イベントレポート

ムーンショット国際シンポジウム

入試での『読み、書き、AI』の導入や、AI技術を競う競技について語る

 国際会議「ムーンショット国際シンポジウム」が、12月17日~18日に都内で開催された。主催は、内閣府、文部科学省、経済産業省、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)。

 ムーンショット国際シンポジウムは、政府の創設した「ムーンショット型研究開発制度」の一環として開かれた。ムーンショット(moonshot)とは、かつてのアポロ計画のように、困難だが実現すれば大きなインパクトが期待されるプロジェクトを意味する。

 ムーンショット型研究開発制度では、少子高齢化や大規模災害、地球温暖化問題など日本が抱えるさまざまな課題の解決を目指し、世界中から科学者の英知を結集して研究開発を推進する仕組みを整備することを目的としている。

 17日に開かれた開会基調講演では、ソフトバンクグループ株式会社代表取締役会長兼社長の孫正義氏が、AIの重要性を語った。また同じく17日に開かれた本会議の基調講演では、XPRIZE財団 CEOのAnousheh Ansari氏が、XPRIZE財団の活動について紹介した。

ムーンショット国際シンポジウム

「大学の入試科目にAIを」

 孫正義氏は、現在の日本の問題として、米国と中国が経済成長する中で日本の経済は横這いという様子のグラフを示した。さらに、これが将来急上昇する線を引いて「これが本当のムーンショット」とジョークを言った。

ソフトバンクグループ株式会社代表取締役会長兼社長の孫正義氏

 その中で孫氏が強調するのがAI分野だ。米国と中国がAI研究で競争していて、特許数で中国が米国を抜いた一方で、日本が大きく下回っている様子をグラフで示した。

「このままでは未来も失う。すべての分野で勝つのは不可能なので、フォーカスすべき」(孫氏)

 日本の問題に高齢化がある。この影響として、老人による交通事故と医療費という2つの日本の問題を孫氏は掲げた。そして、これを解決するために、AIによる「自律走行車」と「DNA中心の医学」へのフォーカスを主張した。

 自律走行車について孫氏は「今の自律走行技術でも老人の高齢者の運転より上手」とし、Cruise社(ソフトバンク・ビジョン・ファンドが出資)の自律走行車のビデオを上映した。

 またDNA中心の医学については、AIによるDNA解析でがんを早期発見するGuardant Health社(ソフトバンクグループが出資)や、AIで感染症を早期発見するKarius社をビデオで紹介した。

「自律走行車」と「DNA中心の医学」へのフォーカスを主張
医療費の問題をDNA分析で解決

 そのほか、もう1つの日本の課題として、教育についても孫氏は挙げた。「世界の大学のAI研究のランキングに日本はいない」と孫氏。

 そこで孫氏の案は、大学の入試科目に「AI」を入れるというものだ。「『読み、書き、AI』というように、AIを必須科目にする。このようにAIを活発化させて日本が世界に追いつくようにする」(孫氏)

大学の入試科目の「国語」「数学」など。ここに「AI」を入れる案
AIを活発化させて世界に追いつく

 孫氏はまた、中国を除くアジア(東アジア~東南アジア~インド)の地図を示し、「アメリカより日本のほうが近く、中国と地政学的にセンシティブな地域。ここで日本が、データ銀行とAIエンジンというAIプラットフォームを確立することで、No.1になる可能性がある」と主張。

 さらに「日本の人口や市場は大きくないが、これらの地域といっしょになることで、中国や米国を超える可能性もある」と語った。

競技でブレークスルーを目指すXPRIZE

 本会議では、日本政府やJST、米国の政府やテック産業界、欧州委員会といった有識者がパネルディスカッション形式で議論した。

 その基調講演として、XPRIZE財団CEOのAnousheh Ansari氏が登壇し、XPRIZEの活動について紹介した。

XPRIZE財団 CEOのAnousheh Ansari氏

 氏は子供のころから宇宙に憧れ、やがて民間女性初の宇宙旅行者としてISSに行った。また、XPRIZEの最初の競技となった「Ansari XPRIZE」を2004年に開催した。

 XPRIZE財団は、宇宙飛行や宇宙探査、深海探査などの技術を競う競技を開催して多額の賞金を提供する非営利団体。それにより「Radical breakthroughs for the benefit of humanity(人類に恩恵をもたらすラジカルなブレークスルー)」を促進することを目的としている。

 最初のAnsari XPRIZEは、有人弾道宇宙飛行を競うもので、1億ドルの賞金が集められた。「それによって新しく、民間のロケット打ち上げという数十億ドル規模の市場が生まれた」とAnsari氏は語った。

最初のAnsari XPRIZE

 2007~2018年には、月面無人探査のGoogle Lunar XPRIZEが開催された。期日内に打ち上げを達成したチームはなかったが、イスラエルのSpaceILが2019年4月に探査機を月面に送り込んだ。日本の「HAKUTO」も「HAKUTO-R」としてチャレンジを継続している。

月面無人探査のGoogle Lunar XPRIZE
Google Lunar XPRIZEに参加した日本のHAKUTO

 競技には、ヘルスケアや海洋、食糧問題、水問題などがある。今年表彰された3競技のうち、海底探査の「Shell Ocean Discovery XPRIZE」では、日本の「Team KUROSHIO」が2位となった。

これまでの競技の例
Shell Ocean Discovery XPRIZEに参加した日本のTeam KUROSHIO

 現在進行中の競技には、AIによってSDGsを解決する「IBM Watson AI XPRISE」や、環境の二酸化炭素問題を扱う「Carbon XPRIZE」がある。

 そのほか、「ANA AVATAR XPRIZE」もAnsari氏は紹介した。日本のANAがスポンサーとなり、テレイグジスタンスのアバターロボットを競うものだ。

 「ロボットやセンサー、触覚、AI、VR/ARなどの技術を組み合わせて、遠くの場所にいるかのような経験をするという、お気に入りの競技の一つ」とAnsari氏。

「自分自身が旅行しなくてもいろいろなところを訪問したり仕事したりでき、飛行機の二酸化炭素排出量も減らせるかもしれない」

進行中のIBM Watson AI XPRISEとCarbon XPRIZE
日本のANAによるANA AVATAR XPRIZE

 これからのXPRIZEのロードマップとしては、水や食糧などの問題をAnsari氏は紹介。そのための競技として、大気からの炭素抽出や、珊瑚礁の再生などを挙げた。

これからのXPRIZEのロードマップ

 そのほか、「われわれの考えていることが人々に伝わるようにしなくてはならない」として、情報共有の場として「XPRIZE Knowledge Collaborative」を作ったと説明した。「大企業やスタートアップ、大学などがいっしょになり、みんなでムーンショットを実現する」(Ansari氏)

情報共有のXPRIZE Knowledge Collaborative

 なお、同日にはプレス向けにAnsari氏へのQ&Aセッションも開催された。

 日本の「ムーンショット型研究開発制度」についての質問にAnsari氏は、世界中とコラボレーションする姿勢や、情報共有の姿勢、性別・年齢・研究分野などを超えた多様性のアプローチの3点を高く評価すると語った。

プレスQ&AでのAnousheh Ansari氏

 また、日本企業によるスポンサーを望む分野についての質問には、Ansari氏は例としてヘルスケア分野を挙げ、「日本では高齢化が問題となっているので、日本のスポンサーが興味を持つかもしれない」と答えた。

 会場ロビーに設けられた展示ブースについて別記事で紹介するため、そちらもご覧いただきたい。