イベントレポート

Internet Week 2025

「今のモバイルネットワークは、回線交換時代のアーキテクチャに呪縛されている」。次の6G時代に向けて、必要な価値とは

(左から)慶應義塾大学教授の中村修氏、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の谷崎雄太氏、ソフトバンク株式会社の松嶋聡氏、株式会社KDDI総合研究所の宮坂拓也氏、株式会社NTTドコモの青柳健一郎氏

 2025年11月に開催された「Internet Week 2025」において、パネルディスカッション「電話からデータへ、そして未来へ:モバイルネットワークとインターネットの歩みと挑戦」が行われた。

 登壇したのは慶應義塾大学教授の中村修氏、株式会社NTTドコモの青柳健一郎氏、株式会社KDDI総合研究所の宮坂拓也氏、ソフトバンク株式会社の松嶋聡氏、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の谷崎雄太氏。

6Gの価値は“社会的なインパクトをもたらすか?”にかかっている

株式会社NTTドコモの青柳健一郎氏

 はじめに、NTTドコモの青柳氏から、6Gの標準化に向けての取り組みなどについての説明があった。

 6Gは、2030年ごろの実用化を目指し、移動通信システムの仕様の検討などを行う世界的な標準化団体の3GPP(Third Generation Partnership Project)が標準化に向けて本格的な技術検討を始めている。特に、どのような機能を6Gに入れて価値を生み出すのかについて検討されており、「非常に大事なフェーズにある」と紹介した。さらに、これまでの4Gや5Gとの大きな違いとして、6Gには「AI」を大きなテーマとして位置付けており、NTTドコモは6Gに対し「AI for Network」「Network for AI」という2つの軸で考えていると同氏は語った。

 AI for Networkは、モバイルネットワークにおける通信制御や保守運用にAIを活用し、より効率的かつ高度なネットワーク運用を実現する考え方。そして、Network for AIとは、AIをモバイルネットワークに接続し、そのパフォーマンスを最大限に引き出すネットワーク基盤を目指す考え方。AIにおける学習や推論を行うためには、大量のデータを処理するため、従来のネットワーク性能では対応しきれない可能性がある。このため6GではAIやロボットが接続することを前提とした基盤設計を考える必要がある。

 一方、日本では2020年に商用化された5Gについて、「3Gの『どこでも携帯電話がつながる』や4Gの『スマートフォンなどあらゆるデバイスがつながる』と比べて、5Gはどう大きく変わったのかという、ユーザーの利用行動を覆すほどの変化がなかった。5Gの価値について十分に伝えきれなかったのではないか」と青柳氏は指摘。

 このため、6G標準化に向けて、技術的な価値だけでなく、社会にどのようなインパクトをもたらすのかという価値をアピールしていく必要があることを強調した。

AIを軸とした6Gのコンセプト
AI for Networkのビジョン
Network for AI

通信障害対応やトラフィック管理でのAI活用

株式会社KDDI総合研究所の宮坂拓也氏

 続いて、KDDI総合研究所の宮坂氏は、障害対応やトラフィック管理におけるAI活用について説明した。

 デバイス接続台数の増加に伴い、トラフィック量が増大し、障害対応やリソースの最適化を行うため、KDDIをはじめ大手キャリアではネットワーク運用などに「特化型AI」を導入し、また、将来的には「汎用型AI」の導入を考えている。

 特化型AIは、機械学習や深層学習を用いて通常のトラフィックのパターンを学習させることにより、品質監視やトラフィックの異常検知に活用している。そして、汎用型AIとしては、大規模言語モデル(LLM)を用いて、オペレーター向けのサポートをするエージェントを開発している。例えば、「来週のイベントのためにどのようなネットワーク構成をすればいいのか」といった質問に対して、必要な情報や手順を示して業務のサポートを行う。

 なお、AI活用の課題について、十分かつ品質の高いデータを収集する必要があることを宮坂氏は指摘。特に特化型AIが参照するデータは、トラフィック量やCPU使用率などの基本データのほか、TCP再送回数といった詳細なメトリックを十分に集めないと精度が上がらない。さらに、例えば昼間と夜間でのトラフィック量変化量などを踏まえたデータの前処理、つまりデータの品質を上げる必要があるが、ベンダーによってその質が異なるため、「データフォーマットの標準化を要望したい」とした。

 また、そもそも複雑に絡み合った現行のネットワークでは、障害の原因分析が難しいという。「現状のままでは、一度障害が発生すると連鎖的に波及していき、大元となる原因がつかめないことが起きている。このため、単一障害で捉えられるようなネットワーク構成にしていく必要がある」と訴えた。

ネットワーク障害対応へのAI活用の取り組み。検知・解析・復旧のそれぞれのフェーズに特化したAIを導入することで、障害対応をより迅速に行うことができる
AIの対話によるネットワーク運用。エージェントが新人オペレーターのサポートを行う

モバイル回線の複雑さを解決する「SRv6 MUP」

ソフトバンク株式会社の松嶋聡氏

 ソフトバンクの松嶋氏は、複雑化したモバイル回線に対して開発されたアーキテクチャ「SRv6 MUP」を紹介した。

 本来、5G通信は、MEC(Multi-access Edge Computing)による低遅延を実現できると期待されていたが、実際は主要拠点に設置されたルーターやスイッチ、そしてモバイル交換機の一部である仮想化されたUPF(User Plane Function)を経由するなど、MECサーバーに到達するまでに「GTP-U over IP over Ethernet over VXLAN over UDP over……」といった多重のオーバーレイネットワークを通る必要があり、通信の遅延やオペレーションの複雑化、といった課題があるという。

