第30回:第2世代チップで普及へ弾みを付けるIEEE 802.11a
Atheros Communicationsインタビュー



 WPC EXPO 2002の開催に伴って、米Atheros CommunicationsのCEOであるRichard Redelfs氏が来日した。さっそくインタビューの機会を得ることができたので、同社の第2世代無線LANチップセットの詳細と将来的な展望について話を伺った。





実装が始まった第2世代チップセット

Atheros Communications社のCEO Richard Redelfs氏

 本誌でもニュースなどで何度か取り上げてきた通り、Atheros Communicationsは、IEEE 802.11a/g/bをサポートするデュアルバンド対応無線LANチップセットの「AR5001X」、伝送距離と消費電力の改善を行なったIEEE 802.11a対応無線LANチップセット「AR5001A」、そしてアクセスポイント向けの統合型チップセット「AR5001AP」を2002年3月に発表し、2002年6月から出荷を開始した。いわゆる第2世代と呼ばれる無線LANチップセットの登場だ。すでに国内でも新型チップセットを採用したアイコムの無線LANカード「SL-5000」も発表(11月中旬出荷予定)されており、無線LANの第2世代チップセットへの移行は着々と進んでいる。

 今回の第2世代チップセットの最大の特徴は、デュアルバンドへの対応、そしてIEEE 802.11aにおける性能の改善だ。デュアルバンドへの対応については、前回、同氏にインタビューしたときの内容から大きな変更はないが、今回のインタビューでは、性能に関してのより具体的な内容が明らかとなった。





RF部の改良により伝送距離を大幅に改善

 現状、IEEE 802.11aの無線LANが抱えている主な問題点は、伝送距離や消費電力、そしてコストなどだ。本連載でも何度かIEEE 802.11aのアクセスポイントをテストしてきたが、54Mbpsのフルスピードが実現できるのは同一の部屋にアクセスポイントとクライアントが存在する場合に限られ、壁などで隔てられた部屋などでは、電波が正常に届かないなどの原因から速度が低下する傾向にあった。

 しかし、同社の第2世代チップセットでは、このような伝送距離が大幅に改善されているという。無線LANのチップセットは、主にOFDMやQPSKなどの変調を行なうベースバンド部と電波の送受信を行なうRF部という2つのチップで構成されているが、Richard Redelfs氏によると「第2世代のチップセットでは、このRF部に15のメジャーな改良を加えた」とのことだ。具体的には、「受信感度を3dB向上させ、改良によってパワーアンプの直進性を向上させている(同氏)」という。

 実際、同社がスタンフォード大学の地下室でテストした結果を見せてもらったが、これによると第1世代のチップセットで通信不能となっていた168~171フィート(約51~52m)の地点でも第2世代のチップセットの場合は3~6Mbps(TCP/IPの実効速度)での通信が可能という結果を確認できた。地下室のように厚い壁で仕切られた場合でも問題なく通信できるのは、第1世代のチップセットに対する大きなアドバンテージだ。しかも、全体的に5~10Mbpsほど速度が向上する傾向も見られ、その性能の高さを物語っている。

 また、このような伝送距離や速度の改善は、IEEE 802.11aだけでなく、IEEE 802.11bにも見られるという。同社のAR5001Xは、前述した通り、IEEE 802.11a/g/bに対応したデュアルバンドの無線LANチップセットだ。このチップセットは同社製品で初めてIEEE 802.11bをサポートすることになるが、他社製のIEEE 802.11b専用チップセットに比べて性能面でのアドバンテージがあるという。

 これは、AR5001XがIEEE 802.11gでの利用を前提にしたチップセットだからとのこと。「AR5001Xの2.4GHzのラジオチップ(RF部)は、もともとIEEE 802.11gでの利用を念頭に置いて設計している。IEEE 802.11gの場合、IEEE 802.11bに比べて非常に精度の高い周波数特性のコントロールが必要になるため、それだけ高度な技術を投入している(同氏)」のだという。これにより、同じIEEE 802.11bでも、他社製のチップセットに比べて安定して高速な通信が可能になる。なお、この点についても同社が米国のオフィスでテストした結果を見せてもらったが、どの距離でも安定して高速な通信が可能という結果だった。

 もちろん、これは同社がテストしたデータなので、実際の製品を我々が使った場合にどこまで伝送距離が改善されるかはわからない。しかし、このデータを元に考えれば、前述したアイコムの新型無線LANカードなどでもIEEE 802.11a、IEEE 802.11bの両方の性能向上が期待できることになる。このあたりは、追々、本連載でも実際にテストしてみたいところだ。





消費電力のアドバンテージも高い

AR5001Xを搭載し、IEEE 802.11a/b/gに対応したMiniPCIボード

IEEE 802.11a/b/gに対応したCard Bus仕様のAR5001X搭載基板

 一方、消費電力の問題に関してだが、現状はIEEE 802.11bよりもIEEE 802.11aの方が消費電力が大きく、モバイルでの利用に不向きという考え方が一般的だ。しかし、同氏によると考え方次第では、IEEE 802.11aは、IEEE 802.11bよりも消費電力は少なくて済むという。

