清水理史の「イニシャルB」

自社でVNEを持つ数少ないISP「ASAHIネット」の戦略、筆者も確認した高い通信品質の理由を聞く

老舗中堅ISPのエンジニアが語る“緻密な予測と制御技術”

今回インタビューに対応していただいた株式会社朝日ネットのネットワーク技術スタッフ。左から、執行役員 ネットワーク基盤部担当 柏聡史氏、サービス基盤部 担当部長 関本義久氏、ネットワーク基盤部 渡邊裕貴氏

 「10Gbps回線なのに遅い……」。世間でちらほらと聞こえてくるこうした声を少しでも減らすために、ISP各社はそれぞれの考え方や方針で努力を重ねている。こうしたISPの舞台裏に迫ろうというのが今回の企画だ。

 まずは、以前に筆者宅の10Gbps導入体験レポートでも紹介した「ASAHIネット」(株式会社朝日ネット)に話を聞いた。「10Gbpsなのに遅い」はなぜ起こるのか? なぜ自営の設備での制御にこだわるのか? 2024年ゴールデンウイークに発生した想定外のトラフィック増をどう乗り切ったのか? われわれが毎日何気なく使っている回線の裏舞台に迫る。

二極化するISP

 10Gbps回線を、どのような基準で選んでいるか?

 おそらくほとんどのユーザーは、以前の契約の延長、スマホの契約に合わせる、料金的なメリット、SNSの評判、導入体験者のレポートなどで選んでいることだろう。

 筆者も、これまで確固たる根拠なく選んできたが、それも仕方がない。ユーザーにとって、回線やISPを選ぶ明確な基準が、すっかり見えなくなってしまったからだ。

 かつては「INTERNET Magazine」に掲載されていたプロバイダー相互接続マップなどで、バックボーンの接続や太さなどを判断していた時代もあったが、現代は、より複雑な構成になっているうえ、こうした接続情報そのものが企業の機密情報として扱われるようになったことで、ユーザーからすっかり見えなくなってしまった。

INTERNET Magazine 2001年10月号掲載のインターネットサービスプロバイダー相互接続マップ(インターネットサービスプロバイダー相互接続マップ:INTERNET白書ARCHIVESより)

 現代のインターネット接続回線は、そもそも回線事業者とISPの境目を意識する機会も減ってきたうえ、そこにVNEという存在まで入ってきて、「もう、わからないことだらけ」と感じている人も少なくないことだろう。

 ひとつ言えるのは、現代のISPは、明らかに二極化しているということだ。特にIPv6 IPoEサービスに関しては、自営の設備は持たず契約や付随サービスの提供、手厚いサポートなどに注力するISPと、自営の設備で接続サービスを含めたすべてのサービスを提供するISPに分かれつつある。

 今回、話を伺ったASAHIネットは、後者であることを選択したISPだ。パソコン通信の時代から続く老舗のISPで、規模としては中堅ながら、自らがVNEとなることを選択し(現状VNEは9社のみ)、自社ネットワークとフレッツ網(NGN)との接続、データセンターの維持など、自営のネットワーク設備を持つISPとして運営している。

 ISPの姿が見えなくなりつつある今だからこそ、同社の本質に迫ってみたいと思う。

「10Gbpsなのに遅い」の原因はどこにあるのか?

 まずは、筆者ももっとも気になっている「10Gbpsなのに遅い」がなぜ発生するのかを聞いてみた。

 前提として、以下の図を見てほしい。同社から説明のためにいただいた資料をアレンジした図版となる。今回、ASAHIネットはピンクのVNEの部分だと思ってもらえばいい。

家庭-NTT東西のフレッツ網(NGN)-VNE(ISP)-インターネットとつながるインターネット接続回線のイメージ

 IPv6 IPoEに関して言えば、「遅くなる」ポイントは3つ考えられる。ポイント①となるのは、ユーザーの宅内環境だ。10Gbpsに対応していない機器が使われていたり、接続台数が多いことで処理能力が低下したりするケースとなる。

 ポイント②は、フレッツ網とVNEの接続部分だ。IPv6 IPoEサービスの場合、フレッツ網(NGN網)の接続ポイントにゲートウェイルーター(VNE各社が共通で利用)が設置されており、そのゲートウェイルーターのポート(1ポートあたり100Gbps)に各VNE事業者が接続する形となる。