 そこで、ソフトバンクが開発し、標準化・商用化を目指しているのが「SRv6 MUP」だ。SRv6 MUPは、IP伝送路技術のSRv6(Segment Routing IPv6)に、MUP(Mobile User Plane)の能力を拡張した技術のこと。モバイル回線をパケット交換のアーキテクチャに置き換えることで、ルーターのみを経由できるため、IP端末のアドレスを維持したまま、ネットワークをシンプルにできることが特徴。最短ルートで通信でき、大幅な低遅延化が期待できる。

 実際、ソフトバンクではヤマハ株式会社と共同で、イベントでリモート合奏を行う実証実験や、車にAIカメラを搭載し高速道路を走行して動体検知を行った実証実験を複数行っており、いずれも低遅延の実現を確認した。今後、ロボット制御や遠隔手術など、リアルタイム性が重要となるAIアプリケーション開発が本格的となることから、低遅延だけでなく、ゆらぎの少ないネットワークが求められている。

 松嶋氏は「現状のモバイルネットワークは、端末が移動するたびに交換機が『カチカチ』と1回線ずつつなぎ変えるといった、電話サービスとしての回線交換の概念を引き継いだ構造。これがモバイル回線の複雑性の大きな原因となっている。SRv6 MUPはパケット交換のアーキテクチャに置き換えるというシンプルな構成が可能だ」とコメントした。

現状のモバイル回線では、主要拠点に設置された交換機などを経由する必要があり、通信の遅延や複雑化といった課題があった
SRv6 MUPは、IPルーティングで簡素化することで大幅な低遅延化が期待できる
静岡県浜松市内で行われた実証実験の結果。SRv6 MUPを使うことで、通常のUPFを介した通信と比べ15msの低遅延化が確認できた。Copyright © 2023 IEICE,[依頼講演]後続車自動運転隊列走行の実現に向けた超高信頼・低遅延車両通信フィールド試験に関する取り組み~SRv6 Mobile User Planeを用いた5G低遅延車載端末間通信~

“手作りアーキテクト”でモバイル人材を育成

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の谷崎雄太氏

 情報処理推進機構(IPA)の谷崎氏は、モバイルシステムに関する人材育成をテーマに発表した。

 現在のモバイルシステムは、仮想化やAIの要素が加わるなど分業により複雑化している。このため、分業先に従事する多くのエンジニアはモバイルのエンド・ツー・エンド、つまり包括的な説明ができないといった課題がある。そこで、谷崎氏は、sXGPやオープンソースのコアネットワークを活用し、個人が“作って・壊して・試せる”モバイルシステム環境を構築することで、モバイルの世界を理解していく“手作りアーキテクト”を勧めた。

 谷崎氏は、「モバイルネットワークは『通信キャリアがやるもので、素人は手を出せない』という世界観だったが、自作できる環境が整ってきたことで、その障壁が下がりつつある。システム全体を理解することで、6Gや新しいアーキテクチャについて積極的に考え、貢献できる人材の育成につながるはずだ」とコメントした。

モバイル回線は分業化などによる複雑化し、包括的な説明ができるエンジニアが不足している課題がある
モバイル環境を自作できる環境が整ってきたことから“手作りアーキテクト”を通して、システム全体を理解することができる

6G時代に向けたシンプルなアーキテクチャの鍵は「回線交換時代の呪縛からの解放」

 最後には、現在、モバイル業界が抱えている課題、6G時代における通信の役割に関するディスカッションが行われた。

慶應義塾大学の中村修氏

 慶應義塾大学の中村氏はモバイルシステムの複雑化に関する疑問を投げかけた。複雑化の要因の1つとして、3GPPの標準化プロセス自体に問題があるのではないかとした。

 それに対し、谷崎氏は「標準化において、今も3GPPにはベンダーやオペレーターの力が強く、IPAのほか学術機関のような組織が介入しにくい文化がある。このため外部の意見が通りにくく、システムが複雑化する傾向にあるのではないか」とした。

 松嶋氏は、6G時代に向けての標準化の取り組みの中で「5Gに投資してしまった以上、6Gも5Gをベースにしていく流れもある一方で、アーキテクチャをもう少しシンプルにすべき、という意見もある。そのような中でアーキテクチャの研究が始まっている状況だ」と説明。また、3GPPにも参加している青柳氏は、5Gは従来の電話回線的なインターフェースから、クラウドなどを見据えたインターフェースを想定した装置をつくり、4Gと比べて大きくアーキテクチャを変えているとしたうえで、「世代ごとにバラバラになっていることを繰り返している。6Gは5Gを踏襲するというシンプルな考え方も検討されているが、やはり扱いにくいアーキテクチャであるという話になれば、別のかたちをとることも当然、可能性としてはある」とコメントした。

 また、中村氏はモバイルシステムの根本的な複雑性のもう1つの要因として、回線交換のコンセプトに縛られている、いわば“呪縛”されている状況ではないかと指摘。そのうえで、インターネット回線を例に挙げ、6G時代はインターネットと同様にシンプルなアーキテクチャにするべきではないか、とした。

 このほか、AI for Networkに関して、現在すでにキャリアがオペレーションに活用していることや、通信障害発生時でのAI活用における課題について議論された。

 最後に、中村氏は「従来、モバイルネットワークは素人が手を出せないような世界だったが、変わってきていると感じる。また、AIというアプリケーションを使いながら、世界のモバイルのネットワークがどういうふうにあるべきなのか、6G時代に向けた本質的なアーキテクチャの議論も始まっている。今回指摘した、新しいアーキテクチャの登場次第でモバイルの世界はもっと面白くなるのではないか」と締めくくった。

INTERNET Watchでこれまで掲載したInternet Week関連記事のバックナンバー(2009年以降)は、下記ページにまとめている。