iNTERNET magazine Reboot

すばる望遠鏡の果たした役割から50mクラスの巨大望遠鏡まで

株式会社インプレスR&Dでは、2018年10月19日に書籍『いま明かされる!すばる望遠鏡ソフトウェアとの熱き闘い』を発行した。すばる望遠鏡はハワイ島のマウナ・ケア山頂に建設された国立天文台の大型光学赤外線望遠鏡で、現在でも世界最高性能の地上望遠鏡の1台として活躍している。精密機械としての望遠鏡本体ではなく、それらを支えるソフトウェアに焦点を当て、開発を担当した当事者の立場からその歴史と状況を解説した。本稿では、著者の一人である水本好彦氏が「すばる望遠鏡」関連を含め、天体望遠鏡の開発に関する最近のトピックスをまとめている。(iNTERNET magazine Reboot編集部)

すばるユーザーズミーティング開催

 1月の末に2018年度すばる望遠鏡ユーザーズミーティングが国立天文台三鷹で開催された。ハワイ島のマウナケア国際天文台のKeck(ケック)、GEMINI(ジェミニ)、CFHT、ifA-UHの4つの望遠鏡の代表も含め、すばる望遠鏡を利用する天文学者が集まる国際的な会合である。ここでは、すばる望遠鏡はじめ、マウナケア国際天文台の望遠鏡群の現状や、建設計画が進んでいる30m望遠鏡(TMT)の状況の報告、すばる望遠鏡の新しい観測装置や今後の運用方針についての議論と最新の観測成果の紹介などが3日間にわたって行われた。特に、議論が白熱したのが、2020年台後半には口径30mクラス望遠鏡が完成する時代を迎え、運営費や修理費用の確保を含め、すばる望遠鏡をこれからどうしていくかというテーマだった。

 『すばる望遠鏡ソフトウェアとの熱き闘い』でも、すばる望遠鏡建設時の様々な問題について述べたが、最大の問題は予算の確保であることは時代が移っても変わりはない。天文学者は経済人や企業人とは対局にいるような存在であることは想像できるだろう。社会経済とかけ離れた天文の世界の住人が考えている「資金集め方策」が首尾良く機能するか大変興味深い。

すばる望遠鏡のこれまでの20年と現状

 現在活躍している10mクラスの光赤外望遠鏡は1993年完成のケック望遠鏡を皮切りに続々誕生し、2010年には世界で13台が稼働を始めた。すばる望遠鏡は、観測を始めた2000年からほぼ20年が経った現在でも世界最高性能の光赤外望遠鏡として活躍を続けている。すばる望遠鏡の特徴は視野が広い主焦点を持つことである。建設当時は主焦点を設けるには、望遠鏡を頑丈にしなければならず製作費が高くなり、望遠鏡の制御も難しくなるので利点がないという批判があった。ふたを開けてみると、広視野を誇る主焦点カメラと望遠鏡の堅牢さがすばる望遠鏡の最大の利点となった。視野直径0.5度の広視野主焦点撮像カメラSuprime-Camは、宇宙で最も遠くにある銀河を探す(言い換えると宇宙のはじめに生まれた銀河を探す)遠方銀河の探査ではハッブル宇宙望遠鏡や世界最大口径のケック望遠鏡をおさえ、めざましい成果を上げた。

 すばる望遠鏡の成果は主焦点カメラだけではない。カセグレン焦点のコロナグラフ撮像装置(Coronagraphic Imager with Adaptive Optics:CIAO)は他の望遠鏡に類をみない、星の誕生現場や星の周りを回る惑星を直接発見することに特化した非常にユニークな観測装置である。CIAOの後継機として2009年に完成したコロナグラフカメラ HiCIAO(ハイチャオ)により、2013年に世界ではじめて太陽系外惑星の直接観測に成功した。

(https://subarutelescope.org/Pressrelease/2013/08/04/fig1j.jpg)

 現在、CIAOは引退して国立天文台三鷹キャンパスの天文資料館に実物が展示されている。

 Suprime-Camの後継機として、2014年にHyper Suprime-Cam(HSC)が完成した。HSCは視野直径1.5度(満月9個分)、8億7千万画素のCCDカメラで、高さ3m重量3トンの巨大なものである。これを使って満月5000個分の広さの領域を高解像度で撮影する大規模掃天観測が進行中である。1年前(2017年)に2年間の観測に基づく初期成果と観測データが世界に公開された。