 ポイント③は、混雑時に帯域を制限する公平性制御の部分だが、これについては後で触れることにする。

 このうち、主にポイント②について、関本義久氏(サービス基盤部 担当部長)が丁寧に説明してくれた。

 「どの接続ポイントのゲートウェイルーターで、どれくらいポート数を利用するかは、VNE事業者の判断で決まります。VNE事業者は、全体の通信状況、つまり、どれくらいのユーザーが接続して、どれくらいの帯域を使っているか、という状況を把握できますので、その状況に応じて、設備を増強するかどうかという判断ができます」

株式会社朝日ネット サービス基盤部 担当部長 関本義久氏

 素人目線では、より多くの接続ポイントで、より多くのポート数を持つVNE事業者を選んだ方が、いわゆる回線品質が向上するのではないか? と思ってしまう。例えば、愛知に接続ポイントを増やせば、愛知のユーザーの品質が高くなりそうに思えるが、必ずしもそうではないという。

 柏聡史氏(執行役員 ネットワーク基盤部担当)は、次のように説明してくれた。「接続ポイントに関しては品質というよりは、コストコントロールのメリットが大きいと言えます。例えば、愛知の例であれば、愛知から大阪などのインターネットの出口まで、誰がデータを運ぶのか? というのが違いになります。接続ポイントがない場合はNTTのネットワークで愛知から大阪までデータを運ぶことになりますが、接続ポイントがあれば自営の設備でデータを運べます。このとき、どの回線を選び、どれくらいの帯域を確保するか、どれくらいのコストをかけるかを自ら決められるメリットがあります」。

株式会社朝日ネット 執行役員 ネットワーク基盤部担当 柏聡史氏

 自らがVNEであるASAHIネットは、こうしたネットワークの設計やコスト計算を自らの手で細かくコントロールすることで、全体の需要とネットワークの構成を最適化している。コストメリットの恩恵で、結果的にほかの部分の設備に費用をかけることができ、最終的な品質が向上するということも考えられるだろう。

 このほか、インターネットとの接続ポイントもコストに影響する。「集約拠点」と呼ばれる設備は、DNSキャッシュサーバーなどが設置されたり、IXと接続されたりするポイントでもあり、いわゆるインターネットへの出口になる。ほとんどのVNE事業者は、東京と大阪に拠点を設けている。

 例えば、東京にしか拠点がないと、九州のユーザーのデータも、東京にあるインターネットの出口までデータを運ばなければならず、そのための回線コストが負担となる。しかし、大阪に拠点があれば、大阪ー東京間の回線コストの負担を節約できる。関本氏によると、「拠点を設けるかどうかは、その地域にどれくらいの需要があるかが重要」ということなので、中堅ISPとなる同社の拠点は多くはないが、それでも複数の拠点(インターネットへの出口)を設けている。

ゴールデンウイークに想定外のトラフィック、帯域制限をどうしているのか?

 前述したように、10Gbpsサービスでは、ゲートウェイルーターとの接続部分が品質に影響する場合があるが、この部分はいわゆる公平性制御の対象にもなっている。つまり、トラフィックが増えたときに、通信を公平に割りてることで、全体のトラフィックが上限を超えないように制御されているケースがある(ISPによっては混雑時以外も制限していると推測されるケースも見られる)。

 関本氏によると、「近年、もっとも驚いたのは、2024年のゴールデンウイークに開催された井上尚弥選手のボクシングのタイトルマッチの配信です」という。「あの配信のトラフィック増は、なかなか予想できなかった事業者が多かったのではないかと思いますが、気づいたときには、通常のピークを大きく超えるトラフィックが発生して、驚きました」とのことだ。

 同社でも、このトラフィック増はまったく予想できておらず、事前の対策はできなかったそうだ。ただし、設備に余裕があったため大きな問題につながることはなかったと、関本氏は振り返った。

 この事件をきっかけとして、同社は、どれくらいの上限で設備を運用すべきかという基準を見直すことにしたという。関本氏によると「より余裕をもたせた設備設計を心がけ、なるべく早く設備を増強するようになりました。特に、その後からは、井上尚弥さんの試合の前までに増設を終わらせようと心がけるようになりました(笑)」とのことだ。

 また、直近では、既存のNintendo Switch向けソフトに配信されたNintendo Switch 2 向けの更新データによるトラフィック増についての苦労話を複数のISPから聞いたが、ASAHIネットでは、この対応でもトラブルはなかったという。

