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著作権保護期間延長への反対意見が多く挙がる、文化審議会小委


 文化庁の文化審議会著作権分科会は16日、「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の第3回会合を開催した。今回の会合では、前回に引き続いて意見のヒアリングが行なわれ、17人が意見を表明。著作権保護期間の延長に反対する意見が多く挙がる一方、創作者団体からは保護期間の延長を求める意見が出された。


教育関係者からは学校での円滑な利用を求める意見

文化審議会著作権分科会の「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」第3回会合
 教育関係の出席者からは、著作物の円滑な利用を促進するための仕組みの整備を求める意見や、保護期間の延長についての反対意見が挙がった。

 著作権利用等に係る教育NPOの酒井理事長は、学校などの教育機関においては公共性の観点から一定の範囲で著作物を自由に利用することが認められてきたが、例えば過去の入試問題をWebページで公表する場合などは範囲を超えるために許諾が必要となると説明。2004年には日本文藝家協会との間で包括的な補償金制度の協定を結んでいるが、協会に権利処理を委託していない著作権者も多く、こうした事務処理が大きな負担になっているとした。こうした状況から、著作権政策に対してはデータベースの整備と簡便な裁定制度の導入を要望。また、保護期間の延長については必ずしも反対ではないが、同時に学校教育が著作物を積極的に利用できる施策を講じてほしいと訴えた。

 全国高等学校校長協会の佐藤公作氏も同様に、教員や生徒が著作物を積極的に利用できるよう、権利処理や交渉窓口の一元化などの環境整備、アーカイブ化の促進、学校教育活動への配慮を求め、保護期間の延長には反対であるとした。

 慶應義塾大学の金正勲准教授は、著作権の保護期間については「延長により創作が誘引・促進される効果」と「延長により利用・創作が制限される効果」の両方を十分に考慮する必要があると説明。過去の著作物については、保護期間の延長が創作を促進するとは考えられず、期間延長には反対。今後創作される「未来の著作物」については、創作誘引の効果はあるだろうがそれがどの程度であるかが問題で、期間延長には実証的分析を踏まえた上での議論を通じて結論を出すべきだとした。


障害者団体などからも保護期間延長には慎重な意見

 障害者放送協議会著作権委員会の井上芳郎氏は、現行の著作権法で想定されているのは視覚障害と聴覚障害のみであり、学習障害(LD)に含まれる難読症や上肢障害による読書困難などは配慮されていないとした。また、例えば視覚障害者が所有する著作物を、第三者に依頼して録音等の形式に変換する場合も、現行の著作権法では私的複製の範囲とは認められていないなど、具体的な課題も多いと説明。こうした状況から、著作権者の権利は最大限尊重されるべきだが、障害者への不十分な環境が放置されたまま保護期間が延長されることになると、さらに状況を悪化させるのではないかという危惧を表明した。

 慶應義塾大学の糸賀雅児教授は、図書館情報学の立場からの意見を表明。図書館はあらゆる情報資源へのアクセスを市民に対して保障することを任務とする公共性の高い機関であり、市民への情報アクセスが不当に制限される方向での制度設計がなされることには、反対せざるを得ないと説明。過去の著作物の利用を円滑化する方策として、著作者・著作権者情報の網羅的提供、著作権の集中的利用許諾体制の構築、著作権の利用拒絶事由の制限などを求めた。また、保護期間については、著作権制度が著作物の創作を保護する制度であれば、保護の恩恵を受ける範囲は著作者本人、配偶者および創作に関わる意識が共有できる範囲の直系親族までに限定されるべきで、そうなれば現在の保護期間である死後50年程度が限度ではないかと思われると述べた。

 国立科学博物館の井上透氏は、博物館でも資料のデジタルアーカイブ化を行なっているが、その際の権利処理には多大な努力が求められると同時に、裁定制度の認知度も低くその進展が阻害されていると説明。簡易な権利処理のための新制度の検討を求めるとともに、保護期間の延長にはデジタルアーカイブ化などの事業に与える影響を考慮すべきだとした。


