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「個人でも電子書籍を出版する時代が来る」と確信して始めた「パブー」

paperboy&co. 吉田健吾氏


 電子書籍は現在、コンテンツやデバイス、流通、規格、ビジネスモデル、文化など、さまざまな要素がからみあい、いろいろなアプローチが登場している。このシリーズインタビューでは、それぞれ異なる方向から新しい市場に取り組むキープレイヤーに話を聞く。

 出版社やメーカーとは違う方向からのアプローチとして、paperboy&co.では一般の人がブログ感覚で電子書籍を作り、販売できる、「ブクログのパブー」を提供している。シリーズインタビュー第6回は、paperboy&co.取締役副社長 経営企画室長の吉田健吾氏に、「ブクログのパブー」とその母体となったオンライン蔵書管理サービス「ブクログ」について話を聞いた。

ウェブで作れる個人出版サービス

paperboy&co.取締役副社長 経営企画室長の吉田健吾氏

―― ブクログとパブーを始めた経緯を教えてください。

吉田:「ブクログ」はもともと前社長の家入(一真氏)が2004年ごろに個人の趣味で始めた、インターネット上に自分の「本棚」を作成できるサービスです。ユーザーも20万人ぐらいまで増えたものの、家入が多忙になってあまり対応ができなくなり、ユーザーの要望にも応えられていませんでした。これはもったいないということで、事業を会社に譲渡してもらいました。

 ブクログを事業化する際に気付いたことなのですが、インターネット上には書籍をプロモーションする場所が少ないんですよね。自分が本を買う場合で考えても、有名なブログで紹介されていたり、Twitterでフォローしている人が面白かったと書いていた本を買うぐらいです。そこで、インターネット上で本を見つけられる「人と本が出会う場所」というコンセプトを決めて、ブクログをリニューアルしました。

 ブクログの事業を始めて、出版社の人と話すようになった中で、電子書籍の波が来ているということを知りました。特に米国でKindle DTP(現在はKindle Direct Publishing)のサービスが登場して、個人でも電子書籍を出せるという話に興味を惹かれました。マンガ家のうめさんが、自分で「青空ファインダーロック」という本を公開したという話も大きかったですね。

 一方で、パブーにつながる伏線としては、社内のプレゼン大会で「ウェブ上でマンガを公開して共有する」という企画が上がっていたんです。その関係で、個人出版についてもリサーチを続けていました。また、ブログサービスの「JUGEM」を運営していく中では、ただの日記にとどまらないコンテンツを書かれる方もたくさんいて、そうしたコンテンツが書籍化されるという経験も多くありました。それらが揃って、2010年の年始ごろに、電子書籍のサービスを作ろうと決めました。ブクログとなるべく連携させたかったので、「ブクログのパブー」という名前で、IDも共通でスタートしました。

―― パブーはブログのようなインターフェイスで電子書籍が作れるので、ブログから発想したサービスかと思っていたのですが、ほかの流れもあるのですね。

吉田:そういう意味では、先にブクログのサービスがあったことが大きいですね。そして、Kindle DTPを見たときに、一般の方も電子書籍というフォーマットで発表できるようになる世界になるだろうと確信したこともあって、ブクログでコンテンツの売買もできるようにしたいと考えて、サービスを作りました。

 海外では、Kindle DTPやSmashwordsといった個人出版のサービスがいくつかありましたが、原稿をWordなどのファイルでアップロードする形式のものが多く、ブログのようにウェブ上のエディターで書けるものは見当りませんでした。ブラウザーで書けるほうが、さらに敷居が下がるだろうと思って作ったのがパブーです。我々は元々ブログサービスをやっていて、そのあたりは得意でしたので。

 電子書籍の形式にEPUBを採用しているのも、EPUBの中身はHTMLなので、ウェブの会社である我々として扱いやすいという利点がありました。

―― 個人でも電子書籍を出す人が増えると確信したのはなぜでしょうか。

吉田:いちばん大きいのは、ブログのサービスをやってきた中で、表現したい人がたくさんいると皮膚感覚で感じたことです。また、電子書籍の特性として、少部数でもページ数が少なくても作れるということがあります。マンガ家さんからも、雑誌に描いた読み切りは、短編集を出すことなどがなければ出す機会がなく、そうした埋もれている原稿がけっこうあるといった話を伺いました。

 小さなコミュニティの中で必要とされている情報もけっこうあります。たとえば、特定の疾患を持った方に役に立つ情報といったコンテンツは、母数が少ないので紙の書籍ではなかなか出せない。ブログでもいいんですが、それでは対価が発生しない。まとまった小さめのコンテンツが流通して、ちゃんとお金が動く形を作れば、役に立つんじゃないかなと思いました。

日本語のEPUB書籍を一番多く作っているのはパブーかもしれない

ブクログのパブー

―― 現在、パブーにはどのくらいの電子書籍が登録されているのでしょうか。

吉田:現時点で8218冊で、日々増えています。ダウンロード用のフォーマットはEPUBとPDFを用意していますが、たとえばスマートフォンで見る場合だと、マンガはPDFの方が見やすいとか、文字中心のものはEPUBの方がいいといったこともあって、両方用意しておきたいと思っています。また、ブラウザーで読むためのウェブ版もあって、ウェブ版を置いておくことで検索エンジンからの導線も作れます。

 どのコンテンツにも、EPUB、PDF、ウェブ版の3つのフォーマットが用意されています。もしかすると、iPadで読める日本語のEPUB書籍を一番多く作っているのはパブーかもしれません。

―― 現在のユーザー数はどのくらいでしょうか。

吉田:読者さんと著者さんを合わせたユーザー全体で2万人を超えています。そのうち、作品を公開している著者さんは、正確な数字ではありませんが、3000人ぐらいです。

 ユーザー層としては、元々はJUGEMのユーザー層を想定していました。JUGEMは20代の女性が中心のブログサービスなので、女性が6~7割という感じです。パブーのユーザー層は、それよりもう少し上の方が目立つように感じています。また、割合として多いというほどではないのですが、60~70代の方が、詩集や写真集などを公開されているケースもよく見受けられます。これまでは、紙の自費出版を利用されていたような層なのかなと感じています。

