海の向こうの“セキュリティ”

世界70カ国でSNSを介した組織的な世論操作――誰が行っているのか? 何を流布しているのか?

英オックスフォード大が調査結果を発表

 ソーシャルメディアを介した偽情報の拡散によって世論操作を行なっている政府や政党などの存在が国際的な問題ともなっている中、英オックスフォード大学はそのような組織的な世論操作の実態を調査した結果を「The Global Disinformation Order: 2019 Global Inventory of Organised Social Media Manipulation」として発表しました。調査は、ニュース記事の内容分析や公文書および科学報告書の文献レビュー、専門家による助言などをもとに行われています。

 ソーシャルメディアを使った世論操作については、本連載の2019年4月の記事でも触れているように中国やロシアによるものが広く知られていますが、今回の調査によれば、2019年の調査時点で世界70カ国で行われており、2017年の28カ国、2018年の48カ国から大きく増えているとのことです。なお、この70カ国の世論操作への関与の仕方はまちまちですが、最低でも1つの政党または政府機関が関与しているとしています。

(Samantha Bradshaw/University of Oxford、Philip N. Howard/University of Oxford「The Global Disinformation Order: 2019 Global Inventory of Organised Social Media Manipulation」より)

 ほかにも調査結果で注目すべき点としては以下の4点が挙げられています。

  1. 26カ国で、基本的人権の抑圧や政敵の信用失墜、反対意見のかき消しという3つの異なる方向で情報統制を行うツールとして使われている。
    (Samantha Bradshaw/University of Oxford、Philip N. Howard/University of Oxford「The Global Disinformation Order: 2019 Global Inventory of Organised Social Media Manipulation」より)
  2. 他国への高度なプロパガンダを行なっているのは一握りであり、FacebookやTwitterが特定しているのは7カ国(中国、インド、イラン、パキスタン、ロシア、サウジアラビア、ベネズエラ)で、これらの国は世界中の人々を対象としている。
  3. 国際的には中国が主要なプレーヤーとなってきており、2019年の香港での反政府デモまでは中国国内のプラットフォーム(Weibo、WeChat、QQ)を主に使っていたが、その後はFacebookやTwitter、YouTubeを積極的に使うようになってきている。
  4. 使われるソーシャルメディアのプラットフォームは増えてきているが、それでも世論操作にはFacebookが最も多く使われており、正式に組織化されたプロパガンダがFacebook上で行われている証拠は56カ国で見つかっている。
    (Samantha Bradshaw/University of Oxford、Philip N. Howard/University of Oxford「The Global Disinformation Order: 2019 Global Inventory of Organised Social Media Manipulation」より)

 次に、実際に世論操作を行なっている人や組織を国ごとにまとめたのが表1です。政府機関(Government Agencies)、政治家および政党(Politicians and Parties)、民間の請負業者(Private Contractors)、市民社会団体(Civil Society Organisations)、市民およびインフルエンサー(Citizens and Influencers)とまちまちですが、最も色の濃いものは3つ以上の組織が見つかっている場合で、2番目に濃い色は2組織、最も薄い色は1組織となっています。

表1(Samantha Bradshaw/University of Oxford、Philip N. Howard/University of Oxford「The Global Disinformation Order: 2019 Global Inventory of Organised Social Media Manipulation」より)

 ソーシャルメディアでの世論操作を行なっているアカウントについては、87%の国が生身の人間(Human)のアカウントを使っており、80%の国はボット(Bots)アカウント、11%の国が生身の人間によるキュレーションと自動化を組み合わせた「サイボーグ(Cyborg)」アカウント、7%の国がハックまたは窃取された(Hacked or Stolen)アカウントを使っているようです。これらをまとめたのが以下の表2です。

表2(Samantha Bradshaw/University of Oxford、Philip N. Howard/University of Oxford「The Global Disinformation Order: 2019 Global Inventory of Organised Social Media Manipulation」より)

