出版に関わる業界ビジネスマン向けに創刊されたのが「OnDeck」だ。創刊号はすでに無償公開されており、以後2011年2月までは無料期間として隔週ペースで発行、3月からは週刊として有料配信を開始する。

 ここでは、「Impress Watch」の創刊編集長でもある、「OnDeck」井芹昌信 編集長に、創刊にいたる背景や、媒体の狙いや今後の展望などについて話を聞いた。


電子雑誌創刊までの経緯は

「OnDeck」創刊号表紙

井芹:Impress Watchの媒体を見てもわかるように、インプレスグループでは、パソコン、デジカメ、ケータイ、インターネット――というITの進化と普及をずっとテーマにしてきました。一方で、「できるシリーズ」に代表されるように紙の出版を生業にしてきて、制作者として、出版業界でコンピュータというものが入ってきて、DTPが広まって、プリプレスで刷版したりと、出版が電子化する流れがあったんですが、その変化の流れも実際に制作者としてずっと見てきた。

 つまり電子出版は、インプレスグループの立ち位置から考えると、これまで追ってきたITテーマと自分たちの生業という両面が関わっているんです。ちょうど両方をやってきて、それが相当近寄ってきたのが今なんですね。電子出版が市場として立ち上がる条件が揃ってきた。

 「電子出版」という言葉は、過去にも何度かブームになっていて、新しい言葉ではないんです。電子書籍リーダー端末も、1990年に8cm CD-ROMを記録メディアに使ったソニーのデータディスクマンが最初で、すでに20年経っています。

 その後、何度もその時々に可能な技術と利便性を盛り込んだ電子書籍リーダーが発売されて、期待はあるものの、なかなか市場として進展しないという状況が続いていた。携帯電話の進化によって、携帯電話でコミックを読むという電子書籍市場は一定規模に成長し、収益も上がるようになりましたが、コミック以外の一般書籍を電子書籍で読む、あるいはパソコン環境で電子書籍を買うという市場の広がりがなかった。

 

今回の電子出版の波は本物

 しかし、今回の電子出版の波は本物だと思っています。これまでと違って、書籍を電子化する技術だけでなく、モバイルも含めたインターネット環境があり、オンラインでデータを購入することも普通になっています。インターネットが流通革命であったことは知られていますが、この電子の流通網があってこそ真の電子出版を実現できる要件が揃う。

 加えて、Googleブックの衝撃があった。あれで出版社側はかなり危機感を感じたと思います。これまでは電子書籍リーダー端末が出ても、コンテンツ提供側があまり積極的に対応しなかったため、対応コンテンツが絶対的に不足していました。ところが今回は、出版社などコンテンツホルダー側も、電子出版に本格的に取り組まなければという意識が、非常に強くあります。

 こうした条件が揃って、電子出版という市場がいよいよ本格的に立ち上がってくる。そういう時に、(電子出版というものをずっと見てきた)われわれの役割としてはどういうことがあるのかなと考えると、電子出版を単なるブームとして伝えるのではなく、市場トレンド、制作の現状やノウハウ、現在と今後の技術動向、販売チャネルなど、電子出版に関わる人たちがいままさに知りたい、そして知らなければならない情報を総合的に伝えるメディアが必要で、それはまさにわれわれの仕事だと思ったんですね。

シャープが12月10日に発売した電子書籍リーダー端末「GALAPAGOS」。モバイルタイプの5.5インチ液晶は“液晶のシャープ”ならではの特注サイズソニーの電子書籍リーダーも12月10日発売。写真は人気の6インチディスプレイのモデル。光学式タッチパネル採用により、タッチペンによる書き込みも可能

週刊の電子雑誌にしたのは

井芹:最初は月刊で考えていたんですが、メディアとしては実験媒体としての役割も兼ねて電子雑誌としてやろうということになった。フォーマットをどうしようということになって、検討の末リフロー型のEPUBにしようということになった。乱暴な言い方をすると、EPUB、つまりリフロー型にするということは、レイアウトしないということなんですよね。

 紙の雑誌などは1ページずつデザインして作っていますが、リフロー型で組版もせずに出せるんだったら、月刊よりもっと速いサイクルで出せるだろう、じゃあ週刊にチャレンジしてみようということで、EPUBフォーマットを採用した週刊の電子雑誌、というアウトラインが決まりました。

ビューワー環境はどうなりますか

井芹:専用のビューワーは用意しません。現状では、いちばんきれいに、編集者が意図した通りに見られるのはiPadのiBookだと思います。iPad、iPhoneでは問題ないように検証しています。

 PCでは少し見づらいと思いますが、Adobe Digital EditionやFirefoxアドオンのEPUBReaderなどではチェックしています。Android環境では、定番的なEPUBリーダーアプリがありませんが、Aldiko Book Reader、Starbooksなどいくつかのアプリで表示を確認しています。

 ビューワーによっては、EPUBファイルのもつ構造が正しく解釈されなかったり、SVG(Scalable Vector Graphics、2次元のベクター図形をXML文書で定義するための仕様で、W3Cから勧告が出ている)に対応していなくて図が出ないなどの問題があります。Androidアプリは、数は多くあるんですが、基本的に日本語文書に正式対応しているEPUBリーダーアプリがないので、無理矢理日本語も表示させているという状況です。こちらが最初に意図した通りに見られないということは多々あると思います。

