特別編:アッカ・ネットワークスに聞く
~500Kbpsの速度向上が見込めるAnnexC拡張版の正体とは~



 4月9日に行なわれた事業計画の発表会で新サービスを発表したアッカ・ネットワークス。ほとんどのユーザーで最低500kbpsの速度向上が見込めるという「AnnexC拡張版(通称C.x)」とは、一体、どのようなサービスなのだろうか? さっそくインタビューをする機会を得たので、同社副社長の池田氏、NWエンジニアリング部アクセス技術担当課長 湯浅氏に詳しい話を伺ってみた。





  「約4.9kmの線路長でも500kbps程度の速度向上が見込める」。アッカ・ネットワークスが展開を予定している「AnnexC拡張版」は、このように線路長が長い環境でも一定の速度を確保できる画期的なサービスだ。まずは、その概要から説明していこう。

 現状、8MbpsのADSL(AnnexC G.dmt)では、26KHz~1.1MHzの周波数帯域を4KHzおきに計255本の搬送波に分割し、上りで25本、下りで223本の搬送波(ビンと呼ぶ)でデータを伝送している。各ビンでは最大15bitの伝送が可能で、1秒間に4000回の変調が行なわれるため、計算上は以下のような速度がその最大値となる。

例)本来はあり得ないが一律15bitでデータ伝送した場合

上り = 15×25×4000 = 1500000 = 約1.4Mbps
下り = 15×223×4000 = 13380000 = 約12.7Mbps

 もちろん、実際には最大の15bitのデータ伝送が行なわれることはなく、通常はそれ以下になる場合がほとんどだが(ADSLモデムとDSLAMが接続時に行なうトレーニングによって各ビンの伝送量が決定される)、いくら回線の状況が良い場合でもこの理論上の計算値以上の速度を実現できないという点は変わりはない。


AnnexC拡張版の提供計画を明らかにする坂田社長(4月9日の会見より)

 しかし、AnnexC拡張版では、本来上り用となる25本のビンに下りのデータをオーバーラップさせることで速度の向上を図ることが可能になっている。上り用の25本のビンに下り用の信号も重ねて伝送し、それをADSLモデム側でエコーキャンセラの技術を利用して分離する。こうして、下りの速度を向上させるわけだ。

 これにより、理論上、下りの速度は「15×25×4000 = 1500000 = 約1.4Mbps」の上積みが可能になる。ただし、常に上りの帯域にオーバーラップさせるわけではなく、ISDNなどからの干渉が少ないFEXTのビットマップ時のみオーバーラップさせるうえ、前述したように15bitのデータ伝送が実現されることはほとんどないため、実際に上積みされる速度はこれよりも低くなる。ちなみに、アッカがシミュレーションした限りでは、「線路長が3~4.9kmの環境で約500kbps、5km以上でも450kbpsの改善があり、環境の良い場合では最大650kbps程度の速度向上も見込める」(湯浅氏)とのことだ。もちろん、実際の環境ではノイズなどの影響などもあり、さらに速度が落ちる可能性もあるが、数百kbpsの上積みが可能なのはやはり大きい。





線路長が長くても効果がある

インタビューに応じていただいた池田副社長(左)とNWエンジニアリング部の湯浅課長(右)

 この方式の最大のメリットは、比較的低い周波数帯となる上りの帯域を利用する点だ。ADSLで伝送される信号は、その周波数が高いほど、そして伝送距離が遠いほど減衰しやすくなる。このため、通常、線路長が長いケースでは上りで利用する高い帯域のデータが減衰によってほとんど失われてしまう。線路長が長いことで、速度が極端に低下したり、切断などによってサービスが提供できないのはこのせいだ。

 しかし、AnnexC拡張版では、上りと同じ26~138KHzという低い周波数帯を利用する。これにより、線路長が長くても減衰率がそれほど高くならずに済む。また、8MbpsのADSLサービスで問題になりがちなAMラジオなどの干渉も、この部分に関しては避けることもできるはずだ。もちろん、Annex C拡張版によって、実際にどれくらいの速度が上積みされるかは、ユーザーの環境によるが、かなりのユーザーが500kbps程度の速度向上を見込めるのは確実だ。目安としては、現状、上りの速度が最大に近い速度を実現できていれば、ほぼ500kbpsの上積みがあると考えていいだろう。

 また、都市圏以外の地域など、これまでADSLサービスが展開されなかった地域へのエリア拡大も見込める。このような地域では、NTT局からの距離が3~4kmを越えることが多く、ADSLサービスを提供できないことがあるが、AnnexC拡張版のようなサービスであれば、サービスを提供できる可能性が高い。もちろん、実際に地方などでサービスが提供されるかどうかは、どれくらいの契約が見込まれるかなどのマーケティング的な戦略もからむために難しい部分も多いが、AnnexC拡張版によってADSLの全国展開に弾みがつくことは間違いないだろう。





