清水理史の「イニシャルB」

スマホネイティブ世代に向けたPCの再定義を

 スマートフォンが最初のデバイス、というユーザーは、もう身近な存在となっている。スマートフォンの作法で育った彼ら、彼女らが、いずれPCを使う、いや開発する立場になるまでに、いろいろな部分が「再定義」されないと、もしかするとPCは見向きもされなくなってしまうのかもしれない。

QWERTYと予測入力

 Windows 10とされるTechnical Previewに初めて触れたとき、慣れ親しんできたUIに一種の安心感を覚えると共に、「このままでいいのかなぁ」という漠然とした不安を感じた。

 その不安がより確かなものとなったのは、先日、13歳になる我が家の娘が、学園祭で使うクイズのチラシをPCで作っているのを見かけたときだ。

スマホネイティブ世代には、QWERTYキーボードだけでなく、予測入力がないことが大きな不満になる

 2枚の絵を貼り付け、「これを何と読む?」とお題を付けるだけの簡単なチラシを、学校で習ったばかりのExcelを使って作ろうとしていることも驚きだったが、さらに印象的だったのは、「この文字入力方法には納得しかねる」という風の彼女の様子だった。

 人さし指を左右に揺らしながらキーを探し、パチリと押しては、何かを探すように画面を眺め、首をかしげる。

 「何してんの?」と聞くと、「あれ出ないの? 『こ』って入れたら、『これ』とか出るやつ」。

 予測入力だ。

 フリックと予測入力を駆使し、驚くほど長いメッセージさえ、またたく間にLINEでやり取りする彼女にとって、慣れないQWERTY配列でさえイライラするのに、1つキーを押すだけで、すぐに予測候補が表示されないことが、どうやら、とてももどかしいらしいのだ。

 実は、Windows 8.1でも、タブレット端末などでスクリーンキーボードから日本語を入力すれば、1文字目から予測入力の候補が表示される。しかし、キーボードを利用すると、IMEの設定を変更しない限り、3文字入力しないと予測候補は表示されないのだ。

 現状のWindows 8.1では、このスクリーンキーボードと物理的なキーボードの違いを、「時代が移り変わる途中の混在時期なんだろう」、と割り切れたが、「キーボードとマウス操作を重視する姿へと戻った」とされるTechnical Previewを目にすると、せっかく導入された予測入力という進化が、止まってしまったんじゃないかと心配になってしまった。

 実際やってみればわかるが、Technical Previewでも、この状況は変わらない。スクリーンキーボードを使えば予測候補は表示されるが、キーボードを使うと3文字入力しないと予測候補は表示されない。

 確かにキーボード入力で1文字目から、インラインで予測入力の候補が表示されるのは、結構、うるさい。

 しかし、あと5~6年もすれば、スマートフォンネイティブの人材が、PCをメインで仕事に使うようになるし、PCやOSを開発する立場になる。

 その人たちが、今、この時代に体験するファーストインプレッションとして、「使いにくい」と感じさせてしまうような仕様は、PCやOSの将来に決してプラスとはならないだろう。次世代を担うOSとしてのWindows 10には、このような次世代のユーザー層の取り込むための古典的作法と新時代の作法の融合が、まさに求められるはずだ。

「フロッピーディスク」のアイコン

 もう1つ、エピソードを紹介しよう。「フロッピーディスク」についてだ。

 もちろん、フロッピーディスクなんて、筆者宅の押し入れにも現物はもうない。目にしたのは単語だ。先日、とある制作物の校正をしているときに、この懐かしい単語が紙面にあった。

 「画面右上のフロッピーディスクのアイコンをタップする」。

 このキャプションに、赤を入れて修正しようかどうか、数分ほど悩んでしまった。

 「タップ」するという単語の通り、スマートフォンを題材にした制作物で、この単語が登場することに違和感があったが、確かに画面状のアイコンは、まぎれもなく「フロッピーディスク」を模したもので、表記としては間違っていない。