―― 実際に売れている例などがあれば教えてください。

吉田:トータルで一番売れているのは、うめさんや佐々木俊尚さんのようなプロの方の本ですね。プロの方々にとっては、まだこれだけで商売になるというほどではありませんが、今後を見据えて試していただいているところだと思います。

 サービスのターゲットとして考えていたのは、インディーズというかセミプロというか、専業ではない方にとっての収入源となるものです。そのためには、読者数をもっと増やさないといけないと思っています。

佐々木俊尚氏の「本当に使えるウェブサイトのすごい仕組み」 うめ氏の「東京トイボックス」

―― 手数料はどのぐらいでしょうか。

吉田:売上の30%をいただいていますが、無料で公開されている場合や、売上が発生していない場合などには手数料はかかりません。

―― ブログの記事を書くようなインターフェイスで簡単に電子書籍が作れるのは便利なのですが、一方でプロの人などにとっては、より細かいレイアウトなどを指定したいという要望もあるのではないでしょうか。

吉田:その要望については、完成したPDFファイルをアップロードしてもらい、EPUBとウェブ版に展開して公開する方法を検討しています。ウェブのエディターで複雑なことをできるようにしても、EPUBとPDFの違いなどもあって、コントロールできる範囲が限られてしまいます。ウェブのエディターはいまぐらいのシンプルなものにとどめておいて、より複雑な組版やレイアウトをしたい場合はデータをアップロードしてもらう形がよいかと思っています。

 ただ、PDFをアップロードできる形にすると、スキャンした本を無断で登録してしまう海賊版のような問題もありますので、有料版のサービスとして提供する形になると思います。

同じ本を無料版と有料版で提供、想定していなかった使われ方も

パブーの総合ランキング

―― 個人制作の本というと、コミケのようにマンガが中心になるのかと思っていましたが、パブーに並んでいる本を見るとそうでもありませんね。

吉田:総数でいうと小説がいちばん多いですね。パブーは二次創作はNGという利用規約になっていることも影響があるかもしれません。小説の中でも、ファンタジーもあれば、純文学もSFも、ライトノベルもありますし、ジャンルはけっこう散らばっています。

 あと、ビジネス書のようなものを書いていらっしゃる方もいます。株の投資の方法を書いている方や、マーケティングや企画のバックグラウンドを持つ方が自分の経験にもとに本を出していたりもします。

―― 当初想定していなかった、パブーの面白い使い方をされている例がありましたら教えてください。

吉田:街中にバリカンを持って出掛けて、女の子に声をかけて、自分の頭を一刈りずつ刈ってもらい、最後に丸坊主になるまでを写真集のような感じでまとめた「美人バリカン」という本を出した方がいらっしゃいました。基本は無料で公開されているんですけど、全く同じ内容の本を200円版と500円版の有料版としても出していて、面白いと思ったら買ってくださいという、投げ銭のようなことを試していました。

 また、ゲームクリエイターの方で、「ドリトル先生物語」を自分で飜訳して、同じ内容を別々の人にさし絵を描いてもらって別バージョンの本として出している方もいらっしゃいます。

 パブーでは、有料の本でも立ち読みできる範囲を著者が設定できるようになっています。この機能を使って、全部のページを立ち読み可能にした上で、値段を付けている例もあります。ウェブで全ページが読めますが、ダウンロードは有料になりますので、これも面白かったら買ってくださいという使い方ですね。

フォーマットは、一般の個人が作って読めるものを採用

―― 今後、EPUBやPDF以外にフォーマットを増やす予定はありますか。

吉田:我々としては、いろいろな形式で公開して、いろいろなデバイスで読める方がいいと思っています。

 EPUBとPDFを採用しているのは、比較的オープンな規格で扱いやかったためです。あまりコストをかけられないこともあって、ライセンス料が発生するフォーマットではなくEPUBとPDFを採用していますが、種類を増やしたくないということはありません。

 PDFならサードパーティでもリーダーを作れますし、EPUBにしても中身はHTMLなのでブラウザーでも見られます。ユーザーとしては、自分が持っているコンテンツが開けなくなってしまうことは避けたいですし、著者の方に負担もかけたくない。そういう意味では、オープンなフォーマットでやっているという点を、安心感として受け取ってもらえればと思います。

―― その話とは逆の流れになるとは思いますが、DRMに対応する予定はありますか。

吉田:たぶん、ほかの電子書籍サービスとパブーが一番違うのは、DRM無しの方針でやっていることではないかと思います。一般の個人の方に、なるべく広くたくさん読んでいただきたいという方針のサービスなので、DRMはかけないほうがいいだろうなという判断です。

 ただ、メールアドレスを埋め込むような「精神的DRM」のようなレベルであれば良いかなとは思っていて、ちょっと考えています。「電書フリマ」をやっている電書部さんなどが採用している方法ですね。

―― 現在の利用者は、主にどのようなデバイスで読んでいるのでしょうか。

吉田:ダウンロードされるファイルでいうと、EPUBが多いコンテンツと、PDFが多いコンテンツの両方があります。我々も調べているのですが、たとえばマンガや小説といったジャンルでは傾向の違いがはっきりとは出ないので、まだよくわかっていません。PDFはPCでも読めますが、EPUBはスマートフォンやiPadのユーザーが多いだろうと推測するぐらいですね。あと、ウェブ版だけで見ている方も多いですね。

複数人が共同で本を作るための機能なども提供していきたい

―― 読者をもっと増やしたいという話がありましたが、そのための今後の課題は?