 これは、消費電力について、何を基準として考えるかの違いだという。確かにIEEE 802.11bよりもIEEE 802.11aの方が無線LANカードの消費電力自体は大きい。これは紛れもない事実だ。しかし、カードそのものの消費電力ではなく、ノートPCのバッテリー駆動時間という観点で考えるとIEEE 802.11aに有利な場合もあるのだという。

 その理由としてRichard Redelfs氏は2つの点をあげた。ひとつはデータの転送速度との関係だ。「IEEE 802.11aはIEEE 802.11bの約5倍の転送能力を持っている。このため、同じデータを5倍の速度で転送し終えることができる。確かにデータを送信している間はIEEE 802.11aの方が多くの電力を消費するが、より早くデータを転送し終えてスリープできるため、電力を消費している時間自体が短い(同氏)」とのことだ。つまり、単純なチップだけの消費電力で考えるのではなく、「パワー×時間」という概念で考えるべきだというわけだ。

 もうひとつの理由は、同社のチップセットを採用した無線LANカードが、CardBusに対応している点だ。「一般的なIEEE 802.11bの無線LANカードは、16bitのPCMCIA対応となるため、プログラムI/Oでの処理となる。しかし、32bitのCardBusに対応したIEEE 802.11a(同社のチップならIEEE 802.11bも)であれば、ダイレクトメモリアクセス(DMA)での処理が可能となり、CPUに負荷をかけずに済む(同氏)」という。CPUの負荷が減れば、それだけノートPCなどのバッテリー駆動時間は向上するというわけだ。

 実際、同社の資料によると、1Mbpsのデータを送信するために必要となる消費電力(Wats/Mbps)は、同社の第2世代チップを利用した場合、IEEE 802.11aで「0.24」、IEEE 802.11bで「0.66」となっていた(ノートPCのACコネクタに電流計を装着してシステム全体の消費電力を計測した値)。参考値として掲載されていた他社製のIEEE 802.11bカードでは、「0.98」や「1.1」となることを考えると、確かにアドバンテージは高い。しかも、同じIEEE 802.11bでも、他社の一般的なチップセットよりもAtheros Communicationsの第2世代チップセットを利用した方が有利という結果が見られたのも特徴的だった。

 確かに、このような考え方をすればIEEE 802.11a、というより同社のチップセットの方が有利だというのもうなずける話だ。もちろん、他社製のIEEE 802.11bチップセットも進化を続けているので、この結果だけがすべてだとは言えないが、確かに全体的なシステムの消費電力を比べるべきだという考え方には賛同できる。





セキュリティ機能なども充実

 また、同社の第2世代チップセットでは、これまでIEEE 802.11bで一般的だったWEPに加えて、AES(RC4に代わる次世代の暗号化標準)やTKIP(Temporal Key Integrity Protocol)、IEEE 802.1x(CISCOのLEAPなども含む)、VPN、VLANといったセキュリティ機能もサポートするという。

 この中でも特に興味深いのはVLANだ。VLANをサポートすることで、1台のAPで複数のセグメントのネットワークが構築可能となる。この点について、Richard Redelfs氏は「たとえば、企業などでIEEE 802.1xを使って認証する際、来客者などに対してVLANで別のセグメントを割り当てたり、ファイアウォールの外側にのみアクセス可能にするなどの柔軟な運用が可能になる」と述べた。また、「1台のアクセスポイントで複数のキャリアのホットスポットサービスをサポートすることなどもできる」とも説明した。このあたりの将来的な展望も実に興味深いところだ。





開発が進む第3世代のチップセット

WPC EXPO 2002で展示されたAtheros Communicationsのチップセットを搭載する製品。5/2.4GHzデュアルバンド製品も見られる

 このように、Richard Redelfs氏の話を聞く限り、同社の第2世代チップセットは、これまでのIEEE 802.11a、IEEE 802.11bの弱点を克服する画期的なチップセットだと言えそうだ。チップの集積率も第1世代に比べて20%ほど向上しているため、実質的にはコストダウンも難しくないという。実質的には、IEEE 802.11bと価格差を付けたい、価格競争になる前は利益率を確保したいなどといったメーカー側のマーケティング的な思惑もからむので、そう簡単に価格が下がるとは思えないが、IEEE 802.11b並の価格まで下がってくるのもそう遠くはないだろう。

 なお、同社ではすでに第3世代のチップセットの開発を進めており、将来的には伝送距離、スループットを2倍にまで高める予定としている。また、現状、2.4GHz用と5GHz用で2つ必要なRF部を1チップに集積する予定もあるという。ここまで進化が進めば、伝送距離や消費電力といった問題に加え、コストの問題もさらにクリアになっていくはずだ。

 ちなみに、同社は、屋外での利用向けに国内で解放予定の4.900~5.00GHz、5.030~5.091GHzに対応したAR5001Jというチップセットも発表しているが、こちらについてはTELECなどの認証機関への申請などの手続きが必要になるため、市場に登場するまでには、まだ時間がかかりそうだという話だった。

 いずれにせよ、第2世代チップセットを実装した機器の普及、第3世代チップセットの登場、屋外での利用が可能なIEEE 802.11a製品の登場と、無線LANの世界はさらに進化していくことが期待できそうだ。


関連情報

2002/10/22 11:10


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。