インタビュー

“6G”に向けて「電波×インターネット」はどう進化すべきか? 村井純と湧川隆次が書籍『アンワイアード』に込めた思いを語る

5Gをデジタル社会基盤の始まりに、その可能性をすべての人に――

村井純氏(左)と湧川隆次氏(右)

 「日本のインターネットの父」として知られる慶應義塾大学教授・村井純氏と、共同研究者である湧川隆次氏が、10月10日のデジタルの日に合わせ、『アンワイアード デジタル社会基盤としての6Gへ』(インプレスR&D)を上梓する。著者のお二人を迎え、通信技術の発展がもたらす今後の未来を見据えながら書籍に込めた思いを語ってもらった。

(聞き手:井芹 昌信、構成:向井 領治、写真:渡 徳博)

5Gでスマホが速くなる……だけではない?インターネットを踏まえれば「5Gのインパクト」が分かる

――この本を書くことになったきっかけを教えてください。まず湧川さんは、世界的に最先端モバイルテクノロジーの企業を渡り歩いて来られていますね。

湧川氏:日本では2021年は5Gイヤーだというので、とにかく5Gは凄いぞというイメージは広まったと思うんですが、ケータイからの3G、4G、5Gという流れで、「5Gって、スマホが速くなるんでしょう」という理解で止まってしまった印象があります。確かに5Gというのは分かりにくい。3Gは「どこでも電話ができる」、4Gは「スマホを使ってどこでもSNSが使える」という分かりやすいものがあったけれども、5Gにはこれだというものがありません。

 5Gは、ネットワークのさまざまな要求に対して、いろいろな機能を提供できます。ユースケースとしても自動運転やスマートシティなどが言われています。しかし本当に大事なことは、完全にデジタルな無線ネットワークが、いろいろな産業の基盤インフラとなっていくときに、これを使って何をやるのかということであったはずだったと思うんです。それがまだあまり語られていないんじゃないか、もしもこのまま5Gが技術的にきちんと理解されないと、日本の将来にとってもよくないんじゃないか。そういう思いがありました。

――村井さんは、古くは「日本のインターネットの父」と呼ばれ、今は政府のデジタル政策についても助言する立場でいらっしゃいます。

村井氏:政府の会議やメディアの取材などで、5Gがどういうインパクトを持ちますか、私たちの生活ってどう変わるんですかってよく聞かれるんだけれども、では具体的にどういうところで活きてくるだろう、どうすれば重要さが伝わるだろうと考えていたんです。

 例えば、今の4G時代のカーナビだと、位置情報は分かっても3次元の空間では把握していない。だから立体で重なっている首都高速3号線と国道246号の区別がつかないんですよ。でもこれから、ドローンが飛ぶとか、車椅子や乳母車で移動するとか、高齢者が歩くといったことをセンシングしようとすると、3次元の空間をワイヤレスで捉えること、一人一人が繋がっていることが不可欠になってくる。

 これを技術面から言うと、計算と実空間、2次元の空間と3次元の空間を連動させる「デジタルツイン」と呼ぶ。けれども、パンデミックでオンラインでの活動が注目されるようになったり、VRやARのゲームが人気を博したりして、デジタル空間の中で我々の生活空間が変わっていくことの必要性がすでに広く認識されるようになっていることも感じるね。だからもうデジタルツインという言葉は知らなくても、きちんと説明すれば、その発想自体は特定の人たちや産業だけでなく、社会のみんなにとってインパクトがあるものだと理解してもらえるようになっていると思うんだ。

湧川氏:5Gというものの凄さは、インターネットを足場にして考えると分かりやすいと思うんです。インターネットというものは、eコマース、SNS、ニュース配信、動画配信、VR、電話やら、いろいろなものが乗る共通インフラです。どれか1つのサービスのためだけにインターネットがあるのではない。5Gもインターネットそのものなんです。5Gにおいてスマホはたくさんある軸の1つでしかなく、あらゆる産業がこの5Gにも乗ってくるのです。

――モバイルのテクノロジーだけでなく文化的な流れも含めたうえで、インターネットを視座にしてもう一度捉え直すべきだということですね。

村井氏:5Gは確かに重要な鍵だけれども、無線でインターネットに繋がるものをすべて使ってこそ社会基盤と呼べるものができる。この本のタイトルが電波でも無線でもなく「アンワイアード」である意味は、そういうところにあるとも言えるね。

