インタビュー

自炊代行に道筋を、許諾ルール検討「Myブック変換協議会」に狙いを聞く

〜著作者が出版社と読者を仲立ち、蔵書電子化の「解決策」を探る

 スキャン済み書籍の処分方法や電子化した書籍データの管理方法についての指針を定め、これに従う自炊代行業者に対して電子化の許諾を付与することを協議する「Myブック変換協議会(正式名称:蔵書電子化事業連絡協議会)」が3月26日に発足した。これまで私的複製の範囲外とされてきた業者による自炊代行を可能にする道筋を作り、蔵書の電子化によるユーザーの利便性向上を支援しつつ、スキャン済みデータの違法な流通に歯止めをかけることで、「日本の読書習慣をデジタル化時代にふさわしい形で維持・発展させていく」(同協議会)ことを目的としている。

Myブック変換協議会のウェブサイト

 協議会の発足にあたっては、裁断機やスキャナーを用いて蔵書を電子化する、いわゆる“自炊”を代行する「自炊代行業者」の増加と、それに対するいくつかの訴訟といった背景があるが、こうした中で協議会が具体的にどのような役割を果たすのかは、設立発表のニュースや、同協議会のウェブサイトからは見えにくい。また、許諾料の徴収やスキャンデータへの著作権情報埋め込みと取れる表現が発表内容に記されていたことから、一部ユーザーの反発がネットのあちこちで見られたのも事実だ。

 もっとも、これらは出版社、権利者、そしてユーザーが会する形で4月19日に行われるシンポジウム「蔵書電子化の可能性を探る」(※1)を前に、素案が決定事項であるかのように扱われることがないよう、議論の活性化を狙ってあえてこのような公開形態をとっているというのが真相のようだ。協議会の発足の経緯、そしてシンポジウムの狙いについて、協議会統括を務める日本写真著作権協会常務理事の瀬尾太一氏に話を聞いた。

「全作品の電子化は無理」「自炊代行も許さない」では日本の電子書籍が進展しない

Myブック変換協議会の統括を務める日本写真著作権協会常務理事の瀬尾太一氏

――まずはMyブック変換協議会の立ち上げまでの経緯を教えてください。

 iPadが出た2010年ごろから、出版関係などいろいろな人が集まって、肩書きを外してプライベートで電子書籍についての勉強会をしていたんですね。そこで去年の夏ごろに自炊代行業についての話題が出て、実際に業者さんに来てもらって詳しいデータを開示してもらいました。ちょうど最初の自炊訴訟(※2)が終わって、次もやるかもしれないとちらほらと聞いていたころです。

 その時に、日本の電子書籍を一歩進展させるためには、ユーザーがすでに持っている蔵書が電子化される必要があると感じたわけです。新しい本をどんどん出しても、みなさんが持っている蔵書がタブレットに入っていないとダメじゃないのかと。ではどうすればいいのかという話になった。それが発端です。

 出版社にしてみると、電子化のために全部の権利処理をし直すのはコスト的にも難しい。売れるものはどんどん電子化していくにせよ、過去の本はすべての著作権者の許諾が要るからきつい。国会図書館の電子化のようなやり方(※3)もありますが、一方的にガンガンやられて国で自由に利用されるのは困ってしまう。では、仮に自炊代行業者に許諾を出せばどうなんだろう、著作者が許諾すれば可能じゃないかという話があって、であれば中抜きするのではなく、出版社さんも一緒にやりましょう、と。

 ただ、出版社は、個人レベルで賛同をもらっている場合もありますが、社や団体としては異論がある。そういう状況の中で、去年11月に2度目の提訴(※4)がありました。今回の訴訟では、絶対に自炊代行業者は許さないし、電子化は許さないという強い意志を持っている大手出版社があって、“撲滅”という言葉を使っているんです。個人の自炊は仕方ないにしても、こういう流通は絶対に許せないので撲滅すべしと言っている。

 では、「過去の本の電子化はどうするんですか」と尋ねると、「できない」と言うわけです。それはおかしいんじゃないかと。もちろん個々の出版社の話であって出版全体がそう言っているわけではないですが、訴訟ではそこがイニシアチブを取っていて、撲滅という言葉が実際に使われているという実情を知っておいてもらう必要がある。つまり、彼らは自分たちも手当てができないけど全部潰す気なわけです。でも、それって一方的すぎませんかと。いろいろな考え方があるはずなので、もうちょっと広く賛否を問うてもいいんじゃないですかと。