 2月までは無料期間として、そういったところも含めて検証を進めたいと考えています。多くの環境で見られることを目指してオープンなフォーマットEPUBを採用したので、なるべく多くの環境で問題なく見られるようしたいと考えています。

 また、「OnDeck」ではEPUBと別にPDFも用意します。これは、どんな環境の方でも、編集部が意図した形で必ず読める、という保証の意味と、印刷して紙でも読んでいただけるようにということで、EPUBとPDFをあわせて提供します。

「OnDeck」のページをiPhoneとiPadで表示したところ。同じ部分を表示しているが、リフロー型のため、ページ数やページレイアウトは異なる左からソニーReader、iPad、iPhone。いちばん編集部が意図した環境に近い形で閲覧できるのはiPadのiBookアプリだ

EPUBの実験メディアとして

 一方で、「OnDeck」は、コンテンツの作り手に向けた媒体なので、同じEPUBコンテンツがiPadではこう見えるが、Adobe Digital Editionではこう見える、このAndroidアプリではこう表示される、といったことも読者に提供できる情報のひとつと考えています。

 EPUBはもともとXHTMLのサブセットで、オフラインでも閲覧できるよう、XHTMLをパッケージにするための規格です。EPUBの特徴としては、HTMLの頭にXが付いていることでわかるように構造情報が記述できることと、ビューワーでリフローすることでページめくりができる、ページネーションを実現していることが上げられます。

 なので、EPUBコンテンツは、実はZIPで解凍すれば中のXHTMLファイルやCSSファイルを見ることができるんですね。ウェブページを制作するのに他サイトのソースを見て参考にするように、「OnDeck」のXHTMLソースを見て参考になることも多いと思います。コンテンツとしても、「OnDeck」の制作ノウハウなどを誌面で紹介していきます。

 また、EPUB3の仕様策定が2011年5月に予定されています。EPUB3では、日本語表記のための仕様が盛り込まれます。縦書き、ルビ、圏点、縦中横(縦書きの中に数字などを横組みにすること)など、一般的な書籍であれば十分な機能が盛り込まれる予定です。仕様策定は5月ですが、EPUB3のビューワーはそれ以前に出てくるでしょう。そうしたものも、随時最新情報をお伝えしていき、媒体の中でEPUB3の仕様に沿った縦書きを使ってみるといったことも積極的にやっていきます。

 そのほかにも、「OnDeck」では、EPUBや電子書籍に関するいろいろな試みをしていきたいと考えています。EPUBへの広告配信実験や、あるいは制作に関してなど、ご提案をいただければ積極的に対応して、誌面でも取り上げていきたいと思っています。これまでは創刊準備で手一杯で、協力社への呼びかけもこれからなのですが、なにかアイディアがありましたら、ぜひ編集部までご連絡いただきたいですね。

 

DRMによる制限については

有料化後のDRMについては検討中だが、「基本的に、読者が読むために手間がかかるような方法は取りたくない」という

井芹:有料化後は、登録会員の定期購読モデルをメインに考えています。定期購読の場合は、不正流通は比較的起こりにくいので、DRMのような制限をかけなくてもいけるんじゃないかと考えています。

 単号売りもしますが、単号売りについては、まだ決めていません。なんらかの形で改ざんやコピーを防ぐ方策をとる可能性もありますし、逆に、コピーフリーで撒くこともあるかもしれない。米国の市場を見ると、DRMフリーで販売したり、さらに進んでコピーフリーとして販売している例もあるんですね。そのあたりは、もう少しマーケティングして検討したいですね。

 基本的な考えとしては、読者に不便をかけたくない、ただ、不正コピーや、改ざんして別のファイルとして配布されたりといったことはわれわれ出版社の立場としては困る。不正コピーや改ざんを防止できて、なおかつ読者の利便性を大きく損なうことのないような技術が出てくれば、それも実験として試していくことはあり得ると思います。実験メディアとして、そうした実験のご提案も歓迎します。

 まとめると、無料化の段階ではDRMはかけませんが、有料化後はまだ検討中ということになります。

「OnDeck」という誌名は

井芹:「OnDeck(オンデッキ)」という言葉は、「船の甲板」とか「準備万端」というような意味で、野球用語では「ネクストバッターズサークル」を意味するんです。それに加えて、最近、iPadやAndroid Padなどのスレート型端末をDeck(甲板)に見立ててか、スレート端末向けのコンテンツやアプリを流通させる行為を「OnDeck」と呼ぶ表記も増えているんですね。

 ただ流行っているというトレンドだけではなく、これまでの技術や市場の経緯や現状を踏まえて、今後の行き先を読む指針となる、最新の情報を伝えたいと考えています。策定中の技術規格や新しい制作環境など、生きて動いている情報を伝えたい。未来は向こうからやって来るのではなくて、こちらから準備をして向かっていく、私たちの意思によって創られていく、そんな思いを込めて誌名を「OnDeck」と付けました。


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(工藤 ひろえ)

2010/12/27 13:39