第225回:自宅のアクセスポイントを公開するユーザー参加型サービス
国内でサービスを開始した公衆無線LANサービス「FON」に迫る



 12月5日から国内でのサービスを開始した「FON」は、自宅のアクセスポイントを他のユーザーに公開するというユーザー参加型の公衆無線LANサービスだ。FONで提供される「La Fonera」という専用ルータを中心にその姿に迫ってみよう。





「オレも公開するからキミも公開しろ」

FONの対応ルータ「La Fonera」

 FONのサービスを初めて耳にしたとき、本誌などでもおなじみスタパ斎藤氏の「オレも買うからキミも買え」という名言を思い出してしまった。FONの場合、「買う」というのとは意味合いが少し違うので、言うなれば「オレも公開するからキミも公開しろ」と言ったところだろうか。

 FONは、スペインのベンチャー企業「FON WIRELESS Limited」が世界的に進めている無線LANコミュニティだ。無線LAN機器の低価格化や高性能化によって、家庭内のワイヤレス化は徐々に進んできているが、外出先での無線LAN環境はまだ使いやすい状況とは言えない。国内はインフラ的な整備は比較的進んでおり、都市圏を中心に利用できる場所も増えてきているが、料金や相互接続などのサービス内容などを考えると、使いやすいと言い切るのは難しいのが現状だ。

 ここに着目したのがFONだ。ユーザー宅に設置されているアクセスポイントを他者に公開していけば、無料で使える公衆無線LANを構築できる。FONはこの単純だが、実際に実現するのは難しそうなアイデアを、本当に実現してしまった。要するにユーザーの助け合いによって、公衆無線LANサービスを広めようというコンセプトだ。

 FONには、以下のような3種類のサービスが用意されているが、現状、国内で利用できるのは冒頭で紹介した、共有し合うというコンセプト通りの「Linus」のみとなる。要するに、FONに参加することで、自動的に自分のアクセスポイントを公開すると同時に、ほかのユーザーのアクセスポイントも利用可能なサービスだ。有料のサービスについては、インフラの普及を見ながら、将来的に検討するとのことだ。

  • Linus(ライナス)
    自宅のアクセスポイントを無料で公開する代わりに、ほかのアクセスポイントも無料で利用できる
  • Bill(ビル)
    自宅のアクセスポイントを有料で公開する代わりに、ほかのアクセスポイントを利用するための料金も支払う
  • Alien(エイリアン)
    ワンデーパスを購入することで他のメンバーが公開しているアクセスポイントを有料で利用することができる(公開はしない)





サービス利用開始までの3ステップ

 実際のサービス利用までの手順は、ユーザー登録、専用ルータの購入、ルータの登録と、大きく分けて3つのステップが必要になる。

 まずはユーザー登録だが、これはカンタンだ。FONのホームページ(http://jp.fon.com)から、必要な情報を入力してコミュニティのメンバーとして登録する。登録が完了すると、ユーザーのメンバーシップは「Alien」と表示されるが、前述したように、現状国内ではLinusのサービスしか提供されないため、このままではまだサービスを利用することはできない。


サービス利用の最初のステップはユーザー登録。FONのホームページから個人情報を入力してアカウントを取得する

 Linusの場合、まず自分がアクセスポイントを公開することが前提となるため、このアクセスポイントを用意する必要がある。と言っても、自宅にあるアクセスポイントをそのまま公開するというわけにはいかない。それではFON側がサービスの状態を認識できず、そもそもアクセスポイントだけでなく家庭内LANのリソースをすべて公開することになるために危険が伴う。

 そこで、FONでは専用のアクセスポイントを利用する。これが次のステップとなる専用ルータの購入だ。「La Fonera」と呼ばれる専用無線LANルータは、IEEE 802.11b/gに準拠した手のひらサイズの非常にコンパクトな製品だが、その最大の特徴はSSIDを2つ設定できる点にある。

 前述したように自宅の無線LANを安全に公開するためには、家庭内LANと公開するネットワークを分離する必要がある。このため、La Foneraには標準で「FON_AP」と「MyPlace」という2つのSSIDが登録されており、前者を公開用のパブリック、後者を家庭内LAN用のプライベートとして使い分けることが可能となっている(安全性についての詳細は後述)。これを家庭内に設置して、公開する必要があるというわけだ。


FONで利用するアクセスポイントの「La Fonera」。IEEE802.11b/g準拠の無線LANルータだが、WANポートしか搭載せず、SSIDを2つ設定できるのが特徴専用のファームウェアをダウンロードすることで市販のルータをFONに対応させることもできる。現状、対応しているのはリンクシスの一部製品のみ