 関本氏によると、「Nintendo Switch 2向けの更新は、事前にある程度の予想はしていたのですが、果たして、アップデートのトラフィックがIPv6になるのか、それともIPv4になるのかがわからない状況でした」ということだ。

 同社では、スポーツやゲーム関連のイベントをチェックして、トラフィックを予想する職人めいた担当者がいるそうで、ネット上の情報などを駆使しながら、設備の増強計画に役立てているという。

 渡邊裕貴氏は、現場で同社のインフラを支える若手エンジニアの1人だ。24時間365日安定した提供が必要なサービスであるため「休日や早朝などでも、呼び出されることがあるので、なかなか大変な作業です」と苦労を語ったが、こうした状況に面白さややりがいを見出しているようにも感じられた。

株式会社朝日ネット ネットワーク基盤部 渡邊裕貴氏

 なお、老舗だけあって、同社は混雑時の公平性制御の方法にも独自のノウハウを持っている。特にPPPoEの時代に培った方法をIPoEにも活用し、設備上限になってしまったとしても、特定の人に帯域が偏らないように公平に制御できるという。この部分が、前掲の図版のポイント3に相当する。

 ここがとても重要なのだが、「公平性制御のような方法は、あくまでも最後の砦というか、特殊な状況で設備の上限に達した場合の対策であって、毎晩、混雑時に実施しているような対策ではありません。基本は、帯域を予測し、その前に設備を増強するという方針で対応しています(関本氏)」という。

 筆者の以前のレポート記事で、比較的混雑している時間帯でも4Gbpsほどの速度を確認できることを報告したが、こうした速度も、設備の余裕によって実現されていると言えるだろう。

DS-Liteの制限を回避できるIPIP接続も予定

 IPoE IPv6ネットワーク上で利用するIPv4ネットワークについても、同社は工夫している。

 現状、同社が採用している方式はDS-Liteと呼ばれる方式で、ISP側でNATをかけるCGNAT(キャリアグレードNAT)となる。現状のサービスでは、1ユーザーあたりに割り当てられるポート数が一定数に制限されているが、この制限をなくすIPIPサービスの開始も予定している。

 関本氏によると、「現状のポート数でも、一般家庭で複数台のPCが同時にIPv4サービスを使っても足りなくなることはないと想定しています。ただし、人数の多いオフィスや学校などの環境では、ポート数が足りなくなる場合があります。その対策として、IPIPサービスの提供を予定しています。IPIPサービスは、すべてのポートが使えるフルポートのサービスになるので、IPv4サービスの利用が増えてもポートが足りなくなることはないでしょう」という。

 IPIPサービスは、フルポートだけでなく、固定IPアドレスの割り当ても可能となっている。このため、監視カメラにアクセスできるアドレスを特定のIPアドレスに固定したいといったようなニーズにも対応できるという。柏氏は、次のように語る。

 「世の中がIPv6のサービスに移り変わっていけば、DS-Liteのポート数の制限もなくなってきます。私たちは、そうした世の中になる手助けをする活動を心がけていますが、その一方で、IPv4やPPPoEサービスを必要とされている環境も、世の中にはまだ多くあります。このため、VNEとしても、ISPとしても事業を展開し、IPv6もIPv4も、IPoEもPPPoEも、すべての環境でユーザーを手助けできることが、私たちの役割だと思っています」

自営にこだわる理由がわかった

 このほか、セキュリティ対策などについての話も伺ったうえ、取材前に書面にてISPとしての方針なども伺っており、話題はたくさんあるのだが、今回はここまでとしておく。

 特に印象的だったのは、年々右肩上がりであるトラフィックの伸びに対して、コストが上がらないようにするために、同社がさまざまな工夫をしていることだ。むしろ、さまざまな工夫を可能にするために、自らVNEとなり、各地域に拠点を設け、設備を自営で持つという経営方針を選んでいると言ってもいい。

 そして、この方針に対して、現状は惜しみなくコストと労力をかけていることがわかった。「公平性制御は最後の砦で基本は設備増強」というのが、まさに同社の信念を表していると言えるし、若手のネットワークエンジニアもそこに意義を感じているのだろう。ときとして、「泥臭く」も感じるようなISPだが、そこにこそASAHIネットらしさというか、他のISPとの違いが見えてくると言えそうだ。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。「できるWindows 11」ほか多数の著書がある。YouTube「清水理史の『イニシャルB』チャンネル」で動画も配信中