俺たちのIoT

第13回

トイレはなぜ、こんなにもIoT化されるのか? 「IoTトイレ」から学ぶべき大事な要素

伊藤忠テクノソリューションズ株式会社「IoTトイレ」のサービスフロー図

 これまでの連載では、IoTで用いられる技術の背景やその仕組みを中心に紹介してきました。今回からは、IoTが用いられている製品やソリューションを取り上げつつ、IoTとは何なのかについて考えていきたいと思います。今回取り上げるのは、最近にわかに注目されつつある「トイレとIoT」の関係です。

社内プロジェクト・個人の趣味から、今や大手企業が参入するまでに

 2016年ごろから、トイレの個室が空いているかどうかを、トイレに行く前に遠隔から確認できる「IoTトイレ」ともいうべき仕組みやサービスが次々に登場しています。

 といっても、トイレの空き状況を遠隔から確認できる仕組み自体は以前から存在していました。例えば、チームラボ株式会社の企業内部活動であるMake部は、オフィスのトイレ空き状況をブラウザーから確認できる「ヘブンズドア」を、2009年ごろから、「Maker Faire Tokyo」の前身となるイベント「Make: Tokyo Meeting」で出展しています。

 このヘブンズドアをきっかけとして、その後も各社の社内プロジェクトや個人の趣味で、トイレの空き状況を確認できる仕組みがいくつも開発されていました。

Raspberry Piを使ってトイレの空き情報を確認できるようにした(fukayatsu.dev)

http://blog.fukayatsu.com/2014/01/12/rest-room-api/

社内トイレ使用状況監視サービス「FICC Heavensdoor」の運用(inside FICC | FICCのカルチャーを紹介するブログ)

https://www.ficc.jp/inside/20150413/

トイレは空いているか? Raspberry Pi でトイレの利用状況をネット表示(秋元@サイボウズラボ・プログラマー・ブログ)

http://developer.cybozu.co.jp/akky/2014/04/is-the-toilet-free/

 こうした社内プロジェクトの延長線上だったトイレのIoT化ですが、前述の通り2016年ごろから変化が生まれました。2016年には、株式会社リクルートマーケティングパートナーズの新卒エンジニアが自社オフィスで試験的に導入した空き状況確認アプリが話題を集め、4月には株式会社バカンがトイレの空席を管理するサービス「Throne」の本格運用を開始、同時期に株式会社ファンブライトもトイレ個室が利用中の際にメールで通知するサービスを開始しました。

IoTを駆使してトイレの個室空き状況を検知してWEBで確認できるアプリを会社で運用してみました。(リクルートマーケティングパートナーズ「NET BIZ DIV. TECH BLOG」2016年2月2日付記事)

https://tech.recruit-mp.co.jp/iot/iot2/

Throne(バカン)

http://www.throneservice.com/

【トイレIoT】長時間、トイレ個室が利用中の際にメール通知(ファンブライト)

http://www.fanbright.jp/info-iot-toilet-closedroom/

  大手企業も次々にIoTトイレへ参戦。伊藤忠テクノソリューションズ株式会社がオフィス向けのサービスとして「IoTトイレ」を提供、株式会社インテリジェンスビジネスソリューションズは、トイレ個室の利用状況に加えて空き状況も予測できる「Toilet IoT」を自社に導入、他社への提供も予定していると発表しました。

 2017年に入って、KDDIが法人向けソリューションとしてトイレの空き状況を把握する「KDDI IoTクラウド ~トイレ空室管理~」を発表。こちらは空き状況の管理に加えて、利用時間の長さも確認できるという仕組みが話題を集めました。

CTC、オフィス向け「IoTトイレ」提供開始、個室の空き状況を確認可能(「INTERNET Watch」2016年10月17日付記事)

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/1025144.html

Toilet IoT(インテリジェンスビジネスソリューションズの2016年11月17日付プレスリリース)

http://www.ibs.inte.co.jp/news/2016/11/17/1511/

KDDI、トイレの満空情報をIoT+クラウドで提供(「ケータイWatch」2017年2月20日付記事)

http://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1045256.html

 いずれのサービスも、採用するワイヤレス技術などで違いはあるものの、基本的な仕組みにほとんど変わりはありません。ドアの開閉を検知するセンサーをトイレに取り付け、トイレのドアが開いたとき・閉まったときを検知することでトイレの空き状況を把握。さらに「ドアが閉じてからどれくらい時間が経っているか」をカウントすることで、個室の利用時間なども把握しています。

 なお、これらの技術は、ワイヤレスで通信し、サーバーで一元的にデータ管理してはいるものの、インターネットへの接続が必須ではありません。本連載の第1回で紹介した通り、IoTと呼ばれるサービスにはインターネットを使っていないものも多いと書きましたが、トイレのIoTと呼ばれる一連の仕組みもその1つと言えるでしょう。