 このほか、専用のファームウェアを利用することで市販の無線LANルータをFONに対応させることも可能だが、対応機種はリンクシスとバッファローの一部機種のみと限られているため、La Foneraを購入するのが一般的だろう。なお、La Foneraは実売で1,980円(オンライン、および九十九電機などの代理店で販売)とかなり戦略的な価格付けがなされている。FONはとにかくユーザーが増えないことには始まらないサービスだが、このあたりが価格にも大きく現われている。

 ルータの購入と公開が完了したら、最後のステップとなるFONへのルータの登録を行なう。La FoneraにはWA側のポートしか搭載されていないため、このポートを利用してルータのハブや既存の家庭内LANのハブに接続。その後、設置したルータのFON側のSSID(FON_AP)でPCから無線LANに接続後、ブラウザを起動すると自動的にFONのページへとリダイレクトされる。ここでユーザーIDを入力してログイン後、ルータの登録(場所などの情報を入力)すると、ユーザーのステータスが「Alien」から「Linus」へと変更され、ほかのアクセスポイントも利用可能になる。


自宅にアクセスポイントを設置したら、その情報をFONに登録する。これにより、ユーザーのレベルがAlienからLinusへと変更され、ほかのAPが利用可能となる

無線LANの暗号化設定はなし。認証のみで利用可能

 というわけで、実際にサービスを利用してみた。と言っても、まだ国内ではサービスエリアが少ないため(地図サービスを見るとすでにいくつか存在する)、そのまま自宅のアクセスポイントを利用してみた。

 まず、アクセスポイントへの接続だが、前述したように外部公開用のパブリックSSIDは「FON_AP」となるので、ここに接続する。通常、家庭内の無線LANの場合は暗号化の設定などが必要だが、FONはその性格上、誰にでも公開されるものであり、暗号化はなし(当然MACアドレスフィルタやステルスSSIDなどもなし)でそのまま接続することになる。

 接続完了後、ブラウザを起動すると、初期設定のときと同様に自動的にリダイレクトされてFONのページへと転送される。ここでユーザーIDとパスワードを入力して認証すると、それ以降、インターネットへの接続が可能となるわけだ。FONでは、標準では公開ユーザーに対して共有される無線LANの帯域が512kbpsに制限されているため(変更可能)、あまり高速ではないが、Webやメールといった一般的な利用なら特に問題なさそうな印象だ。



 なお、前述したようにFONのアクセスポイントはセキュリティ設定なしとなっているため、無線LANクライアントさえあればユーザー以外でも接続することは可能だ。ただし、認証を受けない状態の場合、どのURLにアクセスしてもFONのページへとリダイレクトされ(ユーザー所有のホームページなど指定した一部のページへのアクセスは可能)、メールなどほかのプロトルも遮断されるようになっている。

 また、FONでは、ルータ登録時に自宅の場所を入力すると、Google Mpasを利用した地図サービスに反映されるようになっている。このため、このマップを見ることで利用可能なエリアを事前に確認することが可能だ。ただし、筆者が試した限りでは、国内の住所をうまく登録できない場合があった。


マップ上でサービスエリアを確認可能。FONらしく住宅街を中心にエリアが点在しているのが特徴だ




心配なセキュリティ対策は?

 このように、一通りFONを利用してみたが、やはり気になるのはセキュリティ面だろう。たとえば、パブリックとプライベートのSSID接続間で相互に通信できないのか? パブリックから有線LAN経由で家庭内LANにアクセスできないのか? などといった点が気になるところだろう。

 結論から言えば、一般的な危険性に対しては、ほぼ対処がなされていると考えて良い。たとえば、パブリックとプライベートのSSIDによる無線LANの相互接続だが、DHCPで割り当てられるIPが異なる別セグメントであり、その間の通信も完全に遮断されている。また、La Foneraは、本体のWANポートを利用して家庭内LANに接続されているが、パブリックSSIDで接続した無線から有線の家庭内LAN側への通信も遮断されるようになっている(ルータ経由でのインターネット接続のみ可能)。



 これに対して、プライベートSSIDで接続した無線LAN経由では、有線の家庭内LAN側へのアクセスが許可されている。名前解決ができないという問題はあるが(IPアドレス指定なら可能)、ファイル共有なども不可能ではない。もちろん、家庭内LAN用のプライベート向けの無線LANは、SSIDの変更や暗号化設定の変更(標準ではシリアル番号をキーとしたWPA AESが設定済み)となっている。このあたりは、ルータの設定画面から変更することも可能になっているので、必要に応じて変更すると良いだろう。