16年前の『アンワイアード』とは意味が違う、デジタル社会基盤としての「アンワイアード」へ

――タイトルになった「アンワイアード」という言葉に込めた意味を教えてください。

村井氏:実は同じ『アンワイアード』というタイトルの本を16年前に、今回の本と同じく湧川と一緒に書いたんです。これは2002年にアレックス・ライトマンという友人が書いた本の翻訳に、我々が日本向けの原稿を書き足したもので、あのとき「アンワイアード」っていい言葉だなと思って二人で力を合わせたんだ。

 その後もお互いにコンピューターネットワークの世界に生きてきたけれども、今からあの本を振り返ってみると「アンワイアード」の意味が全然変わってきている。だからあえて同じタイトルで同じ趣旨なんだけれども、全く新しくなった本質的な概念を加えて今やったら凄く面白くなるよねという話をしたのがきっかけだったんですよ。

湧川氏:もちろん「アンワイアード」という言葉には、インターネットの黎明期に大きな役割を果たした雑誌『ワイアード』へのリスペクトという意味も込めつつ、インターネットの重要性を再度訴えるという意味もあります。前の『アンワイアード』の本で書いたことはほぼ実現されたけれども、次の世代の無線やインターネットについては、おそらくまだ誰もきちんと語っていないように思っていたので、ぜひ村井さんともう一度やりたいと思っていたんです。

村井氏:5Gには、4Gができたときよりもずっと大きな技術的発展があって、それが何であるかを分かったうえで今後を考えていく必要がある。単に無線でインターネットが使えますというのではなく、完全デジタルになった5Gのほかに、Wi-Fi、Bluetooth、GPS、地デジ、特定業種向けなど、それらの電波をすべて包括して、デジタル社会基盤として包括的に発展していく環境を「アンワイアード」と呼びたい。そして、今が変化のタイミングだから、これが今後どうなるのかという理解をいろいろな人にしてもらいたいって思ったんだ。

湧川氏:あの本を書いたときは3Gから4Gへ移るタイミングで、携帯電話は電話端末でしかなくて、まだインターネットらしさはなかったですね。当時は、携帯はインターネットに繋がれというメッセージをアンワイアードという言葉に込めました。

村井氏:あのころ、4Gを最初は3.9Gと言っていた。まだ電話だから0.1引いておこう、インターネットに近づいたら4Gって言おうというような、控えめな感じがあったね(笑)。

湧川氏:ところが今や、インターネットってスマホでしょというような若者がたくさんいて、状況が大きく変わりました。当時は無線がインターネットを追いかけるくらいの位置づけだったけれども、対等になり、やがて完全にジャックしたという感じがします。

村井氏:今や、無線がインターネットの牽引者になったよね。

湧川氏:技術面で最も重要なことは、アナログのインフラがなくなること。4Gや5Gが主流になっていく一方で、3Gはそろそろ終わりになるんです。ところがデジタル化するといっても、実際にはアナログ時代を前提にしていた規制や政策がそのまま残っている。これをどうやって新しくしていくかという問題はキャリアだけの課題でもないし、GAFAの問題でもない。

 その課題を、産業、国、レギュレーションの3つの視点からきちんと語ることがこれからの日本にとって非常に重要だと思うんですが、これらをまとめて語れるのは村井さんくらいしかいないでしょう。今回の新しい『アンワイアード』では、その全体をうまくカバーできたように思います。

村井氏:電波は公共のものであり、政府の責任がある領域だけれども、インターネットでデータが流通するのはグローバルなことなんですよ。そうすると、例えば周波数の帯域を調整するには、国と国が調整するメカニズムの中でやる必要があるけれども、技術的には無限の可能性が生まれる。だから技術の可能性を実現するには、技術者だけが知っていればいいわけではなくて、産業の人にも、政策を担当する人にも技術を知ってもらう必要がある。これはインターネットが出現したときと同じなんだ。

 そういう状況の中で、日本がどういう特徴を持っているのか、いろいろな人が考えていく必要があると思う。前の『アンワイアード』は翻訳がベースだったけれども、今回は日本に視点を置いて全く新しく書いたし、技術が発展した経緯も分かるし、そして未来の議論もやった。だから、今この本が出ることには大きな意味があると思うよ。日本には日本の特徴があるんだから。