自炊代行が「クロ」になれば蔵書電子化の未来が狭まる

 私見ですが、今回の判決がクロになる確率は高いと思っていますし、著作権関係の法学者、法律家の人もそう思っているはずです。クロと出た場合、社会的に撲滅ルールに乗ってしまう。そうなると業として成り立つのは苦しくなる。著作権法違反の判決が出たところに一般の人は発注しないですよね。少なくとも社会的に認知はされなくなる。

 そうなると、個人の蔵書は個人で電子化せざるを得なくなる。それで本当に電子化が進むんですかと。去年の11月に裁判が始まってから、我々は出版社の方たちに、みなさん同じ意見なんですか、協議会を作るから参加してくださいよと、書協(日本書籍出版協会)、雑協(日本雑誌協会)をはじめとしてずっと声掛けをしてきたんです。しかし3月の最初の時点までで、やはり裁判が進捗しているから1社だけ横並びから抜けるわけにはいかないと。

 でも裁判が終わったら、撲滅ルールに乗ってしまいますよね。早ければ夏ごろには裁判の結果が出るかもしれない。そこが終わりとしたら、タイムリミットがありますよね。出版社と著作者は同じ船に乗っているので、きちんと連携して進めていくことが重要だと思っていますが、これまでずっとお声掛けをしてきたにもかかわらず、実際にはお名前をいただけるところまでいかなかったという実情もあります。なので出版社さんへのお声掛けも続けつつ、設立を公表しました。「まずは立ち上げますから、みなさん(4月19日の)シンポジウムに参加してください」と。

 今回、ユーザーの声を聞くためにニコ生を予定しています。要は、限られた人が限られた議論をするのではなく、みんなで考えていきましょうという議論の場を、著作者が取り持ちたいということなんですよ。早急に電子化の未来を狭めてしまうような方向性に関しては、ちょっとやっぱり警鐘を鳴らしたい。

 ただ、今のところ、出版関係の方の参加申し込みが多すぎる状況です。もっと本が好きだったり、実際に自炊しているような人たちに来てもらって、率直に意見を言ってもらいたい。そういう声を出版社に聞かせるための会にしたいんですね。我々はネットでいろいろ見聞きしますが、出版社は今、著作者以上にアナログかつ保守的ですので。

善意なコンセプトすぎて信用してくれない

――Myブック変換協議会の設立が発表されて以降、ネットでは協議会そのものが自炊代行の撲滅を指向しているのではないかという意見も見られました。今おっしゃった話であればそうではなく、取り持っていくというスタンスであると。

 そうです。一般のユーザーさんから見ると、「著作者と出版社は敵」という仕切り線があって、著作者団体と出版社はつるんでいるように見える。実際には出版社さんの中でも意見が割れているし、我々は出版社さんの一部の反対を押し切ってこれを進めている。著作者と出版社は共通利益がある一方で、著作者は著作者で社会的な貢献に対しての自覚もある。

 今回お金を取るというのは、許諾という構成からそう言っているだけであって、営利になるほどの許諾を出せるとは思えない。ルール化しないまま無軌道な電子化に入ってしまうと誰もがよくないだろうと思うのでやっているわけです。

 だからものすごく善意のコンセプトから発しているんですが、それが傍から見ると気持ち悪いんでしょうね。そういうのって信用できないじゃないですか。ここで金を取って儲けるんだよと言った瞬間、みんな「やっぱりな」と納得するかもしれないけど、今回は全くそういう意図がないから、説明してもみんな信用してくれない。出版社さんからも離れたスタンスで、日本の電子化を一方向ではなくきちんと考える場を著作者が設けようとしていることは、今度のシンポジウムできっちりと理解していただきたいですね。

 米国の図書館はGoogleが中心に、権利を集中化することから始めているので、権利状況が万全なわけですが、日本にそれは馴染まない。だとしたら権利を持って縛っているだけじゃダメだし、やっぱり許諾していかなくちゃいけない。これまでの権利って、許諾しないことに使われてきたんですよ。リジェクトするためのツールであったわけですが、権利というのは許諾するためのものだというふうに、考えを変えていく必要がある。確かに許諾をしないのも権利ではあるんだけど、許諾をしてそれが広まることのほうがいい。

ネットでは批判の声も、あえて具体的なスキームを説明しない理由

――今回の発表を受けて、個人が行う自炊に影響はあるのではないかという危惧がネットで見られましたが。

 全くないです。個人が個人の目的で自炊することは合法です。手間はかかりますし、泣く泣く本を切ることになるかもしれませんが、法的な問題はありませんし、その本を売ることに関しても止めることもできません。ただそのファイルをアップロードして共有したり、個人利用以外に譲渡したりというのは、法律から言ってもやってはいけないことであると。

