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学校ICT環境整備にもクラウドは有効、総務省が「教育クラウドプラットフォーム」標準仕様を策定へ
2017年5月30日 06:00
総務省は教育の分野で、クラウド上の教材やツールをどこからでも利用できるようにする「教育クラウドプラットフォーム」について実証する「先導的教育システム実証事業」と、プログラミング教育を普及させる「若年層に対するプログラミング教育の普及推進」を実施してきた。その成果について報告するイベント「総務省『教育の情報化』フォーラム」が5月16日に開催された。ここでは、2つの事業のうち、先導的教育システム実証事業に関する報告についてレポートする。
教育コンテンツや認証基盤をクラウドプラットフォームで用意
事業の成果と今後については、総務省の御厩祐司氏(情報流通行政局情報通信利用促進課長)が報告した。
先導的教育システム実証事業は、平成26年度(2014年度)から3年間実施されてきた。事業について御厩氏は、まず、「教育クラウドプラットフォームの標準化・普及」と「ICTドリームスクールイノベーション実証事業」の2つの柱からなることを紹介した。
そのプラットフォームについて御厩氏は、ブラウザーベースで軽快に動くHTML5コンテンツ、それらのコンテンツをシングルサインオンで使える認証基盤、固定系と移動系を問わずつながるアクセスネットワーク、場所やOS・端末を選ばずにシームレスに活用できること――の4つを挙げた。
コンテンツは、14社から7類型・21点のコンテンツが提供された。アクセス件数で、1位は授業支援システムの「schoolTakt(スクールタクト)」、2位がドリル教材の「eライブラリ」、3位がシミュレーション型教材の「ポケタッチ」だったという。
参加は、28年度で、89校の1万934 ID。参加校は、文部科学省と共通の「実証校」(3地域×4校で全12校)と、「検証協力校」68校、「ドリームスクール実践モデル校」9校の3種類がある。検証協力校の中には、クラウドのみを利用するパターンで検証する「フルクラウドモデル校」(8校)と、海外にある日本人学校などの「在外教育施設」(世界16カ国の25校)も含まれる。なお、89校のほかに、プログラミング教育実証校も教育クラウドプラットフォームを利用したので、それを入れると112校の1万3694 IDとなるという。
実施にあたっては総務省だけではなく、民間からも企業・団体が協力した。評価委員会や、有識者5名によるプロジェクトマネジメントオフィスも設けられた。
クラウドのメリット“4S”は教育に有効か?
実証事業の成果について御厩氏は、「クラウドのメリットの実証」と「標準仕様等の策定」の2つに分けて話した。
クラウドのメリットとしては、ポイントを「Secure(安全・安心に使える)」「Seamless(切れ目なく使える)」「Scalable(迅速・柔軟に使える)」「Savable(低コストで使える)」の4点(“4S”)に分けて、それぞれが教育に有効であるかどうかの成果を語った。
Secureとしては、「クラウドは危いのではないか」という疑問に対して、総アクセス数が約36万件あったがセキュリティインシデントは0件だったという数字を挙げて、「学校でサーバーを立てるのに比べてセキュリティを担保できている」と御厩氏は述べた。
Seamlessについては、さらに「場面のシームレス」と「場所のシームレス」に分けて語られた。場面のシームレスとは、一斉授業、個別学習、協働学習など、場面を切り替えながら、コンテンツを円滑に使えること。これについては、プラットフォーム間のシングルサインオンとして、教育クラウドプラットフォームにAzure ADやGoogle アカウントでログインして、それぞれのサービスと教育クラウドプラットフォームのコンテンツを、いずれも円滑に使えることを実証できたという。
一方の場所のシームレスとは、教室や図書室、体育館など学校の中と、端末を持ち帰ったり自宅のPCやタブレットを使っての家庭学習、校外学習など、場所や端末を変えながら学習できること。このいい例としては、イスタンブールの日本人学校の事例が紹介された。安全事情のため休校を余儀なくされることもあり、日本に一時帰るなどで世界中に生徒が散り散りになるという。そこで、教育クラウドプラットフォームを使って世界中からシームレスに学習ができるようにした。その結果、実証事業に参加した学校の中でアクセス数6位という活発な利用がなされた。この事例が世界中の在外教育施設に紹介された結果、28年度には世界16カ国の25校が実証事業に参加したという。
Scalableについては、フルクラウドモデル校の東京都小金井市立前原小学校と、実証校の福島県新地町立新地小学校の事例が紹介された。前原小学校は、前年3月までほとんどICT環境が未整備だったが、教育クラウドプラットフォームを使うことで「ロケットスタートできた」(御厩氏)という。新地小学校は、実証に参加した中で最もアクセスが多かったが、教育クラウドプラットフォームを使うことで、アクセス数の増加に特に対応することなくスムーズに利用できたという。