今年の秋には正式に標準化される予定

 このようにAnnexC拡張版は、技術的には非常に興味深いものだと言える。しかし、ひとつ気がかりなのは、規格の標準化だ。いくらすばらしいサービスでも独自の規格となれば、普及しない可能性もある。

 この点については、「オーバーラップやエコーキャンセラを使う技術に関しては、もともとITU-Tの標準には含まれているので、現状は日本語化を含めTTCの標準として採用すべく検討中」(池田氏)とのことだ。すでにTTCではワーキンググループレベルでの承認が4月11日に行なわれているので、今後はいくつかの段階を経て標準化される。TTCの標準化会議は年に2回しか行なわれないが、大きな問題が起きなければ、次回、今年の秋に開催される標準化会議で標準化される見込みで、実用化は時間の問題とも言える。

 また、同時にTTCでスペクトラム管理(電話線をいろいろな技術で利用した際にきちんと共存できるかを調査、規格化する標準化会議)での検討も行なわれており、他のサービスに影響がないことも調査済みとのことだ。これらが順調に進めば、筆者の勝手な予想だが、年内にサービス開始の可能性は高いだろう。





具体的なサービス内容は未定

現在、アッカ・ネットワークスからレンタル提供されている富士通製のADSLモデム

 では、具体的にどのような形態でサービスが提供されるのだろうか? 残念ながら、この点は未定とのことだ。

 AnnexC拡張版の規格は、アッカが採用しているGlobeSpan製のADSLチップではすでにサポートされている技術となっている。しかしながら、チップレベルでサポートされているからと言って、現状のDSLAMやADSLモデムをそのまま流用できるかどうかはまだわからない。理論的にはそれぞれのファームウェアをアップデートするだけで、AnnexC拡張版で+500kbpsを実現できる。しかし、湯浅氏によると「現状のハードウェアそのままで対処できるかは、現在、検証中」とのことだ。処理能力などの関係で、当初の性能が発揮できないとなれば、ハードウェア側の変更もあり得るわけだ。

 これは、実際のサービス提供の形態に大きな影響を与える可能性がある。ファームウェアのアップデートだけで実現可能であれば、現状、同社のADSLを利用しているユーザーがそのままAnnexC拡張版の+500kbpsを享受出来る可能性が高いが、ハードウェアの変更を伴うとなれば、別のサービスとして提供することも検討しなければならないだろう。ぜひとも、現状のハードウェアのままで、しかも料金を据え置きの形でサービス開始してほしいところだが、これは今後の検証次第といったところだ。

 ただし、「既存のADSLサービスとのインターオペラビリティ(相互接続性)は確保できている」(池田氏)とのことなので、このサービスが開始されるからといって、既存のユーザーが何らかの影響を受けることはないようだ。この点は安心していいだろう。





「S=1/2」で最大速度を10Mbpsに

 AnnexC拡張版が、ほぼすべてのユーザーをターゲットにしたサービスであるのに対して、現状、回線状況が良いユーザーに提供するのが、この「S=1/2」という対処方法だ。アッカは、この方法でも速度の改善を目指している。

 この「S=1/2」というのは、DSLAMのパラメーター用語だ。要するに誤り訂正のための冗長ビットを少なくすることで、速度を向上させる方法となる。線路長が短く、減衰率が低く、しかもノイズなどの影響を受けていない環境では、誤り訂正のために多くの冗長ビットを利用するのは無駄と言える。そこで、誤りを訂正できる確立を悪くする代わりに、その分を実データの伝送に当てることで、最大10Mbpsという速度を実現するわけだ。現状、DSLAM側では「S=1」までしかパラメーターが設定されていないが、これに「1/2」というパラメーターを追加することで対処することになる。

 ただし、この技術は、回線品質が良好な環境(少なくとも現状で6Mbps以上程度の速度が出ている環境)に限定される技術であるため、線路長が2km以上ではほとんど意味がないと言える。確かに最高速度は向上するが、どれほどのユーザーがメリットを享受できるかはわからないだろう。そう考えると、この方法も確かに効果的だが、Annex C拡張版ほどのインパクトには欠ける。





今後のADSLサービスの展開

 このようにアッカは、他社にないサービスを展開することで、今後のADSLの差別化を図ることが可能となる。現状、ADSLサービスは料金という短絡的な方向、そしてサポートや品質という目に見えない部分で差別化を図るしかないが、これらの技術によって明確な差別化を図ることができるわけだ。

 これは、NTT東日本、西日本、イー・アクセスなど、Centillium社製のADSLチップを採用している事業者に対するアッカのアドバンテージと言える。前述したようにAnnex C拡張版はGlobeSpanのチップでサポートされている技術となるため(S=1/2は他社でも可能)、Centillium社製のチップを採用したメーカーも不可能ではないだろうが、遅れを取ることは確実だ。

 ただし、Centillium陣営も「Palladia」と呼ばれるキュリティを重視したDSLルータ用チップセットを投入することで、別の角度からの差別化を図ろうとしている。今後、このあたりの動向はさらに激しくなると予想できるだろう。


関連情報

2002/4/24 11:21


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。