(https://subarutelescope.org/Topics/2017/02/27/fig1j_s.jpg)
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 このように、次々と新しい観測装置がすばる望遠鏡用に開発され、これまで見えなかった宇宙の姿を解明する努力が続けられている。現在もすばる望遠鏡の次世代分光観測装置として主焦点に取り付ける超広視野分光器(PFS)の開発が東大IPMUと米国プリンストン大学が中心となって進められている。このような状況は他の大型光赤外望遠鏡でも同様であり、世界で熾烈な競争が繰り広げられてきた。

 一方、新型の観測装置は概して大型になり数十億円もの開発費用がかかる。そのため、日本では一つの研究機関だけで開発費用を獲得することができず、費用を負担してもらえるパートナーを外国に求めねばならない状況になっている。今後、日本では十億円規模の開発計画でも国際協力なしには進めることが難しくなるだろう。

 日本の光赤外天文分野の悲願として建設されたすばる望遠鏡は、いわば日本の科学技術の総力を挙げて実現したものである。特に、すばる望遠鏡のためのソフトウェアは当時、世界に手本となるものは存在せず、8mクラス望遠鏡がそれぞれに工夫を凝らして作り上げた。『すばる望遠鏡ソフトウェアとの熱き闘い』ではソフトウェア開発の状況が詳しく紹介されている。

もっと大きな望遠鏡を

 すばる望遠鏡による大きな成果を経験すると、もっと大きな望遠鏡を作ればもっと大きな成果が期待できる。こう考えるのは天文学者の常で、世界中で口径50mクラスの巨大光赤外望遠鏡を作ろうという計画が生まれる。日本では2004年にすばる望遠鏡の次世代として超大型望遠鏡「ELT」の検討が始まった。ヨーロッパではVLTの次世代として口径100mのOWL望遠鏡、アメリカではマゼラン望遠鏡(2000年にチリの標高2550mのラス・カンパナス天文台に設置された口径6.5m望遠鏡)の次世代としてマサチューセッツ工科大学とアリゾナ大学を中心とした口径30mのGMT(Giant Magellan Telescope)計画と、ケック望遠鏡の次世代としてカリフォルニア大学とカリフォルニア工科大学を中心とした同じく口径30mのTMT(Thirty Meter Telescope)計画が生まれた。

 その後、ESOのOWL望遠鏡は現実的な口径39mのE-ELTとなり、2017年にチリの標高3046mのセルアマゾネス(ESOのパラナル天文台の近く)に建設がはじまり、2027年の完成予定である。

(https://cdn.eso.org/images/screen/eso1716a.jpg)

 GMT(https://www.gmto.org/overview/)は口径を24mに縮小し2018年にラス・カンパナス天文台に建設がはじまり2024年の完成を目指している。

 一方、TMTは2014年にいち早くハワイ島マウナケア山で起工式を行ったが、その後TMT建設反対運動により建設が中断し、完成は2027年頃と予想される。日本は「ELT」の独自開発を諦め、すばる望遠鏡との連携を考慮してハワイに建設されるTMT計画に早くから参加し、すばる望遠鏡での経験を生かしてTMT計画の推進に努力している。『すばる望遠鏡ソフトウェアとの熱き闘い』で紹介したようなソフトウェアの面でも日本がTMTにどれだけ貢献できるか大いに楽しみである。

次世代宇宙望遠鏡

 1990年に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡(HST)はスペースシャトルによる数度の修理改良により四半世紀のあいだ大活躍してきた。2009年に打ち上げられた太陽系外惑星探査衛星ケプラー(口径95cmのシュミット望遠鏡)は6年間の観測で約5000個の太陽系外惑星候補を検出しこれまでの恒星系のイメージを完全に覆した。

