イベントレポート

MOBILITY:dev 2019

MaaS時代、ITエンジニアだからこそできる仕事とは

街そのものを変えていく、モビリティのフロントエンド/バックエンド

 MOBILITY:dev実行委員会は10月31日、エンジニア向けカンファレンス「MOBILITY:dev 2019」を開催した。同カンファレンスは、これからの成長産業であるモビリティサービス分野にチャレンジするエンジニアを増やすことを目的としたイベントで、今回初めて開催されたもの。モビリティサービスを手掛ける企業のエンジニアが登壇し、テクノロジーの事例やモビリティサービスの未来についてエンジニア向けに紹介した。

「MOBILITY:dev 2019」基調講演

Teslaは“ITエンジニアが作る車”そのもの

 基調講演では、MOBILITY:dev実行委員会にアドバイザーとして参画した東京大学生産技術研究所特任講師の伊藤昌毅氏が、「ITエンジニアこそ実現できるモビリティのサービス化」と題して講演を行った。

東京大学生産技術研究所特任講師の伊藤昌毅氏

 “IT×公共交通”を専門とする研究者であり、公共交通オープンデータの推進活動などを行っている伊藤氏は、初めに2016年にダイムラーが提唱した「CASE(Connected、Autonomous、Shared and Service、Electric)」というキーワードを紹介し、自動車産業が見据えている方向性として、「通信・ネットワーク化」「自動運転」「サービス化」「電動化」の4つを挙げた。

ダイムラーが提唱した「CASE」

 CASEを最先端で実施している自動車メーカーであるTeslaの電動自動車は、スマートフォンのようにソフトウェアアップデートで機能が追加される。利用者の運転行動を通してアルゴリズムを進化させており、現在は完全な自動運転ではないが、将来は完全自動運転に対応する可能性がある。

 Teslaは言わば“ITエンジニアが作る車”そのものであり、多くの自動車会社は現在、このような方向性を目指して舵を切っている。

 ただし、だからといって、いまある自動車がただ単純に自動運転になるだけではない。都市や社会におけるモビリティのあり方の方向性として、「MaaS」というキーワードにも注目する必要がある。

ITエンジニアが追及するMaaSのフロントエンド

 SaaSやIaaS、PaaSなど、いわゆる“XaaS”はITエンジニアにとってなじみのある言葉であり、これをモビリティに当てはめると、それは“移動が所有から利用になる世界”である。これは自動車や自転車などの移動手段を所有せずに、必要なときにスマホから必要なだけの移動手段を呼び出し、少額の都度払いもしくは定額制で対価を支払うという概念である。

 つまり“移動”のサービス化であり、ITの方法論がサーバーやスマホ画面に限定されることなく、いままでオフラインだった実世界のサービスを取り込んだかたちでフロントエンドとバックエンドがあるという世界となる。

 このような世界で、エンジニアがフロントエンド(ユーザー側)で追求するのは、車そのものや、車に乗るタイミングなど、ユーザー側にあるもの全てであり、そのような要素をどうするべきかを考えるのがフロントエンジニアの仕事になる。

 MaaSのアプリで有名な、フィンランドのMaaS Global社が提供する「Whim」では、目的地を設定すると、途中まで徒歩で行き、そのあと電車に乗り、バスに乗り換えるといった乗換の経路を検索できるだけでなく、そのままシームレスな流れの中でチケットを購入する画面にたどり着き、料金を支払うとQRコードを取得できる。経路検索からチケットを買って、実際に公共交通を利用して降りるということがシームレスに行える。

MaaS Global社の「Whim」

 これがMaaSにおけるフロントエンドであり、MaaS Global社はMaaSを「あらゆる種類の移動手段を単一の直感的なモバイルアプリにまとめて、さまざまな事業者が提供する移動の選択肢をシームレスに組み合わせる」と定義付けている。

 MaaSの専門家である計量計画研究所の牧村和彦氏は、このようなサービスに対して、「すべての交通サービスが自分のポケットの中にあるという、いままで感じたことのない異次元の感覚」と評している。

