イベントレポート

新経済サミット2013

LINE、グリー、GMOのトップが激論――日本でイノベーションを起こすには?

 楽天、グリー、サイバーエージェントなどが加盟する経済団体「新経済連盟」が主催した、「新経済サミット2013」が16日に開催された。

 「日本から破壊的なイノベーションを起こすには?」と題したセッションには、MIT Media Labの伊藤穰一氏、LINEの代表取締役社長 森川亮氏、グリーの代表取締役社長 田中良和氏、Rubyアソシエーションの理事長 まつもとゆきひろ氏、GMOインターネットの代表取締役会長兼社長 熊谷正寿氏が登壇。日本で破壊的なイノベーションを起こしていくには、どのような環境が必要で、政府に何を望むのかといったことが議題に上がった。

「日本から破壊的なイノベーションを起こすには?」のパネリストたち。左から、熊谷氏、まつもと氏、田中氏、森川氏、伊藤氏

インターネット以前と以後で変化するもの作り

 セッションの冒頭、伊藤氏はインターネット登場以前と以後におけるイノベーションを分析。日本は電車や携帯電話網などのインフラに強い半面、「インターネットの時代は分散型。このイノベーションには比較的弱い」とした。

インターネット以前と以後の違いを語る伊藤氏

 分散型のイノベーションが進むと、プロダクトの作り方にも変化が生じるという。伊藤氏は「コラボレーションコスト、コミュニケーションコスト、イノベーションコストが下がる。企画書を書いてお金とエンジニアを集めて作るというのが昔のパターン。一方で、技術者がいて、とりあえず作ってビジネスモデルを考えるか、考えないか。FacebookもYahoo!もGoogleも、お金がないところでプロダクトができている」と述べ、ベンチャー企業に必要なのは、機敏性やセレンディピティ(何かを探しているとき、偶発的に別のものを発見する力)だと説く。

伊藤氏は「ベンチャーは資金が限られるためボトムが決まっていて失うものがない。だから、どうやって当てるかを考える」と大企業との考え方の違いを説明
3Dプリンターの登場で、最近ではハードウェアでもチャレンジが容易になったという。こうした動きは、バイオの分野でも進んでいるそうだ

 こうした伊藤氏の話を受け、森川氏はLINEの事業方針を次のように語った。

LINEの森川氏は、自社の歩みと事業についての方針を解説

「アジリティの話があったが、僕らは事業計画を作らずやっている。一度計画を作ると壊すことがなかなかできない。戦略を変更するために、なぜ変更するのかを、時間をかけて説明しなければならなかった。これはばかばかしい。(事業計画がなければ)瞬間、瞬間でスムーズに動ける」

 結果、LINEはまず日本で急成長を遂げた。それと並行する形で、「中東で伸び、シルクロードをさかのぼるようにアジアで伸びた」(同上)といい、最近では欧州のスペインや南米のメキシコなどにも広がりを見せている。現在のユーザー数は1億4000万。タイ、台湾、スペインでは、すでに1000万ユーザーを超えている。

LINEのユーザー数は1億4000万を突破した
海外でも、すでに230カ国以上で受け入れられている

 続けてプレゼンテーションを行った田中氏は、自身が学生のころ、楽天の三木谷氏に会った際のエピソードを披露。「興銀を辞め、ハーバードまで行った人が、正直こんなよく分からないベンチャーを始めていることに衝撃を受けた」田中氏は、三木谷氏にぶしつけな質問をぶつけたところ、次のような答えが返ってきたという。

三木谷氏とのやり取りが原点にあると語る田中氏

 「三木谷さんは、『これから日本は変わっていく必要がある。変わるためには新産業が必要。新産業は、誰かが“たられば”で教えてくれるわけではない。実例を示すために会社を始めている』と言っていた。当時は、言っていることが分からなかったが、その後、自分が楽天に行き、会社を始める中で、この言葉の意義を感じている。」

 三木谷氏の考えに共感した田中氏は、グリーでも、社会に対して実例を示すことをテーマに据えているという。その1つが、海外展開。グリーは現在、海外に拠点を多数設立しており、サンフランシスコには400名近いスタッフがいる。そのうちのほとんどは、現地で採用した外国人だ。こうした事例を挙げながら、田中氏は「グローバルビジネスをしなければいけないと一般論的に言われているが、10年かけたらグローバルなことができる。その実例を示せたら」と語った。

 まつもと氏も、伊藤氏、森川氏、田中氏らの考えに共感を示しつつ、「Rubyを作るのに事業計画を作り、ビジネスモデルはこうしようと思ったことはなく、20年前、1人のエンジニアが窓際だったので会社の仕事の合間に趣味で開発した。それをインターネットで公開したら、当たってしまった」とRubyを開発した経緯を語り、会場の笑いを誘った。このRubyの例を引き合いに出しつつ、「組織が開発したわけではなく、ビジネスモデルがあったわけでもない。インターネット時代は予測が不可能。やってる本人も分からない。そういうときに、1人のエンジニアが世界を変える可能性がある」(まつもと氏)とした。

エンジニアの視点から、積極的な発言を行ったまつもと氏

 LINEと同様、事業計画を持たずに会社を運営しているというのが、熊谷氏の率いるGMOインターネットだ。熊谷氏は同社のビジネスを紹介しながら、「18年間走ってきて、55年計画という超長期計画は持っているし、投資家にご報告する売上や利益の目標は持っているが、個々のサービスについては計画を持っていない。まずやって、走りながら考える」と語った。その上で、セッションのテーマである「破壊的なイノベーション」を挙げ、「日本はすごくいい国で、中途半端に経済規模があるのでここで満足してしまうことがある。自らが猛省すべきポイント。これからはどんどんグローバルを見て、高い成長を続けていきたい」と宣言した。