吉田:サービスとしては、100円程度の少額決済ができるようにする必要があったので、我々の「おさいぽ!」という決済システムを利用していました。

 ただ、やはりIDを登録しなくてはならないのがハードルになっていた部分もあったので、ID無しでもカード決済できるように変更しました。これで少しハードルが下がって、これまで購入していただけなかった方にも買っていただければと思っています。

―― 今後、増やしたい電子書籍のジャンルはありますか。

吉田:個人的には、ビジネス書や新書、実用書のようなものは、電子書籍に向いていると思っています。特に時事性の高い内容の書籍は、比較的短いスパンですぐに発売して、後から内容のアップデートもできるという電子書籍の特性に合っているのではないかと思うのですが、まだそれほど多くないんですよね。

―― パブーで絵本のコンテストもやっていましたね。

吉田:はい。もともと絵本は、開始直後からコンスタントに公開されていました。バブーのサービスを開始するときに、こんな雰囲気というサンプルとして絵本を出したんですね。そのときの印象や、サイトのイメージ、ユーザー層などから、絵本も多くなっていると思います。

 そうした中で、コンテストの第一弾としては絵本がいいんじゃないかということになりました。我々は本については素人なので、小説だと審査も大変だなということもありまして。コンテストは今後も継続的にやっていきたいと思います。

―― パブーで今後提供したい機能はありますか。

吉田:複数人で1つの本を作っていく機能は入れたいと思っていて、提供予告もしています。絵を描く人、文章を書く人、企画を立てる人とか、何人かで1つのコンテンツを作るための機能です。インターネットのよいところは、遠隔地の人とでも、もともと友達どうしでない人ともコミュニケーションできるというのがありますので。現状でも、いっしょに本を書く人をTwitterで探しているというケースを見かけるようになりましたので、サービスとしてサポートできるようになるといいなと思います。

―― 吉田さん自身はパブーの本を読んだり書いたりは?

吉田:けっこうマンガは読んでいますね。あと、子供にiPadで絵本を見せると機嫌がいいので、いろいろダウンロードしています。

 自分で書いてはいませんが、うちのスタッフが先日「パブー合宿」というのをやりまして、各人が好きなものを作っていました。マンガを描く人もいれば、書きかけの小説を完成させるとか、会計について書くとか、いろんな人がいましたね。

―― 最後に、パブーで本を書いている方や読んでいる方にメッセージを。

吉田:書いていただいている方には、複数人で本を作るための機能や、自分たちの本がどのように読まれているのかがわかるアクセス解析のような機能などを、もっと強化していきたいと思っています。

 あと、著者と読者のコミュニケーションを取れる仕組みとして、読んでもらっている手応えがわかるものをなにか作りたいですね。たとえば、「いいね!」ボタンのようなもので、読んでいる途中にここが面白いというのを著者さんに伝えられると、励みになるかなと考えています。

 読んでいただいている方に対しては、まだ街の本屋さんに比べると冊数が少なく、その分面白いと思える本に出会える確率も低くなるので、もっとコンテンツを増やしていかないといけないと思っています。

 ただ、マンガや絵本は、今でも読んでいただければ、たぶん好きなものが見つかるんじゃないかと思います。小説ですと、好みのジャンルも分かれていたり、読んでみないと面白いかどうかわからないという部分もありますが。そういう意味で、我々としても面白いものをお伝えできるような仕組みも作っていきたいと思っています。


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(高橋 正和 / 三柳 英樹)

2011/1/31 06:00



“本好き”に向けたソニーの電子書籍端末「Reader」

ソニーマーケティング株式会社 北村勝司氏


 電子書籍は現在、コンテンツやデバイス、流通、規格、ビジネスモデル、文化など、さまざまな要素がからみあい、いろいろなアプローチが登場している。このシリーズインタビューでは、それぞれ異なる方向から新しい市場に取り組むキープレイヤーに話を聞く。

 ソニーは、海外で販売している電子ペーパー搭載の電子書籍端末「Reader」を、日本でも2010年12月に発売した。シリーズインタビュー第5回は、ソニーマーケティング株式会社 コンスーマーAVマーケティング部門 メディア・バッテリー&AVペリフェラルマーケティング部 デジタルリーディングMK課 統括課長 北村勝司氏に話を聞いた。

30~40代、首都圏のユーザーがPocket Editionを購入

コンスーマーAVマーケティング部門 メディア・バッテリー&AVペリフェラルマーケティング部 デジタルリーディングMK課 統括課長の北村勝司氏

―― Readerは、予約段階では6インチ画面のTouch Editionの方が、5インチ画面のPocket Editionより売れていると聞きましたが。

北村:いまでは半々から、Pocket Editionが多い程度になっています。当初は、テキストやPDFを読みたい方や、ガジェット好きの方を中心に買っていただいたという仮説を立てています。ユーザーのアンケートでも、Touch Editionは大画面とメモリカードスロットが評価が高かったですね。ただ、少しずつコンテンツも揃ってきたため、持ち運びに便利なPocket Editionも増えてきたかと思います。

―― いま、読まれているジャンルや、ユーザーの年齢層はどうでしょうか。

北村:ジャンルはさまざまですが、ビジネス書と文芸書が多いです。ユーザーは30~40代が多いですね。当初の比較的若いガジェット好きの層から、30~40代がユーザーの中心に移ってきています。地域は首都圏が多く、電車の中で移動中に読むことが多いようです。

本を常に持ち歩く人に向けて、機能を削ぎ落した

5インチ画面の「Pocket Edition」
6インチ画面の「Touch Edition」

―― Pocket EditionとTouch Editionのコンセプトはどう分かれているのでしょうか。

北村:Pocket Editionはとにかくコンパクトで、文庫本のようにどこでも読めるというコンセプトです。本来Readerが目指すものは、Pocket Editionに強く出ています。それに対してTouch Editionは、外だけでなく自宅でゆっくり本を楽しまれる方向けのサイズとなります。

―― Pocket Editionにメモリーカードスロットが付いてないのは。

北村:純粋にサイズの問題です。徹底的に小型軽量で、電子書籍を読むことに特化するために、いろいろな機能を削ぎ落した結果がPocket Editionです。200ページの文庫本がだいたい180gぐらいですから、Pocket Editionは155gなので文庫本より軽い。この中に、1400冊を持ち運べるのがPocket Editionの大きなメリットです。

―― 海外ではひとまわり大きなモデルも出ていますが、日本でこの2つのモデルを選んだのは。

北村:米国では、Pocket EditionとTouch Editionのほかに、7インチ画面のDaily Editionを販売しています。Daily EditionではWi-Fiと3Gの通信機能も搭載しています。

 Daily Editionは、本に加えて定期購読のコンテンツを読むことを想定しています。大きな画面に通信機能を付けて、新聞がプッシュ型で送られてくるというソリューションです。出張に出ると普段読んでいる新聞が読めないといったニーズに応えています。

