特別企画

著作権「死後70年」「非親告罪化」TPP米国要求に日本はどう対応すべきか

弁護士の福井健策氏と写真家の瀬尾太一氏が対談

 7月9日の日経新聞朝刊で、4月に行われた日米TPP事前協議で日本が米国に歩み寄り、著作権を含む知的財産分野の交渉方針を米国と統合する案を示したという報道(※1)が流れた。報道によれば、以前から噂になっていた米国要求の3点セット「著作権保護期間を70年に延長」「非親告罪化」「法定賠償金制度」を、TPP交渉本格参加前から既に日本政府が飲んでいるという。この報道はその日のうちに、甘利明経済財政・再生相の会見で「誤報だ」と否定された(※2)が、「火のないところに煙は立たない」ということもあり、その後も物議をかもしている。

 今回、このような状況を踏まえた上で、瀬尾太一氏(写真家、日本写真著作権協会常務理事)と、福井健策氏(弁護士、日本大学芸術学部客員教授)の対談が行われた。実はこの2人、2006年に著作権保護期間を70年へ延長すべきかどうかの議論が起きた時には、瀬尾氏が延長賛成派陣営、福井氏が慎重派陣営で、激しく意見をぶつけあった(※3)間柄だ。

福井健策氏(左)と瀬尾太一氏

無根拠ならこんな報道は出ない。カードを見せてババ抜きしているようなもの

 瀬尾氏は、この報道を見た瞬間に「対外交渉のセンスがない」と呆れたという。福井氏は、知財専門弁護士として長年海外と交渉を行なってきた経験を踏まえ、「日本人ほど交渉前からあきらめている民族はいない。交渉前から相手の歓心を買うために『何をあげたら喜ぶか?』を考えているのはおかしい」と憤る。米国はTPP交渉で知財分野に関しては孤立(※4)しており、日本は間違いなくキャスティングボードを握っているのに、交渉参加前からカードを切るとは何事だというのだ。

 2人の共通見解は、全くの無根拠な情報であればこのような報道にはならないから、政府関係者の誰かが観測気球的に情報を漏らしたのではないかというものだ。ただそれは、「相手に自分のカードを見せてババ抜きをしているようなもの」(瀬尾氏)で、阿吽の呼吸が通用する日本国内での交渉ごとならともかく、対外交渉では考えられない愚策だという。

 福井氏は、「日本政府はちょっと知財分野を過小評価し過ぎている」と嘆く。「日本は資源の少ない国。いつまでも、重厚長大な産業やコンクリート型の公共事業で、日本の経済が活性化するなんて考えているとしたら、状況判断をかなり誤っているように思う。貿易立国という観点からすると、コンテンツの創作と流通をいかにして活性化するかを今後は重視すべき」と主張する。

死後70年、非親告罪化、法定賠償金制度の3点セットによる影響

瀬尾太一氏

 瀬尾氏は「著作権保護期間を死後70年に延長」、被害者の告訴なく著作権侵害を起訴・処罰できるようにする「非親告罪化」、実損害の証明がなくても裁判所がペナルティ的な要素を含んだ賠償金額を設定できる「法定賠償金制度」という米国要求の3点セットについて、「きわめて米国的で垂直統合型の問題解決方法だから、今の日本にそのまま入ってきたらグレーゾーンを活かして発達してきた日本文化が打撃を受けるのは間違いない」という見解だ。

 特に「非親告罪化」は、著作物のコントロールを著作者個人ではできなくなり、権利の集中化と日本的なグレーゾーンの消滅へと進むので、日本の創作文化の苗床が失われてしまうと危惧を抱く。また、「法定賠償金制度」が懲罰的なものになった場合、日本の民法全体に関わってくる問題になるとも言う。つまり、これをきっかけにして芋づる式に、日本が米国的な契約社会・訴訟社会に変わっていってしまう可能性があるというのだ。

 ただ、同時に「聖域」として扱われている農業や自動車などの「売った・買った」という経済価値が分かりやすい分野に比べると、知財分野は交渉材料として切りやすいカードになってしまっているという。この3点セットが日本へ導入されることには反対だが、全体の中でのバランスで考えると知財分野を「絶対死守すべし」とは言いづらいし、最終的には交渉を担当する政治家の判断で決まることだという。また、3点セットの中でも軽重があり、保護期間に関しては「死後30年だろうと50年だろうと70年だろうと、今のシステムのままでは根本的に権利処理が難しいのには変わりがない」という。

反対意見を言うことで交渉カードの重みを増すことができる

 福井氏は、「最終的には全体のバランスで判断されることではあっても、そこでの重み付けは個々の意見の積み重ねだ。結論ありきで、受け入れざるを得ないということを前提にしてはダメだ」と語る。内閣官房TPP政府対策本部への意見提出は17日が締め切りだったが、福井氏らの呼びかけもあって予想以上に世間の関心が広がり、日本劇作家協会などの団体や個人の立場からも反対を含む慎重意見(※5)がいくつも表明されている。