 衛星は地上望遠鏡に比べて耐用年数が短い。地上の望遠鏡と同じで、2匹目のドジョウを狙って後継機が欲しくなる。HSTの後継機は口径6.5m、冷却型の赤外線望遠鏡ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)で打ち上げは2021年頃の予定である。宇宙誕生直後にできた初代星(種族III)の発見を最大の目的としている。ケプラーの後継の広視野赤外線サーベイ望遠鏡(WFIRST)は口径2.4mの赤外線望遠鏡で太陽系外惑星の直接撮像や宇宙の暗黒物質・エネルギーの解明を目的として2025頃の打ち上げ予定である。JWSTの開発に計画以上の費用がかかったため、さすがのNASAもWFIRSTの開発にまわす予算がないとのことで、WFIRST計画は数年遅れる可能性がある。このWFIRSTチームから、WFIRSTで観測した天体をすばる望遠鏡の超広視野分光器(PFS)で詳しく観測して欲しいというラブコールがあるという話が先のすばるユーザーズミーティングで話題になった。ともにまだ完成していない装置同士だが、10年後のすばる望遠鏡への期待も大きいことを窺わせるエピソードの一つだろう。

ソフトウェア開発の難しさ

 コンピュータやソフトウェアの世界ではドックイヤーといわれる速さで時間が流れている。一方、すばる望遠鏡やTMTのような次世代大型望遠鏡の開発には10年という時間がかかる。光学や精密機械に関する技術も進歩するが、数年でガラッと変わってしまうということはあまりない。『すばる望遠鏡ソフトウェアとの熱き闘い』で述べたように、すばる望遠鏡の開発の初期に受光器がガラス写真乾板からCCDにとってかわるという大きな変化があった。幸いこれにはうまく対応できた。問題は望遠鏡を動かす神経網と頭脳であるコンピュータやソフトウェアである。10年の間にコンピュータやソフトウェア技術は2世代も進んでしまう。望遠鏡の機械部分の開発のような時間スケールで計算機構成やソフトウェアを(ゆっくり)開発すると完成したときには既に時代遅れのものになってしまうことがある。一方、望遠鏡の機械部分が完成したときにソフトウェアができていなければ望遠鏡は動かない。ハードウェア開発が予定より遅れているが、ソフトウェアは予定通りに完成した場合を考えてみよう。実際にできたハードウェアの仕様が当初と変わり、ソフトウェアが想定した当初の仕様と違って動かないという事態は容易に想像できる。開発スケジュールを機械部分とソフトウェア部分で齟齬のないように調整することが極めて重要である。南米チリのアタカマ高原に日米欧が共同で建設した究極の電波干渉計ALMAはハードウェア開発とソフトウェア開発のスケジュールがうまく合わず苦労した代表例だとささやかれていた。『すばる望遠鏡ソフトウェアとの熱き闘い』には、すばる望遠鏡の開発のスケジュールがどのように進み、どこに苦労したか、失敗と幸運がおり混ざった数年間の物語が語られている。すばる望遠鏡のソフトウェア開発ではシステムエンジリアリングの手法を取り入れた。システムエンジリアリングはNASAのアポロ計画が端緒といわれ、大規模システム開発では当たり前だが、日本の天文業界では大学の研究室の大学院生や研究員による家内制手工業のようなソフト開発が主流だった。『すばる望遠鏡ソフトウェアとの熱き闘い』では、この開発手法の違いのなかで企業のソフトウェアエンジニアと若い天文学者が共同してすばる望遠鏡の大規模ソフトウェアをどのように開発したかを垣間見ることができる。

書籍情報

タイトル:『いま明かされる!すばる望遠鏡ソフトウェアとの熱き闘い』
著者:水本 好彦/佐々木 敏由紀/小杉 城治
価格:電子書籍版 2000円(税別)
   印刷書籍版 2400円(税別)
ISBN:978-4-8443-9853-0
発行:株式会社インプレスR&D

水本 好彦(みずもと よしひこ)

1951年生まれ。1979年東京工業大学大学院博士課程修了後、東京大学宇宙線研究所研究員、米国ユタ大学物理学科研究員として高エネルギー宇宙線による空気シャワー実験に従事。1985年に富士通(株)入社、東京大学野辺山宇宙電波観測所の電波望遠鏡システムの開発に従事。1989年に神戸大学理学部物理学科助教授に就任、高エネルギー宇宙線の観測的研究に従事。1995年に国立天文台助教授となり、すばる望遠鏡のソフトウェア開発に従事。2017年国立天文台を定年退職。理学博士、国立天文台名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授。

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