ニワンゴ杉本社長が講演、「ニコニコ動画的ソーシャル論」語る


 ブロードバンド推進協議会は16日、オンラインゲームおよびコミュニティがテーマのカンファレンス「OGC 2012」を開催した。「ニコニコ動画に見るメディア変革時代」と題したセッションには、株式会社ニワンゴの代表取締役社長である杉本誠司氏が登壇。動画サイト「ニコニコ動画」を切り口に、コミュニケーション重視の運営姿勢、既存メディアとの違い、さらには“ソーシャル”が流行するまで、幅広く語った

コミュニケーション重視の姿勢を改めて強調

株式会社ニワンゴ代表取締役社長の杉本誠司氏

 杉本氏がニコニコ動画関連の講演でたびたび強調しているのが、「単なる動画配信ではなく、コミュニケーションの場を提供する」という点。今回も杉本氏は「動画を軸にするのではなく、良い意味で(コンテンツや人々と)出会っていただけることを意識して、日々運営を行っている」などと説明。最近は動画だけに限らず、イラストやゲームなども提供しているが、その上に重なって表示されるユーザーコメントこそが、ニコニコ動画にとっても最も重要なものだと語る。

 これらのコメントには、ニコニコ動画に参加するユーザー同士の“繋がり”を、実感・意識させるための役割がある。「例えば、動画に写っている猫の可愛さを際立たせるには、コメントの有無が重要になってくる。社会的にソーシャルの重要性が叫ばれるほど、コメントの重要度は上がる」と杉本氏は話す。その手法についても、動画の下に掲示板を別途用意するのとは違い、動画再生に同期してコメントが字幕的に表示されること自体が、臨場感の醸成に繋がっているとも補足した。

 杉本氏は、かねてより「VOD的なYouTubeやGyaO!は、サービス的な競合関係にあるとは思っていない」と発言しているが、今回もそれを継承。「社内会議でも(YouTubeやGyaO!の件は)ほとんど話題にならない」としている。また、TwitterやFacebookといったSNSについても、直接的な競合とは考えず、話題を伝搬させるためのツールとして活用している実態を説明。杉本氏は「あえて対峙している相手がいるとすれば、ユーザー」とし、ユーザーをいかに飽きさせないか、楽しませるかが課題だと付け加えた。

 なお、ニコニコ動画の無料会員数は現在2545万人。月間35万人増のペースで増加している。有料のプレミアム会員は152万人に達し、こちらも月間3万人のペースで増加中だ。

 会員の年代別構成比は20代が最も多く、45.5%。ただ、杉本氏は「だからといって単純に若い人向けのサービスかと言われれば、そうではない」と語る。もともとこの世代は、携帯電話によるメールを筆頭に、インターネットならではの非同期系コミュニケーションサービスを生まれながらに利用している年代。電話や直接会ってのコミュニケーション体験を源流に持つ世代(おもに30代以上)とは比較にならないほど、ニコニコ動画のユーザーインターフェイスにフィットできるのだという。また「10代と比べて金銭的余裕があり、家庭を持ち始めた30代より時間的余裕があるのが20代」とも付け加え、自然の成り行きとの認識を示した。


最新のニコニコ動画利用者数も公開した。無料会員は2545万人、有料プレミアム会員は152万人ニコニコ動画の年代別会員構成比

ニコニコ動画流「ソーシャルが流行る理由」

“自己認識欲“を満たせることが、ソーシャル流行の要因と指摘

 ここで杉本氏は、“ソーシャル”がなぜ流行しているか、ニコニコ動画の仕組みを通じて解説した。

 まず前提として、ニコニコ動画には「動画投稿者」「コメント投稿者」「動画を見るだけ」の3つにユーザー層が分かれているという。最もアクティブな層にあたる動画投稿者は「有名になりたい」「人気者になりたい」という欲求から、動画を投稿する。

 対してコメント投稿者は、動画投稿者ほどではないにせよ、「投稿したコメントが他人に見られる」という点を意識して、若干の緊張をともなう形でコメントする。動画を見るだけのユーザーは、動画投稿者、コメント投稿者を観客として見守る立場にあたり、場の緊張感確保に一役買うことになる。杉本氏は、この「他人に見られている」という自意識の存在が、ソーシャルなサービス全般の共通点であると説明する。

 杉本氏は「日常の世界で友達を作ったり、他愛もない話をするといったことは、結局『他人からどう見られているか』をむさぼりたいから」と断じる。杉本氏が“自己認識欲”と呼ぶこの欲求を、手軽に表現できる場がソーシャルであり、求められている理由でもあると解説。ニコニコ動画も、動画を核に集まった人々が、それぞれの立場なりの自己認識欲を満たせる場であることが、重要なのだという。

「人がたくさんいる=マスメディア」論は間違い?

