D for Good! by Impress Sustainable Lab.

私たちの望むインターネットを実現するために――話題の中心は生成AIと偽情報への対応

「IGF京都2023」開会式ハイライト

 2023年10月8~12日の5日間にわたって、インターネットに関する国際会議「インターネット・ガバンス・フォーラム2023」(IGF 2023)が京都で開催された。IGFは、インターネットのガバナンスに関する多様なトピックについて議論する場として、一般ユーザーから専門家まであらゆる立場のインターネットユーザーが参加する。岸田総理大臣も登壇した開会式のハイライトをお届けする。

日本初となるIGFは史上最多の参加者数に

 主催者の国連によると、今回のIGFには現地で6279人、オンラインで推定3000人以上が参加したという。この現地参加者数はIGF史上で最多であり、会場となった京都国際会館は多くの人であふれた。

京都国際会館のメインホールでは、開会式や注目セッションが行われた
京都駅から京都国際会館までを結ぶ京都市営地下鉄烏丸線のホームにはIGF 2023のポスターが貼られていた

話題の中心は生成AIと偽情報への対応

 18回目となる今回のIGFでは、メインテーマとして「私たちの望むインターネット―あらゆる人を後押しするためのインターネット―(The Internet We Want - Empowering All People)」が掲げられた。

 研究者の道具として始まり、商用化から30年を経てビジネスそして一般社会で、なくてはならない存在になったインターネットが、この先どうあるべきかをあらためて考えようというものだ。まだインターネットへのアクセスが困難な国や地域の人々を、どのようにサポートしていくかという包摂性の視点は、国連が取り組むSDGsにも通じる。

 5日間で350以上のセッションやイベントが行われたが、その中でも特に社会的、時事的に注目されるテーマを扱い、専門家や識者、政府関係者などが登壇するものは「ハイレベルセッション」と呼ばれる。初日から2日目にかけて、5つのハイレベルセッションが行われた。

  1. DFFTを理解する(Understanding 'Data Free Flow with Trust' (DFFT))
  2. 誤・偽情報における進化のトレンド(Evolving Trends in Mis- & Dis-Information)
  3. WSIS+20を見据えて:マルチステークホルダーのプロセスを加速する(Looking ahead to WSIS+20:Accelerating the Multistakeholder Process)
  4. SDGs活性化のためのアクセスとイノベーション(Access & Innovation for Revitalising the SDGs)
  5. AI(Artificial Intelligence)

 ハイレベルセッションを含めて、全体として世間的にも旬のトピックである生成AIに言及したセッションが目立った印象だ。開会式直後にはAIがテーマのハイレベルセッションが設定され、基調講演では岸田文雄総理大臣もAIに言及した。

 DFFTは国境を越えたデータ流通の仕組み作りを目指すものだが、そのデータとはまさにAI活用で鍵を握るものだ。また、国内外で深刻化している偽情報や誹謗中傷の議論でも、生成AIの悪用や規制が焦点となった。

AIがテーマのハイレベルセッションでは、総務大臣の鈴木淳司氏や村井純氏、ビント・サーフ氏らをはじめ9人が登壇した
2021年のノーベル平和賞を受賞したジャーナリストのマリア・レッサ氏は、誤・偽情報のセッションに登壇。フィリピンで立ち上げたニュースサイトを通して体験した、偽情報の深刻さと政治への悪影響について語った
デジタル大臣の河野太郎氏はDFFTのセッションに登壇し、その重要性について説明した

多様な視点で課題と期待が語られた開会あいさつ

 DFFTや誤・偽情報、AIに関するセッションの詳細は別記事でお伝えする予定だが、ここでは開会式および開会あいさつの中から印象的なスピーチをピックアップ&要約して紹介する。

 マルチステークホルダー・アプローチを標榜するIGFらしく、「ステークホルダーからの開会あいさつ(Opening Statements from Stakeholders)」として、さまざまな国や組織の人物がスピーチを行う。

 政治家として、多国に訴えたいこと、国際的な業界組織として求めることなど、それぞれの視点の違いや共通点に着目すると、世界の状況が見えてくるのではないだろうか。ポジショントークも含めて、各者が自らの意見を主張し、参加者がそれを知ることが、まさにマルチステークホルダー・アプローチである。

 以下、アントニオ・グテーレス国連事務総長と岸田総理大臣は開会式でのスピーチで、それ以降はステークホルダーからの開会あいさつとなる。

SDGs達成と気候変動対策にインターネットを活用――アントニオ・グテーレス氏(国連事務総長)

