俺たちのIoT

第12回

AIとIoTのかかわり、キーワードは「人間の代わり」

Cerevoが予約販売を開始した「うごく、しゃべる、並列化する。1/8 タチコマ」。音声認識技術によって、話し掛けるとあいさつしてくれたり、明日の天気などを教えてくれる。価格は15万7400円(税別)

 前回は、IoTと共通点も多く、組み合わせることでさらに魅力が増すロボットとIoTの関係について紹介しました。今回は、IoTはもちろんロボットとも、さらにはIoTとロボットとの組み合わせで語られることも多い「AI」について取り上げます。

 「AI」とは「Artificial Intelligence」の頭文字を取ったもので、日本語では「人工知能」と訳す、ということはおそらく読者の方の多くがすでにご存じでしょう。人間の脳のようにコンピューターが代わりに物事を考える技術や仕組みを広く「AI」と呼びます。

 第1回でIoTの定義が非常に複雑であることを説明しましたが、実はAIも技術的には非常に細かな分類があり、一言で説明するのが難しい概念です。本連載は厳密にAIを分類するものではありませんが、ユーザー体験としていくつかの特徴的なAIを取り上げながら、AIとIoTのかかわりを説明したいと思います。

AIと言えば思い出す、「ドラクエIV」の機械学習

 読者の方々にとって「AI」という言葉を初めて知ったのはいつごろのことでしょうか。世代によって異なるとは思いますが、筆者が「AI」を認識したのは、1990年に発売されたテレビゲーム「ドラゴンクエストIV」でした。それまで敵と戦うためにはコントローラーでコマンドを選ぶ必要があったのが、ドラゴンクエストIVでは「ガンガンいこうぜ」「いのちだいじに」「じゅもんつかうな」といった「さくせん」コマンドを選ぶだけで、仲間が自分で判断して自動的に戦ってくれるというこの仕組みは、現在のドラゴンクエストシリーズにも引き継がれています。

 人工知能というだけのことはあり、仲間の行動は単に自動化するだけではなく、設定した「さくせん」に応じて行動します。ドラゴンクエストIVのAIと言えば、一撃で敵を倒せる魔法「ザラキ」を、ザラキが絶対効かない相手であるラスボスにも使い続ける、というエピソードがよく話題に上がりますが、当時筆者が耳にした話では、ラスボスに挑み続けて学習することでザラキが効かないことを学習し、最後にはザラキを使わなくなるようです(実際に筆者が試したわけではないため真偽のほどは分かりませんが)。

 ドラゴンクエストIVのように、学習を重ねて学んでいくタイプのAIを「機械学習」と呼びます。Gmailを初めとした多くのメールサービスでは、迷惑メールを自動的に判断する迷惑メール対策機能が搭載されていますが、これも迷惑メールのパターンを学習することで精度を高めていく「ベイジアンフィルター」という技術が採用されています。

人間のように会話できる音声認識技術もAI?

 前述の機械学習と仕組みは異なるものの、「AI」として一般的に認識されつつある仕組みが音声認識技術です。Appleの「Siri」やGoogleの「OK Google」などがその代表例ですが、「明日の天気は?」と聞くだけで天気を教えてくれたり、「何時に起こして」と言うとアラームを設定してくれたりと、まるで人間のように振る舞い、代わりに行動してくれる点が特徴です。

 繰り返しながら、こうした音声認識は前述の機械学習と組み合わせることはできるものの、技術としては異なるものです。前述の例で言えば、天気情報は「明日」と「天気」というキーワードを会話から認識した上で、それに適した検索結果を返す、という仕組みで実現しているため、極端なことを言えばパソコンのキーボードから「明日の天気」を検索しているのと変わりない、ということになります。

 筆者が所属するCerevoが先日発表した、「攻殻機動隊 S.A.C」のキャラクターであるタチコマを再現した「1/8 タチコマ」も、音声認識機能を搭載し、話し掛けるとあいさつしてくれたり、明日の天気やGoogle カレンダーに登録したスケジュールを教えてくれる、という機能を搭載しています。アニメと同じ声優さんの声を使って返事してくれるということもあり、先日開催された「AnimeJapan 2017」というイベントでも、ファンの方から非常に注目を集めていました。

 こうした、話し掛けるとまるで人間のように答えてくれる、というユーザー体験は、機械学習以上に人工知能として感じられる技術かもしれません。ここでは自然な会話で話し掛けると、その内容に応じて答えを返してくれる音声認識の仕組みも、広く「AI」の範疇として捉えていきたいと思います。

ディープラーニングによって知能に近づきつつある人口知能

 近年、AIの分野で注目を集めているのが「ディープラーニング」です。ディープラーニングは日本語で「深層学習」と書き、コンピューターを人間の脳に見立て、神経細胞である「ニューロン」の名前を冠したAIの技術「ニューラルネットワーク」の1つです。

 ディープラーニングも非常に難しい概念であり、ここですべてを説明するのは難しいのですが、大まかには「高性能なコンピューターにより大量のデータを処理できるようになったこと」に加え、人間の脳に見立ててコンピューターの処理を複数層の構造とすることで、総当たりで結果を出すのではなく、より効率的に正解を導き出すことができるようになりました。

 ディープラーニングの代表的な例は、近年の人間とコンピューターによるゲーム対戦でしょう。将棋や囲碁、ポーカーといったさまざまなゲームにおいて、これまでは人間には敵わないとされていたコンピューターが、ディープラーニングの仕組みを使うことで世界の名だたるトッププロに勝利するという事例が相次いでいます。また、電気自動車メーカーのテスラは、ディープラーニングを活用してNVIDIAが開発した自動運転車向けAI車載コンピューターを採用すると発表しています。