――今回、具体的なスキームがほとんど提示されていないのは、今後のシンポジウムなどで問うていくという考えでよいのでしょうか。

 そのとおりです。この問題に関するTwitterやFacebookの流れを見ていると、いろんなお考えの方がいらっしゃいます。全く著作権について詳しくない方が、なぜ自分の本を電子化するのに許諾がいるんだと言っている。そこには著作権の観点から説明する必要があるわけですが、あえて説明せず、そのままにしています。中途半端にスキームを言うと、それ自体が曲解されかねない。シンポジウム程度のまとまった機会で、しかもそれをたくさんの人が見ているような状態じゃないと、真意が伝わらない。なので今回非常にあいまいな言い方をしています。

 シンポジウムでは、なぜ蔵書のデジタル化が重要で、どうすれば全員ハッピーになれるのか、どれだけ社会的に有用なのか、それを披露しますので、ニコ生でみなさんに見ていただきたい。今回パネリストには著作者や学者の先生もいますし、会場からの声も入れていきたい。みんなで議論した結果、もしお金を取って許諾していく必要がないということであれば、それはそれでいいでしょうし。

 ただ、みなさん撲滅されるとは思っていなくて、もう幸せな世界が築けているからそっとしておいてくれという意見もあるんですよ。さっき言った裁判の雰囲気が伝わっていない。それを言わないと、我々がこれだけの時間をかけてやっているバックヤードが見えてこない。実際に撲滅されちゃったらどうするんだと。

自炊代行の許諾料では事務経費すら出ない

――具体的な案として唯一、1冊あたり30円という具体的な許諾料の額が一部メディアで報じられました。

 「出版社と著作者でJASRACみたいな組織を作って金を儲けようとしているのか」という話がありますけど、実際には事務経費すら出ない。なぜならば、個人が個人で使うことに限定して許諾したいので、そんなに高く取れない。1冊あたりの自炊代行料金は100円や200円、オプションを入れても300円はいかない相場として定着してしまっているわけだから、それと見比べて無理がない額でないといけない。せいぜい30円くらいじゃないのという。

 あの金額が独り歩きするのは非常に怖くて、いったん30円と言ってしまうと、30円という値段が問題じゃないんですって言っても「30円でやるんですって?」「本の定価いくらでも30円なんですか?」と、そこに話題が集中してしまう。要は今のスキームを元にした上で、現実的に無理がない金額ということであって、具体的な額が決まっているわけではありません。

 あれをなぜ明かしたかというと、出版社さんたちはもっと高い金額を想定しているからなんですよ。いくら個人であっても、本を電子化させるんだったら、しかるべき対価が必要という意見もある。それに対して我々は、今のスキームを拡張していかないと利便性が損なわれるのでこれぐらいが妥当じゃないかということであの数字を出したんです。自分の本で、例えば600円の本だったら許諾料が600円とか、それは無理だと。

――自分が購入した本をスキャンしてもらう際に、自炊代行業者から許諾料を徴収するのは、ユーザーからすれば「著作権料の二重取り」だという指摘もあります。

 そもそも金を取るのが正しいのかという話もありますが、許諾である以上、お金は少なくとも取るべきだと思います。ただ、ハンドリングの経費を抜いて著作者にきちんと分配できるような額を取ってしまうと、結構な金額になりますよね。何十円の中でそれをすべてできるほどの経費にはちょっと持ち得ないし、ものすごく規模が大きくなれば別ですが、JASRAC的に権利を集中することは、正直難しいと思います。

 日本の出版物は、権利を集中させようとしても、半分以上は許諾が取れない。具体的には福井健策さんがおっしゃっています(※5)が、オーファンワークス(孤児著作物)もあれば、トレースはできるだろうけど1人ずつ許諾を取らなくてはいけない著作物を含めると相当な量になってしまうんですね。集中処理というのは別の仕組みとして対応しない限り、どんなに権利を集めても難しい。

個人の蔵書を電子化したい要求は社会的にある

――自炊代行にあたり、許諾そのものが要らないのではないかとの意見もあります。

 許諾なしというのは個人的には賛成できません。許諾によって現状のスキームから発展させるべきだと思っています。そのかわり安価かつ簡便であるべきで、いくつか条件は付けたい。例えば元本の破棄であるとか、きちんとした取り引きであることが見て分かるようPDFのメタ領域に情報を書き込むとか。DRMと違ってソフトを使えば全部消えてしまいますが、それをデフォルトで入れる習慣付けをしたい。要は私的利用に準じる範囲で使ってくださいというルールを強調したいんですね。譲渡したり、共有してはいけない。それによって出版社も著作者も含めてみんなのプラスになり、回っていくんじゃないかと。

