山谷剛史のマンスリー・チャイナネット事件簿

“中国のシリコンバレー”Google中国前での献花運動が話題に


 Googleの中国撤退に関する中国メディアの報道は一段落した感がある。しかし、中国の掲示板やブログではGoogle中国の撤退に関して、引き続き盛んに討論されている。また、日本でも報道されているように、北京の中国Google事務所前にユーザーらが訪れ、献花するという新たな動きがある。

 今回は、連載の特別編として、この献花をめぐる動きや、Google撤退に関する噂などについてお伝えしよう。

Google中国のオフィス前に献花する意味

「非法献花」がホットな単語に」という記事

 Google中国撤退の記事に添えられる、Google中国本社前の献花の写真。こうした写真はビジュアル的にわかりやすく、記事の読者に強い印象を与える。この献花の写真を見ると、中国ではGoogleの支持者がわりに多いようだという印象を受けるのだが、実際にはこの印象は中国全体についてはあまり当てはまらない。

 そう言うと、中国のIT事情について理解のある人なら、「貧しい農村部ではネット利用者は少ないし、全土的にはGoogle支持者は少ないのは当たり前」と思われるだろう。確かにそれは当たっているのだがそれだけではなく、北京のGoogleオフィスがあるエリアは、中国でも特別な場所なのだ。今回の献花が意味するところを理解する前提として、まずは北京の特別な土地柄をご紹介しておきたい。北京のインターネットユーザーが特別だという理由は3つある。

 一般的には、中国人の中で「中国」という概念は、日本や米国など外国を論じるときに、「外国の対比としての我が国」という位置づけで概念的な言葉という印象が強く、国土が広すぎるせいもあるのだろうが、中央政府に強い関心を持っている人は少ない。しかし、北京だけは長きにわたる首都であり、政府のお膝元であるためか、北京っ子は北京だけでなく、中国の中央政府についても関心を持っている。これが理由の1つ目だ。

 2つ目の理由として、北京自体がITに密接した学園都市であるということが挙げられる。Google中国のある北京の中関村という場所は、Google、Microsoft、Sunなどの企業が集まる研究基地であり、中国の最高学府である北京大学と清華大学があり、それに中国最大の電脳街がある。

 つまり、中関村は中国のアキバでありつくばでありシリコンバレーでもあるわけだ。Google中国はそうした地域にオフィスを構えているため、付近に在住する人は中国全土からみれば、政策や言論、テクノロジーにとくに敏感な人々ということになる。これが献花という行動につながったのではないか。

 3つ目の理由は、2つ目の理由の延長的なものだが、中国経済の中心は上海であり、北京の平均所得は上海のそれよりも低いが、インターネット普及率は北京が上海以上に高く、中国で最もインターネットが普及しているということが挙げられる。たとえば、先週末にCNNIC(China Internet Network Information Center)が発表した、2009年のインターネット利用者に関する統計調査によれば、北京のインターネット普及率は65.1%(1103万人)。中国では最も高く、日本のPC普及率である73.2%(2009年3月実施の内閣府消費動向調査)にも迫るものだ。

 また、2009年にCNNICが発表した検索サイトに関するレポートによれば、検索エンジンでGoogleを利用するユーザーはインターネット歴が長いという傾向がある。これはつまり、インターネット普及の早かった北京では中国平均に比べてGoogle愛好者がかなり多いことを意味する。

北京の中関村にあるGoogle中国のオフィス。北京の中関村は、IT系企業のビルが立ち並び、「中国のシリコンバレー」と呼ばれる中央に見えるのがMicrosoftのビル。左隣にSunのビルがある。中関村街には「校産企業」の拠点となるビルも複数あり、大学から企業に技術移転を行う場所とする試みも実施されている

 まとめると、献花という行動の起こった北京の人々は、「政治とITの動向に関心が高く、Googleの愛好者が多い」ということになる。裏を返せば、そのほかの中国の多くの地域では北京に比べ、「中央政治とITの動向に無関心で、Googleはどうでもいいと思うインターネット利用者が多い」ということになる。