 一方、国内でも販売している2モデルは、書籍にターゲットを絞って設計しています。日本ですと通勤中に電車の中で読む用途は外せませんが、このサイズであれば片手で吊革につかまりながら読み続けられます。

―― たとえば、通信機能をTouch Editionに入れるという選択肢もありえたかと思いますが、そのあたりはどう判断したのでしょうか。

北村:通信機能についてはいろいろと議論があったようです。発売にあわせるために、搭載する機能のプライオリティー付けが必要になりますが、今回は、通信機能より、本を読むという行為に直結するタッチパネルの機能を優先しました。通信機能はあれば便利だと思いますが、Wi-Fiのある家の中にはパソコンもありますし、欲しい本を探して買うのに大きい画面の方が探しやすいというメリットもありますよね。

 ただ、通信機能については動向を見ながら、次のステップかなと思っています。

 世の中には、本をたくさん読む人と、それほど読まない人と、2通りいます。我々の調査では、月に3冊以上書籍を購入する人は全体の21%ですが、その上位21%の人が書籍全体の63%を購入しています。常に本を持ち歩いているような人は、読み終わるときに備えて2冊持ち歩いているとか、長期出張に行くときにはカバンに本を10冊ぐらい入れていくとか、読みたい本がハードカバーだと大きくて重くて大変とか、そうしたことに不満を持っています。Readerはそうした「本好きのお客様」に向けています。

電子ペーパーの進化に期待

「Reader」のサイト

―― 電子ペーパーは綺麗でいいのですが、反応速度などの弱点もあります。

北村:電子ペーパーも速いスピードで進化していますし、Readerの電子ペーパーも以前の「LIBRIe」に比べてコントラストが150%上がっています。

―― カラー化の要望もあると思いますが、どうお考えでしょうか。

北村:これも悩みどころです。現在の電子ペーパーではカラーにするとどうしてもコントラストが落ちて、くすんだ色になってしまいます。文芸書やビジネス書はほぼ白黒ですので、読みやすさを考えるとカラーは無くてもいい。一方で、雑誌やカタログではカラーが必要になりますが、動画や音声などリッチコンテンツ化のニーズもあるでしょうから、それならば液晶や有機ELディスプレイのほうがいいかもしれません。

 一口に「電子書籍」と言いますが、実は「書籍」というのはとても大きなくくりですよね。雑誌と文芸書は似て非なるものですし、地図も書籍ですからその電子版であるカーナビも電子書籍だと言っていいかもしれない。書籍という大きな文化と資産を、セグメントごとに分けて、それぞれに合うハードウェアを組みあわせて、最適なソリューションを提案していくという方法もあるかもしれません。何もかも1台の端末でカバーしようとしなくてもいいのではとも考えています。

いったん購入したら権利が消えない仕組みに

―― 米国ではEPUB形式で販売していますね。5月にはEPUB 3.0として日本語仕様が入るとされていますが、対応の予定は。

北村:私は設計部門ではないので確かなことは言えませんが、来たものは極力対応して提供していく方針です。フォーマットの面では、ご迷惑はユーザーにかけずに、本を楽しんでいただけるのではないかと思います。現時点でもEPUBには対応していますので、EPUB 3.0が決まった場合もファームウェアアップデートなどで対応できると思います。

 やはり、ユーザーが不安に思っているのは、コンテンツの点数と、将来のフォーマットが変わっていくことの2点なんですよね。フォーマットが変わったら購入した電子書籍は読めなくなってしまうのではという点ですね。

 しかし、今回のReader Storeはお客様が購入したコンテンツはIDで紐付いていますので、一度購入すればフォーマットやハードが変わったとしても、同じユーザーIDで再ダウンロードできます。我々も、今後フォーマットが変わることはあるだろうと考えています。デバイスもいろいろ出てきて、スマートフォンやタブレットでも読みたいという方向になっていくと思っています。

 そういう意味では、「Readerでこれから本を集めはじめませんか」というセールストークを考えています。買った本はクラウドの本棚に溜まっていきますので、今からReaderで電子書籍を集め出しても、将来の端末でも読み続けられます。

店頭で売れる本が電子書籍でも売れるように、もう特殊な市場ではない

ブックストア「Reader Store」

―― 今後の品数充実の見通しは。

北村:出版社さんのご理解をいただきながら、少しずつですね。出版社さんも様子を見ているところがありますが、電子書籍の成功事例も出始めています。いまReader Storeで売れている一つのコンテンツは「悪人」ですが、映画の受賞などのニュースと連動してとてもよく売れました。従来は電子書籍というと、書店で普通に売れている本とは傾向が違うということもあったのですが、最近ではたとえば「これからの『正義』の話をしよう」といった硬い本も実際に電子書籍で売れています。一度そういう方向に向けば、本を電子書籍としても販売するようになる動きは早まるのではと思っています。

 米国でも、Readerを発売した時点では電子書籍のタイトル数は約2万タイトルでしたが、今では約120万タイトルに成長しています。新刊や話題の本という意味でも、ニューヨークタイムズで紹介しているベストセラーの97%程度をカバーしているというデータもあります。日本でも、今後1~2年でタイトル数は大きく増えていくのではないかと思っています。

―― 今後のReader Storeの展開は。

北村:随時、話題の新刊など、本を増やしていきます。また、おすすめの新刊コーナーなどの強化も、もちろんやります。Reader Storeの便利な使い方も提案していきたいですね。実はANAのマイレージはソニーポイントと交換でき、そのポイントでReaderストアで本が買えるんです。ですから、よく出張して飛行機で本を読む人にはおすすめしたいですね。

 たとえば、東北に出張に行く際に「風の又三郎」を読むとか、旅行ガイドと「奥の細道」が一冊にまとまってた本もありましたが、観光しながらその場でそうした本を読むというのもいい。本好きには、そんな新しい楽しみかたがReaderでできて、読書に新しい世界が広がっていけば、楽しくなるのではないかなと思っています。


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(高橋 正和 / 三柳 英樹)

