イベントレポート

BG2C FIN/SUM

DeFiとETH2.0を語る、イーサリアムの強みはコミュニティの層の厚さ

BG2C FIN/SUM BBより

 イーサリアム(Ethereum)は、時価総額2位の暗号通貨(仮想通貨、暗号資産)であり、パブリックブロックチェーンである。開発者数は5000人規模とブロックチェーン技術の中で突出して多い。そのイーサリアムのコミュニティの最新事情を語るパネル・ディスカッションの内容をお伝えする。

 DeFi(分散型金融)と呼ぶサービス群がイーサリアム分野で人気を集めている。イーサリアム2.0(ETH2)はこの2020年8月にテストネットが立ち上がり、数カ月後には「フェーズ0」メインネットが立ち上がる予定だ。イーサリアム財団はコミュニティを資金面でも援助している。金融庁主導で立ち上げたマルチステークホルダーのガバナンスを目指すBGINでもイーサリアムは視野に入っている。このように多くの話題が出た。

 パネルが開催されたのは、2020年8月25日、金融庁日本経済新聞社主催のイベント「BG2C FIN/SUM BB」の2日目。パネルディスカッションのタイトルは「BG2C :イーサリアムコミュニティ」である。

 パネルの登壇者は、次の面々である。

パネルディスカッション登壇者。右上は宮口あや氏、下はグラント・ハンマー氏。いずれもオンラインで参加。左上は会場から参加したキャサリーン・チュー氏(右)モデレータ石黒氏(左)
  • 宮口あや氏
    イーサリアムの開発やコミュニティ支援を行うEthereum Foundation(イーサリアム財団) エグゼクティブ・ディレクター。
  • グラント・ハンマー(Grant Hummer)氏
    2016年より米サンフランシスコのイーサリアム開発者ミートアップを主催。イーサリアムに特化したブロックチェーンコンサルティングと投資を行う企業Chromatic Capitalのマネージングディレクター。
  • キャサリーン・チュー(Kathleen Chu)氏
    仮想通貨担保型ステーブルコインDAIを発行するDeFi(分散型金融)プロジェクトであるMakerDAOをサポートする団体Maker Foundationの日本地域リーダー。日本のDeFiミートアップ「やさしいDeFi」共同設立メンバー。
  • 石黒一明氏
    Enterprise Ethereum Alliance(EEA)リージョナルヘッドであり、日本のスタートアップ企業クーガーのチーフブロックチェーンアーキテクト。

 下記のリンクからセッション動画を見ることができる。

【BG2C:イーサリアムコミュニティ】

イーサリアムは突出して開発者数が多く「無限の可能性がある」

 グラント・ハンマー氏は、イーサリアムそのものの説明、イーサリアムの米国の開発者コミュニティの話題、そしてイーサリアム2.0の話題を提供した。

 ハンマー氏は2016年いらい米サンフランシスコのイーサリアム開発者ミートアップを主催している。氏によれば、イーサリアム開発者の数は5000人以上の規模に達する。Webやクラウド技術ではもっと大きな開発者コミュニティを持つ技術はいくつもあるが、ブロックチェーン技術としては図抜けた規模だ。

 モデレータ石黒氏からの「イーサリアムとは何か?」というシンプルな問いにハンマー氏は正面から回答を試みた。要約すると次のようになる。

 イーサリアムはビットコインと似ている。同じデータを共有するコンピュータが多数参加する大きなネットワークだ。データは暗号技術で守られている。人々はそこに価値があると判断して大きな金額のお金をそこに投入し、それによってイーサリアムに金銭的な価値が生まれている。

 イーサリアムがビットコインと似ていない重要な点は、イーサリアム上でアプリケーションを書けることだ。アプリケーションはDapps(分散型/分権型アプリ)と呼ばれる。ブロックチェーンの上でほとんどあらゆる種類の計算処理を実行できる。そこでイーサリアムには無限の可能性があり、Uber、Facebook、銀行など既存のサービスを分散化/分権化できる可能性がある。

 イーサリアムは「ワールドコンピュータ」と考えられている。イーサリアムは単一の共有された信頼性の高いコンピューティングプラットフォームであり、世界中の誰もがネットワーク上の他のアプリケーションと許可なし(パーミッションレス)で相互作用するアプリケーションを開発できる。

 以上がハンマー氏によるイーサリアムの説明である。

Ethereum Foundationは資金も含めコミュニティを支援

 Ethereum Foundationの宮口あや氏は、Ethereum Foundationの活動や、イーサリアムのコミュニティについて語った。以下、要約する。

 イーサリアム上では何でもプログラムできる。イーサリアムのエコシステムは非常に多くの異なるレイヤーから構成されている。イーサリアムのプラットフォームもその中に含まれる。アプリケーションのレイヤーもある。

 イーサリアムのアプリケーションは、コミュティメンバーが作るものもあり、大企業がソリューションとして提供するものもある。モデレータの石黒氏も、宮口氏もEnterprise Ethereum Alliance(EEA)のメンバーとなっている。レイヤー2と呼ばれる技術、アプリケーションビルダー(開発環境)のレイヤーもある。