ビデオメッセージでの登場となった国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏

 20年近くにわたり、IGFのマルチステークホルダーによる協力は、地政学的緊張の高まり、危機の増大、分断の拡大に直面しながらも、極めて生産的で強靭だった。私たちは、SDGsの達成、気候変動対策、より良い世界の構築のために、インターネットが可能にするデジタル技術を活用し続ける必要がある。

 行動すべきことが3つある。1つ目は、インターネットアクセスの格差を埋め、残りの26億人、特に開発途上国の女性たちのオンライン利用に協力すること。2つ目は、IGFのような活動を国連システム内外に拡大して連携することで、ガバナンスの格差を埋めること。3つ目は、人権と人間中心のアプローチを強化すること。インフラを含めて、インターネットがオープンで安全で、すべての人がアクセスできる状態を維持することが不可欠だ。

 2024年に採択を目指すグローバル・デジタル・コンパクト(GDC)は、人間中心のデジタルの未来を確保するための原則、目標、行動を定めることを目的としている。政府、民間企業、市民社会は、このコンパクト(協定)が守られるように団結しなければならない。私たちは、新しいデジタル技術に格差が生じるのを防ぎ、重複を避け、新たなリスクに効果的に対処するために努力しなければならない。

インターネットは民主主義社会の基盤として極めて重要――岸田文雄氏(総理大臣)

開会式のスピーチを行った岸田文雄総理大臣

 IGFの、オープンかつ民主的、包摂的なプロセスを重視するという基本理念は、我が国の基本的な価値観と一致する。

 インターネットは、生活や社会経済活動にとって不可欠であるだけでなく、民主主義社会の基盤として極めて重要だ。また、自由で分断のないインターネットは、開発、保健、安全保障といった、我々が直面するさまざまな課題の解決や人類の発展のためにも欠かせない。その一方で、偽情報を含む違法有害情報の拡散、サイバー攻撃、サイバー犯罪などの課題も生んできた。

 それらの負の側面にも目を背けることなく、世界中から、さまざまな立場の参加者が一堂に会し、マルチステークホルダー・アプローチの議論により英知を結集することで、リスクを低減しつつ、インターネットの恩恵を最大化できると確信している。

 インターネットが、信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)を促進し、引き続き人類の発展に貢献するためには、オープン、自由、グローバル、相互運用可能、安全かつ信頼できるインターネットを維持することが必要であると確信している。

インターネットは30年間で「自分たちのもの」から「みんなのもの」へ――村井純氏(慶應義塾大学教授)

慶應義塾大学教授の村井純氏

 インターネットは、私を含む少数の関係者から始まった。当時、私たちは「インターネットは自分たちのものだ」と言って、コミュニティのために開発をしていた。

 1995年に、ビント・サーフ氏が、ISOC(インターネットソサエティ)でインターネットはみんなのものだという議論を始めた。実際には、2000年でもまだインターネット人口は世界のわずか6%だったが、それが今では70%にまで達している。

 その歴史の中で、日本の立場から付け加えたい。1995年、私たちはこの地域(阪神・淡路)で大地震に見舞われた。その時、インターネットと国境を越えた協力が、人々の生活と災害からの復興を支えるということを強く認識した。だから1995年は、日本にとって非常に成熟したインターネットの元年になった。

 それからも何度か災害に見舞われたが、2011年の震災時にはすでにスマホが普及しており、位置情報などによって多くの命が救われた。

 最近の3年間はCOVID-19に見舞われ、世界中の人々がビデオ会議やリモートワークの意味を理解した。人々がインターネットの利点と重要性を理解するスピードは10倍速くなった。

 サイバーセキュリティは、私たちが協力すべき分野の1つだ。同じように、私たちはインターネットの倫理的利用のためにも協力し合える。今回のIGFが、インターネットの倫理的利用のためのスタートになることを願う。

マルチステークホルダー・コミュニティは現代の課題に取り組みながら過去の純粋さを維持できる――ベラ・ヨウロバー氏(欧州委員会)

欧州委員会 価値と透明性担当副委員長のベラ・ヨウロバー氏

 ウェブが誕生したとき、知識が広がり、障壁が取り除かれて平等が高まり、自由が花開く、オープンでワールドワイドな空間を想像していた。しかし、残念ながらそのようにはなっていない。

 国家が中心となり、情報流通がコントロールされたり、フィルタリングされたりするインターネットガバナンスのモデルが世界中で台頭している。

 インターネットは、人の知識を広げるのではなく、時として人の情報を抽出するためのツールのように感じられる。分断するツールであり、偽情報が蔓延し、統治システムや互いの信頼を低下させている。

