イベントレポート
SiEED Conference 2019
Evernote創業者が語る「起業」とは? 「地方から世界企業を生む」岡山大の起業家プロジェクト「SiEED」がスタート、カンファレンスを開催
2019年4月19日 12:10
起業家の精神、起業家の考え方、あるいはイノベーションが引き起こされてきた歴史やプロセス。近年、シリコンバレーと周辺の学府を取り巻くコミュニティから生まれてきた、さまざまな事例を生かし、日本でも根付かせることで地方創生に取り組もう。
そんな目標を見据えて今期より岡山大学で始まっているのが、「SiEED」と名付けられた「未来のアントレプレナー」を養成する講座だ。
SiEEDとは「STRIPE Intra & Entrepreneurship Empowerment and Development」の略で、起業家精神を学び、それまでにない新たな価値を創造する力を養うことを目的にプログラムが開発されている。
岡山大学では全学共通の教養科目としてSiEEDを認めており、学生は履修申請をすれば単位取得できる。また、一般の聴講も可能で、岡山大学の学生以外でも週2回行われるSiEEDの講義を自由に受けることが可能だ。社会人はもろんだが、希望すれば高校生、中学生、あるいは小学生でも無料で受講できる。
4月8日に行われた最初の講義には定員110人の講堂に140人が集まり、異例ながら立ち見も許容するかたちでスタートしたという。
プロジェクトそのものは2017年3月に発表され、昨年12月に具体的プランが発表されていたが、4月6日に「SiEED Conference 2019」を岡山大学で開催され、プロジェクトがローンチされた。
このカンファレンスは400名定員で募集されたが、応募が殺到し、またたく間に満席となっていた。
地方からでも世界的企業は生まれる
SiEEDプロジェクトは、2年前にストライプインターナショナル社長の石川康晴氏がシリコンバレーを視察した際、日本で起業を目指す人材を育成したいと考え始めたことで始まったものだ。
石川氏は、ベンチャーキャピタル「Scrum Ventures」のパートナーを務めるなど精力的に活動している外村仁氏と起業家育成という目的で志を同じくし、今回のプロジェクト実現に向け、2年という時間をかけて進めてきた。
外村氏はシリコンバレーでの起業・売却経験があり、EVERNOTE日本法人の会長を務めていた。近年はアーリーステージに特化したScrum Venturesのパートナーという立場だが、世界中から起業を目指して人材が集まるシリコンバレーで起業する日本人の少なさに忸怩たる想いを重ねてきたという。
「優れたアイデアや技術を持つ日本人と、ベイエリアで数多く接してきた。ところが、実際にシリコンバレーで起業する日本人が極めて少ない。シリコバレーで生まれるベンチャーのうち4分の3は米国外からの移民と言われるほど、海外から人材が集まり、さまざまな企業が生まれている。(よく理由として挙げられる)言語だけが起業の障害ではないと感じている」と外村氏は話す。
一方、石川氏は岡山県で生まれ育ち、社会人になって1年半かけて貯めた300万円を元手に、地元にたった4坪のセレクトショップをオープン。現在はストライプインターナショナルの中心ブランド「earth music&ecology」を中心に、グローバルで1400店舗、1300億円超を売り上げる規模にまで成長させた。
地元貢献への意識が強く、これまでも地域貢献への取り組みを続けてきたが、外村氏との出会いから“シリコンバレーの起業家精神を岡山に”と、次世代のイノベーターを育成する環境を岡山に作ることを強く望んだという。
この考えに賛同し、学府として具体的な場を提供することを決めたのが、岡山大学学長の槇野博史氏と副学長(当時は研究推進産学官連携機構医療系本部長)の那須保友氏だった。
講座はストライプインターナショナルおよび公益財団法人石川文化振興財団の寄付講座として開設し、拠点となる講堂「ストライプホール(仮称)」を、石川氏の寄贈によって建設する。
寄付総額は、今後数年の合計として、20億円に達する予算を準備していると石川氏は話す。これらは著名な起業家や投資家を海外からも講座にゲスト講師として招いていくためにも使われる。
このプロジェクトの根底にあるのは、起業家精神を貫き新たな事業価値を創出すれば、世界的企業は“地方”からでも生まれるという、プロジェクトに深く関わるメンバーに共通した意識だ。
石川氏は「起業してこの25年、私は“I am”を主語に“自分のやりたいこと”をやってきた。しかし現在、起業して事業を育ててきた自分の経験を生かし、これからは“We are”で新たな価値を生み出していきたい。岡山から世界を狙いたい。ネスレはスイスの、ウォルマートだって米国の田舎街から生まれた企業だ。どんな場所からでも、新しい事業価値を生み出せば世界的企業を生み出すことはできる」と話した。