熊谷氏は「インターネットで成功を収めるにはスピードが重要」と語る


日本の競争力と行政の対応について

 同セッションは、モデレーターを日本経済新聞の論説委員 関口和一氏が務めている。関口氏は、LINEの森川氏やグリーの田中氏がソニーグループに在籍した経歴を挙げ、「なぜ日本の家電産業に競争力がなくなったのか」と疑問をぶつけた。

 これに対し、森川氏は「モノを作る、生み出すプロセスが変わった。ある程度ひな形を作ったらシステム化して、コストダウンをするというモデルだったが、今は工場を作っている間に世の中が変わってしまい、計画が立てにくい。日本はシステム化されたされたものに乗っかる人を育ててきたので、そこに我慢強いが、今は自分がシステムを作る人が必要」と答えた。

 一方の田中氏は、“日本の家電産業に競争力がなくなった”という見方をやんわりと否定しつつ、「新しい古いというより、製品に最適化された組織構造にしなければいけない。画一的にこれがベストと押しつけるのではなく、どの産業にどれがいいというものがある」と語った。

 また、伊藤氏は、「ソニーは僕から見ると見習うべき事例。トヨタもそうだが、国際化されている唯一大きな会社」と評価。「会社のインターナショナリゼーションは、言うのは簡単だが痛いこと。役員の半分が外国人になったら、普通は経営ができない。その成功事例が出ることが重要」と語った。

 政府に対しての要望を問われた熊谷氏は、「優秀なエンジニア、クリエイターの採用に困っている」と明かす。同氏は続けて「シリコンバレーに行くと、みんなが米国籍かと言えばそうでもなく、世界中から人が集まっている。海外から一気に優秀なエンジニアが集まる国にしていただきたい。あとはリスクを取る環境を整えてあげればイノベーションが起こる」と語った。

 この見方に対し、伊藤氏は「(日本の動きは)みんなが思っているかなり遅い」と疑問を呈する。

 「日本は昔だったら法律を変え、『おいで』と言ったらエンジニアも来たが、今はビザだけ与えても来ないと思う。アメリカですらギリギリで来なくなってしまっている。アメリカに留学しても卒業すると帰国してしまうため、卒業後も残ってもらえるようアメリカの大学を卒業した外国人にはビザを発行したりしている。そんな中、日本の良さをどうアピールするか(が重要)。かなりかっこよくしないと、優秀なの(エンジニア)が来ない。」

日本はソフトウェアエンジニア不足?

 そもそも、こうした議論の背景には、日本でソフトウェアのエンジニアが不足しているという認識がある。ところが、まつもと氏はこうした質問の組み立て方自体に異議を唱える。

 「ちゃぶ台返しみたいなことを言って申し訳ないが、日本から破壊的イノベーションを本当に起こす必要があるのか。我々の生活は、GoogleやYouTubeで確実に良くなっている。日本から出てこないといけないというのは、愛国心なのか、心の問題かよく分からない。(そもそも)、どこにいても働ける仕組みはできている。日本の会社が海外のエンジニアをインターネット経由で雇う、逆に日本のエンジニアが海外のために働く。インターネット経由で、自分の家でという仕組みはすでにできつつある。」

 ソフトウェアエンジニアの人材が少ないという見方に対しても、まつもと氏は「結構いると思う」という。特にRubyに関しては、日本から生まれた技術ということもあり、「日本のエンジニアと、アメリカのエンジニアの間で、技術的な差はないか、環境のせいもあって日本の方が優秀なことが多い」という。

 ただし、日本と海外で大きな違いもある。それがエンジニアの待遇だ。まつもと氏が「あえて違いを言えば、日本のエンジニアは給料が低い。ものすごく低い。それに言及せず、日本はエンジニアが足りないというのはどうなのか」と述べると、会場(にいたエンジニアと思われる人たち)から拍手が巻き起こった。

 では、日本から破壊的なイノベーションを起こしていくには、どうすればいいのか。森川氏は「僕たちはイノベーションをしようと思ってやっているわけではなく、ユーザーが求めているものを、どれだけ速く、高品質でできるかで、結果的にイノベーションが起きる」と前置きしつつ、「空気を読まないことが非常に大切」だと説く。「一番大事なのは率直に本質をつかんで向き合うこと。それができれば、どこの国の人でもいい」というのが森川氏の意見だ。

 伊藤氏の見解は、「みんなが変になる必要はないが変な奴を応援すること」だ。「日本の変なやつは、世界的に見てもすごい。学会もそうだし、アーティストもそうだし、テレビのタレントも相当変。マンガもそうだが、日本が誇れる変なやつ」としながら、突出した人材をつぶさないことの重要性を強調した。

 まつもと氏は、「日本ほど毎週のようにソーシャルゲームが量産されている国はほかにない」としつつ、「あなたの隣の人(身近な人)をほめましょう、エンジニアを大切にしましょう、この2点だけ」とした。熊谷氏も同様に、「エンジニアやクリエイターを大切にし、育てることができれば、おのずとイノベーションが起きる」と述べ、セッションを締めくくった。

(石野 純也)