2011/1/24 06:00



第4回:新聞・雑誌などの定期購読にも対応する電子書籍端末「GALAPAGOS」

シャープ株式会社 中村宏之氏・笹岡孝佳氏


 電子書籍は現在、コンテンツやデバイス、流通、規格、ビジネスモデル、文化など、さまざまな要素がからみあい、いろいろなアプローチが登場している。このシリーズインタビューでは、それぞれ異なる方向から新しい市場に取り組むキープレイヤーに話を聞く。

 シャープは12月10日に、電子書籍や新聞・雑誌などの定期刊行型のコンテンツに対応したメディアタブレット「GALAPAGOS(ガラパゴス)」を発売した。液晶タッチパネルや無線LAN通信機能を備え、専用のオンラインストア「TSUTAYA GALAPAGOS」からコンテンツを購入できる。

 シリーズインタビュー第4回は、シャープ株式会社 ネットワークサービス推進センター 副所長 兼 サービス企画室長 中村宏之氏と、ネットワークサービス事業推進本部 商品企画担当 係長 笹岡孝佳氏に話を聞いた。

端末とサービスを結び付け、プッシュ型のコンテンツを提供

ネットワークサービス推進センター 副所長 兼 サービス企画室長の中村宏之氏
ネットワークサービス事業推進本部 商品企画担当 係長の笹岡孝佳氏

―― 反響はどのような感じでしょうか。GALAPAGOSには5.5インチのモバイルモデルと10.8インチのホームモデルがありますが、その比率なども。

笹岡:順調な売れ行きです。モバイルモデルとホームモデルで、だいたい2:1ぐらいの割合です。当初はモバイルモデルが圧倒的に多いと予想していましたが、見開きページなどの見やすさなどからご判断いただいたのでしょう。ホームモデルも予想を超えた売れゆきとなっております。

 モバイルモデルとホームモデルは、画面サイズとトラックボールの有無以外はまったく同じで、液晶比率も同じです。トラックボールはモバイルモデルでこだわったことの1つで、電車の中で片手で操作するシーンを考えて付けました。混雑した電車でも、トラックボールを押しこむだけでページ送りでき、転がせば前ページに戻ることも可能です。

―― 新聞や雑誌の定期購読も特徴ですが、ホームモデルの人気も、それに関係があるのでしょうか。

笹岡:それもあると思います。小説というより、雑誌のレイアウトされたページが読みやすいというのが、ホームモデルのメリットとしてあります。

 もともと、GALAPAGOSのコンセプトには、「端末とサービスの結び付き」を目指すということがあります。これまでは端末だけを作って店頭で売り切るビジネスを中心にしてきたわけですが、GALAPAGOSは製品とサービスを結び付けたプッシュ型のコンテンツを大きな特徴としています。新聞や雑誌の定期購読がそうですし、おすすめの本などの紹介もプッシュ型で提供しています。これによって、新しい生活習慣を提案していきたいと考えています。

 GALAPAGOSのデスクトップも、新しい読書習慣を提案するという観点から、4つの本棚の画面に分かれています。本との出会いとして新しく購入した本や定期購読のコンテンツが届く「未読・おすすめ」の棚、いま読んでいる本が入る「最近読んだ本」の棚、何度も読み返したい本が入る「お気に入り」の棚、定期購読しているコンテンツを管理する「定期購読」の棚です。

コンテンツの作り方は4種類

メディアタブレット「GALAPAGOS」

笹岡:電子書籍を見やすくするための機能も用意しています。コンテンツにもよりますが、まず、ページのレイアウトはそのままで本文の文字だけ拡大できる機能があります。単純に拡大するとその画面からタイトルやイラストが消えてしまったりしますが、そのレイアウトを保ったまま拡大縮小できるものです。

 また、雑誌の記事などで多段組になっていたり、写真などが入っていたりするコンテンツを、本文テキストだけの表示に切り替えて読みやすくできる機能もあります。そのほか、図鑑などでは、動画や音声などを再生できるものもあります。

―― そうした機能を使うには、コンテンツを作る側はどのぐらいの作業が必要になるのでしょうか。

中村:コンテンツを作るには、4通りの手段があります。まず、一番リッチなコンテンツの表現方法は、従来のXMDFを拡張した「XMDF 3.0」フォーマットを使うものです。専用のオーサリングツールなどを使ってコンテンツを作成する必要がありますが、この方式を使うことで、レイアウトはそのままで文字の拡大縮小を行うといった機能が実現できます。

 逆に最も手軽な方法としては、紙面イメージのPDFからコンバーターを使って自動生成することもできます。とりあえずページイメージとして文字が読めれば良いという場合には、この方法がおすすめです。

 この2つの中間的の方法としては、ページイメージにテキスト情報を加えたハイブリッド形式があります。この形式であればページ全体はイメージで確認でき、本文はテキストデータとして扱えるので、検索も可能です。コンテンツ制作にあたってはページイメージのPDFと、記事の区切りや見出しなどを表すHTMLのタグを付けたテキストを用意していただくことになります。

 最後に、HTMLでコンテンツを作成する方法もあります。既にウェブで提供しているコンテンツがベースになっているものでは、この方法が親和性が高いと思います。

 こうした元データを複合アーカイバで束ねて1つの書籍コンテンツとして作ることができます。4つの方式は、目的と手間を考えて、出版社様に採用いただきます。1つの書籍コンテンツの中で混在させることもできます。たとえば雑誌では、広告面はページイメージで、記事面は本文のテキスト表示に対応するといったこともできます。

―― 現在提供中のコンテンツでは、どのパターンが多いのでしょうか。

中村:雑誌ですとハイブリッド形式が多いようです。本文のテキストはデジタルデータとして持っている場合が多いので、ページイメージとテキストを用意すれば、もう一手間かければ電子ならではの使い勝手ができるということで、比較的人気の高い作り方です。

読み方が変わる~プッシュで届く新聞・雑誌コンテンツ

メディアタブレット「GALAPAGOS」のサイト

―― 現在のGALAPAGOS用の電子書籍のラインナップはどのような感じでしょうか。

笹岡:現時点では約2万4000冊で、日々増えています。

 サービスとしては、本を買いやすいように、リアル書店と同じような構成を取っています。書店のテーマごとのコーナーに相当する「スクエア」、通りに相当する「ストリート」、レジ前の平台に相当する「特集」を用意して、書店の店員さんが勧めるようなようにしています。たとえば、特集で平野啓一郎さんのインタビューを掲載して、実際の作品に誘導するようなこともしています。