本に書いたことが1つずつ現実に――「LEO」が実現するアンワイアードな世界

村井氏:デジタル化ともう1つ、自分がここで重視しているのは分散処理なんですよ。こう言ってしまうと古く聞こえてしまうかもしれないけれども、実はまた新しい課題になっている。

 例えば、いまロボティクスの実験ということで、お医者さんが遠隔のロボで手術したりしている。これをロボット技術者だけでやっていると、東京と名古屋の間くらいしか使えないねと言っていたりするんだけれども、そこにネットワーク技術者が入って徹底的にレイテンシー(通信遅延)を縮めていくと、東アジア全域くらいは遠隔手術できるかもしれないということになったりする。もしもこれを実用化できたら、医療というものが大きく変わる可能性があるよね。

 膨大なデータの処理についてもどんどん発展している。3次元空間の計算を実行して映像にするようなことは、10年前だったら1週間かかっていたけれども、端末に近いサーバーで計算して結果を戻してやればずっと速くできる。こういうやり方は「エッジコンピューティング」と言われるけれども、クラウドではなく分散処理の考え方で、こういった要素も5Gには仕様として入っているんだ。来年にはほぼリアルタイムで実現できるんじゃないかな。

――この本に書かれていることが1つずつ現実になっていくのでしょうね。本の中でも詳しく書かれていますが、低軌道衛星(LEO)を使った無線通信は、もうすぐ商用サービスとして始まります。

村井氏:ビルの屋上に5Gの基地局を置くことと、LEOから電波を発信することは、同じ電波であっても意味が全く違う。LEOでは効率的に電波を発信できるから、カバレージの穴がなくなってしまうんだ。どこでも電波でインターネットに繋がる世界がLEOで実現される。そういう意味では、今年はLEO元年と言われるけれども、インターネットにとっても大きなインパクトがあることだよ。LEOの先には成層圏に基地局を持ち上げるHAPSも出てくるだろう。HAPSは湧川と一緒にやってきたたくさんのプロジェクトの中の1つだし、これもまた「アンワイアード」な世界の1つと言えるね。

湧川氏:アンワイアードという概念にはまだまだ広がりがありますね。例えば、スマホに搭載されているLEDとかカメラというのはとても高性能なんですが、あのようなセンサーを誰もが常に持っているのは凄いことですよ。みんなが持っていることを前提にできるわけですから。例えば、QRコードって普通に使っているけど、あれも有線の機器を使わずに、ある意味ワイアレスにコードを読み取っている。ただし、電波ではなくてカメラで読み取ることでそれを実現した。これもアンワイアードなんです。

インフラは高品質なのにサービスで負ける日本、インフラを「使い倒して」ビジネスの強みに

――湧川さんは世界的に最先端のモバイルテクノロジー企業を渡り歩いて来られているわけですが、日本は今どんなポジションにあると考えていますか。

湧川氏:サービス分野の競争はグローバルな規模で行われていますが、一方でモバイル事業というのは、国内で閉じたドメスティックな事業なんです。国が周波数を管理して、それを国内企業が展開していくのが基本ですから。

 アメリカやEUと比べても、日本のネットワークの品質はずば抜けていますよ。海外へ行くとよく分かるように、LTEで繋がっても実際にはとても遅いことがあるし、3Gも残っている。でも3Gで通信することは、日本ではもうほとんどないでしょう。日本の基地局の数や密度はアメリカの数倍あるし、運用のノウハウも豊富に持っています。

 ところが、本来はインフラが強ければ経済の基盤になるはずなんですが、それが必ずしも日本の強さには繋がっていないように思えます。ガラケーからスマホへの進化で負け、クラウドも持って行かれてしまった。インターネットに関してもIPv6のようなインフラ面は強いのに、サービスでは負けてしまう。結果、よく引き合いに出されるように、日経平均採用銘柄を全部合計しても、時価総額ではGAFAに負けてしまうわけです。

 しかも、IoT、ロボティクス、ドローンのような精密機械であるとか、小型化、省電力といった、日本が最も強いはずの領域が次の産業になると目されているのに、一向に勝てている気がしない。だから、この優れたインフラをどうやって使ってくかが、次の日本の使命になると思うんです。

村井氏:技術とサービスの全体で見たときに今後の日本のデジタル社会に必要なことは、QA(Quality Assurance:品質保証)のような考え方だろうと思います。これだけインフラがきちんとしているのは、日本でサービスを作るには日本の厳しいコンシューマーを相手にする必要があるからですよ。