 AIの飛躍的な成長は、人類の進歩にとって大きなチャンスだが、同時に過去の教訓を学び、迅速に行動しなければ大きなリスクになる。しかし、京都が成し遂げたように、私たちのマルチステークホルダー・コミュニティは、現代の課題に取り組みながら、過去の純粋さを維持できる。

 今こそ、オープンでアクセスしやすく、個人の自由と尊厳が尊重されるインターネットのビジョンを守る時だ。これは、2022年4月に発表され、現在70か国が署名する「未来のインターネットに関する宣言」[*1]の目的である。

 2024年は、民主的な選挙に参加する市民の数が過去最大になるだろう[*2]。市民は十分な情報を得た上で意思決定を行う権利があり、特に外国による欺瞞によって操作されてはならない。

 EUは、反偽情報の行動規範とデジタルサービス法(DSA)を通じて行動を起こしている。 私たちは、言論の自由を守ることと、安全で公正なオンライン環境を確保することは矛盾しないことを示している。

[*1]…… 「未来のインターネットに関する宣言」については以下の記事を参照

未来のインターネットに関する宣言――さらなる発展に向けて60か国が賛同
(「D for Good!」2022年6月1日付記事)

[*2]…… 2024年は米国大統領選挙をはじめ、世界各国で選挙が行われるため「政治の年」とされている

生成AIによって10倍良くなるか、または悪くなる可能性がある――アブドッラー・アル=サワーハ氏(サウジアラビア通信・情報技術大臣)

サウジアラビア通信・情報技術大臣のアブドッラー・アル=サワーハ氏

 現在、アナログの世界とデジタルの世界の両方で、二極化と分断が進んでいる。従来型の経済では、分断と貿易障壁によって世界経済の約7%が犠牲になっている。これは7兆4000億ドル(約1090兆円)相当の損失に当たり、1億人以上の雇用喪失につながる。ネットゼロ(温室効果ガス排出実質ゼロ化)の達成にも影響を及ぼす。

 デジタル市場では、生成AIによって10倍良くなるか、または悪くなる可能性がある。生成AIによってデジタル貿易が悪化すると、現在は800億ドル(約12兆円)の規模で世界に影響を及ぼしている誤報や偽情報の問題が、10倍に膨れ上がるかもしれない。デジタル格差の解消にも遅れが生じる。

 「革新」と「規制」のイタチごっこから、「革新的な規制」へと移行する必要がある。そのためにサウジアラビアでは、GAIA(Generative AI Accelerator)という大規模な生成AI推進プロジェクトと特区を立ち上げた。この特区に、50か国から50以上のスタートアップ企業を招き、AIのバイアスや倫理、ハルシネーションなどの課題解決に取り組むために2億ドル(約300億円)を拠出した。

「私たちが望むインターネット」をどうやって実現するのか考えてほしい――ビント・サーフ氏(IGFリーダーシップパネル議長)

IGFリーダーシップパネル議長のビント・サーフ氏

 私たちは「私たちが望むインターネット」を明確にしている[*3]。しかし、それをどうやって実現するのか、その方法を考えない限り、手に入れることはできない。そこで、IGFに参加する皆さんには、この方法についてより深く考えてほしい。それが、2024年にサウジアラビアのリヤドで開催されるIGFと将来にとっての成果になるはずだ。

 「私たちにふさわしいインターネット(the Internet we deserve。※ここでのdeserveはネガティブな意味で用いていると思われる)」と言う人もいる。もし、実現するための方法を考えないなら、私たちにふさわしいインターネットにはなるだろうが、それはあなたが望むインターネットではないかもしれない。

 私たちは、インターネットの強力なコネクティビティがもたらすリスクと危険性に注意を払わなければならない。このコネクティビティは、有益な情報と同じように誤情報や偽情報も拡散できてしまう。

 だから私たちは、無用な情報を抑え、有益な情報に集中しなければならない。つまり、行動に対する説明責任と、安心・安全なネットワークを作り維持するための主体性の両方に注力しなければならない。

[*3]…… 「私たちが望むインターネット」とは、前述の「未来のインターネットに関する宣言」で示した内容を踏まえている

「D for Good!」2023年12月4日付記事より)

「D for Good! by Impress Sustainable Lab.」について

このコーナーは、インプレスホールディングスの研究組織であるインプレス・サステナブルラボがnoteで連載中の「D for Good!」から記事を転載しています。D for Good!では「デジタルで未来を明るく!」を掲げ、書籍「インターネット白書」「SDGs白書」を編集するインプレス・サステナブルラボ研究員が、サステナビリティが身近になる話題を発信しています。