 定期購読できるコンテンツを揃えている点も特徴です。新聞では、日経新聞、Maichichi iTimes、西日本新聞の3紙でスタートしており、スポニチも予定しています。今後拡充していく中では地方紙にも声をかけていて、前向きに検討いただけています。たとえば関西から関東に引っ越した人が、関西の新聞を読めるというのはメリットだと思います。

中村:私も日経新聞の電子版を契約しているのですが、今までは携帯電話に配信された見出しを通勤途中などでチェックしてパソコンで本文を読むという使い方をしていました。そうすると気になった記事しか読まないんですよね。ところが、GALAPAGOSに配信されると、記事本文が全部ダウンロードされているので、モバイルでもサクサクと読み進められふだん読み飛ばしていた記事も読むようになりました。

笹岡:雑誌では、5大ビジネス誌を揃えているほか、一般誌も約40誌程度読めます。単体で買えるものもありますし、定期購読で読んでいただくこともできます。

中村:おすすめ情報が届くと、試し読みもできますし、そこですぐ買えるようにもなっています。すると手軽なので、私もつい買ってしまうんですよね、特に新幹線の中などで。

―― 今後の雑誌のラインナップの方向性はどのようにお考えでしょうか。

中村:現在はビジネス誌が多いですが、今後はユーザーターゲットをどう広げるかを考えています。テーマ別にコンテンツを紹介する「スクエア」のコーナーには現在のところ、ビジネス向けの「丸の内スクエア」、ファッションや美容などをテーマにした「白金スクエア」、文芸を中心とした「神田スクエア」がありますが、今後はもっと幅広い趣味嗜好に応えるラインナップを拡充し、さまざまなスクエアを作っていきたいと考えています。

アプリケーション版や海外展開も

―― シャープでは、PDA「ザウルス」の頃から電子書籍の販売をされていますが、これまでのサービスとGALAPAGOSの大きな違いは何でしょうか。

中村:いままでやっていたのは、小説や文字などを中心としたコンテンツの単品販売でした。シャープではこれに加えて、新聞や雑誌を配信できる仕組みを作りたいと考え、電子書籍ならではの豊かな表現を実現するXMDFの開発や、毎日自動配信する仕組み、定期購読型の販売モデル、読みやすいユーザーインターフェースなど、さまざまな仕組みを研究してきました。それが結実したのがGALAPAGOSということになります。

 GALAPAGOSでは、読みやすさのために、液晶も自社で専用のサイズを独自開発しました。モバイルモデルの5.5インチ液晶は、人間の手で安定して持ててスーツの胸ポケットにも入るサイズから画面を割り出しました。ホームモデルの10.8インチ液晶は、同じ比率で、見開きの雑誌も読めることと、持ち運べるぎりぎりのサイズで作りました。

―― ハードの設計はいつごろからやっていたのでしょうか。

笹岡:2年ぐらい前ですね。

中村:XMDF 3.0も構想は2年ぐらい前から、大筋が決まったのは1年前です。出版社からのご意見もいただきながら、サービスインまでブラッシュアップしてきました。

 こうした取り組みを経て発売する運びとなったのですが、それがたまたま「電子書籍元年」と呼ばれる2010年の発売になりました。他社を意識していたわけではないのですが、タイミングとしては良かったと思います。

―― GALAPAGOS以外のハードウェアへの対応の予定はありますか。

中村:2011年春に、TSUTAYA GALAPAGOSストアサービスに当社製のAndroidスマートフォンが対応予定です。今後拡大が予想されるさまざまなタブレット端末にもサービスを提供していきたいと考えています。

笹岡:Kindleの専用端末とアプリケーションと同じようなもので、電子書籍を読むには専用端末が一番使いやすいようになっていますが、裾野を広げるためにアプリケーションソフトも用意するということです。

―― 今後、XMDF以外のフォーマット、たとえばEPUBへの対応は。

中村:XMDFにしか対応しないというつもりはありません。日本にはまだEPUBの書籍はほとんどないため対応していませんが、縦書きやルビなど日本語組版に対応したEPUB 3が規格化され、日本語のコンテンツが増えてくれば、対応していくことも考えています。海外には既にEPUBで何百万冊もの電子書籍がありますので、GALAPAGOSの海外展開では当然EPUBへの対応を検討しています。

 どうしても「EPUB対XMDF」とか、「(ソニー)Reader対GALAPAGOS」といった対立の構図で語られがちですが、市場の開拓期においてはナンセンスだと思っています。

 EPUBはパブリックなツールもありますので、たとえばユーザーコミュニティで小説を作るといった用途には向いてるかもしれません。用途によって適切なフォーマットを選択いただくことによって、まずは、電子書籍の点数を揃えることの方が重要だと考えています。


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(高橋 正和 / 三柳 英樹)

2011/1/17 06:00



第3回:角川グループを横断して電子書籍を販売する「BOOK☆WALKER」

コンテンツ1つ1つを活かしたい~角川コンテンツゲート 安本洋一氏


 電子書籍は現在、コンテンツやデバイス、流通、規格、ビジネスモデル、文化など、さまざまな要素がからみあい、いろいろなアプローチによる群雄割拠の時代となっている。このシリーズインタビューでは、それぞれ異なる方向から新しい市場に取り組むキープレイヤーたちとその思いを聞き出したい。

 大手出版社の中でも、とりわけ電子書籍に積極的な展開を見せているのが角川グループだ。2010年12月には、角川書店をはじめとして、アスキー・メディアワークス、富士見書房、エンターブレインといったグループ傘下の出版社各社による電子書籍やデジタルコンテンツを配信するプラットフォーム事業「BOOK☆WALKER」を立ち上げ、iPhone/iPad向けにサービスを開始した。

 シリーズインタビュー第3回は、「BOOK☆WALKER」の運営を担当する株式会社角川コンテンツゲートの常務取締役 BOOK☆WALKER事業本部本部長の安本洋一氏に話を聞いた。