 今回の献花は、北京という中央政府のお膝元に、中国政府式ルールよりもネットの言論の自由を求める中国人が集中していて、Google中国への献花により言論の自由を求める中国のインターネット利用者が少なくないことが、国内外のメディアによって間接的に紹介された結果となった。

「違法な献花」によって中国全土に広がるGoogle中国撤退の波紋

 そうしたメディアの報道により、政府のお膝元の北京市中関村というピンポイントな場所から起こった献花が、中国全土のGoogle撤退問題に関心のある人々伝わっている。

 中国では話題のニュースを「××門(事件)」と呼ぶ。今回の献花も話題となり「献花門事件」と呼ばれている。「献花門」で検索すると、Googleへの献花に関する多数のWebページが表示されるようになった。ところが当局もさっそく対処したようで、百度で「献花門」で検索し、検索結果の最初に出てくる「谷歌献花門、完整版」というリンクをクリックすると「該当の記事は削除されました」と表示される。

百度のナレッジコミュニティサイト「百度知道」でもGoogle撤退についての質問は多数掲載されている百度の掲示板でもGoogle撤退についての質問は多数掲載されている

 また、今回の献花門以外にも、「非法献花(日本語でいえば違法献花)」という言葉で、ネット上にGoogle中国撤退の話題が広まっている。「中国メディアは献花について深くつっこんだ報道をしてはならない」というお触れがメディア向けに流れているという報道があり、中国のネットユーザーが皮肉まじりに「非法献花」という言葉を作ったのだろう。

 このキーワードはすぐに話題になり、Wikipedia中国語版ではさっそく「非法献花」の単語が登録された。そうした流れを断ちたいのか、「非法献花」というキーワードで百度で検索すると、検索結果画面には、「法律・法規・政策上、表示できない」というメッセージのみが表示され、検索できなくなっている。ちなみに、百度日本やGoogle中国では、「非法献花」で検索しても問題なく表示される。

Wikipedia中国語版には「非法献花」の項目が設置された中国の百度で「非法献花」を検索した結果表示画面

記念撮影? 冷静で明るい献花をする人たち

Google中国オフィス前の献花。記念撮影するとほとんどの人が持ち帰るため、花が大量にたまることはない

 今回、この非法献花の騒ぎを見にGoogle中国オフィス前まで足を運んだ日本人に話を聞くことができたのでご紹介したい。この項の写真もその日本人から提供してもらったものだ。

 「Google中国オフィスの前には献花する人がつねに10人ほどいる状態でしたね。そうした模様を撮影に来た欧米人のビデオクルーもいてにぎやかでした。ただ、時間を決めて集まるといった集まり方ではなく、カップルや友だち数人でやってきては、楽しそうに記念写真を撮って、10分ぐらいいて帰るという感じででしたね。」

 「献花も、警備員などに制止されるというようなことはまったくないんですが、持ってきて写真を撮ったらほとんどの人が花を持って帰るため、花が山積みになるような光景はありませんでした。訪れた人たちは悲しんで泣くとか、怒って抗議するといった雰囲気ではなくて、とても冷静で、むしろ笑顔でピースサインしている人も多かったので驚きましたね。」

 「なぜここに集まっているのか聞いたら、『昨日の夜(17日)、Google中国の社員が最後の晩餐をしたという噂が流れたので、今日でおしまいかもと気になって。Google中国オフィスがなくなる前に、記念写真をみんなで撮りに来た』と言っていました。献花に訪れた中国人のユーザーからは、自分が日本人だとわかるとこの状況をどう思うか逆に聞かれたりしましたが、ともかく献花に来ていた人々が冷静なのと明るいのが印象的でした。」

 こうした記念撮影組がほとんどだったとすれば、ノリで記念写真を撮りに行った行動が、検索結果非表示という規制にまで発展してしまったということになる。

ひとりで記念撮影カップルで来訪、ピースサイン。みな表情は明るく、怒ったり泣いたりしている人は見られない
グループで来訪、みんなで撮影しあう。大学生なのか若い人が多く、服装を見ても恵まれた層であることがわかる国内外のビデオクルーも。献花する人は、三々五々、来ては撮影して帰っていくため、なるべく多くの人が集まっている絵を撮ろうと苦労していたようだという