また、アクセス数の推移のグラフを示し、年間では11月第1週にピークがあり、8月や1月などに底がある様子を紹介。1日の中では、朝にピークがあり、昼休みにアクセスが下がり、夜中はほぼゼロになる様子を紹介した。これについて御厩氏は、「クラウドに学校だけで固めると同じようなところにピークが来て効率がよくない。ほかの業界と環境を組み合わせることでピークを分散して効率的に使えるのでないか」と語った。
Savableについては、平成22~25年度の「フューチャースクール推進事業」とコストや利用を比較。1人あたりコストは6割減り、1人あたり利用回数は3.3倍となったという。また、ヘルプデスクへの照会件数も、月平均で平成26年度の9.5件から28年度の4.7件と半減し、「実証校の数は約2倍になったのに件数は半減して、1校あたりでは4分の1になった。コストだけでなく、使うにつれて手間も楽になっていく」と御厩氏は語った。
実証成果を「教育ICTガイドブック2017」など7つのガイドブックにとりまとめ
標準仕様等の策定としては、実証事業の成果をもとに、「標準技術仕様」「参考調達仕様」「クラウド環境構築ガイドブック」「セキュリティ要件ガイドブック」「コンテンツ作成ガイドブック」「アクセシビリティ・ガイドブック」「教育ICTガイドブック2017」の7件の成果物をとりまとめる。5月末ごろに総務省のサイトで公開する予定だ。
御厩氏の報告ではすべての内容については触れなかったが、「教育ICTガイドブック2017」など一部を紹介した。同ガイドブックでは、実証参加校以外の私立学校でのクラウド事例なども含めた約50件の事例や、手続きの標準的な流れなどを紹介するという。
最後に、今後の展開が語られた。次は、授業・学習系である教育クラウドプラットフォームと、校務系システムとの連携を実証していくという。また、現在の積み残しとして、「よりエビデンスベースな教育を可能にする、高度なデータの活用」を御厩氏は挙げた。
さらに、そうしたデータ活用の前にも、ネットワーク環境の整備の必要を御厩氏は語り、「多くのネットワーク環境は、クラウド時代には不十分。クラウド時代のネットワーク環境のあり方も、しっかり提起していきたい」と締め括った。
フルクラウドならではのマルチOS対応、Windowsタブレットのほか、Chromebookも活用
フォーラムでは、実証事業に参加した学校の担当者による報告もなされた。
実証地域からは、福島県新地町教育委員会、東京都荒川区教育委員会、佐賀県教育庁の3地域が登壇した。
福島県新地町教育委員会の伊藤寛氏(教育総務課指導主事)は、教育クラウドプラットフォームを「シームレスな環境が生み出す新たな学びの実践」として、個々人に最適化された学びや、主体的・協働的な学びの様子を報告した。
東京都荒川区教育委員会の原田正伸氏(指導室指導主事)は、「クラウドを活用した学習履歴等のデータによる児童生徒ひとりひとりの学習カルテ」や、指導案などを収録した教員用ポータルサイト工夫を報告した。
佐賀県教育庁の大家淳子氏(学校教育課教育情報化支援室指導主事)は、佐賀県独自の教育情報システム「SEI-Net」による取り組みを報告した。
フルクラウドモデル校からは、柏市立田中北小学校、小金井市立前原小学校、箕面市立箕面小学校、倉敷市の4つの小中学校(倉敷市立連島北小学校、倉敷市立連島東小学校、倉敷市立多津美中学校、倉敷市立福田中学校)、多久市立中央小中学校が登壇した。
田中北小学校の西川真吾氏(教諭)は、Chromebookにより1人1台、いつでもどこでもインターネットを使えることを実証事業への期待とし、カメラなどChromebookの機能や、Googleの各種サービスなどを活用したことを報告した。
前原小学校の松田孝氏(校長)は、「今はクラウド活用が当たり前」「クラウドならマルチOSが可能」と意欲的な取り組みを語ったほか、苦労したエピソードとして、学校公開のときにWi-Fiアクセスポイントの同時接続数の問題で半分のクラスに分けたり、SIMでモバイル通信を併用したりと「クラウドにつなぐと通信が問題になる」というエピソードも報告した。
箕面小学校の松山尚文氏(校長)は、クラウド利用により学校内の機器構成がシンプルになることや、横展開できることなどを利点として挙げたほか、情報モラルの指導の重要性なども報告した。
倉敷市立連島小学校の守谷和幸氏(情報学習センター主任)は、小規模校でWindowsタブレットを1人1台用意し、校内のWi-Fiと校外のLTE回線でどこからでも教育クラウドプラットフォームにアクセスし、家庭や校外学習などでも活用したことを報告した。
多久市立中央小学校の柴村直美氏(学校教育課指導主事)は、協働学習での利用のほか、特別支援学級の集中できない児童がヘッドセットで自分のペースで学習できた事例も報告された。