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北太平洋の海底ケーブルを守る船「KDDIオーシャンリンク」見学会

 世界中がつながっているインターネット、その通信網をまさに物理的につないでいるのが海底ケーブルだ。日本と米国の間にも多数の海底ケーブルが敷設されているが、一度敷設してしまえば終わりというわけではない。漁船が下ろしたアンカー(錨)や、地震などによって切れてしまうことがあるからだ。

 こうした海底ケーブルを修理するのが、KDDIの100%子会社である国際ケーブル・シップ株式会社(KCS)が保有する船、「KDDIオーシャンリンク」だ。今回、このKDDIオーシャンリンクの見学会が開催されたので、その様子を紹介する。

KDDIオーシャンリンク

365日待機、要請を受けると24時間以内に緊急出動

 現在、KCSでは2隻のケーブル船を保有している。1隻が今回見学した「KDDIオーシャンリンク」、もう1隻が「KDDIパシフィックリンク」だ。KDDIパシフィックリンクは、日本と米国を結ぶ「Unity」や、日本と東南アジアを結ぶ「SJC」など、主に海底ケーブルの敷設を担当している。

 一方、KDDIオーシャンリンクは主にケーブルの修理を担当している。しかも、KDDIグループが保有する海底ケーブルだけでなく、海底ケーブルを保有する企業同士の取り決めにより、北太平洋の西側「Yokohama Zone」と呼ばれるエリア全体で海底ケーブルの修理を担当している。NTTグループや海外の通信事業者などが保有する海底ケーブルであっても、このエリアで障害が発生した際にはKDDIオーシャンリンクが出動するわけだ。

 KDDIオーシャンリンクは、平時は母港である横浜に待機しており、修理要請を受けると24時間以内に緊急出港する。今回説明にあたったKDDI国際ネットワーク部の原田健氏は、「消防署に待機している消防車のような存在」だと表現する。

 一度度出港すると、現地に向かうまでが半日~3日程度、現地での作業に1~2週間、トータルでは3週間程度かかるという。平均的には年に十数回出動するため、作業員は陸よりも海の上にいる時間の方が長いそうだ。

KCSでは「KDDIオーシャンリンク」「KDDIパシフィックリンク」の2隻を保有
北太平洋の西側「Yokohama Zone」全体の保守を担当
日本周辺の海底ケーブル
要請を受けると24時間以内に修理に出動

ケーブルを引き上げ、洋上で光ファイバーをつなぎ直す

 修理作業は、故障した場所でケーブルを引き上げ、その場で光ケーブルをつなぎ直し、ケーブルを再び沈めるという工程になる。

 海底ケーブルには、信号を増幅するための中継器が一定間隔で挟まれているため、故障時にはどこの中継器まで信号が届いているかといった情報や、ケーブルに特定の周波数の信号を流すことなどによって、故障している場所を特定する。

 船からはまず探線機と呼ばれる装置を下ろし、海底に這わせる。探線機はケーブルに引っかかると外れないようになっており、これを船内にあるドラムケーブルエンジンを回して引き上げる。完全に2つに切れている場合などは、最初に引き上げた方にはブイをつけていったん海に戻し、もう片方を同じ要領で引き上げてから、修理作業に入る。

ケーブルを海底から引き上げる探線機
海底の形状や深さに応じて異なる形状の探線機が何種類もある
引き上げたケーブルにつけるブイ
ケーブルを引き上げるドラムケーブルエンジン
ドラムケーブルエンジンの上部から船外へ
船首の滑車を通って海中へ

 海底ケーブルは、中心部に数本~数十本の光ファイバーがあり、その周りをポリエチレンや鉄線などが覆っている。修理では、両側の被覆を取り除いて光ファイバーを取り出し、複数本の組み合わせを間違わないようにそれぞれ接続。これをボックスに収めた後、ポリエチレンなどで再び覆う。光ファイバー自体の融着は機械でできるが、揺れる船内での精密な加工が要求される、集中力と専門知識が必要な作業だ。

 こうして修理されたケーブルは、信号がきちんと通るかといった試験を経て、再び海底へと戻される。

実際に引き上げられたケーブル。岩などに擦れて外側のポリエチレンが削れ、中心部が露出している
両側の被覆を取り除いて光ファイバーを接続する
光ファイバーの融着接合装置
ファイバー中央のコア部分がずれないようにつなぐ
細いファイバーを1本ずつ接続していく
つないだファイバーはケースに収め、さらにポリエチレンで覆う