 イーサリアムはオープンソースプロジェクトである。開発者として、研究者として、誰でも参加が可能だ。ビジネスモデルを構築してビジネスを展開することもできる。

 コミュニティの支援のため、Ethereum Foundationはこの数年で2000万ドルに及ぶ資金を提供している。またハッカソンの主催者となることもある。ESP(エコシステムサポートプログラム)と呼ぶプログラムがあり、これはWebサイト esp.ethereum.foundation で内容を見ることができる。ウィッシュリストに掲載されている役割を果たすことで報奨金を得ることができる仕組みだ。イーサリアムのコミュニティには、これ以外にもGitcoinやMoloch DAOのような資金調達メカニズムがある。

 Ethereum Foundationがやろうとしていることの一つは地域に手を差し伸べることだ。そのため「UNICEFクリプトファンド」に資金を提供している。これは国連機関UNICEFのイノベーションチームが運営するファンドで、新興国の課題を解決するスタートアップ企業に資金を提供するものだ。

 以上が、宮口あや氏の発言要旨である。

DeFiではイーサリアムのコミュニティの強みが発揮された

 キャサリーン・チュー氏は、イーサリアムの上で人気が急上昇中のDeFi(分散型金融)と呼ばれる分野の中心的な存在、ステーブルコインDAIを発行するMakerDAOを日本でサポートする立場にある。以下、発言内容を要約する。

 イーサリアムの開発者数は、他のブロックチェーンに比べて明らかに突出している。より多くのエンジニアがイーサリアム上でソフトウェアを構築し、それを別の種類のソフトウェアから利用できる。より大きなエコシステムを形成することができる。そのことを、私たちはDeFiの事例で目にすることができた。

 DeFiではサービス/プロトコルを構築するためイーサリアムのスマートコントラクトを利用する。プロトコルは別のプロトコルの機能を利用する。オープンソースなのでコードを見ることができる。家を基礎から建てるのではなく、必要な部分を利用すればいい。それがコミュニティの力だ。

 以上がキャサリーン・チュー氏の発言要旨である。

規制対応は「石橋を叩いて渡る」発想からの脱却を

 パネルディスカッションの中で、宮口氏は規制について言及した。

「既存の規制を見ているだけではイノベーションは成長しない」「オープンな議論が必要だ」と述べ、「日本の人々は『石橋を叩いて渡る』という言葉があるように200%の確実性を求めるが、それだけでは革新的なアイデアを手にできない」(*1)と指摘した。「規制や法律の話でも、枠にとらわれない議論をしてほしい。彼ら(イーサリアムの開発者たち)の意図は決して悪い事をすることではない」と強調した。

 これを受けてキャサリーン・チュー氏は、日本の金融庁主導で立ち上げたマルチステークホルダーのガバナンス団体BGINに言及、「規制当局とステークホルダーのためのグローバルなサンドボックスのようなもの」と述べた。

(9/2 12:5更新)*1 記事公開当初、宮口氏の発言ニュアンスを誤って記載していたため、修正しました。ご迷惑をおかけした関係者、読者のみなさまにお詫びして訂正させていただきます。

イーサリアム2.0はチームも分散

 パネルディスカッションの終盤、ハンマー氏は、モデレータ石黒氏やパネリスト宮口氏からの指名を受けてイーサリアム2.0について説明した。以下、ハンマー氏のイーサリアム2.0の説明を要約する。

 イーサリアム2.0(ETH2.0)は次世代のイーサリアムであり、まったく新しいブロックチェーンだ。3つの目標がある。それはスケーラビリティ(性能向上)、セキュリティ、プロブラマビリティである。

 スケーラビリティ(性能向上)だが、現行のイーサリアムは1秒間に15トランザクションしか処理できない。これはかなり遅い。一方、クレジッドカード会社のVISAは1秒間で数千から数万のトランザクションを処理できる。イーサリアム2.0の目標はVISAと同等以上の処理性能を得ることだ。

 イーサリアム2.0ではブロックチェーンを、たくさんのシャード(shade)と呼ぶチェーンに分割して処理性能を達成する。中央にビーコンチェーンと呼ばれるチェーンがあり、すべてのシャードをまとめて調整する。

イーサリアム2.0(ETH2.0)の概念図。多数のシャードチェーンに処理を分散し、中央のビーコンチェーンを介して協調する。グラント・ハンマー氏の記事"ETH2 for Dummies"より。

 イーサリアム2.0ではチームも分散されている。1ダースに少し足りない数の異なる技術チームがイーサリアム2.0を構築している。イーサリアムは3つのフェーズで展開する。最初はフェーズ0で、これは数カ月後にはリリースされる。これによりステーク(暗号通貨の預託)ができるようになる。ステークしてネットワーク上の取引の検証に参加することで、より多くのイーサリアムが獲得できる。イーサリアム2.0については"ETH2 for Dummies (Japanese)"というタイトルの記事を書いたので見て欲しい。日本語にも翻訳されている。

 以上がグラント・ハンマー氏によるイーサリアム2.0紹介である。

 ここまで、日本の金融庁が主催となったBG2Cのイベント「イーサリアムコミュニティ」の主な内容をお届けした。

 プラットフォーム(イーサリアム2.0)、アプリケーション(DeFiサービス群)、そしてEthereum Foundationによる資金面の支援と、イーサリアムのエコシステムは成長し活発に活動を続けていることがうかがえるパネルとなっていた。