MaaSのバックエンドが、移動だけでなく街も変えていく

 一方、MaaSにおけるバックエンドは、クラウドなどのITインフラだけでなく、車両やその運行を管理する仕組みなども含んでおり、シェアカーや鉄道、バス、タクシーなどがITインフラ上で、より効率的なシェアを追求して運用される必要があるし、価格政策や課金の仕組みについてもエンジニアが考える必要がある。

 伊藤氏はその事例の1つとして、2018年2月に米国で正式提供を開始した「Uber Express Pool」を紹介。同サービスは、行き先がほぼ同じ方向の乗客を集める乗り合いサービスで、顧客に共通するルート上の指定場所まで歩いてもらうことで回り道を回避し、効率的なライドシェアを実現する。

 同サービスはITならではの高度な仕組みであり、交通手段を自分が所有していなくても思うがままに利用できる。このようなサービスを提供するのが「MaaSオペレーター」であり、MaaSオペレーターは、スマートフォンを使って鉄道・バス・タクシー・カーシェアなどを統合した交通オペレーションを実施し、ユーザーに対する一貫したUI/UXを提供するとともに、値付けと課金なども行う。

 世界はいま、MaaSの覇権競争が起きつつある。ダイムラーとBMWが統合的なモビリティサービスプロバイダーを目指して連携したことや、ソフトバンクとトヨタの提携、トヨタと西鉄によるMaaSアプリ「My route」、伊豆の旅行のためのMaaSアプリ「Izuko」、高速バス会社のWILLERが開発したMaaSアプリ、小田急電鉄のMaaSアプリ「EMot」、「Whim」の日本上陸など、さまざまな動きが見られる。

 今後はGAFAに匹敵する強大なプラットフォーマーが登場するかもしれないし、そうではなく、複数のプラットフォーマーが共存するようになるかもしれない。

トヨタと西鉄による「My route」

 「これまでITエンジニアの方たちが情報通信やスマートフォンの世界で取り組んできた方法論が、これからはリアルの人・車・鉄道の移動を巻き込みながら浸透していく。そのような社会がついに来たのではないかと思っています。

 これは単に移動が変わるだけでなく、街そのものが変わっていくわけで、つまりわれわれの仕事は、都市そのものを変えていく可能性がある。これはとてもワクワクする話です。

 ITエンジニアがいままでITの中で培ってきたモノの作り方や考え方などが、これからはどんどんモビリティ分野にも浸透してきます。ITエンジニアだからこそできるモビリティを、ぜひ連携して実現しましょう!」(伊藤氏)

「駅すぱあと」に30年間も継ぎ足し続けてきた“秘伝のソースコード”

 伊藤氏の基調講演に続いて、さまざまな企業によるモビリティサービスの開発事例が紹介された。

 株式会社ヴァル研究所の見川孝太氏(執行役員CTO兼ナビゲーション開発部部長)は、同社の経路探索サービス「駅すぱあと」について、サービスが始まった30年前を振り返った。

株式会社ヴァル研究所の見川孝太氏(執行役員CTO兼ナビゲーション開発部部長)

 「当時、それまでは紙の時刻表を調べていたのを、データとアルゴリズムを使うことでPCのソフトウェアで調べることに置き換えられるということに気付いた、発見したという意味で、これはイノベーションと言っていいと思います。

 実は当社では、この当時のソースコードを継ぎ足し継ぎ足しでいままで使い続けていて、これを“秘伝のソースコード”と呼んでいます。それから30年間、『駅すぱあと』の経路探索を使うユーザーと向き合い、『もっといい結果を提供できるのではないか』と問い続けてきました。

 最初は単純に駅と路線を使って最適な行き方を導くだけだったのが、ダイヤ(時刻表データ)を入れたり、鉄道だけでなくバスなどほかの交通機関を入れたりと、ユーザーからのフィードバックをもとに常に改良し、いまに至っています。結果として、そのイノベーションが技術と人をつなぎ、長く続いたのではないかと思います。」(見川氏)

創業当時から受け継がれてきた“秘伝のソース”