 しかも、40年前であればコンピューターは専門家が作って専門家が使うものだったけれども、今はすべての人が使う社会の礎になって、いっそうの安全性や安定性が求められるはずです。ところが日本はずっとQAのようなものを第一にしていたのに、今になって企業も官庁も忘れてしまったように思えて心配になることがあるね。

湧川氏:端的に言うと、このインフラを「使い倒して」大きなビジネスをする人がいないってことです。

村井氏:日本には、地球を相手にビジネスをしようという人が少なすぎるんじゃないかな。いないわけではないけれども、非常に少ない。いわゆる大企業などは慎重すぎると思うね。

湧川氏:海外では、自動運転やドローンといった、サービスをITで自動化する新しい技術が出てきているし、そのためには毎年、数百億円の規模で研究費をつぎ込んでいます。ところが日本では人件費が安くなってしまい、新しい技術を開発し導入するよりも、人間を雇って頑張るほうが安くなるといった話が平気でまかり通る。自動運転技術も、日本ではドライバーを雇ったほうが安いよとか言いかねない。

村井氏:日本は人海戦術で済ませてしまうところがある。ただ、エラーやロスは社会全体で考えてもらいたい。例えば高齢化社会になって、アクセルとブレーキを踏み違える事故が増えている。ではどうすればこの問題を解決できるのかと考えたら、自動運転を開発するほうが社会全体のロスは絶対に少なくなるはずなんだ。そこまで考えて投資ができるかどうかということになるだろうね。

――この本を読んで、そういうことをよく考えてほしいってことですね。

「デジタルインフラの可能性」を自分に繋げてほしい

――この本をどんな人に読んでもらいたいと思いますか。

湧川氏:私の元々の興味はIPをモバイルでやるところにあって、前の『アンワイアード』を出したときは、携帯電話がインターネットに近づくワクワク感があったんです。その後、スマホが登場してインターネットもできるようになった。じゃあ次は何だろうと思っていたら、空間でセンシングするとか、成層圏や宇宙に基地局を置くとか、5Gを含めたデジタル通信基盤といった話が出てきて、社会がもう1段変わりそうだという感覚が出てきました。この新しいワクワク感をいろいろな人と共有したいんです。すべての領域に関係してくるので、こういったことに興味がある人には誰にでも読んでいただきたいですね。

村井氏:今このデジタル社会の時代にとって大事なことは、全部の領域を横に貫いてこそ、この本で言っているような社会基盤となって意味のあるインパクトを出すことなんです。この本の読み手は選んでいないつもりだし、誰が読んでも分かりやすく書いてあるから、コンピューターやネットワークに関わる人だけでなく、できれば「すべて」の人に読んでもらいたい。

 発展するデジタルインフラストラクチャーの可能性が、自分のやりたいこと、それは夢でもいいし、楽しみ、幸せ、生活、仕事、それぞれの分野にどんなインパクトがあるのかということを考えてもらって、その環境に乗って自分のやりたいことをやってもらいたい。そういうところに結び付くことになれば最高だと思います。

――ありがとうございました。

村井 純(むらい じゅん)

慶應義塾大学教授。
工学博士。1984年日本初のネットワーク間接続JUNET設立。1988年WIDEプロジェクト発足。インターネット網の整備、普及に尽力。初期インターネットを、日本語をはじめとする多言語対応へと導く。内閣官房参与、デジタル庁顧問、各省庁委員会主査等多数務め、国際学会でも活動。2013年ISOCの選ぶ「インターネットの殿堂」入りを果たす。「日本のインターネットの父」として知られる。

湧川 隆次(わきかわ りゅうじ)

慶應義塾大学 特任教授 大学院政策・メディア研究科。
政策・メディア博士。インターネットのモバイル技術の研究開発や、IETFで通信プロトコルの標準化を手掛ける。また、ソフトバンクの先端技術開発本部を率いて、新規技術検証や新規事業開発を担当。成層圏事業を手掛けるHAPSモバイルの取締役や、自動運転事業のMONET Technologies(トヨタ自動車との合弁会社)の取締役、HAPSアライアンスの理事も兼務。

聞き手:井芹 昌信(いせり まさのぶ)

株式会社インプレスR&D取締役会長。株式会社インプレスホールディングス主幹。1994年創刊のインターネット情報誌『iNTERNET magazine』や1996年創刊の電子メール新聞『INTERNET Watch』の初代編集長を務める。