iNTERNET magazine Reboot

「インターネット文明」の夜明けに向けて<後編>

WIDEプロジェクト30周年記念 村井純氏インタビュー

WIDEプロジェクトファウンダー、慶應義塾大学環境情報学部教授/大学院政策・メディア研究科委員長の村井純氏

 1988年、UNIXとネットワークの研究者たちが集まって設立された広域分散システムの研究プロジェクト「WIDEプロジェクト(WIDE Project)」。設立から30周年を迎えた気持ちとこれからのインターネットの課題を訊く村井純教授へのインタビュー、昨日の前編に続き、後編をお届けする。インターネット文明の進展による社会インパクトやこれからの技術開発の方向性、次世代の研究者へのメッセージもいただいた。

(聞き手:中島 由弘、写真:渡 徳博)

情報技術の進展で起きたフラグメント、もうひとつの問題~

――技術的な意味でのフラグメント以外にも、インターネットユーザーの広がりという側面でのフラグメントという問題もあると思います。すでに地球上では人類のおよそ半分がインターネットを利用できるようになったとされていますが、残りの半分の人たちをどうやってつなげていくかということです。つまり、サイバー文明に属している人と属さない人とに明確に分断してしまうのではないかという課題だと思いますが、この解決策をどのようにお考えになりますか?

 たしか、2000年の時点でインターネットを使っていた人は人類のたった6%だったと記憶しています。それが2018年には55%にまで増えています。この20年のあいだに、急速な勢いで普及したということですよね。ですから、私はこの問題はとても楽観的に考えています。8割、9割の人が使うようになったら、それはほぼ全員が使っているといってもいいと思いますので、5割を超えた時点で、残りの3割、4割の人がインターネットを使えるようになるのは時間の問題なのではないでしょうか。決して難しくはないと思います。

 なぜそう断言できるかというと、これまでもテクノロジーがどのように普及していくのかという過程をつぶさに見てきたからです。かつて、4Gの技術が出たときに、3Gの機材の中古品が市場で大量に流通するようになりました。これから5Gの技術が出れば、多くの人がいま使っているようなブロードバンド環境が利用できる4Gの機材の中古品が市場で大量に流通するようになるでしょう。つまり、ワイヤレスブロードバンド環境を構築したり、利用したりするための機器がタダ同然で市場に大量に出てくるわけです。これは、いまだインターネットが普及していない発展途上国などでは普及の大きな推進力につながります。

 発展途上の国々で、ワイヤレスブロードバンドの機器を導入するとどうなるのかと問われると、これまでは電話の代わりのインフラができて、通信コストが下がりますと説明してきましたのですが、これからは知識の共有をはじめとして、医療や教育という分野でも使うことができるようになると説明しています。それぞれの国では通信インフラに薄い投資をするだけで、医療や教育が格段と安くなり、さらには経済活動が安くなり、決済も安くなり、クレジットカードに至ってはわざわざカードやリーダーを配置する必要すらなくなるわけです。そういうことが一気にできるようになると、さまざまな面において絶大な効果がもたらされます。

 これまでの公共事業というと、まずは道路や建物を建設したり、線路を敷いたり、橋を建設したりしてきましたが、インターネットの普及は何よりも先にやったほうが、そのあとの最大の効果が期待できると思います。そうでないと経済活動ができないわけです。教育が広まらなければ、その国の経済も立ち上がるわけがないんです。子供に教育するのに、学校という施設を建設するよりも、インターネットを使った方がはるかにかんたんなんです。インターネットが最も安価な文明を広げる方法だと思いますね。

 こうやって安価にインターネットで広げられるわけですから、普及率50%から先はすぐだと思っているんです。

――「すぐ」というのは、いったいいつごろだとお考えですか?

 2020年に80%は達成できるんじゃないですか? 2025年まではかからないと思いますよ。中国では大規模な中古スマートフォンの整備工場が稼働していますし、こうした整備品の流通が活発に行われているのを目の当たりにすると、大げさにいっているのではなく、本当にそう思っていますね。

――「インターネット文明」によって、すでに起きている社会的なインパクトとはなんでしょう。

 それはデジタルデータでしょう。世の中にはデジタルデータがあふれています。それを処理するというのがインターネット文明の完成につながるのだと思います。インターネットの歴史30年のなかで、インターネット文明の基盤を最終的に創り上げられた段階ともいえるでしょう。私たちはこうした大量のデータを使えるようになっただけでなく、そのデータがタダになったんです。タダというのはいつの時代も大切なキーワードですね。そもそもインターネットの利用料はタダなんです。私がこういう言い方をすると「いや、回線事業者やプロバイダーに月々の料金を払っている」と反論をする人が必ずいますが、その価値と比較すれば「タダ同然の大した金額ではない」という意味です。