 こうして進化してきた同社の経路探索サービスはいま、MaaSの時代に突入したことで、新たな局面を迎えている。

 「これからMaaSのサービスをわれわれが提供するにあたって、その要素技術として経路探索は重要になってきます。ただし、30年の蓄積があるとはいえ、現状の経路探索はまだまだ力不足で、MaaSに対して自信を持ってそれを提供して、それだけで役に立つかというと、やはり弱いと思います。」(見川氏)

 ヴァル研究所はJR東日本が提供する「JR東日本アプリ」や、小田急電鉄のMaaSアプリ「EMot」に技術協力を行っており、同社自らが直接MaaSを提供するのではなく、さまざまな交通事業者に協力することでMaaSを下支えすることを目指している。

小田急電鉄のMaaSアプリ「EMot」に協力

「ITエンジニアが活躍できるMaaSの分野で技術を生かしてほしい」

 このようなMaaSの取り組みで求められるのは、単純に安く、早く目的地にたどり着くのではなく、ユーザーにとって最適な行き方はなにかを見つけることである。また、大まかにどのように行けばいいのかを示すのではなく、具体的にどのような人がどのように行動すれば、余計なことを考えないで目的を達成できるのかを示すことも重要となる。

 経路探索サービスは、交通費精算など、過去の行動(移動)の再現において利用するのには便利だったのが、一方で、「いまどのように移動すればいいか」「将来どのような移動の計画を立てればいいのか」という点が弱い。

 これは経路探索サービスが、カーナビゲーションのような案内と異なり、移動を抽象化していることが理由として挙げられる。抽象度が高いため、現在の動的な情報に対応しづらく、移動のステップしかないので、分かりやすい反面、細かい部分が抜けている。

 MaaSに対応するには、駅の乗換のプロセスなど、もっと詳細な部分の解決が必要であり、経路探索のソフトウェアにも進化が求められている。例えば天気の変化に合わせて移動手段を変えたり、リアルタイム情報を反映したり、過去のデータをもとに時系列予測をしたりと、そういった詳細部分をひたすら深掘りしていくことが必要であり、細かく複雑な現実に対応していく必要がある。

 単純にソフトウェアを複雑化すればいいというわけではなく、どのように抽象化して、どのように詳細化するのかを真剣に考える必要がある。経路探索サービスは、人が無意識に知識と経験から探索結果を補っている状況であり、地図アプリなど別サービスと併用しなければならない状況となっている。

 「これを解決するにはブレークスルーが必要で、人の知識や経験をサービスに組み込んで、"誰かが知っていること"を形にすることが必要となります。MaaSやモビリティ、経路探索などの分野には、ITエンジニアが活躍できるフィールドがあちこちにあり、領域が広いので、これまでITエンジニアが培ってきた、得意とすることとマッチする部分がきっとあります。

 そういう部分でみなさんが力を発揮すると、世の中がもっと良くなるのではないかと思います。そのようにして移動の課題解決にチャレンジすることで、初期の経路探索サービスが登場したときの驚きを届けられればいいと思いますし、結果として静的な経路探索から動的ナビゲーションへとシフトしていくと、そのナビゲーションサービスは、技術と人の新たな結節点になります。

 MaaSを含めたモビリティ領域は人の行動に近い分野であり、この場にいるエンジニアの方の技術も、人のために生かしていただければと思います。」(見川氏)

「今後もエンジニアが刺激を受ける場の提供を」

 クロージングセッションでは、株式会社ディー・エヌ・エーの長谷歴氏(オートモーティブ事業本部モビリティインテリジェンス開発部部長)があいさつした。

 「MOBILITY:devは今後も、今日のようなエンジニアが刺激を受ける場を提供していきたいと思います。来年、再来年と開催していきたいと思います。そのためには皆様の応援やご協力が必要だと思いますので、一緒に盛り上げたいと思う方は法人、個人問わず、ぜひ事務局にご連絡いただければと思います。」(長谷氏)

株式会社ディー・エヌ・エーの長谷歴氏(オートモーティブ事業本部モビリティインテリジェンス開発部部長)