創作者側からの保護期間の延長への反対意見も

 今回のヒアリングでは、保護期間の延長に疑問を持つ創作者も4人出席し、それぞれ意見を述べた。

 劇作家の平田オリザ氏は、日本劇作家協会の理事会では出席した12人の理事が保護期間の延長に反対しており、多くの劇作家が保護期間の延長に反対するのは、戯曲が「上演」という二次利用を前提にして作られる特殊な文芸作品であることに由来すると説明した。保護期間が延長された場合には、権利者が拡散して作品の上演が許可されないケースが増えることが予想されるとして、保護期間延長には反対を表明した。また、インターネットの急速な発展などにより著作権の取り扱いが今後大きく変わっていくことが予想される中、現時点での延長は拙速ではないかとして、延長問題については「50年間の凍結」を提案。現時点では凍結するが、50年後に多くの国民の理解を得られた場合には、保護期間を70年に延長するといった方策が良いのではないかとした。

 同じく劇作家の別役実氏も、保護期間の延長に対しては疑問を表明した。絵画教育における「写生教育」と「模写教育」を例に挙げ、オリジナリティを尊重する写生教育がこれまでは主流だったが、前代の技法を学ぶ模写教育も見直され始めていると説明。創作活動においても、オリジナリティのみを過度に尊重し、それを保護しようとする傾向は時代の中に孤立しかねないと主張した。こうしたことから、著作物の権利が個人に帰属する期間はなるべく短いことが望ましく、「著作物は公共のものである」という考え方が、個人の権利を損なわないという条件のもとではあるが、もっと浸透してしかるべきだとした。

 コンテンポラリーアーティストで京都造形芸術大学教授の椿昇氏は、サンプリングやパロディー的アート作品といった、現行の著作権制度下では侵害行為とみなされる表現が多方面で台頭しており、過剰な著作権保護は一部の人間にのみ利益をもたらし、圧倒的多数の市民を抑圧する元凶ではないかという疑念を持つ若い表現者が多いと説明。保護期間を欧米の基準に揃えて50年から70年にしようという考えには賛同できず、日本が文化的に世界に貢献を果たすためにも、適正な保護期間を再設計することを望むとした。

 作家の寮美千子氏は、作品が時を超えて読み告がれることが創作者としての最大の願いであり、保護期間の延長は作品が利用される機会が減ることになるものだとして、現在の保護期間である死後50年はむしろ短縮されるべきで、死後25年で十分であると主張。利用円滑化のためのデータベース整備は必要としても、延長の議論はこうしたデータベースを実現してからにすべきであると訴えた。


創作者団体は一貫して期間延長を求める

 一方、創作者団体の出席者からは、保護期間の死後70年への延長を求める意見が挙がった。

 日本写真著作権協会の松本徳彦氏は、写真という著作物は旧著作権法では保護期間は公表後10年とされており、その後法改正を経て1996年にようやく死後50年という他の著作物と同様の扱いになったという経緯を説明。過去に写真の保護期間が短かったのは、写真は創造性が低いとみなされていたことや、早い時期にパブリックドメインにすることが望まれていたこと、写真は署名されることが少なく権利者がわかりにくい状況にあったことなどが原因ではないかとして、こうした問題は現在の問題とも共通する部分が多く含まれているとした。その上で、保護期間のあり方については、著作物分野ごとの著作権法上の差異を可能な限り最小にし、国際的な著作権の扱いを平準化することが望まれ、日本においては早急に保護期間を死後70年とすることが急務であると主張した。

 日本美術家連盟の福王寺一彦氏は、デジタルネットワーク化の時代にあって、著作権はもはや一国で守ることは不可能であり、国際的な協調の枠組みの中で保護する必要があると主張。ムンクやクレーといった作家は、欧米ではまだ保護の対象となっていながら、日本では保護期間が消滅しているといった問題が発生しているとして、欧米並みの死後70年に延長することを求めた。