 ドラゴンクエストIVのAIから27年近くが経過し、人間のように会話できる音声認識技術や、あくまで限定的ではあるものの人間の脳のように計算するディープラーニングにより、人工知能がより知能に近づきつつある、と言えるでしょう。

キーワードは「人間の代わりに何かをしてくれる」こと

 ここまでAIの中でも特徴的な技術を抜粋して紹介してきましたが、これらの技術がIoTとどのように結び付くのでしょうか。キーワードはここでも「人間の代わりに何かをしてくれる」ことにあります。

 前回も取り上げたCerevoの「Tipron」というロボットは、インターネットに接続して動画やニュースを再生でき、スマートフォンからコントロールできるというIoT要素と、家中の好きなところへ映像を映し出してくれるロボット要素を組み合わせた製品でした。しかし、家の中で映し出す場所や時間、再生するコンテンツは、持ち主がスマートフォンから任意に設定する必要があります。

 では、ここでAIが搭載されればどんなことができるでしょうか。現状ではTipronにそうしたAI機能は搭載していないことをお断りした上で、技術的にできうることを考えるならば、「話し掛けるだけで動き出す」「部屋の中の状況を分析・学習し、ルートを指定しなくても自動で好きな位置へ移動してくれる」ということができそうです。

 さらに音声認識を使うことで、手を一切使わずに機器をコントロールすることも可能になります。パソコンをしながらで手が離せない、もしくは水仕事をしていて機器に触ることができない、といったシーンでも、音声認識なら気にせずに操作できます。スマートフォンなどを使って操作する必要がないという点も、“1アクションIoT”と通じる部分があると言えるでしょう。

 こちらはまだ開発中であり機能も予定ではありますが、Cerevoが1月に発表した「Lumigent」というデスクライトも、話し掛けると好きな位置で点灯したり、内蔵したカメラで写真を撮ったりという機能を備えています。音声認識を使うことで、作業中で忙しいときはもちろん、両手を使っていてどうしても写真が撮れない、なんていうシーンを撮影することも手軽にできるようになります。

 AIの活用は作業の自動化・代行化にとどまりません。囲碁や将棋の世界でディープラーニングが活躍したのは、いままで定石と思われていた方法とは全く異なる打ち方をコンピューターが選択したことで、人間であるプロが見たこともない手に対応しきれなかったことも一因であると言われています。人間の代わりを自動的に担うだけでなく、いままでは行われることのなかった、見つけることのできなかったことを実現しうるというのもディープラーニングにおける期待と言えるでしょう。

 あくまで未来の想像にしかすぎませんが、車の自動運転が当たり前になった世の中では、タクシーの運転手が知らないような抜け道や最短経路、さらには「おいしいラーメンのお店」といったルートまでコンピューターが考えてくれるかもしれません。また、ディープラーニングが料理の世界で活用されれば、まだ誰も味わったことのない素材や調味料の組み合わせで新しい料理が生まれる、なんていう可能性もあるでしょう。

人間をサポートするAIで、IoTがより便利・身近に

 AIという仕組みは古くから研究されてきた分野ではありますが、IoTの普及に合わせて注目を浴びるようになってきました。とはいえ、こうした技術に不安を覚える人も少なくはないでしょう。音声認識については「声を出すのは恥ずかしい」という意見もありますし、自動運転の技術は「運転をコンピューターに任せるのは恐い」「コンピューターに人間の仕事を取られてしまうのでは」という考えも聞かれます。

 もちろんこうした心配がゼロとは言えないものの、その多くは時代の流れとともに受け入れられていくでしょう。例えば「声を出す」という点で共通する携帯電話はもはや必需品といっていいほど普及を遂げ、電話機に向かって1人で話すシーンは日常となりました。余談ながら筆者が学生時代のころに初めてPHSを使っている知人を見たとき、「こんなところで電話をするのか!」と、今では考えられないような驚きがあったことを今でも覚えています。

 自動運転に関しても技術そのものの向上はもちろんのこと、速度の遅く大きな事故が起こりにくい渋滞で利用する、歩行者がいない高速道路で導入するなど、運用で安全の向上を図るという考え方もあります。また、仕事という点では、電話を取り次いでくれる交換手という職種はなくなり、手紙を代わりに書いてくれる代筆業も今では少なくなりましたが、電話やメールといった技術が生まれることで、より新しいビジネスや仕事が創り出される、という側面もあります。

 最後に「いつかは人工知能が世の中を支配してしまうのでは」というSFめいた心配についても、今のところは大丈夫そうです。というのも、コンピューターは囲碁や将棋で人間に勝るほどの力を手に入れてはいるものの、指定された行動以外を取ることはできないからです。具体的に言えば囲碁を何百回、何万回と打ち続けても、「もう囲碁は飽きた……」といって将棋やチェスを始める、なんていうことはありません。

 もちろん、未来において絶対はありえませんが、現状のAIはあくまで人間をサポートするものであり、人間に取って代わるような未来はいまのところ心配しなくていい、と言えるでしょう。むしろAIによってIoTはより便利かつ生活の中で身近な存在になることを期待したいと思います。

甲斐 祐樹

Impress Watch記者からフリーランスを経て現在はハードウェアスタートアップの株式会社Cerevoに勤務。広報・マーケティングを担当する傍ら、フリーランスライターとしても活動中。個人ブログは「カイ士伝」