 過去のすべてのファイルを出版社が電子化して、許諾を取って、しかもリーズナブルな金額で出すのは、出版社さんの側に立って言えば難しい。うちは慈善事業じゃありませんというのもよく分かる。じゃあ国でやったらどうだろうと考えると、国会図書館が国費を使ってやるのは難しいし、税金を使ってやるなら無料にしないとおかしくなる。ということはやはり、きちんとしたルールを作ってやるしかないんじゃないか。個人の蔵書を電子化したいという要求は社会的にもあるし、我々自身もあるし、それが今後の日本の電子化の原動力になるんじゃないかという思いはあります。

 高齢化社会を迎えて日本文藝家協会によくある問い合わせなんですが、(高齢者が)施設に入る時に思い出のある蔵書や愛読書は持っていけないんですよ。捨てられず、売ることもできないので、みんなコンテナに入れたりするんですが、倉庫に押し込めたら絶対読まないですよね。それを書き込みや折り目も含めて電子化すれば、それを持っていけますよね。そういう需要もあるはずなんです。

 こうした電子化で、じゃあ誰が損をするのかと。蔵書と同じ電子データをもう1回買うかというと、本当に欲しいものは買うかもしれませんが、でも全体の数パーセントでしょうし、電子書籍化されていないものも多い。それがスキャンされて個人のタブレットに入ったからといって、出版社さんが大きく損害を受けることは考えにくいんですよね。

 ただ、そのファイルがネットに流れたり、元の断裁本が大量に売られると、絶対に損害を受けます。出版社さんはファイルが流れたらどうする、ならず者のような代行業者は信用できないと言いますし、実際にファイルや元本を流す代行業者もあると聞いています。でもそうでないところもありますし、きちんとルール化していく必要があると思うんですね。

――PDFのメタ領域に情報を書き込むことを条件で自炊代行が認められたとして、そうするとネット上に流通をしている違法なファイルのうち、メタ領域に何もなければ個人の自炊ファイルである確率が高くなる。そういった特定も目的の1つということですか。

 特定できることは大事ですよね。例えば管理義務みたいなものがあって、絶対に流出させてはいけないはずのあなたのファイルがネット上に流通していますよ、といったことをたどれる必要はあると思います。

「書棚から本がなくなる」ことは出版社にとってもメリット

――現状の自炊代行に関しては、複製権や公衆送信権など、著作権法上のいくつかの懸念点があります。その中で特にここを問題視しているという点はありますか。

 やはりネットで共有されることですね。クラウドのストレージは共有機能がありますが、そこを捨てIDで共有されると、不特定多数への配布に近い形になってしまう。なのでそういうことをしてはいけないということを最初からルール付けたい。

 一方、断裁した本を売るのは自由なんですよね。個人の所有物ですから。ただ、これをできれば廃棄処分する流れにしたい。なぜなら、日本の市場には書籍があふれていて、作りも頑丈なのでなくならず、売ることで誰かに渡るサイクルになっています。つまり、どこかで本がなくなるスキームを作らない限り、誰の書棚も空かないんですよ。今回のスキームであれば、本がなくなるスキームができ、しかも紙という資源に配慮した形でリサイクルされる。そこで初めて、いろんなことが回り出すと思うんですね。そこをルール化したいというのもあります。

 日本はたくさんの出版社と著作者がいる、世界でも稀な国です。出版社は3700社くらいあると言われますが、そんな国はほかにありません。またクリエイターと呼ばれている人たちも世界的に見て群を抜いて多いわけですが、小規模な人たちもたくさんいるので脆弱なんですね。出版社さんも経営的にそんなに儲かっていませんし、著作者もベストセラーを出さない限りそんなに恩恵を被っていない。もし何かあれば、売れる著者と売れる大手出版社だけに集約される可能性はあります。

 私たちは、コミケを作ったような文化とか、非常にニッチなところでも生き残れる日本的なモノづくりの体制を、電子の時代にも持っていきたいと思っているんです。ちゃんとしたルールを作らないと、もし1回間違えてトリガーが引かれて、技術的な解決策が生み出されたら、けっこうみんなすぐにいなくなっちゃう。

――技術的な解決策というのは、具体的には?