 例えば、位置情報ひとつとってみても、すでにあなたがどこにいるかは詳細に記録されて、参照できるようになっています。すべての人間の居場所が一瞬で分かるんですよ。気持ち悪いくらいです。もちろん、何月何日にどこへ行ったかをウェブで見ることまでできます。「あのとき、行った店はどこだっけ」みたいなことは人に聞かなくてもよくなるわけです。位置情報の基準となっているGPSやWi-Fiなどのインフラもそうです。かつて、GPSの受信機を買ったとき、たしか1台35万円もしたんですが、今ではスマートフォンに含まれる機能のごく一部になっているわけですから、これはタダ同然といってもいいですよね。

 さらに、最近のスマートフォンには4Kのカメラも内蔵されています。かつての4Kカメラなんて、とてつもない値段でしたよね。このままいけば、あと数年のうちに、8Kのカメラだってタダ同然になります。もし、8Kのカメラが特別なものでなくなれば、それはきれいな映像で楽しめるというだけでなく、もっともっと大変な変革が起きます。例えば、眼科医が患者の眼球の写真を8Kカメラで撮影すると、これまでは見つけられなかったような初期の病変を見つけられるようになります。また、そのあたりに設置されているウェブカメラの解像度も格段と上がりますから、顔認識ができるどころか、道行くひとたちひとりひとりの健康状態までも映像からわかるようになるかもしれません。いまでも高解像度の画像から指紋が特定できるという技術が出てきて、プライバシーについての議論がされますが、それどころの話ではないわけです。つまり、そういう性能の機材があちこちに偏在して、特別高価な機材がいらなくなるということを「タダ」といっているわけです。もちろん、そういう時代がきたら、眼科医や眼科向けの医療機器のメーカーはもっと別の課題の解決に注力することになるでしょう。

 このように、これからのサイバー文明のなかで生きていく上で最大の武器はデータになると思います。しかも、タダで扱えるデータです。オープンデータといって、公的価値のあるデータは全部公開しようという動きがありますが、まだまだ抵抗のある人が多くいます。しかし、いかにこうしたデータを使いこなすかという能力が、この文明を生き抜く上での知恵になるでしょう。

――データが重要というのはそのとおりと思いますが、現在、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)など、一部のIT巨大企業にデータが集中的に蓄積され、握られてしまっているのではないかという懸念やそれに対する批判もあります。

 その点についていうなら、私は楽観的に考えています。かつて、ウェブブラウザーがオペレーティングシステムであるウィンドウズにバンドルされるようになったとき、ウェブアプリケーションプラットフォームがマイクロソフトに握られてしまうのではないかと心配した人もいましたが、結果的にそんな事態にはなりませんでした。いま、GAFAのような巨大企業が批判されがちですが、つぎの時代になれば、主役は交代することもあるんじゃないでしょうか。一極に集中しているように見えても、そこには企業間の競争がありますから、いまのままの立場もそう長続きはしないと思います。インターネットユーザーもデータを利用したり、利用されたりするということについては敏感になっています。これまではよく分からずにデータを渡してきましたけれど、だんだんとそれに価値があるということに気づいてきましたから、いずれは各企業と個人の関係にも、自然と新たなバランスが生まれ、各企業はそのバランスのなかで競争をしていくんだと思います。

 とりわけヨーロッパの各国から強い抵抗があるのは、それがアメリカの企業だからという理由があると思います。しかし、彼らはアメリカの企業というよりは、グローバルにサービスを提供するグローバルな企業ですよね。そういう規模の企業だからこそできることもたくさんあるわけです。こういうモデルを創ったという点では、歴史的にも重要な意味があると思います。

 また、国としても、自国民の個人データを特定の巨大IT企業に使わせたくないというような反応をするわけですが、ここにもゆくゆくは新たなバランスが生まれてくると思います。その背景にあるのは、「そうはいっても、われわれは世界の経済から取り残されてしまってもいいのか」という大きな疑問が生じるからです。つまり、インターネットで鎖国をしていたら、経済が成長し続けなくなることはみんな分かっているんです。ですから、最終的には経済的な原理原則に基づいて判断するようになると思います。

将来の分散処理環境、ブロックチェーンの課題

――インターネットはそもそも自律分散システムのための基盤として開発したもので、ようやくそのための技術要素が整いつつあり、思い描いていたアプリケーションが実装できるようになったとも先生はおっしゃっていたと思います。これから目指していくインターネット環境についてはどのようにお考えでしょうか。とりわけ、ブロックチェーンのような技術はどのように見ていますか?