3億人弱の中国検索市場のパイは大きいのか

 Googleは公式ブログで中国撤退を示唆した際に、中国人権運動家のGmailアカウントが目的と思われるハッキング行為が原因であると明らかにしている。

 しかし、なお一説として「中国でビジネスにならないから撤退する」という説も中国の国内外で流れている。先週末に発表されたCNNIC(China Internet Network Information Center)の統計レポートによれば、中国では2009年末の時点で人口の28.9%にあたる、3億8400万人がインターネットを利用し、その73.3%にあたる2億8134万人が検索サイトを利用している。いくら「Googleは中国市場では百度にかなわない」とはいえ、絶対額でいえば相当なものではないか。

 Googleの中国での売上は同社事業のどれくらいにあたるのか。Googleの2009年第3四半期(7月~9月)決算ではGoogleのワールドワイドでの売上高は59億4000万ドルと出ている。

 中国の調査会社「易観国際(Analysys International)」では、「中国の同期における検索サイト市場は20億元(約270億円)を超えた」「ベンダー別シェアでは百度は63.9%、Googleは31.3%」と書かれているので、そこから計算すると同期の中国でのGoogleの売上高は、四半期で6億2600万元、米ドル換算で9164万ドルとなる。

 また、別の中国の調査会社「iResearch」の調査レポートでは、「2009年の中国の検索市場は69.5億元」「Googleのシェアは33.2%」としているので、今年のGoogle中国の売上高は23億元、米ドルにして3億3700万ドルとなる計算だ。Googleの世界全体での2008年度での売上高は218億ドルだ。以上から、中国の調査レポートの数字が正しければ、Googleでの中国事業での売上は世界全体の1%強でしかないことになる。

 こうした数字を見ると、少なくとも現時点では、自社のポリシーを曲げて、ハッキングされてまでサービスを続ける必要はないという判断もありえなくはないかもしれない。ただし、それはあくまで現時点の話。中国のインターネット市場は急成長を続けている。

中国検索市場シェア(iResearch)中国検索市場規模(iResearch)

 人口的にも、中国は一国のみで地球上で大きな割合を占めている。Googleが掲げる「世界中の情報を整理して、世界中の人がアクセスできて、使えるようにすること」というミッションから考えると、無視できない人数だろう。そもそも、Googleが中国政府の検閲を受け入れたのも、そうしたミッションを優先させたからだと思われる。

 また、「中国ではナンバーワンになれないから」Googleは中国市場から撤退するという見方もあるが、中国市場に限らず、Yahoo!が強い日本をはじめ、アジアの多くの国々でGoogleはトップシェアをとれていない。しかし、中国以外の国でも撤退の噂が流れてもおかしくはないが、そういった話は聞かない。少なくともこの理由がメインで撤退ということはあまり考えられないだろう。

 ちなみに、先にご紹介した、北京のGoogle中国オフィス前を訪問した日本人によれば、「北京市内ではGoogleのラッピングバスも走っており、Google中国のサイトも通常通り利用できている。中国ではその後の報道も少ないため、現時点では、Googleが撤退するという予兆を北京での日常生活から感じ取ることはない」という。

 まだGoogleからは撤退を決めたという公式声明はない以上、ネットで交わされる噂は噂でしかない。米政府が中国政府に正式にサイバー攻撃に関する説明を求めるとの報道もあり、政治的な交渉が絡んでくる動きもあるようだ。2009年4月29日に、5月からの実施予定目前で1年間の実施先送りが発表された、中国政府調達品に関するソースコード強制開示には米国は強く撤回を求めてきた。この実施期限が今年5月に迫っていることもあり、一企業の事業戦略というより、政治問題として発展する可能性もある。

 少なくとも現時点で言えるのは、Googleの発表により、「中国の人権運動家のGmailアカウントをハックしようとした」という事実が世界に広く知られたことだけは間違いない。


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2010/1/18 11:06


山谷 剛史
海外専門のITライター。カバー範囲は中国・北欧・インド・東南アジア。さらなるエリア拡大を目指して日々精進中。現在中国滞在中。著書に「新しい中国人」。