 日本レコード協会の生野秀年氏は、楽曲の著作権保護期間は著作者の死後50年となっているのに対し、レコードの著作権保護期間は発行後50年となっており、レコードの保護期間の延長が必要だと考えると主張。世界では21カ国が50年を超える保護期間を採用しており、日本もレコード売上第2位の国として、第1位の米国(発行後95年)や映画著作物の保護期間(公表後70年)などを参考にしながら、レコードの保護期間に関する国際的潮流を主導すべき立場にあるとした。

 質疑応答では、「創作者にも様々な意見はあるが、創作者団体など17団体が保護期間の延長を要望していることは前提としていただきたい。50年がベストであるという積極的な理由があればいいが、70年では損をするので現状のままでいいといった意見は、要望に対して検討されているとは考えられない」「それは論理が逆転している。検討されているのは50年を70年に延長してほしいという話で、なぜ70年がいいのかという根拠を提示する義務は延長を求める側にある」といった意見が委員の間で交わされたが、今回の会合はヒアリングが中心で時間も限られているため、本格的な論議は次回以降の会合に持ち越された。


ACCSは延長問題については保留

 コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)の久保田裕氏は、ACCSの会員に対して実施したアンケートの結果を公表。保護期間の延長については、4分の3にあたる回答が法人としての態度を保留しているため、保護期間を70年に延長することについては判断を保留すると説明した。保留意見の多くは、コンピュータソフトウェアが現行のまま50年、70年と使用されることが想定できないといったものや、ゲームソフトのメーカーなどは権利者であると同時に音楽など他の著作物の利用者であることを理由として挙げているという。

 日本オーケストラ連盟の岡山尚幹氏は、オーケストラにとっては保護期間の延長問題よりも、著作権使用料の額が切実な問題になっていると説明。オーケストラの運営者はJASRACの定めた著作権使用料を規定通りに支払っているが、使用料は2012年までに段階的に値上げされることが決まっており、これが運営に大きな影響を及ぼすことを恐れていると主張した。


実務面・経済的な側面からは延長の効果は疑問と主張

 弁護士の福井健策氏は、著作権の保護期間はこれまで延長を繰り返されてきたが、保護期間はいったん延長されると短縮は極めて難しく、延長されればその影響は永続的に及ぶと説明。延長の問題を解消できるほどの網羅的なデータベースの整備は困難であり、「権利者不明の場合」などに限られている裁定制度がすべての利用者に簡易に使えるものになるとは考えにくく、そもそも延長が必要なのかという議論が先決だとした。また、創作者の正当な利益は守られるべきであり、そのために議論すべき改善点はまだまだ多いが、必要性も合理性もない期間延長を無理に通せば、権利者や著作権制度が社会の信頼を失うことになると危惧を表明した。

 慶應義塾大学の田中辰雄准教授は、経済学の側面から保護期間延長による経済効果を説明。保護期間の延長による収入増は全収入の1~2%程度にしかならず、これが創作者に対する刺激になるかは疑問だとした。一方、著作物がパブリックドメイン化されることの効果については、青空文庫の上位1,000作品の閲覧数が年間450万人に上っていることや、著作権の保護期間が切れた映画の「格安DVD」は年間で推計180万本の売上になっているとして、パブリックドメイン化の利益は確かに存在していると説明。こうしたことから保護期間の延長には反対だが、仮に延長する場合には死後50年以降は非営利の利用は自由・無償とし、営利でも利用できるが収入の数%を著作権者に還元するといったアイディアが考えられるとした。

 小委員会では、次回は6月13日に第4回会合を開催。ヒアリングで出された検討課題の整理と、今後の審議の進め方についてを議論する予定としている。


関連情報

URL
  過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第3回)の開催について
  http://www.bunka.go.jp/oshirase_kaigi/2007/chosaku_kako_070501.html

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( 三柳英樹 )
2007/05/17 11:35

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