Evernote創業者の語る“起業”
さて、このプロジェクト最初の大きなイベントとなったSiEED Conference 2019で基調講演を務めたのは、外村氏とも縁が深いEvernote創業者で元CEO、現在はAll TurtlesというAI技術に特化した開発スタジオを運営するフィル・リービン氏である。
リービン氏はロシア・レニングラード生まれ。ピアニストの父、バイオリニストの母とともに当時のソ連から逃れるため、米国へと亡命した。英語が喋れない中でコミックを通じて英語を学んだが、決して世間の風は温かくなかった。
10歳のとき、初期のパーソナルコンピューターを通じてプログラミングを覚えると、自分自身の努力次第で、それまでにないアイデアを実現できると気付いた。このことが、後に法律家を目指していた彼に“起業”を促すことになる。
実はリービン氏は4回起業し、最初の2回は成功とは言えなかった。理想はあっても、それを実現する技術も環境もなかったからだ。4回目の起業となったEvernoteは成功を果たしたが、それまでの経験に加え、いくつかの偶然も重なったことが成功へと導いたという。リービン氏のいう成功確率が高いスタートアップの条件は、以下の4つを必ず満たしているという。
・本質的で現実的な問題を解決すること
・当該領域のエキスパートが創業メンバーにいること
・ビジネスモデルが現実的で収益化の可能性が高いこと
・数年前には不可能であったようなサービスを最新の各種プラットフォームを活用することで12〜18ヶ月で実現すること
とりわけ4つ目のプラットフォーム活用は重要だ。
リソースが少ないスタートアップが素早くビジョンを実現するには、アプリケーションを実装する基盤が必要となる。Dropbox、Evernote、Uber、Airbnbはほぼ同時期に起業しているが、いずれも「もし2年早く起業していれば失敗していた」(リービン氏)と話す。
リービン氏は90年代半ばから、常に新たな“プラットフォームの誕生”に着目し続けていたという。
90年代半ばインターネットが普及し始め、そこにYahoo!やAmazonが生まれた。2000年になるとドットコム時代となり、Googleが生まれている。
「しかし現在、インターネットやドットコム、クラウドなんて言葉を、事業の中心として語る起業家はいない。」(リービン氏)
なぜなら、それらはプラットフォーム……すなわち、社会基盤の一部になっているからだ。したがって、いまさら“モバイルとクラウドの時代だ”などと言うものはいない。当たり前のものだからだ。
All TurtlesがAIに特化した投資を行ってきたのも、数年後に“うちはAIをやってます”とは誰も言わなくなるに違いない。アプリケーションがAI技術を採用することは“当たり前”になっているからだ。
すでに機械学習、あるいはディープラーニングなどを用いたニューラルネットワーク処理の応用はライブラリ化され、着想さえ得られれば実装へのハードルは高くなくなっている。
“ひとと違うこと”に自信を持つべき
さて、リービン氏の起業を目指す聴講者へのアドバイスはもちろんだが、それらとは別に、イベントを通じて感じた、コンセプトの“軸”のようなものが感じられた。
それは“画一的な教育”から個性を生かす、個性的な感性や考えに対して自信を持たせる“緩やかな”、しかし確信に満ちたメッセージだ。奮い立たせるわけではなく、また煽り立てるわけでもない。だがユニークなアイデアは、時に新たな時代を拓く鍵となる。他人とは異なるからこそ、イノベーションを起こせるからだ。
自らを“バイオアーティスト”と名乗る福原志保氏は、誰もが知る世界最大手のネット検索企業でプロジェクト責任者を務める傍ら、ライフワークとしてバイオテクノロジーによる“アート”に取り組んでいる。
彼女の人生は実に個性的だ。欧州文化に目覚めフランス語を学び、欧州に渡ると英語を学ぶために渡英。そこで現代アートに出会いアーティストとなり、バイオテクノロジーと出会ってバイオ技術を駆使するアーティストとなった。
「人生で予定を立てたこともなければ、社会との調和も意識しない。そのとき、その場の判断で、自分の感性に対して素直に行動する」という彼女は、自身が周りから観ると“迷走しながら爆走”しているように見えていると自覚している。
しかし、“あり得る未来”や“起きるかもしれない未来”、“可能性のある未来”を逸脱し、自分が心の底から“こうあって欲しい未来”を生み出すには、何よりも“実行すること”が大切だと話す。
「私は自分のことをDreamer and Doer(夢をもって実行する人)と紹介している。とんでもないアイデアや、理解されないほど普通ではない気持ちであっても、それを遂行しようという強い力があれば、なんでもカバーできる。」(福原氏)
“行動すること”のエネルギーが周囲を動かす
白馬インターナショナルスクール設立準備財団の代表理事を務める草本朋子氏は、人口9000人ほどの小さな村である白馬村に、イターナショナルスクールを設立しようと奔走している人物だ。
ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーなど、投資金融の世界に身を置いていた草本氏だが、子育ての環境を求めて5年前に白馬に移住。ところが過疎化が進む白馬に唯一ある公立高校が、高校再編基準となる生徒数下限に近付き廃校の危機にさらされ、教育改革に乗り出し、全国から生徒を集めて生徒数増加へと転じさせた。
その課程で公立高校取り組むことが難しいPBL(Project Based Learning)やSEL(Social Emotional Learning)を導入した学校設立を目指し、日本のスイスとも言われる白馬村に海外からも生徒を集める寄宿学校を設立しよう準備を進めている。
「現代の教育は、大量生産品で経済を拡大していく“ソサイエティ3.0”時代に生まれたもの。言い換えれば、目の前にある問題を、いかに素早く正確に導き出すかを引き出す教育で、これはAIが代替していく。“ソサイエティ5.0”と呼ばれる今後に必要となっていくのは多様かつ複雑な問題に対し取り組めるソフトスキル」と草本氏。
世界中に生まれているソフトスキル養成を主眼とした学校をモデルケースに、白馬にインターナショナルスクールを……というプランは、一見、無謀にも思える。しかし、このアイデアに国際バカロレア教育学会や、ヤフー会長の宮坂学氏などの協力を得ながら、準備委員会が発足するまでに至っているという。
問題となり得る“英語で授業ができる英語以外の専門教師”についても、東京でインターナショナルスクール事業を行っている教育法人からの支援の申し出などもあり、解決できる見込みだ。
自分が正しいと信じる目標を定め、エネルギーを注ぎ込んでいると周囲が動き始める。良く言われる話ではあるが、実は実行力と熱量だけでアントレプレナーが生まれるわけではない。外村氏は“アントレプレナーが持つ能力”として、本人たちが無意識に使いこなしている“問題設定力”があると話す。
「既存の問題解決は勉強ができるだけでは、新しい事業は生まれてこない。世の中はさまざまな解決策で溢れており、新規事業の創出余地は既知の問題の中にはないからだ。優れたアントレプレナーは、未知の問題に対する解決力を持っている。それは、今後生まれてくるだろう新たな問題を想像し、自分で設定する力だ。まだ誰も気付いていない問題に気付き、その解決にいち早く取り組めたからこそ、現代のアントレプレナーたちは成功できた。」(外村氏)
“問題設定力”を
実際に岡山大学で教鞭を執るSiEEDプロジェクトのディレクターの山下哲也氏は、これから1年をかけて進めていく講座について、次のように話す。
「SiEEDの講座は“何かを教えてもらう”授業ではない」
すなわち、何らかの結果を出すといった“予定調和のゴール”を目指すのではなく、これから生まれるだろう問題について、どのようにして発想をしていくのか、誰よりも先に進むために必要な発想力を得るための学びになるという。
「最先端、最新の情報も、インターネットで検索すれば得られる情報はたくさん、しかも無料であるものも多い。単に教えてもらうだけならば、通信教育でもいいかもしれない。しかし起業を経験し、あるいは起業して世の中を変えてきた人たちに近い位置にいた人たちと交わり、議論することで、そうした他人の経験、視点を得て吸収するには、1つの場所に集まる必要がある。」(山下氏)
アントレプレナーの思考や革新的企業、先端技術の解説を発端に議論を重ね、事業開発方法などを授業を通して学べるようにするという。
今回の講座実現に向け、学内の調整をしてきた岡山大学理事(研究担当)・副学長の那須保友氏は、自身、大学発の医療ベンチャーに数多く取り組んできた経験から、地域社会全体に根差した“起業家精神”の浸透のためにも、無料で参加できるこの講座に触れて欲しいと話す。
「“異端は認められてもらった瞬間に先端になる”という先人の言葉もある。失敗は挑戦の証だ。大学だけでなく、岡山の地に新たな産業を生み出し、育てる環境を作り上げていきたい」と結んだ。
イベント後、SiEEDをスポンサーという面で支えてきた石川氏は「起業家として社会の変革者となるアントレプレナーを育てるだけではなく、企業内の改革者である“イントレプレナー”が育って欲しいという想いが強く、広く門戸を開いた講座となることを目指した」と話した。
“創業”“起業”となるとハードルが高いが、しかし所属している組織、あるいは大企業全体に影響を与えるような組織改革をもたらす人物もまた、世の中が前に進むためには必要なものと言えるだろう。
“種子”という意味を持つ単語に“i”を加えたのは、まさに「intra」という単語を加えたかったからであろう。大企業を中心に大量生産の時代を生き抜いてきた日本が、新たな時代でリーダーシップを取れる人材が、このプログラムの中から生まれてくることを期待したい。