 WIDEの語源は「Widely Integrated Distributed Environment(広域統合処理環境)」の頭文字からとっていて、地球全体におけるネットワークによってつながったコンピューターが自律的に分散処理を行う環境の実現を理想像として掲げてきました。

 そのなかで、これまでできていなかったことがあります。ひとつは人のID、つまりネットワーク上で個人をどう識別するかという課題です。これまでのIDには、ひとつのコンピューターに対するある特定のユーザーに与えられたアクセス権という意味しかありませんでした。インターネットによって複数のコンピューターがたくさんつながったとき、別のコンピューターを使う相手と通信をするときに、その相手は信用できる相手、つまり本人なのかどうかを認証する必要性が出てきたのです。しかも、それをできるだけ自律的に管理したいわけですね。これはインターネットというグローバルの空間のなかで、それぞれの人間の存在をどう扱うのかという課題です。多くの人が使っている電子メールアドレスもこういう考え方に基づいて設計されたものの例です。

 そこでつぎに、IDを持つ人どうしがインターネットの上で安全に通信できるようにしたいという要求に応えるために、公開鍵暗号という技術が発明されました。数学的な関係をもつ秘密鍵と公開鍵というペアを使って、本人かどうかということと、その通信の内容の秘密を確保しようという技術です。そのつぎに、時々刻々と変化するデータのセットを信用できるものにしたいという要求に応えるために発明されたのがブロックチェーンだととらえています。ブロックチェーンは、暗号技術を応用して、いわば1枚の紙みたいなものの上にみんなが情報を記録していき、衆人環視のもとにおくことで、書き込まれた情報を誰も捏造できないようにするという考え方ですね。

 さらに、量子鍵配送という技術も発明されました。これは秘密鍵をインターネットで配送したとき、それが途中で第三者に閲覧されたかどうかを検知できる仕組みです。インターネットで秘密鍵が安全に配送できるようになれば、あとは暗号化と復号の技術をどれだけ強力にすればいいかというだけの問題になります。

 いずれにしても、こうした技術を積み重ねることでインターネットでの本人性やデータの真正性が自律的に管理できるようになりつつあるわけですが、プラットフォーム化していかなければ誰も使えるようにはなりません。

 ブロックチェーンはわれわれが目指している自律分散システムの要件を満たしていると思いますが、これまでのように、先に理論で説明するまえに、仮想通貨という実用の分野において、先行して実装されたという段階だと思います。そのため、システムの堅牢さや、その客観的な検証方法、さまざまなシステム障害などが起きたときの対処方法など、技術的に答えが見出せていないこともたくさん含まれています。いうなれば、通貨システムという題材による実証実験が始まった段階という認識をしています。ブロックチェーンが価値の交換を自律的に行うプラットフォームだとするなら、これからの課題としては、通貨どうしのような同じ性格をもつ別の価値との間での交換だけでなく、異なった性格をもつ別の価値とは間でどのような交換を行うのかということが研究課題になるのではないかと思います。

地球をカバーする衛星、バイオサイエンスとデータ処理

――今後のWIDEプロジェクトにおける技術開発・研究のテーマとしてはどのようなことでしょう。

 技術面でいうなら、まずはグローバル空間における自律分散システムの実現です。そもそも壊れないようにするにはどうするか、もし壊れたときには誰が代替するのか、そしてサスティナブルに運用できるのかということです。そういう「信頼性」がキーワードになってくると思います。

 これから始まる取り組みとしては、通信事業者による低軌道衛星によるインターネットインフラの運用があります。これは地球全体を複数の低軌道衛星でカバーしようという仕組みです。これまでの衛星通信というと、衛星が高い高度を回っていましたので、電波といえども、地上との間を往復するには無視できない遅延が生じていたわけです。仮に、日本からニューヨークまでの通信をする場合を考えると、地上と複数の衛星の間を何回か行き来しながら通信をするために大きな遅延が生じていました。そのために「衛星のインフラは便利だけど、遅いよね」というような感じのインフラだったのです。これから運用する低軌道衛星は、東京で上空に電波を飛ばしたら、あとは地上に戻ってくることなく、上空にある複数の衛星間でルーティングをして、最終的にニューヨークまでつながることができるという仕組みです。こうすることでこれまでよりも遅延が少なくなるばかりか、特定のルートを指定したり、特定のルートを避けたりするような通信経路の制御ができるようになります。