 実際に流布されるメッセージについては、大きく以下の5つに分類されます。

  1. Support:政府や政党を支持するプロパガンダ
  2. Attack Opposition:敵対勢力に対する攻撃や中傷キャンペーン
  3. Distracting:重要な問題に対する関心をそらすもの
  4. Driving Divisions:分断と二極化の促進
  5. Suppressing:個人攻撃や嫌がらせによる抑止

 これらを国ごとにまとめたのが以下の表3です。上記の分類では「2」が多くの国で行われていることが分かります。

表3(Samantha Bradshaw/University of Oxford、Philip N. Howard/University of Oxford「The Global Disinformation Order: 2019 Global Inventory of Organised Social Media Manipulation」より)

 戦略については、大きく以下の5つに分類されます。

  1. Disinfo’:ユーザーをミスリードする偽情報の作成またはメディア操作
  2. Mass Reporting:コンテンツまたはアカウントに関する大量の報告(情報収集および検閲)
  3. Data-Driven Strategies:データに基づいた戦略
  4. Trolls:政敵やジャーナリストなどを狙った荒らし行為、ドキシング、嫌がらせ
  5. Amplifying Content:ハッシュタグなどを使った情報の大量拡散

 これらを国ごとにまとめたのが以下の表4です。上記の分類では「1」が多くの国で行われていることが分かります。また、「4」は年々増えてきているとのことです。

表4(Samantha Bradshaw/University of Oxford、Philip N. Howard/University of Oxford「The Global Disinformation Order: 2019 Global Inventory of Organised Social Media Manipulation」より)

 さらに世論操作を行なっている組織の能力(capacity)をチームとしての規模や継続性、予算、スキルなどから分析し、4つに分類した結果も載せています。

  • HIGH CAPACITY:12カ国
    中国、エジプト、イラン、イスラエル、ミャンマー、ロシア、サウジアラビア、シリア、UAE、米国、ベネズエラ、ベトナム
  • MEDIUM CAPACITY:26カ国
    アゼルバイジャン、バーレーン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブラジル、カンボジア、キューバ、エチオピア、ジョージア、グアテマラ、インド、カザフスタン、キルギスタン、マレーシア、マルタ、メキシコ、パキスタン、フィリピン、カタール、スリランカ、スーダン、タジキスタン、タイ、トルコ、ウクライナ、英国、ウズベキスタン
  • LOW CAPACITY:20カ国
    オーストリア、コロンビア、チェコ、エリトリア、ドイツ、ホンジュラス、ハンガリー、インドネシア、イタリア、ケニア、マケドニア、モルドバ、ナイジェリア、北朝鮮、ポーランド、ルワンダ、セルビア、南アフリカ、スペイン、ジンバブエ
  • MINIMAL CAPACITY:12カ国
    アンゴラ、アルゼンチン、アルメニア、オーストラリア、クロアチア、エクアドル、ギリシャ、オランダ、韓国、スウェーデン、台湾、チュニジア

 ソーシャルメディアを使った世論操作がすでに世界中の多くの国で当たり前のように行われていることがよく分かる調査結果ですが、あくまで今回の調査はメディアで報道されるなど実態がある程度判明しているものが対象であることに注意が必要です。実際には明確な証拠がないために曖昧なままになっているケースも少なくないことは想像に難くありません。したがって、今回の結果の細かい数字にこだわる必要はなく、ざっくりとした全体像をつかむだけで良いでしょう。

 今回は報告書の概要を簡単に紹介しましたが、報告書自体は正味20ページ程度で図表も多く、読むのに苦労する内容ではありません。興味のある方はぜひ原文をご覧ください。

山賀 正人

CSIRT研究家、フリーライター、翻訳家、コンサルタント。最近は主に組織内CSIRTの構築・運用に関する調査研究や文書の執筆、講演などを行なっている。JPCERT/CC専門委員。日本シーサート協議会専門委員。