海底作業ロボット「MARCAS-IV」

 海底ケーブルは、どんなに深い場所でも海の底を這うように敷設されている。さらに水深3000m程度までは、海底面の土を3m程度掘った上でケーブルを敷設し、土を戻して埋めているという。

 海底ケーブルが切れる主な理由の1つは、底引き網などの漁具や、船のアンカーによる損傷だ。KDDIオーシャンリンクの担当範囲では、漁が盛んで水深が浅い東シナ海がこの種のトラブルの多発地帯だ。こうしたトラブルを軽減するために、浅い海ではケーブルを埋めているのだが、それでも切れてしまうことがある。

地震の起きる太平洋、台湾沖とともに、東シナ海がケーブル障害の多発地帯
ケーブルと一緒に回収されたアンカー。KCSの施設内に展示されている

 海底にケーブルを埋設したり、切れたケーブルを探すことが困難な場所などで活躍するのが、専用ロボット「MARCAS-IV」だ。MARCAS-IVと船はアンビリカルケーブル(へその緒)でつながっており、船上のコントロールキャビンにある操縦席で、カメラやセンサーを見ながら操作。ウォータージェットで海底面を掘ってケーブルを埋設する作業や、腕状のマニピュレーターでケーブルをつかむといった作業が、遠隔操作で行える。

 ケーブル船も、洋上の同じ場所に長時間留まっていなければいなければならないため、GPSなどのデータから位置を保つDPS(Dynamic Positioning System)などの特別な装置が搭載されている。このほかにも、海底ケーブルを積むための巨大なタンクや、長距離の敷設の際に用いられるリニアケーブルエンジンなど、ケーブル船ならではの装備が積まれている。

水中作業ロボット「MARCAS-IV」
船とはアンビリカルケーブルでつながっている
MARCAS-IVの正面部
作業用のマニピュレーターやセンサーなどが搭載されている
ウォータージェットで土を掘り、中央の溝に沿ってケーブルを這わせる
側面部。制御機器などは水圧に耐えるため油没ケースに収められている
操縦席。操縦士と副操縦士の2人で操作する
座席からロボット自体を操縦し、マニピュレーターには専用のコントローラーがある
洋上で位置を保つためのDPS
周辺の漁船などを確認するレーダー
ケーブルを積むための巨大タンクを船内に3つ装備
ケーブルの敷設時に使うリニアケーブルエンジン

東日本大震災では二十数カ所が一気に切断

 KDDIオーシャンリンクが、最近最も忙しかったのが2011年だ。東日本大震災により、太平洋の海底ケーブルが一気に切れてしまったからだ。被害は7つのケーブルシステムに及び、二十数カ所で障害が同時に発生。太平洋にある日米間ケーブルのほとんどが、一度に使えなくなってしまったという。

 それでも、2010年に稼働したUnityには損傷がなく、日本海側からロシア経由でヨーロッパ方面に向かう回線などもあるため、深刻な通信障害には至らなかったが、KDDIオーシャンリンクは連日修理作業に追われた。

 地震により、海底に地すべりが発生することなどで、海底ケーブルは引きちぎられるように切れてしまうという。このほかにも、岩などに擦れてケーブルが切れるといった、自然災害による障害は多い。

 東日本大震災では、ケーブルが海底の地すべりによる土砂に埋まり、原発事故による放射能汚染にも注意が必要な海域での作業など、困難な条件下での作業が続いた。障害多発地帯を抱えるKDDIオーシャンリンクにとっても、東日本大震災による障害はこれまでに経験したことのないもので、各国のケーブル修理船も参加して作業にあたったものの、すべてが復旧するまでには半年近くかかったという。

東日本大震災では二十数カ所の障害が同時に発生
ケーブルが深海の地すべりで埋まったり、原発事故による放射能汚染にも注意が必要だった
海底地すべりにより一瞬で破断した深海用ケーブル
台湾沖地震でのケーブル破断例
ケーブルを保管しておくケーブルタンク。1つに約400kmのケーブルが収まる
KDDIオーシャンリンクの母港は横浜。船からはみなとみらいやベイブリッジが見える

(三柳 英樹)