 例えば非破壊型のスキャナーがその典型例ですね。(断裁せずに電子化できるので)本がさらに流通するようになるじゃないですか。ブックオフや、Amazonの中古で簡単に転売できて、正規の出版社や著作者に還元されない。そうやって本が流通し、さらにファイルがネットに流出していくと、出版社は持ちこたえられるかどうかは分からない。出版社がなくなれば本を出す機会が減りますから、著作者はそれだけでもダメージです。

 みんな正面からダメだと抜け道を探していくんですよ。「自炊の森」(※6)もそうだし、今だって機材のレンタルをしているところもあるし、それの究極にあるのが非破壊型スキャナーですね。普通に許諾しても誰も損しないのに、止めてしまうことで逆に変な形で広がっていく。それが正しいとは思えない。最初に認めてルール作りをしてしまえばみんなWin-Win-Winになれるのに。

 このまま裁判でクロになって社会的認知がなくなれば、個人でやるしかなくなりますよね。そうなると1つの方法が失われてしまうことも確かだし、ちゃんと公平にきちんと表で話をして、利用者や社会を向いて電子化をしないと、一部の旧来の体制をとどめておく方向では難しい。まずは著作者が許諾しないと始まらないので、我々著作者から言い出して、出版社もみんなで話して、いいスキームを作っていきませんかという話です。利益優先ではなく、利用者と出版社をきちんと取り持つためにやっているという部分は強調したいですね。

 だから今回お話しする趣旨はすごく美しい絵であるし、これがないと個人の蔵書の電子化は完成しないんじゃないかと思っています。ただ、ファイルが流出したり、元本が流れてしまう危惧はあるので、だからルール化して、みんなでそれを進めましょうよと。出版社の中でもいろんな意見があり、著作者にもいろんな意見があるので、それをきちんとすり合わせて、お互いに協力しながら、みんなのコンセンサスを取りたいと思っている。

 コンセプト論で終わる可能性は正直あります。ただし、その時に社会的な支持があって、出版社さんが嫌だと言ったとしても、著作者の何人かが許諾を出すかもしれません。今はまだ電子書籍が過渡期にありますから、自炊代行業、我々は“書籍電子化業者”と呼んでいますが、きちんとしたルールと目的の中で個人の蔵書を電子化する業種がなくならなければいいと私は思っています。需要はたくさんあるんですから、もう少し時代と社会の要請の中で検討されていくべきであって、早急に結論を出して逆に自らを閉ざすようなことにはならないでいただきたい。

DRMで違法行為を止めるのは確実に前の時代の考え方

 あと、今の電子書籍は端末縛りになっていますが、本来は出版社や著作者がメインであって、機械やストアとは関係なくいつでも読めないとおかしいと思うんです。だから今回はPDF形式にしました。出版社さんはルビとか並びとかいろいろ言うけど、ユーザーは本を読めればいいのであって、形式は関係ないんですよね。

――自炊が受け入れられている理由の1つに、DRMフリーでどんな環境でも読めるという点は確かにあると思います。

 私もずっと写真のデータベースを作ってきて、今でも写真のホームページはDRMがかかっていますが、基本的にDRMは意味ないです。絶対に破られますし、それがあるがゆえにハンドリングが悪くなるだけ。OSやブラウザーに合わせて常にバージョンアップしていくなんて絶対に無理。プラマイを考えた時に、コストとハンドリングとユーザビリティと、プラスの効果は全くないですね。

 ルールがないと違法行為が止まらないからDRMで止めるというのは、確実に前の時代の考え方だと思います。MDとかDAT、CCCDといった前例で明らかですから。PDFの透かしも読めなくなる元凶になるので、今回はいちばんシンプルなものだけれど、情報をメタ領域に入れて分かるようにしておくのが、汎用性の面からもいちばん適当。ビジネス文書のように一瞬だけ表示できれば済むものならともかく、今回は本ですから、できるだけシンプルな形で、いつの時代でもきちんと表示できる形でないと。

 だから今回のスキームではDRMをかけていこうとか、特殊なフォーマットによって特殊な端末でしか見られないようにするとか、そういうのは全く意味がないし、それは読むなと言っていることと一緒だと思っています。5年後ですら誰も担保できないですから。

――もし、今後の議論の中で出版社の側からDRMを入れるべきという話が出てきた場合はいかがですか。

 もしそうなれば、山ほど実例を出してどれだけ無駄になるかという話はします。ネットゲームのように、データは出版社の中にあって、そこにアクセスをして見るというアクセス権の考え方であれば別にいいだろうけど、全部それでというのは無理ですよね。コストがかかるし、しかも過去のものも対応しないといけませんから。

――分かりました。本日はありがとうございました。

(山口 真弘)