ニコニコ動画をはじめとしたソーシャル対応サービスの大半は、会員が“セグメント化”しており、すべての利用者に人気があるコンテンツなどは生まれづらいという

 近年、ニコニコ動画で人気を集めているのが、生放送サービス「ニコニコ生放送」だ。ニコニコ動画運営スタッフによる公式番組は月間600本。しかし、一般ユーザーが独自に行う生放送も30分番組単位で月間数100万本に到達。大きな規模感を生み出し、「テレビの新しいスタイル」的に捉える人も増えているとした。

 しかし、この点について杉本氏は慎重な姿勢を見せた。ニコニコ動画は2500万人という会員規模を誇るが、ユーザーの趣味・嗜好によって完全にセグメント化しており、2500万人全員に見てもらえるようなコンテンツは無い、というのがその主張だ。

 この傾向は、他の大手SNSにも共通すると現象という。「Facebookの会員は5億人以上おり、一種マスメディアのように見えるが、セグメント、クラスタというような言葉に代表されるように、分断している。究極の縦割りだ」。ニコニコ動画であれば、アニメ、ゲーム、音楽、政治の動画ジャンルでユーザー層が分かれており、複数のジャンルを横断的に視聴する人は少ない。

ニコニコ動画はテレビではない、微妙に異なる役割

震災報道も多数行ったニコニコ動画だが、ユーザーは動画視聴よりも、むしろコメント投稿・参照するためにアクセスしていたと分析

 東日本大震災発生直後、ニコニコ動画では災害対応として、テレビ各局の特別番組をネット向けにサイマル配信する取り組みを行った。累計視聴者数は1500万人に達し、杉本氏も「ニコニコ動画もマスメディア化したかな、と周りで話すことは正直あった」と率直に明かす。

 ただ、実際には、ここでもクラスタ化が起こっていた。テレビのサイマル配信、政府による記者会見のネット中継、ユーザー生放送などが配信されていたが、「地震大丈夫なのか」「不安だ」「頑張ろう」といったコメントのやりとりがあくまでも中心であり、「PC画面上でのテレビ視聴」がユーザーの目的ではなかった、と杉本氏らは分析。ニコニコ動画がテレビの代替になるのではなく、目的に応じてニコニコ動画とテレビを使い分けているのが実態ではないか、と説明した。

 こういった傾向を踏まえ、ニコニコ動画では“上映会”のサービスを開始した。有料の映画配信サービスだが、VODのように任意のタイミングで見るのではなく、あえて配信開始時間を設定。複数のユーザーが集まって、コメントをやりとりしながらワイワイ楽しんでもらおうという狙いがあるのだという。

 また、アニメ映画「天空の城ラピュタ」がテレビ放送される際、作中の終盤で登場するセリフ「バルス」に合わせて、ユーザーも同じく「バルス」とニコニコ生放送でコメントしようという取り組みも、人気を集めた。この映画自体は制作からすでに年月が経過しているが、このような“イベント”を盛り込むことで繰り返し楽しめ、むしろ放送価値が上がっていく現象がすでに起こっているという。

ソーシャルメディアの本質とは?

ソーシャルメディアの構造例。情報の受信者たる一般ユーザーが、発信者にもなりうる

 杉本氏は、従来型マスメディアと新興ソーシャルメディアについての違いについても言及。マスメディアの情報発信は、受け手側への一方通行であるのに対し、ソーシャルメディアは双方向で行われるのが基本的な特徴となる。

 ただし、ソーシャルメディアはその機能性の高さゆえに、情報を受け取った一般ユーザーが起点となってさらに情報発信できる性質をも持つ。その上で杉本氏は「本来受動者であるユーザーが発信者に変わった場合、モチベーションが抜群に上がる」「ユーザーに(コンテンツを処理・加工させるだけの)自由度を与えたり、そうできるようにコンテンツホルダーや運営側が頑張れるかが、成功の鍵ではないか」と指摘する。

 ソーシャルメディアの台頭によって、広告・PR手段も変わっていくと考えられる。タレントを起用した広告手法は少しずつ効果が減少していき、いかに一般ユーザーを巻き込むかが、今後重要になるという。

 また、ソーシャルメディアは、とりとめもない日常会話などをウェブで可視化・顕在化させる効果もあった。これまでのマスメディアは単にコンテンツを提供するのみだったが、ソーシャルメディア普及以降は、その日常シーンでどう楽しめるかの提案、具体的にどうサービスを機能させるかも考えなければならないと杉本氏は指摘。ニコニコ動画としても各社と協力していく姿勢を示し、講演を締めくくった。


ユーザーがセグメントの構成者になることで、コンテンツの需給サイクルを活性化マスメディアがサポートしきれなかった領域にアクセスできるのが、ソーシャルメディアという




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(森田 秀一)

2012/3/19 06:00