 しかし、読者が理解できるか? 違和感を感じないか? と考えれば、おそらくスマートフォンネイティブ世代には、「ディスク」から何となく意味は想像できたとしても、「フロッピーって、なんだろう?」とひっかかるかもしれない。

 まあ、「『保存』ボタン」など、役割として説明すれば済む話ではあるのだが、よくよく探して見ると、そこら中に存在するこのレガシーなアイコンをそのままにしていいのか? いや、そもそも「保存」という概念も、この先、将来まで、このまま放置しておいていいのか? と疑問に思えてくる。

フロッピーディスクのアイコンはもちろんだが、保存という概念すら、見直す必要がある

 筆者のようにPCに慣れた世代は、データをファイルに保存するのは当たり前だ。しかし、スマートフォンネイティブ世代にとって、データを保存するなどという操作は今やほとんどなくなりつつあるうえ、そもそもファイルを扱う機会が少ない。

 OneNoteやGmailなど、この概念をうまく取り入れているアプリケーションやWebサービスも存在するが、レガシーなデスクトップアプリでは、やはりデータの保存が必要だし、ファイルの概念も理解しなければならない。

 次世代のPCやOSがスマホネイティブのユーザー層に受け入れられるようになるためには、このあたりの見直しも必要だろう。

 また、現状のWindows 8.1では、「共有」チャームでスマートフォン的なアプリ(ストアアプリ)間の連携が試みられているが、デスクトップ中心となったTechnical Previewでは、残念ながら、これも目立たない存在となってしまった。

 現状でも、ストアアプリの左上にある「…」をクリックすれば、「Share」を選択して、共有チャームを表示することはできる。しかし、スマートフォンでは、ほとんどのアプリですぐにタップできる位置にある、この機能が、こんなにわかりにくい場所に追いやられてしまったことが残念でならない。

 スマートフォンネイティブ世代に受け入れられるOSとなるためには、デスクトップアプリも含め、すべてのアプリの目立つ位置に、「共有」アイコンを配置してもよさそうなものだ。

「共有」機能はもっと目立つ場所にあり、頻繁に使えるようにしたほうがいい

大切なのは融合させること

 このほか、個人的には、次世代のユーザーに向けて、起動と終了(特にシャットダウン)の概念やプッシュによるさまざまな情報の通知なども、これまでのPC的な概念から変えていく必要があると考えている。

 しかし、よくよく考えてみると、それって、まさにWindows 8、もしくはWindows 8.1だったんじゃないの? とも思えてくる。

 Windows 8やWindows 8.1には、スマートフォンライクなスタート画面や予測入力、素早い起動と終了、共有チャームなどがしっかりと実装されている。

 では、なぜ、それが今回のTechnical Previewでの「揺り戻し」につながっているのか? おそらく、その変化が急かつ、大胆過ぎたため、既存のユーザー層には受け入れがたかったのだろう。

 ただ、今のTechnical Previewは、ちょっと「揺り戻し」の幅が大きすぎるような気がする。もちろん、まだ開発中の製品であるうえ、これからその融合が進むことが期待できる。しかし、せっかく、Windows 8、Windows 8.1で取り入れられたスマートフォン的な発想が、失われてはいないものの、あまり進化しているようには思えない。

 個人的には、次世代のWindows 10は、今後のWindowsの方向性を決定づける試金石だと考えている。よって、いい製品となることを期待して、今の段階から評価やフィードバックに時間を割いているし、本コラムなどでの発言も積極的にしていこうと考えている。

 繰り返しになるが、もう5~6年もすれば、メインのユーザーはスマホネイティブ世代だ。もちろん、筆者も含めたPCネイティブ世代を大切にしてくれるのはありがたいが、次に我々が目にするビルドは、もう少し、次世代ユーザーの作法にも対応できるような仕上がりになっていることを期待したい。

 でないと、我が家の娘のように、最初に抱いたマイナスのイメージをいつまでも引きずってしまうことにもなりかねない。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。