 瀬尾氏は、福井氏のように意見を言うことは「交渉カードの重みを増すことができる」から重要だと語る。対談中に福井氏から「ぜひ権利者団体からも異論を発信して欲しい」という要望を受け、瀬尾氏も快諾している。「死後70年」というのは権利者団体が従来希望してきたことだが、それに釣られて3点セットで受け入れてしまうのはまずいという判断だ。

 福井氏が「死後70年」を止めることにこだわっているのは、これほど合理性が感じられず誰の得にもならないものが、ちゃんと議論や交渉を行った上で止められないような国民であれば、「他もすべて望みなし」だと思ったからだという。実際に、前回の保護期間延長問題では、賛成派も慎重派もフェアな議論を行った上で「阻止」という結果に至ったと述懐する。

米国著作権局長が保護期間の「短縮」提言をした理由

 福井氏は、TPP交渉で米国が言ってきていることは、産業界の要望がそのまま取りまとめられて出てきているだけだという。例えば「くまのプーさん」のように、ごく一部の古いけれども売れる作品の版権を持っている企業(著者やその遺族ではない)が儲け続けるために、全ての著作物を一律で保護期間延長するというのはまったく合理的ではないと語る。

 米国で著作権局長のマリア・パランテが保護期間の「短縮」を提言(※6)しているのは、保護期間を延長したら孤児著作物(オーファン・ワークス)が激増してしまい、過去著作物のデジタル公開がうまく進まなくなってしまったからだそうだ。その提言も反発が少ないように、登録作品は死後70年のままで、未登録作品だけ50年へ短縮というものだそうだ。

交渉がうまくいかなくても耐えられるシステムを準備すべき

福井健策氏

 瀬尾氏は、福井氏の言うように交渉で自分の陣地をいかに残すかも重要だが、「自分の城が穴だらけ」だから、その穴をいかに塞ぐかも重要だと考え動いているという。つまり、日本的なグレーゾーンをグレーなまま認める解決システムを先に作り上げてしまい、3点セットを無効化してしまえばいいというのだ。例えば、赤松健氏が提唱し実現へ向けて動き始めている「同人マーク(※7)」もその一つだ。

 福井氏は、これまで多くの素晴らしいシステムや構想が提唱されてきたが、実施されるものがあまりに少ないことを嘆く。瀬尾氏も、多くの提言がシステムをどう維持していくかを考慮していなかったり、ロジックは美しいのに実務が伴っていない場合が多いことを指摘する。とにかく「それぞれがいまできること」を早急に実行に移すことが大切で、問題があればブラッシュアップしていけばいいという。

 瀬尾氏は、自身が関わって今まさに話し合いが行われているMyブック変換協議会と日本蔵書電子化事業者協会(※8)を例に挙げる。自炊代行を単純に排除するのではなく、ニーズがあるなら許諾するホワイトリストを作ってしまえばいいという考え方だ。

 保護期間延長問題でいえば、権利がどこかの大手資本へ譲渡されてしまうなら延長されようが短縮されようが同じだし、権利処理して「使える」状態にならないのが問題なのであって、パブリックドメイン化していない作品でも権利処理さえできれば「青空文庫」のような利活用も可能だという。

 そのためにはまず、誰が権利を持っているのかという権利情報データベースの構築と、裁判外紛争解決手続(ADR)の活用が必要だという。例えば瀬尾氏が常務理事を務める日本写真著作権協会でも、まだまだ組織率は低いそうだ。各権利者団体が、その組織率をなるべく高める努力をすること。そして次に、探しても権利者が見つからない場合は、第3者機関が許諾を与える仕組みを用意すればいいというのだ。ちなみに英国では、非営利のアーカイブだけではなく、商用目的での利用にも道を開く「ECL」という仕組みの運用が始まっているという。

日本文化の良いところを後世へ残したい

 最後に福井氏は、「数十年経った時に、後世の人たちに恥じないような議論をしておきたい」と結んだ。瀬尾氏は、「日本文化の特殊性や良さを、日本人自身が分かっていない。でも、その良さを残さなければ、後世に日本文化を伝えられない」という。

 欧米的な1か0かという考え方から、アジア的な解決方法や文化や歴史に裏打ちされたロジックが今後の世界では必要になってくるというのが瀬尾氏の持論だ。TPPの知財分野というのは、単純に財を成すためのものではなく、そのアジア的なロジックや日本文化などの根底を成している部分に関わる話なのだ。

(鷹野 凌)