 いままで、日本とヨーロッパを地上の回線でつなげようとすると、ほとんどが海底ケーブルを使っていて、それもアメリカを経由しています。本来、地理的な最短距離であるはずのロシアルートはコストが高くて、なかなか使うことができなかったのです。しかし、低軌道衛星を使えば、経由する国々の事情を考慮しなくても通信経路を確立することができるというメリットがあります。さらに、上空の権利を主張するような国が現れたら、そこを避けるルーティングをすることもできるわけです。

 日本の携帯電話網でいうなら、過疎地での通信インフラ建設には補助金が出るため、整備が進めやすくなっているのですが、「過疎地」というのは少なくても人が住んでいなければならないので、森林だけとか農地だけしかなく、人が居住していない地域には整備されないということが起きているのです。低軌道衛星によるインフラが実現すれば、すべての地域をカバーすることができますから、過疎地どころか、海でも、ジャングルでも、北極でも、南極でも、地球上のすべての場所をカバーできます。こういうインフラを人類が手にしたとき、完全にインターネットの地域的なカバレッジは100%を達成できるのです。そうすると人類は地球上のどこへ移動してもインターネットにつながるというインフラが実現できるわけです。飛行機のように上空にいても同じでことですね。ですから、アンワイアードのゴールは高速な通信が可能な5Gなのかもしれませんが、本当の意味で重要なのは低軌道衛星のようなインフラで、広いカバレッジを実現することだと思います。もちろん、無線の弱点は電波の衝突が起こるということですから、光ファイバーの重要性は変わりません。

 もうひとつの技術開発の方向性としては、自律分散システムによるデータ処理をどれだけ手軽にできるかということです。人類はもったいないことに、日々生成されるデータを捨ててしまっている状態です。これはスマートフォンから生成される自分のデータをストレージの制限から保存し続けるわけにいかないという理由があります。そこで、巨大なストレージをどうやって実現するのかということが喫緊の課題となっているのです。ひとつには細胞のDNAにデジタルデータを保存しようという試みが出てきました。これからはバイオサイエンスとコンピューターサイエンスとがどうやって一緒になっていくのかということです。こうしたSFのような技術が確立すると、小さくても大量のデータを格納できるデータセンターが実現できるんです。しかも、細胞が分裂すると、そこに書き込まれているデータのコピーもできるようになるかもしれません。

 さらに、国の政策面においても、インターネットに関する理解を深めてもらえるような取り組みを進めていく必要があります。いまやいちばん重要なのはインターネットというインフラになりつつあるわけですから、国がインターネットを気にするのはあたりまえの時代になったんだと思います。かつて、インターネットのことなど、あまり気にしていなかったかもしれないのですが、ようやくその意味に気がついて、さまざまな政策を検討していく段階にあります。おそらく、われわれが思い描いていることと同じように考えていると思いますが、さらに、近い将来の国のリーダーたちがインターネットの本質的な意味を理解してもらえるようになったら、これはとんでもない変革を起こすことになると思います。そして、さらによい社会が実現できるようになるのではないかと思います。

インターネットネイティブ世代のエバンジェリスト

――最後になりますが、これからWIDEプロジェクトに参画する若い研究者に対して、どのようなことを伝えていきたいですか?

 これからの課題は、グローバルな空間をどうやってアーキテクチャとしてサポートしていけるかということです。この観点にたって、大きな仕事をしようとしている人たちが周囲にたくさんいて、われわれはそれを技術と利用の両側から見て、課題を解決していくのが役割だと思います。しかし、そのためには要求についてきちんと理解できる人、それを両者の間で橋渡しができる人が重要になってくると思います。

 もうひとつは、国に対して説得をしていくようなエバンジェリストが必要になると思います。インターネットエバンジェリストという役割はこれからさらに重要になると思います。つぎの世代にはこれまでとは違う、新たなエバンジェリストも必要です。これまでも自分たちだけがそれを果たしてきたわけではありませんが、これからはインターネットネイティブ世代が増えていき、彼らがアーキテクチャに対する理解を深めたとき、それは自動的にエバンジェリストになりうるのではないかと思います。

(取材:2018年11月29日)

村井 純(Murai Jun)

慶應義塾大学環境情報学部教授。工学博士。1984年、国内のインターネットの祖となった日本の大学間ネットワーク「JUNET」を設立。1988年、インターネットに関する研究プロジェクト「WIDEプロジェクト」を設立し、今日までその指揮にあたる。内閣官房高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)有識者本部員、社団法人情報処理学会フェロー。その他、各省庁委員会の主査や委員などを多数務め、国際学会などでも活動。日本人で初めてIEEE Internet Awardを受賞。ISOC(インターネットソサエティ)の選ぶPostel Awardを受賞し、2013年には「インターネットの殿堂」入りを果たす。「日本のインターネットの父」「インターネットサムライ」として知られる。

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