ライトノベルの読者から熱い反響、iPadユーザーの多さは予想外

BOOK☆WALKER事業本部本部長の安本洋一常務取締役

―― 「BOOK☆WALKER」を開始して、ユーザーの反響はいかがでしょうか。

安本:「BOOK☆WALKER」はまず、文芸、ライトノベル、コミック、新書系を中心にスタートしました。角川グループは特にライトノベルに強く、日本市場において7~8割程度のシェアを持っています。そうしたライトノベルの読者の方々を中心に「やっと出てきてくれたか」といった熱いお言葉をいただいています。

 現在、電子書籍のラインナップは週に1回更新していますが、更新のたびに買っていただいているユーザーも多くいます。角川は電子書籍市場に本気で取り組むというメッセージを出しているので、将来的には全ラインナップを出していくことが期待されているのでしょう。それには応えていけると思います。

―― iPhone/iPad向けアプリとしてのスタートですが、ユーザー層はどのような感じなのでしょうか。

安本:端末の台数から考えてiPhoneユーザーが多いだろうと予想していたのですが、スタートしてみるとiPadユーザーの比率が非常に高く、驚きました。最初の5日間のデータでは、iPadが52%、iPhoneが39%、残りがiPod Touchという結果で、iPadユーザーの方が多いという結果になりました。ただし、日が経つにつれてiPhoneユーザーも増えてきています。アプリとしては、App Storeで無料アプリの1位になった時期もあるなど、かなりの反響があったと思います。

「BOOK☆WALKER」のiPad用アプリ

―― iPhone/iPad以外のデバイスに対応する予定はありますか。

安本:もちろんやります。従来型の携帯電話への対応は難しいですが、PCやAndroidスマートフォン、タブレットなど、マルチプラットフォームに対応していこうと思っています。マルチプラットフォームになった場合、基本的に購入したコンテンツは複数の端末で読めるようにしたいと考えています。iTunes StoreのDRMのように、5台程度の端末が利用できるものを想定していて、現在開発を進めています。

 「BOOK☆WALKER」はiPhone/iPad向けアプリとしてスタートしましたが、これはまだ実証実験という位置付けで、現在は4月以降の展開の準備をしている段階です。4月の時点で、本来「BOOK☆WALKER」として搭載すべき機能が整う予定です。

 ラインナップとしても、4月までに新刊から既刊まで1000点程度を出したいと思っています。中でもライトノベルはやはり充実させたいですね。

 現在のアプリの中ではボイジャーさんのビューワーを使用していますが、独自のビューワーも用意します。独自のビューワーでは、書籍の中の気に入ったフレーズをコピーして取っておく機能なども考えています。また、独自課金の機能も組み込む予定です。

 現状ではApple IDによるアプリ内課金となっていますが、これに加えて4~6月頃を目処に独自課金のサービスもスタートする予定です。独自課金だと、コンテンツの表現の自由度も増すので、ラインナップを増やしていけると思います。

―― 書籍の価格は、どのように設定する考えでしょうか。

安本:基本的には、新刊に関しては紙の書籍と同じぐらい、既刊は紙の7~8割程度の価格でやっていこうと思っています。ただ、Appleの決済だと決まった値段にしか設定できないので、紙の書籍とだいたい近い値段の設定となっていますが、独自課金ではもう少し柔軟に設定できると思います。

 こうした価格設定についても、現在はまだ実験中という位置付けです。たとえば、デジタルならではの付録を付けた特別版として書籍よりも高く設定する可能性もありますし、やはり電子版は安い方がいいという可能性もあるでしょう。紙の新刊と同時に電子版を出すと、部数は増えるのか減るのか、売れ方のパターンはどうなるのかといった点も検証していきますので、結論が出るのはもう少し先になると思います。

―― 今後、角川グループの新刊はすべて「BOOK☆WALKER」から電子書籍で買えるようになるのでしょうか。

安本:はい。著者様や権利者様の意向を酌んだ上での判断となりますが、角川グループとしてその方針でいきたいと考えています。もちろん、そのためには紙の出版での制作フローも変えていく必要がありますし、外字やルビなども含めて再現されているかどうか、1冊ずつチェックするのに人手がいるという問題はありますが。

 書店であまり本を買わない方にも、電子書籍を買っていただくことで市場を広げていきたいと考えていますが、さらに進んだ取り組みとしては書店に人を向かわせる施策も必要だなと思っています。

―― これまでにも何度か電子書籍のブームがありましたが、今回のタイミングで角川グループが全社をあげて取り組むのはなぜでしょうか。

安本:いま、角川グループの携帯向けの電子書籍コンテンツの売上が毎年150~200%ぐらいの勢いで伸びています。若年齢層など、ユーザーがデジタル端末で本を読むということに慣れてきているわけです。

 そこに、スマートフォンがすごい勢いで伸びてきて、iPadも出たことで、環境が整ったのではないかと思っています。スマートフォンでコンテンツを買うという行為が習慣化されたことも大きいですし、特にiPadではネット上のコンテンツだけではなく、本というコンテンツの価値が改めて示されたのではないかと思っています。

―― 現在の「BOOK☆WALKER」の電子書籍は.book形式ですが、発表されたときにはTTX形式を考えていきたいという話がありました。TTX形式について、その後はいかがでしょうか。またEPUBやXMDFには対応するのでしょうか。

安本:いまはボイジャーさんのビューワーを使っているので、基本的には.book形式です。独自ビューワーでは、TTX形式対応なども視野に入れています。

 販売するときのフォーマットはいまいろいろありますが、いまのところ元をTTX形式で持っておいて、そこから変換する形で対応していこうと考えています。その準備をしているところです。

7月のグランドオープンに向けてさまざまなショップを展開、雑誌も

―― 今後はどのような分野にラインナップを広げていくのでしょうか。

安本:「BOOK☆WALKER」では7月を角川グループとしてのグランドオープンと考えていて、そこに向けてラインナップを拡充していきます。

 「BOOK☆WALKER」内でさまざまなショップを展開する予定で、たとえばキッズ向けショップとしては「角川つばさ文庫」というキッズ向けのレーベルがありますので、そうした電子書籍のラインナップを用意します。iPadなどのスレート端末は学校で使う用途も期待されているので、教育用途もあると思います。