伊藤忠テクノソリューションズ株式会社「IoTトイレ」のセンサー
トイレの空き状況を確認するためのスマートフォン画面

「トイレに入ろうとしたら全部満室だった」人々の体験がIoTを理解しやすく

 IoTの中で、なぜトイレが注目を浴びるのでしょうか。その理由としては、これらのシステムが提供する利便性が非常に身近で理解しやすい、というのが大きな要因でしょう。「トイレに入ろうとしたら全部満室だった」という体験は、ほとんどの人が一度は味わったことがあるといっても過言ではありません。

 イベント会場など外出先であれば満室であっても待つしかありませんが、オフィスの場合は満室なのを見て一度席に戻り、またタイミングを改めてトイレに行くとまたもや満室……という経験をしたことがあれば、「トイレに行く前に満室かどうかを確認したい」というニーズは大きく共感できることでしょう。トイレとIoTという関係性は、IoTという言葉はよく分からないけれど、身近で経験したことがある体験と結び付くことで理解しやすいという好例と言えます。

トイレのIoT化の特徴は、シンプル、割り切りのよさ、手軽さ

 また、トイレの空き状況を確認する仕組みが、技術的には非常にシンプルだというのも見逃せない特徴の1つです。前述の通り、これらのシステムはトイレのドアが開いているのか・閉じているのかというドアの状態から空き状況を把握しています。つまり、これらのシステムをより正確に表現するならば「トイレのドア開閉状態を遠隔から確認できる」仕組みであり、厳密に言えば「トイレの個室に人がいるかどうかは把握していない」ということになります。

 これが成立するのは、オフィスのような場所で多人数が同時に利用するトイレは、そのほとんどが「誰もいないときはドアが空いている状態」になっているからです。もちろん、空室時にトイレのドアが閉まるタイプのトイレもありますが、空き状況が一目で分かるという点で、ほとんどのトイレは中に人がいないときにドアが空いた状態になっているため、ドアの状態だけで簡単に空き状況を把握することができます。

 本当にトイレの在室を管理するのであれば、トイレの中に人感センサーを用意したり、便座に荷重センサーを搭載するといった仕組みで人間の存在を管理することも可能ですが、その分、費用や時間もかかります。ドアの開閉をトイレの在室と判断し、すべてをカバーするのではなく大多数のトイレが対応できればいい、という割り切りのよさも、トイレのIoT化における隠れた特徴の1つです。

 開閉状況の確認はシンプルがゆえに導入が簡単で、既存のトイレにもセンサーを取り付けるだけですぐに空き状況を確認できるようになります。これが、トイレごと大幅な改修工事が必要なシステムであったら、導入に二の足を踏む企業も多いでしょう。サービスを提供する側としても、センサーを取り付けるだけで導入できるという手軽さは展開がしやすいというメリットがあります。

 ドアの開閉というオンオフ情報はデータ量も少ないため扱いやすくもあります。KDDIのシステムではWi-FiのほかにBLEを採用していますが、本連載の第5回でも取り上げた通り、BLEはデータ量が少ない分非常にバッテリーが長持ちするため、バッテリー交換が非常に少なくて済みます。また、システムによっては太陽電池を用いてバッテリー交換を不要としているものもあります。最近のトイレはウォシュレットや暖房便座といった機能を備えているトイレも多く、こうしたトイレであれば個室内にコンセントも用意されているため、バッテリーの心配もなくなります。

IoTはまだ始まったばかり、導入のしやすさ・分かりやすさも重要

 万人にとって共感しやすく、仕組みもシンプルで導入しやすい、運用コストも低い。こうした特徴を兼ね備えたことが、トイレのIoTが各社から登場しつつある理由と考えられます。

 これは、IoTのメリットであるとともに課題を表す端的な事例でもあります。Internet of ThingsのThings部分である「モノ」が何かとつながるには、モノ自体がインターネットやスマートフォンとつながる機能を持っている必要がありますが、そのためには今まで利用していたモノを買い換えたり、新たな機器を導入するといったコストも発生します。単なるコストだけではなく、長期の工事が必要だったり、場合によっては建物の仕組み上導入ができないという場合もあるなど、導入のハードルが高い場合もあります。

 IoTはまだ始まったばかりの概念であり、世の中にはIoTに対応していない機器や道具がほとんどです。そうしたものをIoT対応に変えていくには費用も時間もかかりますし、それ以上に導入するメリットを万人が理解できる必要があります。トイレのIoT化のような導入のしやすさや分かりやすさは、IoT業界において学ぶべき要素の多い事例と言えるでしょう。

甲斐 祐樹

Impress Watch記者からフリーランスを経て現在はハードウェアスタートアップの株式会社Cerevoに勤務。広報・マーケティングを担当する傍ら、フリーランスライターとしても活動中。個人ブログは「カイ士伝」