プライベート用の無線LAN設定は、FONのホームページやLa Foneraの設定ページから変更できる




リスクも承知して利用すべき

 ただし、万全とは言えない面もある。たとえば、ほかの利用者が公開しているFONのAPを利用する場合だ。前述したように外部公開用の無線LANには暗号化が設定されていないため、盗聴の可能性が否定できない。このため、オンラインバンキングなどの重要な情報のやり取りには十分な注意が必要となる。

 また、フィッシングのような詐欺にも注意が必要だろう。悪意のある第三者がFONのAPをまねて偽のアクセスポイントを用意し、そっくりな認証ページでも用意すれば、IDとパスワードの情報が盗まれる可能性があり、パケットキャプチャなどによる情報漏洩の心配もある。このあたりは、FONのみの問題ではなく、いわゆる無償で提供されるFREESPOTなどでも同様の危険が潜んでいるだろう。

 また、アクセスポイントを公開する側のリスクも十分に理解すべきだ。たとえば、悪意のあるユーザーが、公開された第三者のアクセスポイントを踏み台にして、犯罪行為を行なうといった危険も考えられる。前述したようにFONでは、第三者が利用する際にユーザー認証が必要で、その情報(ニックネームやログイン、ログアウトの時間など)が詳細に記録され、ホームページからいつでも参照できる。この情報によって、自らの行為ではないことを証明することも不可能ではないが、アクセス記録に残されたFONのユーザー登録情報が必ずしも正しいものとは限らない。


公開したアクセスポイントへの他者のアクセス状況はFONのページから確認可能。IDや利用時間などがしっかりと記録される。ただし、これがどこまで証拠として通用するかが気になるところだ

 また、プロバイダーとの契約の関係もある。今回のテストでは、FONとサービス提携しているエキサイトのサービスを利用してインターネット接続をFONで公開しているが、大手プロバイダーにFONの利用について確認したところ、ほとんどのプロバイダーでは「利用規約上では禁止している」との回答だった。ただし、FONを利用したら直ちに違反となるというよりも、現状ではFONを利用するユーザーへの対応をどうすべきか検討するという段階にあるようだ。

プロバイダー利用規約に関してFON利用者への対応
Yahoo! BB第20条第2項に抵触「抵触する」以上はノーコメント
OCN制限を設けていない制限していないので対応することもない
@nifty現状では「抵触する」と言わざるを得ない今後の対応を検討
ぷらら現時点では使えないが、明確に条項を使って禁止しているわけではない検討する段階ではない
BIGLOBE他人へのサービス譲渡は利用規約で禁止今後の対応を検討
So-net規約違反に該当検討する段階ではない

 また、プロバイダーと契約した回線を他のユーザーへ開放するという点では、バッファローが主催するFREESPOT協議会が飲食店など向けに展開している「FREESPOT」も同じことが言えるだろう。バッファローによれば「現時点でプロバイダーなどからのクレームは来ていないが、FONのサービス開始によってFREESPOTも問題化するようであれば対応を考えたい」としている。

 FREESPOTに関しては2002年からサービスを開始しており、アクセスポイント数も4,000を超えるほど大きくなっているが、これまでプロバイダーの利用規約に関しては大きな問題にはなってこなかった。FONの日本上陸により、無線LANアクセスポイントの開放がプロバイダーの利用規約に抵触するのではないかという点に注目が集まっているが、現状ではFONの本格的な検討はこれからというプロバイダーがほとんどだ。ただし、少なくとも利用規約上は禁止されているという点については多くのプロバイダーが同じ見解を示しており、この点は理解しておくべきだろう。

 なお、FONのサービス発表会では、プロバイダーにFONを理解してもらうための交渉を進めているとの方針が明らかにされていたが、今回確認を取った大手プロバイダーでは「広報の知る範囲で、そうした問い合わせは受けていない」との回答が得られた点も付け加えておく。


試みとしては面白いサービス。今後のマーケティング戦略に注目

 以上、FONのサービスと専用アクセスポイントの機能を検証したが、確かに試みとしては非常に面白いサービスだ。当初は、筆者宅のような住宅地でアクセスポイントを公開する必然性があるかどうかが疑問だったが、たまに路上で一心不乱に携帯ゲーム機を楽しんでいる子供たちの姿などを見かけると、なるほどこういったユーザー向けに無線LANを公開するのも悪くはないと感じた。必ずしもPCのみの利用で考える必要はなさそうだ。

 しかしながら、その一方でセキュリティ上の不安を完全に払拭することができないこともあり、個人的には利用に躊躇してしまう。おそらく、このあたりは技術的な問題に加えて、いかに安全性や利便性をユーザーにアピールできるかというマーケティング的な戦略が大きく影響するはずだ。さらにプロバイダーとの関係も大いに気になるところで、このあたりが本格的な普及へと至るかのポイントとなりそうだ。


関連情報

2006/12/19 11:03


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。