 また、ビジネス書や啓蒙書系のショップ、写真集なども含むタレント系のショップ、生活趣味系のショップなどを考えています。投稿系のコンテンツなども作っていきたいと思っています。

―― 「ニコニコ動画」との連携も発表されましたが、具体的にどのようなサービスになるのでしょうか。

安本:現在、「ニコニコビューワ」という仮称でドワンゴさんが開発しています。基本的には「BOOK☆WALKER」で買ったコンテンツを、ニコニコ動画の「ニコニコビューワ」でも見られるというイメージですが、それだけでは広がらないので「ニコニコビューワ」用のコンテンツを無料で提供することも考えています。

 どのようなものになるかは現在も開発中なので我々にもまだ見えていないのですが、おそらくコメントなどのコミュニケーション機能が付くだろうとは思います。コメントをどう共有させるかといった部分はドワンゴさんが得意な分野なので、いまは楽しみながら待っているところです。

―― コンテンツとしては雑誌も読みたいという声もあると思いますが、今後対応する予定は。

安本:雑誌的なものとしては、既にiPhone/iPad向けアプリの中で、実験的に「デジタル野性時代」という書きおろしの文芸誌を無料で提供しています。アプリ内課金には無料という選択肢がないので、アプリのバージョンアップに合わせてバンドルするという形になっていますが。

 7月までには、「BOOK☆WALKER」で新しく雑誌専用のショップも立ち上げる予定です。ただ、どのようなサービスにするかは検討中です。誌面をそのまま再現しようとすると、iPhoneでは難しいという問題もありますので。

―― 角川グループにもかなり多くの雑誌がありますが。

安本:はい。文芸誌のほか、「東京ウォーカー」のような情報誌、アニメ誌、ゲーム誌、テレビ情報誌など、非常に多岐にわたっています。

 情報誌の電子版については、誌面が見られるというより、機能に絞っていく方向性もあるかなと考えているところです。ファッション誌なら服を買える、テレビ情報誌なら番組の録画予約ができるといった機能ですが、その場合には汎用のビューワーでは表現できなくなるので、専用のアプリになっていくかもしれません。

 あるいは、角川グループとNTTグループが合弁で進めている「Fan+」のような、テキストに動画や音声を組み合わせたメディアも、もしかすると新しい雑誌かもしれません。「BOOK☆WALKER」でやっていることと「Fan+」でやっていることは違いますが、将来ひょっとすると同じになる可能性もあります。

―― 雑誌は権利関係が難しいという問題もありますが、その対応はどうお考えでしょうか。

安本:大変ですね。特に情報誌などは権利者がたくさんいらっしゃいますし、タレントさんの肖像権のような問題もあります。あるいは、たとえばアニメもさまざまな版権が集まっていて、アニメ誌やテレビ誌にはプロモーションということで掲載している形です。そうした権利処理をクリアにしていく手間と、現時点での市場規模を考えた場合には、まだ難しい部分はあります。

―― アニメというと、「BOOK☆WALKER」発表の際には動画を配信するというお話もありましたが。

安本:はい、「BOOK☆WALKER」は電子書籍だけの専門プラットフォームではなく、動画なども配信していきます。また、アニメやライトノベルのキャラクターを使った、オリジナルのデジタルアイテムなども扱っていきたいと考えています。これもおそらく7月ごろにスタートすると思います。

 これからさらにいろいろなところと連動していく予定で、ニコニコ動画もそのひとつです。たとえばソーシャルアプリと連携して、「BOOK☆WALKER」に来れば他では手に入らないレアアイテムが手に入るといったこともできるでしょう。キャラクターを使ったオーディオブック的なものもできるでしょうし。すでに、キャラクターが動いて「BOOK☆WALKER」を案内する「アニメロイド『涼宮ハルヒのBOOK☆WALKERナビ』」も手がけています。いろいろなところと連携していけるのがコンテンツを持っている強みかと思います。

コンテンツ1つ1つの価値を大切にしたい

「BOOK☆WALKER」公式サイト

―― 作家の方の電子書籍に対する反応はどのような感じでしょうか。

安本:様子見の方と、積極的にやっていこうという方と、2つに分かれますね。たとえば、大沢在昌さんには新刊「カルテット」の電子書籍先行配信までやっていただいていますが、おかげさまで電子書籍でも紙の書籍でも評判がいいですね。

―― 電子書籍に全面的に取り組むと、著者との契約も変わってくるのでしょうか。

安本:はい。現在では電子書籍を含んだ契約を結ぶようになっています。

―― 「BOOK☆WALKER」以外の、他社のプラットフォームで電子書籍を販売したいとなった場合はどのような対応になるのでしょうか。

安本:基本的に、それぞれのプラットフォームごとに、それぞれの著者さんとその都度契約を結ぶ形になります。包括でおかませいただいている方も多いのですが。

 これからは、本を作るだけではなく、著者さんと向きあい、デジタルの表現や作品の作り方、本をデジタルも含めてどう売って読者に買っていただくかなどをいっしょに考えていく、そういう編集者が必要になってくる気がします。

―― 抽象的な質問ですが、電子書籍で読者にどのような価値を提供できるとお考えでしょうか。

安本:我々としては、何万冊と揃えること自体が目標ではなく、サービスの価値はコンテンツ1つ1つの価値だと考えています。それぞれのコンテンツに価値を見い出すお客様が来てくれるようなサービスになる必要があると思っています。

 このコンテンツであれば、電子版には新しいイラストがあれば読者がもっと喜んでくれるだろうといったような、コンテンツ1つ1つに結びついたものが求められていると思います。それはたぶん、出版社だからできることで、そこがわれわれの強みでもあると感じています。

 また、「BOOK☆WALKER」公式ビューワーでは、「ニコニコビューワ」とは違う形で、それぞれの本の上のコミュニティを作っていけないかとも考えています。

 これからはおそらくコンテンツごとにアイデアがどんどん出てきますし、それを大切にしたいと思っています。小説などのコンテンツは一人一人の作家から出てくるものなので、それぞれをどう活かすかという点が、出版社が運営するプラットフォームにはいちばん大事な要素だと思っています。


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(高橋 正和 / 三柳 英樹)

2011/1/11 06:00